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カラシニコフさん死去、自動小銃「AK47」生みの親

2013年12月23日 23時28分 JST
AFP時事

旧ソ連の銃器設計者で自動小銃「AK47」の生みの親であるミハイル・カラシニコフさんが12月23日、ロシア中部のイジェフスクの病院で死去した。94歳だったという。時事ドットコムは以下のように伝えている。

持病の心臓病から近年入退院を繰り返し、11月17日に再入院後は胃から出血して重体に陥っていた。

(時事ドットコム「カラシニコフ氏死去=自動小銃AK47の父-ロシア」2013/12/24 01:39)

カラシニコフさんが1945~47年に開発したAK47は機構がシンプルで壊れにくいことから、軍備している国は100カ国を超えている。ロシア国営放送の「ロシアの声」ではカラシニコフさんの業績を次のように讃えている。

カラシニコフ氏の名は世界中にとどろいており、ロシア、米国、中国の大学、アカデミーで名誉会員を務めていた。また伝説的な銃は20世紀の生んだ最も偉大な発明リストに挙げられている。カラシニコフ銃はロシア製の武器を国のブランドに変えた。

(ロシアの声「カラシニコフ銃の設計者、ミハイル・カラシニコフ氏が死去」2013/12/23 21:33)

一方、多くの発展途上国の紛争地帯で使われていることからAK47を「大量殺害兵器」と非難する声もある。47NEWSでは以下のように報道した。

使いやすく丈夫で価格の安さからライセンス生産、模造品も含め全世界の紛争地で使われ「人類史上、最も多くの人を殺した武器」といわれる。

(47NEWS「銃器設計者のカラシニコフ氏死去 自動小銃AK47生みの親」2013/12/24 05:08)

もともとAK47は、第二次大戦でナチスドイツとの戦いに従軍したカラシニコフさんが、ドイツ軍の自動化された小火器に衝撃を受けて、新しい銃器の設計に至ったという背景がある。

生前、カラシニコフさんは朝日新聞のインタビューに対し、紛争地帯でAK47が使われていることに「悲しい。私はナチスドイツから祖国を守るため、優れた銃をつくろうとしただけなのに」などと答えていた

AK47写真集

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