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京都「五山送り火」 被災地からの薪はいまだ倉庫に

2013年08月15日 01時16分 JST
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KYOTO, JAPAN - AUGUST 16: (JAPANESE NEWSPAPERS OUT) A giant bonfire 'Daimonji' is seen at the ridge of Mount Daimonji during Gozan No Okuribi on August 16, 2011 in Kyoto, Japan. The bonfire symbolises that the deceased are off to the afterworld, they then visit their families during 'Bon' festival period. (Photo by Sankei/Sankei via Getty Images)

京都の夏の風物詩、五山送り火が8月16日、開催される。

送り火については2011年、被災地の薪の受け入れをめぐって混乱が生じた。結局、被災地から届いた薪にセシウムが検出されたため、送り火で使うことは断念されたが、京都には今もそのときの薪が保管されたままになっているという。

京都市の伝統行事「五山送り火」。今年も16日夜にあるが、2年前に東日本大震災の被災地から届き、燃やされなかった「被災松」の薪(まき)がそのままになっている。放射線量の値は自然界と変わらないものの、市が「今も不安に思う市民がいる」として対応を先送りしているからだ。被災者からは戸惑いの声が上がっている。

京都市西京区の山中にある「旧西部クリーンセンター」の倉庫。被災松の薪110本、削り取った樹皮や木くずなどが二重のポリ袋20個に入れられ、ブルーシートで覆われている。

(朝日新聞デジタル「京都・五山送り火、「被災松」今も倉庫に 対応先送り - 社会」より 2013/08/13 19:56)

複雑を極めた経緯を、時系列に沿って振り返る。

  • 2011年6月、津波でなぎ倒された陸前高田の松を送り火で燃やす企画が浮かび上がり、送り火を主催する保存会が受け入れを決定する
  • 2011年8月初め、市民から松の放射能汚染への不安など苦情があったとして、保存会は受け入れを断念。保存会の検査では、陸前高田から送られた松からは放射性セシウムは検出されなかったが、市民感情を優先した。
  • 受け入れ断念が公表されると今度は、「風評被害を助長する」と内外から批判を受ける。
  • 2011年8月11日、門川大作京都市長が会見を行い、薪を受け入れる方針に再度転換。送り火だけでなく、市主催の追悼イベントで薪を燃やすことを決める。
  • 2011年8月12日、陸前高田から新たに到着した松から放射性セシウムが検出され、京都市はイベントで使うことを再度断念した。
  • 2012年6月、京都市は前年に受け入れた松のうち、放射性セシウムが懸念される木の表皮を削って、芯の部分を工芸品として加工する方針を明らかにした。

※いまだしこりを残す、被災地の松の受け入れ問題、みなさんはどう思いますか。ご意見をお聞かせください。

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