メイロマさんインタビュー「『いまの日本』が当たり前じゃないと気づいてほしい」―「いま、日本で働く」ということ(3)

イタリアや日本などさまざまな国で働いてきた経験を持つ団塊ジュニアのメイロマさんは、「いま、日本で働く」ということをどう捉えているのか。Skypeでインタビューを行った。
Mayumi Tanimoto

ブラック企業、雇い止め、解雇ルールの検討――。いま日本では、働くことをめぐる問題が顕在化し、不穏な空気が漂っている。その反動か、会社に縛られない「ノマド」と呼ばれる働き方に活路を見出す人もいる。このような現状をどう捉えるか。日本人はどうすれば幸せに働けるようになるのか。本シリーズ「『いま、日本で働く』ということ」では、働き方をめぐって考え続けている4名の方にお話を伺っていく。

■谷本真由美さん(公認情報システム監査人)■

Twitterでは「メイロマ(@May_Roma)」として知られる谷本真由美さん。イギリスに住み、公認情報システム監査人として働いている。2012年、フリーで働くという生き方が「ノマド」として注目を集め、Twitterで賛否両論が巻き起こった時、この論争に参戦し、安易なノマド礼賛を一刀両断したのが彼女だ。イタリアや日本などさまざまな国で働いてきた経験を持つ団塊ジュニアの谷本さんは、「いま、日本で働く」ということをどう捉えているのか。Skypeでインタビューを行った。

——「いま、日本で働く」ということを、谷本さんはどう捉えていますか?

谷本:一言で言えば、「大変」ですかね。

——分かりやすいですね(笑)。どのあたりが大変に見えるのでしょう?

谷本:まず、お客さんの要求が高いことですね。求められる品質、スピード、レベルがとにかく高い。仕事の質に厳しい方が多いので、それに応えるためには、かなり一所懸命やらないといけない。これは辛いですね。

——海外では事情が違うのでしょうか?

谷本:スイスやドイツも品質に厳しい国と言われています。でも、要求されるレベルは日本のほうが圧倒的に高いですね。逆に中国やアメリカは本当にいい加減で「まぁこんなもんでしょ?」「遅れてもいいよね?」って感じ。イタリアやフランスのようなのんびりした国では「バカンスに行くから納期が2週間遅れるけど、いい?」「いいよー! じゃあ俺もバカンスに行こう!」「今日は妻を動物園に連れて行くから3時に帰るわ。チャオ」「楽しんでね〜」みたいな会話が日常的に交わされています。

——ちょっとうらやましい環境ですね。

谷本:日本じゃ絶対に怒られちゃいますよね。私は日本の某ネットベンチャーで消費者向けサービスに関わっていたことがあるのですが、少しでも間違いがあると、苦情がすごいんですよ。合弁先の会社が倒産しちゃって、その会社があるサービスを止めた時なんか、怒濤の電話攻撃。「損害賠償だ!」「図書券よこせ!」「金をよこせ!」って大変でした。毎日延々と電話してくる人や、すさまじい数のメールを送ってくる人がいるわけです。合弁先の別の国のユーザーは「ああ、仕方ないですね」と諦めちゃったというのに、日本の消費者は厳しいというか、暇というか、地獄まで追いかけてくるレベルで執念深い。

——どうしてこれほど厳しいのでしょうか?

谷本:島国で、ムラ社会的なところがあるからかもしれない。同僚もお客さんもお互いに監視している状態で、「きちっとやらなきゃ」という強迫概念が強い感じがしますね。

——ただ、「島国」という点はイギリスも同じですよね。

谷本:イギリスはヨーロッパと近くて、昔から海外との行き来が盛んなんです。欧州大陸との間に海はありますが、台風がないから大陸まで海を越えて移動しやすいんですよ。

しかも何度も異民族に侵略されたり、侵略したりしている。バイキングもやってきたし、フランス人もやってきた。ドイツからも人がやってきた。植民地からも人を輸入しています。ロンドンなんか人口の半分ぐらいが外国生まれです。

ですから、島国とはいっても文化も人種も色々混ざってます。そもそも王室の人がドイツ系とかギリシャ系ですから。フランスとは100年戦争をやってましたね。100年。すごい執念ですね。

だから、外の文化も柔軟に取り入れて、ゆるくなったんでしょうね。いろいろな人がいるから、最初から「みんな違う」と諦めている。

——そこは日本とイギリスでかなり違いますね。日本特有の大変さはほかにありますか?

