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巨大年金基金にアベノミクスの風圧 「まな板の鯉状態」GPIF改革【争点:アベノミクス】

2013年07月02日 21時05分 JST | 更新 2013年09月01日 18時12分 JST
Reuters

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世界最大の機関投資家、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に「アベノミクス」の風圧が強まりつつある。日本国債など国内債券に偏っている安全・低リスク運用を転換、年金運用の収益を上げるとともに、株式や不動産関連などにも投資の分散を進めたいというのが政府の思惑だ。

しかし、変化とは縁遠い巨大な官僚組織が新たな環境に対応しにくいのは、GPIFも例外ではない。再浮上した同法人の改革論議が、安倍政権の期待する成果を生むかどうかはまだ不透明だ。

「(GPIFは)まさにまな板の上の鯉のような状態」。GPIFの清水時彦・調査室長は先週、都内で開催されたヘッジファンドセミナーでこう語った。今回、安倍政権が仕掛けようとしている同法人の改革が、部内の職員ではなく外部の有識者による会議で議論されるためだ。

同法人が運用する資産総額は、韓国の経済規模に匹敵する110兆円に及ぶ。その運用戦略の「脱JGB」化を促し、どのように株式や外貨建て資産にシフトするか。それだけでなく、資産運用の専門家を持つプロフェッショナルな組織づくりをめざし、同法人の陣容や報酬体系も論議される見通しだ。

7月1日に初会合を開いた有識者会議の座長、東京大学大学院教授・東大公共政策大学院院長の伊藤隆敏氏はロイターのインタビューで、同法人の運用方針とガバナンスは一体的に議論するのが適切との見方を示した。同会議はGPIFだけでなく公務員共済などおよそ200兆円に上る公的資産の運用のあり方を全般的に論議し、今年の第3四半期までに改革案の取りまとめを行う予定だ。

<乏しい専門家、運用の大半は外部委託>

有識者会議での議論の焦点となるGPIFは、厚生年金と国民年金の積立金を一元的に管理・運用しており、政府の年金財政にとって大きな役割を持つ。それだけに、年金財政の悪化が続く中で、同法人改革は過去にも様々な政策論議の的になってきた。

もともとGPIFは、財務省の所管のもと、公的年金の積立金の運用を、特殊法人・年金福祉事業団が財投機関債に預託して行っていたが、2001年の特殊法人改革によって、同事業団が廃止になり、自主運用が求められるようになった。その後、厚生労働省の管轄下に入り、今の体制になったのは2006年。そして、2008年と2009─10年には、政府内には2つの有識者会議と検討会が設けられ、この巨大ファンドを小型化して分割運用し、ファンド間の競争を促すことで運用成績の改善や安定収益を上げるなどの意見が示された。

2010年には、経済協力開発機構(OECD)がGPIFに関するレポートを発表、同法人のあり方に改めて関心が集まった。OECDレポートは、GPIFを「知名度のない低コストで表面的には低リスクな組織」と明記。所管官庁である厚労省から完全に独立し、高度な専門性を持つチームを持って組織の活性化を求めるなど、抜本的な改革の必要性を提言した。

だが、いずれの提言や改革プランもGPIFへの不満や批判を払しょくするに足る成果にはつながっていない。

膨大な運用資金を持ちながら、独立した監視機能もなければ、独自のファンドマネージャーを採用する権限もない。こうした同法人の現状には、与党・自民党などからも不満の声が絶えずある。公的・準公的年金の改革を訴え続けている日本銀行OBの塩崎恭久・衆議院議員は、GPIFの運用が「今はほとんど外出しで『おまかせ』の状態。これはだめだ」と手厳しい。

実際に、GPIFは公的組織として予算を抑制せざるを得ないため、有能なファンドマネージャーの採用や金融機関並みの報酬体系の導入ができず、運用の大半を外部委託でまかなっている。外部委託先には三井住友信託銀行、ブラックロック、三菱UFJ信託銀行が上位に入っており、この3社が同法人から預かる資産は4380億ドル(約43兆円)に達する。GPIFは給与体形なども公務員と同様の水準で、最高額の報酬を受け取っている人物は三谷隆博理事長で、2013年3月期の報酬の総額は1714万円だった。

