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日本人が、声を上げ始めた

2013年05月07日 23時51分 JST | 更新 2013年05月14日 16時47分 JST
Chika Igaya

 

キャンペーンサイト「change.org」を日本で立ち上げたハリス鈴木絵美さん

 ずばり、「変えよう」という名を持つサイト、「change.org」(チェンジ・ドット・オーグ)。昨年、日本に進出したサイトの話に入る前に、今年2月に札幌で起きた出来事を紹介したい。

 発端はツイッターで流れてきたリンクだった。当時北海道大学2年生だった齋藤篤志さんは、そのリンクを開いて驚いた。北大が発行する卒業生向けのメールマガジンのキャプチャー画像。そこには「共用レクリエーションエリアの廃止」がアナウンスされていたのだ。

 共用レクリエーションエリアは、北大生が「ジンパ(ジンギスカンパーティー)」と呼ぶバーベキューを行う場所。ジンパは、サークルの新入生歓迎、ゼミや研究室の親睦会などの目的で開かれる、北大ならではの風習だ。

 そのエリアが使えなくなるということは、事実上の「ジンパ禁止令」ではないか!?

 

 「その時点では公式発表ではなかったんですが、生協のサイトから“ジンパセット”貸し出しの項目がなくなっていたりしました」。齋藤さん曰く、その日のうちにツイッターやフェイスブックで意見が飛び交っていたというから北大生のジンパ愛がうかがえる。

 齋藤さんも憤りを感じた。何よりも、学生にまったく知らされないまま一方的に通告されることが納得できなかった。何か行動を起こしたいと考えた時に思いついたのが「change.org」だ。

 「change.org」は、署名活動をサポートするウエブサイト。2006年にアメリカ・サンフランシスコで設立され、世界196カ国にユーザーがいる。ユーザー数は3500万人、毎月約15000件のキャンペーンが立ち上がる。2012年7月に日本版のサービスが開始された。

 ネット署名なら特に目新しくもないのでは?と思うかもしれない。しかし、日本ディレクターを務めるハリス鈴木絵美さんはこう言う。

 「グローバルなプラットフォームで、ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアと連携していて、拡散しやすい。かつ無料で使えるサイトは日本にはなかったんですね」

北大生、「ジンギスカン禁止」撤回を求める

 その特徴を最大限に生かしたのが、齋藤さんが立ち上げた「北海道大学構内におけるレクリエーションエリア廃止の撤回」を求めるキャンペーンだ。齋藤さんはジャーナリスト、津田大介さんのメールマガジンで「change.org」を知った。「簡単で、2分ぐらいでできちゃうって書いてあったのを覚えてたんですよね」

 ホームページの「キャンペーン開始!」の赤いボタンをクリックし、「誰に」「何を」「なぜ」の3つの項目の空欄を埋めて、「キャンペーンページを作成」をクリックするだけで、署名活動を開始できる。

 署名するほうも簡単で、キャンペーンサイトを開いて、氏名とメールアドレスなどを記入して「賛同!」のボタンを押すだけ。

 初日は20数人だったが、「爆発力がすごかった」と齋藤さんは言う。

 「最初は、賛同してくれた教授や有名人にツイッターでメンションを飛ばして拡散してもらったりしていましたが、100人を越えたあとはどんどん増えていきました。広報と署名が同時に広がっていく感じ」

 賛同者は2日目に約500人、3日目には約900人に達した。仲間と「北大ジンパ問題対策委員会」を立ち上げたのはそのあと。はじめに委員会を組織して、署名用紙を用意して、街頭に立って……という従来型の手順を踏んでいたら、この瞬発力は得られなかったに違いない。

 

 「change.org」には他にも、ニュースでも話題になっている「オリンピックにおけるレスリング競技」や「こどもの城、青山劇場、青山円形劇場」の存続を求めるものや、「企業の動物実験の廃止」「セクシャル・マイノリティーの人権保護」を求める社会派のもの、「気仙沼大島の亀山リフトを再建してほしい」といったローカルなものまで、大小さまざまなキャンペーンが立ち上がっている。

 

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 「No issue too small. プラットフォームだからこそローカルな課題でキャンペーンを発信できる。たとえば、ここに信号を置いてほしいとか、Stop signを置いてほしいとか。そういう感じでも使ってほしい」

