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オリバー・ストーン監督、広島を初訪問 「『原爆投下が終戦を早めた』は米国の神話。全くのうそだ」

2013年08月05日 21時45分 JST | 更新 2013年08月07日 01時10分 JST


米国による原爆投下や戦争に批判的な映像作品で知られる米映画監督、オリバー・ストーン氏が2013年8月4日、広島市を初めて訪問した。広島に原爆が投下された6日には、平和記念式典に参列する。朝日新聞デジタルが伝えた。

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ストーン監督は4日夜、米国のアメリカン大学歴史学科のピーター・カズニック准教授とともに、広島平和記念資料館(同市中区)を訪問した。広島市立大の田中利幸教授が案内し、展示について解説を受けながら見学。展示の解説文を丹念に読み、時折質問をしながら回った。

ストーン監督は見学後、報道陣の取材に応じて「私自身、最初は原爆投下の正当性を信じていた。広島を忘れてはいけない。正しく記憶しておく必要がある」などと話した

また、「原爆が終戦を早め、それ以上の犠牲者を防いだ」とする米国内の論調について、「米国が創り上げた神話。全くのうそだ」と強調。アジア情勢にも言及し「中国を意識して、アジア諸国が軍事力を強化している」と危機感を表明している

ストーン監督は、8月5日の平和市長会議総会に出席するほか、6日には平和記念式典などに参列する。

■ 「憂慮すべき史実の数々を、できるだけ多くの日本の人々に知らせたい」

ストーン監督は昨年、テレビドキュメンタリーシリーズ「もうひとつのアメリカ史」(全10本)を制作した。第2次世界大戦前夜の1930年代からオバマ大統領登場に至る米国現代史を独自の視点で描くもので、脚本はカズニック准教授と共同執筆。特に原爆投下には1本を充て、当時の米政権内には反対する声が多く、原爆を使わずに日本を降伏させることができたにもかかわらず、最終的にあえて原爆投下に踏み切った経緯を明らかにした。

ストーン監督は朝日新聞に対し書面インタビューに応じ、広島、長崎を訪問する目的について、「被爆者に会い、彼らの経験を聞きたい。ドキュメンタリーで掘り起こした憂慮すべき史実の数々を、できるだけ多くの日本の人々に知らせたい」とした。

沖縄については「沖縄は日本による抑圧を何世紀にもわたって受け、米国による軍事的占領を約70年も受けている」と指摘。在日米軍基地の7割が集中する現地住民らの声を取材したいとした上で、「沖縄の人々の力強い運動は世界中の反基地運動に勇気を与えるものであり、私は連帯を表明したい」と答えた。

オリバー・ストーン

1946年、ニューヨーク生まれ。エール大学時代にヴェトナムへ渡り、半年後に帰国。67年に陸軍に志願、ヴェトナムで従軍した。除隊後はニューヨーク大でマーティン・スコセッシに師事し、シナリオを大量に書くがまったく売れず。74年にカナダで「邪悪の女王」というホラー映画で監督デビューを果たした。78年の「ミッドナイト・エクスプレス」の脚本がアカデミー賞受賞。が、その後伸び悩みドラッグに溺れる。81年に「スカーフェイス」のシナリオで復活、86年に「サルバドル/遥かなる日々」で監督に復帰した。同年の「プラトーン」でアカデミー監督賞を受賞、一流監督の仲間入りを果たした。以後は社会派監督として、「7月4日に生まれて」、「JFK」、「ニクソン」と問題作を発表している。

(all cinema「オリバー・ストーン」より)

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