現在GPIFの常勤職員と役員は計75人。海外の年金基金では、たとえばカナダの公的年金運用機関であるCPPIBは、GPIFの約6分の1の資産規模を運用するのに、その7倍の人材を起用している。運用アロケーションのほとんどを株式に投じているほか、インハウスで独自の運用担当者を抱えることも功を奏し、CPPIBの過去10年間の運用成績はGPIFを上回っている。

今後の議論では、「GPIFの法人形態やガバナンスが重要なテーマになるだろう。最終的に資産運用の専門家ではない厚生労働大臣が実質トップとして運用の責任者になっている状態はおかしい」と塩崎氏は指摘する。

<安倍政権の数少ない選択肢のひとつ>

GPIFの改革論議が高まっている背景には、いまのままでは国民の年金資産に影響が出かねない、という政府の強い危機感がある。

GPIFは、日本の名目賃金上昇率に1.1%プラスしたリターンを目標としている。日本の平均賃金は過去9年間、年1%ずつ下がり続けてきたが、GPIFはこの間、運用資産の約3分の2を国債に投資しながら、平均リターンは年2.4%という低さにとどまっている。

安倍政権は、日本経済の再生に向け、慢性的なデフレ脱却へ「2年程度で2%程度の物価上昇率を達成する」とともに、今後10年間で名目GDPの3%程度の成長や一人当たり国民総所得の150万円増加などの目標を打ち出した。だが、これに伴って、GPIFにもさらに高い運用目標を求められることになり、それが達成できなくなれば、最終的に納税者にとって年金資産コスト高という結果が生まれる危険性がある。

日本の労働人口の老齢化と定年退職者が増加するなかで、GPIFが十分な運用益を上げることができなければ、年金を支える諸経費の増加、あるいは受給可能な年金額の減額という形で国民にそのツケが戻ってくる。ある統計によると、2030年までに国民の20%は75才以上の高齢者となり、65才以上の人口は国民の3分の1を占めるという。

日銀OBである三谷隆博・GPIF理事長は、組織改革の推進に前向きの姿勢を示す。すでに、今年6月、GPIFは基本ポートフォリオの日本国債への投資配分を67%から60%に減らす一方、株式の比率を11%から12%に引き上げると発表している。今回の変更によって、相場の変動がしたとしても、ポートフォリオの比率を維持するために無理な株式の売りや債券の買いをする必要性が大きく減る見通しだ。

同時に、三谷氏は、2001年の特殊法人改革の下で、GPIFは国から年金資金の自主運用を求められ、以来それを着実に実行してきた、と主張する。今後、GPIFが運用資産をリスク性の高いPE投資などオルタナティブ投資を手掛ける必要があるのなら、「体制整備のこともちゃんと考えてほしい」というのが同氏の注文だ。「われわれは独立行政法人として人員を増やせない。それなりのスキルを持っている人に来てもらい、それなりのリスク管理をしながらやらなくては行かない」。現にいまは「そういう人材はいま全くいない」という。

「安倍政権にとって(GPIF改革は)残された数限りない選択肢だ」。シティグループ証券の外国為替本部長兼金利商品トレーディング本部長のイータイ・タックマン氏は、同法人に政治の圧力が高まっている現状をこう説明する。GPIFによる運用戦略の転換は、今後の年金財政に影響するだけでなく、日銀の異次元緩和などがもたらした日本経済へのカンフル効果を維持するうえで重要な役割をもつ、という見方だ。今回の改革論議は、一義的には公的年金の運用体制の改善をめざしているが、その着地点次第で、金融市場に大きな影響を及ぼす可能性もある。 [東京 2日 ロイター]  (ロイターニュース 程近文 編集:北松克朗、ケビン・クロリキー; 取材協力:江本恵美、平田紀之、ネイサン・レイン)