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海老原嗣生さんインタビュー「目指すは欧米型と日本型のハイブリッドな働き方」―「いま、日本で働く」ということ(4)

2013年05月23日 00時55分 JST | 更新 2014年06月15日 22時10分 JST
Tsuguo Ebihara

ブラック企業、雇い止め、解雇ルールの検討――。いま日本では、働くことをめぐる問題が顕在化し、不穏な空気が漂っている。その反動か、会社に縛られない「ノマド」と呼ばれる働き方に活路を見出す人もいる。このような現状をどう捉えるか。日本人はどうすれば幸せに働けるようになるのか。本シリーズ「『いま、日本で働く』ということ」では、働き方をめぐって考え続けている4名の方にお話を伺っていく。

■海老原嗣生さん(雇用ジャーナリスト)■

海老原嗣生さんは雇用ジャーナリストだ。転職支援を行う「リクルートエージェント」で人事設計などを経て、人と組織の研究機関「リクルートワークス研究所」に出向し、「Works」という機関誌の編集長を務めた。転職をテーマにした『エンゼルバンク』というマンガでは、登場人物のモデルにもなっている。労働市場を眺め続けてきた海老原さん。企業と働き手両方と接してきた彼は、「いま、日本で働く」ということをどう捉えているのだろう?

――海老原さんは「いま、日本で働く」ということをどう捉えていますか?

海老原:僕は雇用ジャーナリストとして、さまざまな人と話してきました。就職活動をする若者だけでなく、企業の人事担当者、経営者、厚生労働省や経済産業省の官僚、地方自治体の雇用担当者まで。一つ言っておきたいのは、日本の雇用状況に問題はあるにせよ、ブラック企業経営者のような一部の人を除き、みなさん善意なんですね。人事も経営もいかに社員に気持ちよく働いてもらうかを考えながら仕事をしています。

ただ、それぞれの立場で「正しい」と思うことを言うから食い違う。マスコミも同じです。ポジショントークから逃れられていません。

たとえば、日本型雇用には「異動=配転」がつきものです。これを外から見ている人、とりわけ欧米礼賛の人や、アンチ企業の人は、「赤紙一枚でどこでも飛ばされる最悪の仕組み」といいます。でも、企業側は「上司とうまくいっていないから」「顧客層に恵まれていないから」「今の仕事に苦しんでいるから」と、そんな親心で行うケースが多い。こうした定期異動がない欧米系では、上下関係が崩れれば退職しか救済方法はないし、職務チェンジだってできません。だから、「日本型の異動がある社会でよかった」と思う人は非常に多い。佐賀女子短期大学の研究論文の資料を見たのですが、7割近い人が前向きにとらえています。ところが、外の人からは、前述のとおり「最悪のシロモノ」と見える。

――働くことを取り巻く問題の中で、最も大きなものは何だと思いますか?

海老原:世間では若者の失業率を取り上げて、「仕事に就けなくてかわいそう」と言いますよね。しかし僕は、キャリアの入り口である新卒採用に関しては、日本のやり方が機能していると思っているんです。

若者の失業率を見るとヨーロッパではだいたい20%前後。南欧では50%に達する国もあります。対して日本は8%。

何の職業スキルもない若者を採用するという行為に、経営合理性至上主義者からは、「無駄な行為」との批判が寄せられます。でも、欧米のように、政治を学んだ人しか政治記者になれない、人事のエグゼクティブになるには組織心理学の大学院を出なければならないというような、ワクにはまった人材登用より、自由度があっていいと思う。若年時代の経験で後半の人生がすべて決まるのも、夢がないと思うのです。

――日本型の雇用モデルは、実は優れている?

海老原:日本の雇用モデルは、ヨーロッパ型やアメリカ型としばしば比較されます。でも、それぞれに一長一短があって、欧米型にすればすべて問題が解決するわけではありません。僕はその違いを正確に理解して、ハイブリッド型の雇用の仕組みを、うまく作れないかと考えているんです。

――日本型と欧米型で最も違うのは、どこでしょう?

海老原:新卒や未経験者を一括採用するのは日本だけです。そうして、さまざまな部署や地方を経験させながら、適性のある仕事に導いていく。彼らは全員、少なくとも係長にはなり、そのうち過半数は課長になるわけです。つまり、みんな「エリート」として採用されているんですよ。こんな国は、ほかにありません。

――欧米ではエリートと非エリートが分かれているのでしょうか?