 時々、流暢な英語を交えて話すハリス鈴木さんは、日本版を立ち上げるために、10年に及ぶアメリカ生活に区切りをつけて昨年、東京に帰ってきた。

 米国人の父と日本人の母の間に生まれ、東京で育った。イェール大学へ進学、「卒業後はコンサルかバンキング」という学内の空気そのままにマッキンゼー&カンパニーに入社。しかし、2年足らずでヘルニアに悩まされるようになる。

 「これは体からのサイン?何か間違ってる?」。答えを探りながら、マッキンゼーを退社し、ニューヨークへ。2008年、まさに「Change」の希望を背負ってバラク・オバマが大統領選を戦っている時だった。

 

 「2008年のオバマって、ほんとかっこよかったんですよ(笑)。若くて、少しでも何か社会のためになりたいと思ってる人は、ほぼ全員オバマのキャンペーンに動員されたっていう雰囲気だった」

 ウォールストリートの近くにある選挙事務所でフルタイムのボランティアとして働いた。ネットのツールを駆使し、誰でも、短時間から参加できる。マーケティングの手法を選挙の動員に応用する現場は刺激的だった。

 

 「ニューヨークだからめちゃくちゃ多様性がある。いろんなバックグラウンドを持つ人がいるし、いろんな経済状況の人が入ってくる。それまで自分がどれだけ狭い世界に住んでいたかって、完全に目を開かされました」

 その後、「online organizing」(ネットでの動員)を行う会社に勤務している時に、急成長していた「change.org」が日本でのキャンペーンディレクターを募集していることを知る。

 「日本に行くなんて、志があるなと感じた。日本ではまだ個人で声を上げる人が少ないから、『change.org』はすごく意味があると思ったんですね。そして、私のキャリアにとっても、おもしろい課題だと思った」

 

上陸1年足らずで10万人ユーザー

 日本語が話せてキャンペーンがわかる人ってそんなにいないから、彼らも私を雇うしかなかったのかもしれないけど、と言って朗らかに笑う。美人で優秀で弁も立って、アメリカの水のほうが合いそうなのに……?

 「でも私、イェールに行った時はほんとにホームシックで。こんな国、もうやだやだやだって感じで。毎週末、日本の家族に電話してました。だって、イェールですら、アジアの国の区別がついてない人が多かった。『中国と日本は違うよ!』って言いたくなるような、いい加減な質問をされるんですよ。ピシピシってやりたくなるじゃないですか!」

 

 そんなさまざまなエピソードを聞いているうちに、「日本の人も、もっと声を上げよう、社会を変えよう」というハリス鈴木さんの言葉が、単なるスローガンではなく、血の通った具体的なものに感じられてくる。

 北大の齋藤さんたちのキャンペーンは、一度は署名の受け取りが拒否されたが、話し合いの場が設けられることになり、対話が開始された。部活やサークルなどの集まりを通じて紙の署名も集めた。教員有志からも賛同と協力を得て、4月下旬には、新ジンパエリアの設置の約束を引き出すことに成功した。

  この成果を受けて、齋藤さんたちは、「キャンペーン成功!」を宣言して「chang.org」でのキャンペーンを終了することを決めた。しかし、代替地の選定、運用ルールの話し合いなど、対策委員会の活動は続く。完全終結がいつになるかはまだわからないが、「change.org」が初動の推進力を与えてくれたのは間違いない。

 5月に入り、「change.org」の日本でのユーザーは10万人を突破した。スタッフも募集中で、その活動の広がりは加速している。利用する人が増えればキャンペーンの質も変わっていくだろう。何が盛り上がり、何が淘汰されるのか。ハリス鈴木さんは 「change.orgはプラットフォームですから、結果としてユーザーの意識を反映すると思います」と言うが、まったく心配はしていない。

 「私はユーザーを、ソーシャルの力を信じています。『change.org』の目的は、自分たちで社会を変えられるんだっていう概念が根付くことなんです」

 ネットの中で閉じるのではなく、ソーシャルメディアをうまく使いこなしながら、現実の世界に働きかけていく。人の姿が見え、対話が生まれる。そんな成功事例が少しずつ積み重なっていった時、日本らしい変化のありかたが見えてくるのかもしれない。

[ライター 長瀬千雅/@chicanagase

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