谷本:労働時間が長いことですね。なぜなら効率がよくないから。いちいち細かいし、何でも完璧を求めがちなんです。何かを決める時も、イギリスだと「とりあえずやっちゃえ! 後で直せばいいよ」だけど、日本では「○○さんに根回しをして、○○さんのお話も伺って……」という調整から始まる。

説明資料も、文字ギッシリで膨大に作るでしょう? しかも、会議ではみんなそれを一字一句読む。字が小さくて読めない。しかも会議では読むのに熱心になっているから、誰も議論しないで終了。会議の目的が不明(笑)。

さらに、作った人以外には解読不可能なExcelの「文書」を海外に送って、海外の人が作業できなくて逆ギレされている。そのExcelが、1個のファイルにシートが20個付いている。ファイルが重すぎて落ちて、海外の人さらに激怒(笑)。「この作業は本当に必要なの?」と思うことが非常に多い。間違った方向、斜め方向の真面目さなんです。コピー機にプラズマなんとかをつけてしまう感覚ですかね。

外国人からしたら「ベリークレイジー!」ですよ。「どうしてジャパニーズはこういうムダなことを考えるんだ?」っていつも言っています。努力する方向が違うんでしょうね。私の知り合いで日本に働きに行った外国人がけっこういるんですけど、ほとんどの人は耐えられずに2年くらいで戻っちゃう。

——谷本さんとしても、日本より海外で働いているほうが楽しいですか?

谷本:そうですね、イギリスのほうが気楽で好きです。だから私みたいにいい加減な人は、特に海外がオススメですよ(笑)。「私、これはできません」と言っても怒られないですからね。私は国連の専門機関で働いた経験もあるんですよ。そういうところでも、日本よりはるかにゆるくて、おおらかでした。

——では日本の労働を取り巻く問題の中で、いま最も気になるのは何ですか?

谷本:働く人を守る法律が機能していないことですね。サービス残業は当たり前だし、職場で差別されて訴えてももらえる賠償金は少ないし、会社に対する懲罰が驚くほどゆるい。派遣社員と正社員が同じ仕事をしていても、賃金や待遇にすさまじい差がある。先進国だとあり得ないレベルです。

雇うほうと雇われるほうの取り決めもゆるいです。外国のエンジニアが日本で雇われると、「雇用契約書がこんなに適当なの?」って驚くんです。誰さんが何をやるということを文書化した「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」もいい加減。大手企業でもいきなりサービス残業をやれとか、契約書に書いてないことをやれと平気で言われる。周囲は何もいわずにやっていて、会社を訴えない。他の先進国だと訴えてますからね。これを見ていて、海外から来たエンジニアは逆ギレ。「俺、こんなところで仕事できねえ。辞めるわ。サヨナラ」と逃げちゃう(笑)。怒ったエンジニアを説得して働いてもらうのが大変です。胃に穴があきますよ。

——イギリスではどうなのでしょう?

谷本:職場で性差別や人種差別があると、裁判で数億円の賠償金を支払わないといけないんです。だから企業も訴訟にならない体制を作る。仕事はすべて契約単位。「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」に明記されている職務内容と勤務時間に従い、それ以上のことはやらない。これが普通ですね。無理矢理サービス残業やれといわれたら訴訟。会社を訴えるのが当たり前です。だって当然の権利ですから。

——日本にも法律はあるのに、機能していませんよね。

谷本:適用がゆるいんですよ。さらに罰金も少額だから、違反しても企業は困らない。実はそういう日本の労働環境って海外でも有名なんですよ。ネットに山ほど情報が出ています。これは非常によくない。海外から人材を呼び寄せるのも難しくなりますよね。ネットを見てみんな知ってますからね、「日本はヤバい、あそこは地雷だ」と。

——日本の労働環境がよくなる兆しは感じますか?