海老原:雇用が完全に分かれています。キャリアパスがあるのは、一部のエリートだけ。「パイプライン管理」とか称して、重要職務に次々に登用されます。非エリートでも優秀な人は抜擢されるルートもありますが、それも30歳ぐらいまで。大部分の人は一生ヒラで、ずっと同じ仕事をやっているんです。

――日本の企業は若い人にある種の英才教育を行っている、と。

海老原:英才とはちょっと異なりますが、「幹部候補」という扱いを用意している。転勤や異動など、会社の命令権の強さを非難する人もいますが、人事というものは基本的に、人材を成長させるために行います。「人を使い捨てる」と考えたら、会社なんて、うまく行くわけがないですから。今いる人たちに能力が発揮できそうなポジションに行ってもらい、本領を発揮してもらう。そして、早々に結論を出したりせず、ゆっくりボトムアップさせていく。人事部はそれを考えているわけです。

――なぜ日本では、このような手厚い対応が可能なのでしょうか。

海老原:そこです。新卒未経験の新人って、ものすごく手がかかるじゃないですか。営業で入っても、一人じゃ客先に行けないから、同行者が必要。トラブルやクレームがあれば、誰かが代わって対応しなければならない。でも、日本の会社には出世して管理職にはなったけれど、たいして忙しくはなくて、お茶ばっかり飲んでるような人がたくさんいるわけです。そういう人たちは、私も大きな問題だと思います。ただ、彼らは「新人をサポートしてくれ」と言われれば、喜んでやってくれるでしょう? 欧米型だったりすると、「It’s Not My Business(知ったことか!)」と言われたりするでしょう。

――聞いていると、日本型の雇用にはメリットしかないように思えます。

海老原:全員を幹部候補として採用する日本型雇用では「がんばって出世の階段を昇りなさい」「そのために若い時には努力しなさい」とインプットされます。これが悪用されると、ブラック企業のような事例になりますね。

それから日本型雇用では、ものすごく困ったことが後半戦に起きる仕組みになっています。全員に出世の階段を昇らせて、途中で脱落させない。だから年をとって役職者となり、実務をやらない、会議だけやってるおじさんたちに、高い給料を払い続けなくちゃいけないんです。さらには、こんなことも起こります。本当にできる人なら20代で課長にしてもいいじゃないですか。でも「一律」が建前だから、それができないんです。

――一方、欧米型は実力主義であると。

海老原:優秀な人たちに試練とチャンスを与え、強烈に伸ばしていくトップエクステンションの仕組みがあります。

でも、欧米の企業で「グローバルエリート」と言われている人は、全社員のうち、1割程度なんですよ。「シエスタ」なんていって家に帰って昼寝しちゃうような、残業をいっさいしない人たちが多々存在する。

でも日本人は事情がよくわからないから、それをごっちゃにして「エリートが家に帰って昼寝するくらい、ワークライフバランスが充実してる」って思っちゃう。そんなわけがないんですよ。圧倒的多数の全然働かない人と猛烈に働く人に分かれているんです。

――日本とは対照的ですよね。

海老原:全員を教育し、切磋琢磨させることによって仕事のレベルが底上げされるのは、日本型雇用のいいところです。だから、それは残さなきゃいけない。ただ、一律の競争は35歳ぐらいまでで止めればいいんです。その時点で、険しい出世の階段を一生昇り続けられる人と、それまでとは違うゆるやかな階段に移る人に分ける。第2の階段に移った人は、給料は低く留まるけれど、残業がなく、転勤を断る権利があり、ワークライフバランスが充実した生活が送れる、つまり、途中から欧米型に移行できる――というように。

――でも、第2の階段に移った人たちは、給料が低く留まるわけですよね。どうやって家族を食べさせていけばいいのでしょう?

