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クルム伊達公子、ウィンブルドン史上最年長の挑戦終わる 「満足することなく戦い続けたい」

2013年06月29日 21時44分 JST
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LONDON, ENGLAND - JUNE 29: Kimiko Date-Krumm of Japan reacts during the Ladies' Singles third round match against Serena Williams of the United States of America on day six of the Wimbledon Lawn Tennis Championships at the All England Lawn Tennis and Croquet Club on June 29, 2013 in London, England. (Photo by Clive Brunskill/Getty Images)


史上最年長の42歳でテニスのウィンブルドン選手権3回戦に進出したクルム伊達公子は29日の第6日、女子シングルス3回戦で2連覇を目指す第1シードのセリーナ・ウィリアムズ(米国)と対戦したが2―6、0―6で敗れ、四大大会で2008年の現役復帰後初のベスト16入りはならなかった。共同通信が伝えた。

クルム伊達選手は試合後、「セリーナ・ウィリアムズ選手のサーブの質が高く、リズムが作れなかった。ほかの選手とは格が違う。でも自分のテニスができる部分もあったので、今度は芝ではないハードコートで対戦してみたいと思った。42歳の私が3回戦まで来れたことはうれしいが、満足することなく戦い続けたい」と笑顔を見せていたことを、NHKは伝えている。

クルム伊達公子は1970年9月28日生まれ。京都府京都市出身。6歳の時からテニスを始めた。テニスの名門園田学園高等学校に入学後、88年のインターハイでシングルス、ダブルス、団体優勝の3冠獲得を達成。高校卒業と同時にプロ転向した。

もともとは左利きだが、テニスでは右打ち、バックハンドは両手打ち。相手の打ったボールが自分のコートでバウンドした直後に打ち返す「ライジングショット」を武器に活躍。プロ転向後は着実に成績を伸ばし、92年には、テニス4大大会のシード権を得て全仏オープンテニスに出場し4回戦に進出した。他にも、全日本テニス選手権2連覇を達成し、それらの活躍からWTA(女子テニス協会)の「Most Improved Player of the Year(最も進歩した選手)」に選ばれた。

94年1月にオーストラリアのニュー・サウスウェールズ・オープンで海外初優勝、同年全豪オープンで自身初の4大大会での4強入りを果たす。95年の東レ パン・パシフィック・オープン・テニス・トーナメントで初優勝し世界ランキングを自己最高の4位まで上げた。全豪オープン(94年)、全仏オープン(95年)、全英オープン(96年)でそれぞれベスト4、全米オープンベスト8(93年・94年)などの成績を残し、96年9月に引退を発表した。

2001年12月1日、ドイツ人レーシングドライバーのミハエル・クルムと結婚。引退から12年近くを経た08年4月7日、ツアープレーヤーとして復帰することを発表。本名の「クルム伊達公子 」として登録した。(コトバンク「クルム伊達公子」より要約)

ロイターによると、ウィンブルドン選手権の女子シングルスでは、1985年にバージニア・ウェード(英国)が39歳で3回戦に進出したのがこれまでの最年長記録だった。

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