谷本:まったく感じません。むしろ悪くなっている気がしますね。最近はノマドが流行っているけれど、自営業は守ってくれる後ろ盾がないから、すごく危険なんです。仮にノマド化が進めば、労働環境はさらに悪くなるでしょう。企業としては、社員を抱えるのとは違って、年金や税金も払わなくて済むし、案件ごとに人を安く雇えて便利です。このブームは裏で糸を引いている人がいるんじゃないかと本気で疑いますよ。

——では、イギリスで最近話題になっている労働問題は?

谷本:こっちでは、「新卒一括採用」がないわけではないのですが、採用される人は日本ほど多くないです。「新卒採用」対象の人は幹部候補のように、かなりポテンシャルのある人ですね。採用は基本的に「経験があれば雇います」という状態です。

だから、まずはインターンをして経験を積むしかない。特に政治関係、ファッション、メディア、金融では必須です。インターンの多くは無償です。学生は生活費や交通費をすべて自己負担して、無償労働するわけです。数週間じゃなくて何カ月も。長い人だと2年ぐらいやっています。裕福な家の子じゃないと無理ですね。

―—どれくらいお金ががかかるんですか?

谷本:イギリスでは大学は、一つを除き、全部国立です。その学費が値上がりして、年に120万円ぐらいかかります。それプラス生活費や教科書代、インターンにかかる費用が必要。卒業する時には1000万円近い借金を抱えている学生もいます。

——新卒で就職するのは至難の業なんですね。

谷本:最近は不景気で、インターンを募集しない企業も多いんですよ。だから時給1000円ぐらいでスーパーで働いたり、事務のバイトをしたりする。するとスキルがつかないまま年をとっていくから、さらに仕事が見つからなくなる――。

企業は即戦力がほしいから、最近では外国人を雇うことが多いですね。私が携わっているITの仕事だと、インド人やロシア人が特に多くなりました。IT業界や金融業界は動きが早いので、若い人を雇って教育している暇がないんです。EUの人はイギリスで働くのにビザが要らないから、スキルのある人がどんどんイギリスにやってきます。

若者の雇用問題は、ここ3年ぐらいずっと議論されていて、国会でもテレビでも頻繁に取り上げられています。

——解決策は出ているんですか?

谷本:ドイツでは、若者に仕事のトレーニングをして経験を積ませる「アプレンティスシップ」という制度があるんです。それをイギリスでももっと活発に取り入れたらどうかという議論はありますね。

「アプレンティスシップ」とは、10代後半から20代前半ぐらいの若い人に、働きながら技能を身につけてもらう仕組みです。政府が企業に補助金を出すなどの支援をします。若い人は金額は大きくはないですが、お給料をもらいながら経験を積むことができます。

今は実務経験がないと本当に仕事がないから、大学での授業もどんどん実務中心にしています。うちの家人は大学の経営学部で教えていますが、起業の授業や戦略、ファイナンスの授業では、会社ですぐに使えるノウハウを教えています。

起業の授業では、実際に事業を興し、中国で製品を製造して大手の企業に販売したりするところまでやります。それでも就職できない学生が大勢います。人文系専攻の学生はもっと大変です。

——若者の雇用に関しては、日本のほうがまだマシかもしれないですね。

谷本:新卒に関してはそうですね。いろいろ問題はあっても、仕事自体はあるわけだから。スペインやイタリアはもっと雇用がないし、スーパーやコンビニも非常に少ないから、バイトも見つからないんです。ブルガリアとかチュニジア、アルバニアなんか、もっと悲惨です。

——仕事がない人はどうやって生活しているんですか?

谷本:家族と住んで、お小遣いをもらっていますね。

——話を日本に戻します。日本人が幸せに働けるようになるには、何がどう変わればよいと思いますか?

