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気仙沼市の比較写真 東日本大震災から2年目

2013年04月19日 00時13分 JST | 更新 2013年05月03日 00時04分 JST
Kenji Ando

2013年3月10日、私は震災復興がどこまで進んだかを自分の目で確かめるため、宮城県気仙沼市の鹿折地区を訪れた。2011年5月に取材して以来、2年ぶりだ。当時撮った写真と現在を比べてみると、ガレキはすっかり片付いたけど、どこまでも続く空地が西部劇の荒野のようだ。いまだに海岸べりが地盤沈下して水面とほとんど高さが変わらないため、「盛り土をするまで新しい建物が建てられない」とタクシーの運転手がボヤいていた。

 あまりに寒かったので、海岸付近で営業中だった銭湯で体を暖めた。経営者の男性が「今まで散々、ウソの津波警報で脅されてきたから、今回は大したことないだろうと思って、地震で壊れたボイラーを直してたら大変なことに。屋根づたいに近くのビルの3階まで上がって九死に一生を得た」と話してくれた。