海老原:答えは簡単。「×2」……つまり、共働きすれば食っていけるんですよ。たとえば、初任給が400万で、35歳になっても頭角を現さず、年収500万円くらいで止まっているような人。彼らは一生ヒラになりますけど、でも、そのぶん、もう切磋琢磨はやめて、ワークライフバランスの充実を手に入れる。だから、男でも家庭を大切にできます。保育園に迎えにもいけるし、短時間勤務だって可能。で、夫婦でそんな仕事になれば、お互いに融通し合って長く働ける。奥さんも職を辞める必要はない。つまり、500万円稼げる。ならば、世帯収入は1000万円になる。こんな「×2」で「ワークライフバランス充実」。それが欧米型ノンエリートの生活なのだと思います。

――やる気のあるバリキャリ志向の女性には、出産、育児……という壁が立ちはだかりますよね。

海老原:そう。彼女たちはかわいそうです。子どもを産んで、育児休暇をとって――っていうのは、女の人に押し付けられる。子育てが一段落してキャリアに戻った時には、男性の同期が課長になっている。自分だけが出世街道からはずれて、ヒラに留まっているんです。やる気のある女性は救われないんですよ。

――この問題は、どう解決すればよいのでしょうか?

海老原:「欧米はどうしているか」というところを、誤解なくしっかり見つめるべきでしょう。

欧米でワークライフバランスが充実している世帯は、そのぶん出世を諦めてヒラで働く。一方、トップエリートは、女性でも家庭を顧みず、バリバリ働き、家事育児は「アウトソーシング」する。

これを日本人はごっちゃにして、「エリートでも家事・育児している」と勘違いしている。違うんです。ワークライフバランスをとればヒラ、上を目指すなら家事・育児はアウトソースで仕事に没頭。こうした、トレードオフにあるという現実を見つめて、どっちをとるか、ということでしょう。

――日本人が幸せに働けるようになるには、何が変わればよいと思いますか?

海老原:日本人は、長らく「平等」で「一律」を重視し続けました。誰にでも出世するチャンスを与え、だからみな、能力アップに励んだ。

ただ、それがいろいろな意味でもうもたなくなっている。一つは、そうした階段を全員に用意するほど、企業の懐が暖かくはないこと。もう一つは、少子化で女性の労働力が必要であり、共働きになれば、家事・育児の問題が起きること。

とすると、そろそろ「全員一律に階段を昇る」という仕組みをリニュウアルしないと。それを一気に欧米型階層構造にするのは、心理的に無理もあるし、日本型の良さも潰えます。ならば入口は日本型で、家事・育児が切実になり、しかも将来が見える35歳ごろで欧米型に行くというコースを接ぎ木するようなハイブリッドがいいのではないでしょうか。

――変化の兆しはあるのでしょうか。

海老原:1991年にバブルが崩壊し、日本企業が危機感を持ち始めたのが1995〜96年ごろ。直近の賃金構造基本統計調査のデータを見ると、男性×大卒×正社員でも50代前半で課長になれない人たちがようやく4割程度出てきました。

この動きに15年以上かかったわけなんです。もう15年経つと、課長になれない人は6割、係長になれない人たちも3割ぐらい出てくるでしょう。

彼らを「出世から外れた」と後ろ向きにとらえず、ワークライフバランス充実コースに行った「途中から欧米型雇用」労働者と前向きに捉えてみてはどうでしょう。

そういう層が出てくると、正社員全体の給料が抑えられて、その余資を非正規の待遇向上にもあてられるでしょう。こうして、ハイブリッド型雇用の完成形に近づくんですね。

そうなるには、バブル崩壊から今までの変化のスピードからして、2030年ぐらいまでかかるでしょう。それまでは、さまざまなポジションの人が議論し、時には傷つけ合いながら、かたちを整えていくのだろうと思います。

【訂正】文中「佐賀大学」となっていた部分は「佐賀女子短期大学」の誤りでした。訂正してお詫びいたします。

▼海老原嗣生(えびはら・つぐお)

1964年、東京生まれ。上智大学卒業後、大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)に入社。新規事業企画と人事制度設計等に携わった後、リクルートワークス研究所へ出向し、「WORKS」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に(株)ニッチモを立ち上げ、HRコンサルティングを行うほか、リクルートエージェント社のフェローとして、同社発行の人事雑誌『HRmics』の編集長を務める。転職エージェント漫画『エンゼルバンク』(モーニングKC)の主人公 カリスマ転職代理人・海老沢康生のモデルでもある。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』(プレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』(朝日新聞出版)など。

[インタビュー・構成:長瀬千雅]

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