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「待機児童ゼロ」が招く詰め込み保育の危険 ―「子育てしやすい国」の条件(2)

2013年05月23日 23時08分 JST | 更新 2013年06月19日 21時57分 JST
Hiroko Inokuma

■横浜市の本当の「待機児童数」

 保育園に入れない子どもを持つ親たちの集団異議申し立てが各地で連鎖して起こる中、5月20日、横浜市の林文子市長が「待機児童ゼロ宣言」をした。翌21日には安倍首相が横浜市を訪れ、林市長と共に、2カ所の企業設立の保育園の視察をした。

 かつて横浜市といえば、働く親たちの間では「子育てしにくい」と言われていた街のひとつだ。認可保育園の待機児童は常にワースト上位に入っていた。運良く保育園に入れたとしても、3歳以上になると給食の「主食(ご飯やパンなど)」が出ず、「主食弁当」持参になる園が多かった。小学校に入れば学童保育が少なく、親たちで自主運営している学童保育も多かった。

 さらに、中学校から給食がなくなり、子どもたちはお弁当持参になる。平成22年に報告された待機児童数は1552人、平成23年には971人いた。それが平成24年には179人まで減らし、平成25年ついに「0人」になったと発表されたのだからある意味、感慨深いものがある(数字はすべて各年4月1日現在のもの)。

 とはいえ、本当に「0」になったのかといえば、やはり数字のマジックがあることが次々にわかってきた。親が育児休暇中の子どもや、家で求職中(どこにも預けずに仕事を探している状態)の場合などは、横浜市の「待機児童」の定義から次々に外されてしまう。その結果が「0人」なのだが、横浜市の発表によると、純粋に認可保育所に入れない子どもの数は1746人もいるのだという。

 主に企業による新しい保育所の開設以外にこの「待機児童ゼロ」という数字のマジックを後押ししたのが、「弾力化」あるいは「弾力運用」と言われる規制緩和だ。

 

 小泉首相が国会の本会議場で発表した「待機児童ゼロ作戦」を覚えているだろうか。当時、導入されたのが、保育所定員の「弾力化運用」であった。市町村において待機児童解消等のため、定員を超えて入所できるようにすることをいう(平成10年「保育所への入所の円滑化について」厚生省児童家庭局保育課長通知による)。

 保育園には面積などから割り出した「定員」が設定されているが、待機児童の多い地域では、その数字に対して、年度初めでは約15%、年度途中では約25%、年度後半にかけて(10月以降)にそれ以上の定員を上乗せして保育を行ってもいい、ということになっている。「弾力運用」とは、つまりは「詰め込み保育」のことだ。

 全国的にこの「詰め込み」が顕著になってきている中、横浜市では、特に公立保育所に対してこの弾力運用を課している。

■大人の都合で進む「面積基準緩和」

 たとえば、ある市立保育園では、ホール(子どもの遊技場)を保育室に転用し、定員を24人増やした上、さらに弾力化をして定員外でさらに25人の子どもを受け入れている。また別の市立保育園では、園庭にあるプールを壊して保育室を作り、そこに13人の子どもを受け入れている。園庭も狭くなり、子どもが思う存分動けるスペースがなくなったという。

 国基準では、0〜1歳児に必要な面積は3.3㎡とされる。3.3㎡でも決して広くないのだが、横浜市では2.475㎡で運用しているという。本来、この面積にはプールやホールなど、子どもの保育室ではない部分は含まれない。そこをつぶして保育室にすれば、確かにより多くの子どもを預かることはできるが、子どもが増えれば保育者の数も増える。

hoiku

(東京都杉並区の保育園で行われた実験。一番広い枠がスウェーデンの基準で、一番狭い枠が東京都の認証保育所の基準になる)

 4月26日に、全国保育団体連絡会が杉並区の保護者などの協力にによって、阿佐谷保育園で面積基準緩和の実証実験を行った。そこでは、世田谷区などが採用している0歳児1人あたり5㎡の面積基準で保育をした場合、国基準の3.3㎡で保育をした場合、東京都認証保育所で採用している基準の2.4㎡で保育をした場合の比較が行われた。あくまでも保育室を再現しての「実験」であるため、研究的な厳密さはなかったかもしれないが、1人あたりの面積が減るにつれて子どもの数が増え、保育者の数も同時に増えていくため、保育室が騒々しくなり、落ち着かない雰囲気になるのがわかった。面積基準が低くなっていくほど、不思議と泣く赤ちゃんの数が増えていく。

 あたりの雰囲気がせわしなかったり、いつもと違うときには赤ちゃん自身が落ち着かない気持ちになっていくせいか、よく泣くものだ。また、泣かないからといってずっとベッドに寝かされたままの赤ちゃんもいた。目の前で繰り広げられている「実験」は、「詰め込み保育」の現実をまざまざと見せつけられた。親として恐怖を覚えた。

 

 子どもの育つスピードは速い。生まれたばかりの赤ちゃんも、わずか3年経てば幼稚園に入園できる年齢になる。その速度が、きちんと予算取りをして一から設計して保育所ができるまでのスピードと合致しない。今、保育所が必要な子どもに必ず入れる保育所を確保するためには、子どもの成長の速度に負けないスピード感が求められる。だからといって、保育にふさわしくない施設での保育所を作り続けていいはずはないだろう。子どもたちに目が行き届かない施設では、常に命の危険がある。ものを言えない子どもたちを、しっかり守ってやらなければならないはずなのに。

 待機児童がいくらゼロになっても、子どもの声が届かない、大人の都合だけによる子どもの詰め込みが、続いていいはずがない。

【ジャーナリスト、東京都市大学客員准教授 猪熊弘子】

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 連載「『子育てしやすい国』の条件」では、20年に及ぼうとする日本の少子化問題をリポート。待機児童問題、家庭と子育ての両立など、国や自治体、そして私たちは何をするべきなのか。その解決への糸口を考えてゆきたいと思っています。「『子育てしやすい国』の条件」はこちらから読めます。

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