谷本:仕事を効率優先にすること。無駄をなくすこと。意思決定を迅速にすることも大切だし、働き方に柔軟性をもたせてもいいと思う。

今はそれができるインフラが整っているんだから、毎日出勤しなくてもいいし、オフィスを都心に持つ必要もないんですよ。日本なんか公共交通機関も電力インフラも通信インフラも世界最高レベルなんだから、オフィスを郊外に移すのは他の国に比べたら簡単なんです。

あとはさっきいったように、ルールとそれに違反した場合の罰則をきちんと定めて実行すること。ルールが明確になっていないんじゃ、海外の優秀な人は怖くて働きに来られないですよ。

——日本ではルールを無視したブラック企業がこれだけ話題になっているのに、改善する兆しがなくて、不思議です。

谷本:みんなが声を上げ続けないといけないですよね。言うことを止めてしまったら、何も変わらないと思います。

——では、日本で働く人に向け、何かアドバイスをするとしたら?

谷本:まず言いたいのは、「お互いさま」という気持ちを持ってほしい、ということです。自分だって病気をして仕事を休むかもしれない、子供をもって育児休暇をとるかもしれない。なのに、なぜそれを批判するんだろうか、と。いまの日本社会は、そういう面での温かさが欠けている気がします。もう一つ、日本での仕事のやり方が絶対ではない、ということを知ってほしい。外の世界を見れば、やり方や求めるものがそれぞれ全然違うと分かりますよ。

——谷本さん自身も海外に出て、価値観の違いに驚きましたか?

谷本:そうですね、「こんなやり方があるのか!」って。たとえば、私の友達のイラク人は、まったく感覚が違うんです。どんなに大切な仕事中でも、「お祈りしてくる」といって行っちゃうんですよ。イラク人は仕事よりもお祈りが最優先。それが普通なんです。海外では人によって優先することが違うし、人によって優先することが違うということを、当然のこととして受け入れる土壌がある。それを見て、「自分は日本的なやり方に縛られていたんだな」と気付きました。イギリスの大きな会社やカンファレンス会場には、ちゃんとお祈り部屋が用意されています。これがないと「差別だ」と言われてしまうから。いろいろな背景がある人と触れ合えば、仕事への考え方も変わりますよ。「いまの日本」が当たり前じゃないと気付いてほしい。

——そんな日本で、何か明るい兆しを感じることはありますか?

谷本:若い子は考え方が変わってきたと思いますよ。10代から20代くらいの子は、バブル世代とは明らかに違う感覚を持っている。「お金を得るよりも人の役に立ちたい」という人も多いし、ノマド志望者の中にもしっかりしたビジョンを持った人がいる。「外国で働きたい」という人も増えました。大きな会社に入って安泰を得る以外の選択をする若者が出てきた、これはすごくいい兆候です。日本人の働き方がどんどん多様化していくきっかけになると思いますよ。

▼谷本真由美(たにもと・まゆみ)

1975年、神奈川県生まれ。シラキュース大学Maxwell School of Citizenship and Public Affairs 国際関係論修士課程、シラキュース大学 School of Information Studies 情報管理学修士課程修了。ITベンチャー、経営コンサルティングファーム、国連専門機関の情報通信官などを経て、現在はロンドンの金融機関で情報システムの品質管理とITガバナンスを担当中。その傍ら、ロンドン大学教授である夫とともに日本人の英語指導にもたずさわっている。ツイッター上ではその個性的なツイートが話題を呼び、「メイロマ」の名前で多くのフォロワーに愛されている。WirelessWire Newsで「ロンドン電波事情」を、cakesで「世界のどこでも生きられる」を、朝日出版社のメールマガジン「英語を“楽習”しましょ」では「London Calling ──イギリス英語に耳をすませば」を連載中。著作に『ノマドと社畜』(朝日出版社)、『日本が世界一貧しい国である件について』(祥伝社)、『日本に殺されず幸せに生きる方法』(あさ出版)がある。趣味はハードロック/ヘビーメタル鑑賞、漫画、料理。

・ツイッターID:@May_Roma

・公式ブログ:英語虎の穴

[インタビュー・構成:田島太陽]

【「いま、日本で働く」ということ】

・メイロマさんインタビュー「『いまの日本』が当たり前じゃないと気づいてほしい」

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