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アルスエレクトロニカ栄誉賞の渡邉英徳さんに聞く―記録ではなく、記憶に残る「東日本大震災アーカイブ」

2013年06月11日 01時39分 JST | 更新 2017年08月20日 23時13分 JST
渡邉英徳/google

 

 東日本大震災の被災地で人々はその日、何を思っていたか。世界中のどこからでも、ネットでアクセスすれば知ることができる「東日本大震災アーカイブ」。デジタル地球儀ソフト「グーグルアース」を利用し、被災地の人たちの写真や発言、ツイッターの投稿などを地図情報とともに見ることができる。単なる記録ではなく、人々の記憶として心に響く美しいアーカイブは、アート作品としても評価され、国際的なメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ」のコンペティションで5月、栄誉賞を受賞した。こうしたグーグルアースやビッグデータを用いたプロジェクトの数々を手がけてきた首都大学東京システムデザイン学部准教授の渡邉英徳さんに、その「思想」をたずねた――。

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■遠い島、ツバルを可視化する

 2009年、あるパーティーに出ていた渡邉さんは偶然、南太平洋の島国家、ツバルで活動している写真家、遠藤秀一さんと出会った。当時、ツバルは地球温暖化による海面上昇で消えると言われていた。「ツバルは大変ですよね」と何気なく話したところ、「それは一面的過ぎます。実際にツバルの人たちの顔を見て、言葉を聞いてから、議論しないといけないんじゃないですか?」と思わぬ返事があった。

 「今考えたら、軽はずみな言葉だったのですが、その会話をきっかけに遠藤さんと作り始めたのが、ツバルを可視化するプロジェクトでした」。すでにいくつかグーグルアースを利用したコンテンツを作っていた渡邉さんは、ツバルに暮らす400人の顔写真とインタビューをグーグルアース上にマッピングした「ツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクト」を公開した。写真をクリックすると、その人の言葉が読める仕組み。断片的な情報ではなく、まるで友人からのメールを開くように、ツバルの人たちの思いが伝わってくる。

 「大人は『ニュージーランドに逃げるんだ』とか、温暖化に関する話題が多いのですが、子供たちはそうでもなくって、『僕は船乗りになって、家族のためにお金を稼ぐんだ』と夢を語っていて、はっとさせられました。彼らは海面上昇のことばかり考えて暮らしているわけではない。特に子供たちは楽しい日常を送っているわけですよね。そういうのを含めて、ツバルを見ないといけない」

 毎年のように遠藤さんからツバルの人々の写真が届き、現在も更新されている。このアーカイブはツバルの人たちの写し鏡として生きているのだ。

 ツバルのアーカイブを発表した翌年、渡邉さんのもとにメールが届く。文化庁メディア芸術祭で審査委員会推薦作品として表彰、展示されていたツバルのアーカイブを見た長崎の被爆3世の人からだった。

 「同じシステムで、長崎の被爆者の証言を世界に発信できないでしょうかというオファーでした。2010年は長崎に原爆が投下されてから65年で、原爆の体験者の方が高齢化していた。その体験をどう伝えてゆくかという問題意識があり、ツバルのインターフェイスを見てこれだ!と思ったそうです」

 そうして完成したのが、「ナガサキ・アーカイブ」だ。被爆風景の写真はすべて長崎原爆資料館から提供を受け、被爆者の証言は長崎新聞社編纂の「私の被爆ノート」から掲載されている。「被爆者の方々の証言が、その当時いらした場所にマッピングしてあります。ひとつひとつ、とても重厚な内容なので、読むのに覚悟が必要です」。さらに、長崎のアーカイブから始めたのが、当時の写真をグーグルアース上に重ねる試みだ。

 「写真が撮影された場所を地形などから推測して、グーグルアースの上に重ねて見えるようにしています。これはすべて手作業です。証言も自動でマッピングしているようにみえますが、GPSデータがついていないので丁寧に読まないといけない。ちょっと大変な作業なのですが、手作業はとても重要なんです。学生たちと一緒にこのアーカイブを作ったのですが、このあたりではこういうことが起きていたとか、この写真は今の長崎市のここをとらえたものだと学びながら作って、僕ら自身が語り部になれるのです。長崎での手法が結局、現在まで生きています」

■アーカイブの裏側にある人々の顔

  

 ナガサキ・アーカイブは評判を呼び、今度は広島に広がる。長崎のアーカイブを見た広島の被爆2世の人からメールが届き、渡邉さんは現地へ出かけてプレゼンテーションをした。しかし、地元の人たちの反応は意外にもかんばしくなかった。「ナガサキ・アーカイブは1日20万PVぐらいあり、すごく話題になっていました。僕はちょっとうぬぼれていて、広島の人も喜んでくれると思って、正面切って行ったらあまり受け入れてもらえなかった。地元の方々にとって、何が良いことなのかがうまく説明できなかったんです」

