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吉田昌郎・福島第一原発元所長が死去 菅元首相「残念の極み」

2013年07月09日 18時01分 JST | 更新 2013年07月09日 23時00分 JST
時事通信社

東京電力福島第一原発で所長を務めた吉田昌郎氏が9日午前、食道がんのため死去した。時事通信によると、

東京電力によると、福島第1原発事故時の所長を務めていた吉田昌郎(よしだ・まさお)氏が9日午前11時32分、食道がんのため都内の病院で死去した。58歳だった。

時事通信 2013/07/09 17:16)

吉田元所長は大阪府出身。大阪教育大学附属天王寺中・高校を卒業後、菅直人元首相の出身校でもある東京工業大学に進学。同大学院で原子核工学を修了し、1979年に東京電力に入社した。東電では原子力の技術畑を歩み、原子力設備管理部長などを経て、2010年から福島第一原発の所長を務めた。

原発事故の発生から約9カ月にわたって現場で陣頭指揮を取り続けていたが、在任中に食道がんが見つかり、2011年12月1日付けで所長を退任した。2012年7月には脳出血で緊急手術を受けた。

■「豪快」「親分肌」

産経新聞は吉田元所長の人となりについて以下のように伝えている。

身長180センチで学生時代はボート部に所属し、社内の評価は「豪快」「親分肌」。原子力委員会の専門委員で4月に第1原発を視察した独立総合研究所の青山繁晴社長(58)は東電社員から「自信過剰」「本店に盾突く困ったやつ」との評価を聞いたが、「あの官僚主義から抜けきれない東電にあって、気骨のある人物。現場を知らない本店に口答えをするのは責任感の表れだ」と話す。

産経新聞 2011.5.26 22:29)

福島第一原発1号機の格納容器が水素爆発するのを防ぐため東京電力本店から「窒素ガス注入」の指示が出された際、「そんな危険なことを作業員にさせられるか」と強い口調で抗議するなど、現場を最優先で考える姿勢が印象的だった。

■菅直人元首相「もう一度ゆっくり話をしたかった」

震災発生当時、首相を務めていた菅直人氏はツイッターで「残念の極み。もう一度ゆっくり話をしたかった」と追悼のコメントを出した。

「東京電力福島原子力発電所事故調査委員」を務めた野村修也氏も。

ほかにも吉田元所長の死を悼むコメントが続々とアップされている。

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