 他にも課題はあった。広島の被爆者の証言は、広島平和記念資料館に保存されているが、本人に承諾を得なくてはネットで公開はできない。ところが、その作業を担える人材も予算もなかった。ここで、渡邉さんに転機が訪れる。地元の協力者の人たちと相談して、高校生たちと一緒に証言の保存活動をするという目的に切り替えたのだ。地元の高校生が被爆者のもとを訪れ、インタビューして証言を集め、「ヒロシマ・アーカイブ」は完成した。渡邉さんはある男性の写真を示して、こう語る。

 「例えば、この方は今までずっと被爆者であることを親戚にも言わずに隠してきた。差別を受けるからです。でも、アーカイブではこんなに柔和な表情をされています。これは高校生がインタビューしたから。外から来たプロのインタビュアーだったら、心を開いてくださらなかったのではないかと思います」

 ここまで来て、渡邉さんは気づいたという。「グーグルアースのインターフェイスはあくまでインターフェイスでしかなくて、アーカイブは証言を未来に伝える活動に裏付けられていないといいものにはならない。それが、いろいろなところににじみ出るんです。写真に写っている表情だったり、証言の言葉だったり。裏側にあるコンテンツの活動に、人々の顔が浮かんでくるのです」

■ビッグデータで東日本大震災を分析 

 時間を少し、さかのぼる。東京・八王子で「ヒロシマ・アーカイブ」の初めての打ち合わせが開かれた帰りのことだった。大きな揺れとともに、乗っていた電車が急に止まり、動かなくなった。2011年3月11日、東日本大震災が起きた日だった。

 「翌日からどうしようかと悩みながら作り始めたのが、『東日本大震災アーカイブ』でした。手法は今までと基本的に一緒なのですが、いくつか違うところがあります。現在、起きている災害だからこそ、リアルタイムの資料を載せることができる。レイヤーを切り替えれば、震災当日の被災地のみなさんのツイートを見られるようにしました。振り返って過去を証言するのではなく、その日、その場で衝動的に書いたものが、アーカイブされてゆく時代です」

 渡邉さんが手がけた東日本大震災関係のプロジェクトはこれだけではない。東日本大震災では、大量のデータいわゆるビッグデータが蓄積され、その利活用に注目が集まっている。「この巨大なデータを活用したのが、東京大学の早野龍五教授と一緒に作った放射性ヨウ素の拡散状況のシミュレーションです。ヨウ素は半減期が8.1日と短いため、福島第一原子力発電所事故発生後の実態が掴めていません。それを予測してみる試みです」

 シミュレーションには、国立情報学研究所や海洋開発研究機構、SPEEDIなどが所有する複数のデータを使用した。複数のデータを重層させることで、放射性ヨウ素の拡散が可視化されるのだ。

 「放射性物質が北西に飛んでいるのはよく見ると思うのですが、3月15日の朝に時間を巻き戻してみると南に伸びています。南には人口密集地帯のいわき市があり、そこへ飛んでいたかもしれないことがわかりました。こういうシステムを稼働させておけば、万が一、また事故が起きた時に避難する手がかりになるかもしれない」

 

■「集合知」で見えてくるもの

 渡邉さんは他にも、東日本大震災のビッグデータを用いてユニークな分析を行っている。震災発生直後24時間以内で、NHKが放送で言及した被災地をグーグルアース上にマッピング。ここへ、気象サイト「ウェザーニュース」上に報告された災害状況や位置情報のついたツイートなどを重ね合わせてみる。すると、NHKの報道がカバーしなかった地域でも、多数のユーザーによる災害状況報告が存在したことを確認できたのだ。報道の空白地帯が浮き彫りになった。

 「集合知みたいな感じですね。トップダウンのマスメディア報道と、ボトムアップの一般の方からの情報を重ねると色々なことがみえてくるし、これまでできなかったことが、できるようになるかもしれない」

 

 「東日本大震災アーカイブ」、「放射性ヨウ素拡散シミュレーション」、「NHK報道空白域の可視化マップ」。グーグルアースやビッグデータを駆使した渡邉さんによる一連のプロジェクトは内外で高く評価され、アルスエレクトロニカ栄誉賞受賞へとつながった。

 渡邉さんは自身の活動について、こう評する。「僕がやっているのは、ひとつひとつのデータに時空間情報をつけるということです。もし、グーグルアースのサービスがなくなったとしても、他のプラットフォームに移すことができる。これからのデータにはあらかじめ時空間情報がついていることが多いだろうから、もしかしたら、僕の作業も不要になるかもしれませんね」

 そんなクールな渡邉さんだが、手がけてきたデジタルアーカイブには通底する思想がある。「自分からを遠いものを感じてほしい。それがネット上で見られることはとても重要だと思っています」。そして今進めているのは、2004年に起きたスマトラ島沖地震の大津波のプロジェクトという。

 渡邉さんのデジタルアーカイブによって、世界はもっと私たちに近づくことになりそうだ。

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