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子供は次々と死ぬのに猫は不当な目に遭わないエドワード・ゴーリーの世界とは?−クリスマスに大人が読みたい絵本

2013年12月25日 19時31分 JST | 更新 2013年12月25日 19時31分 JST
猪谷千香

「Aはエイミー かいだんおちた」。そんな言葉とともに、小さな女の子が階段から真っ逆さまに落ちているシーンから始まる絵本『ギャシュリークラムのちびっ子たち』(河出書房新社)。「Eはアーネスト モモでちっそく」「Vはヴィクター せんろであっし(圧死)」など、AからZまでの文字を名前に持つ子供たちが次々と悲惨な目に遭う様子が、モノクロームの緻密な線で描かれている。アメリカの作家、エドワード・ゴーリーの代表作だ。

ゴーリー作品は名翻訳家、柴田元幸さんを得て、2000年より日本でも出版。一見、残酷にも映るゴーリーの世界は、10代から大人まで多くの人々を惹きつけて止まない。その一人、ゴーリー研究家でコレクターでもある濱中利信さんのコレクションを紹介する展覧会「エドワード・ゴーリーの世界」が東京・銀座のヴァニラ画廊で開かれている(12月28日まで)。12月14日には、柴田さんと濱中さんという、日本で最もゴーリーを知る二人のトークイベントが開催され、ファンをまじえてゴーリーの魅力を語り合った。

■よくわからないけど、何度も手に取りたくなる本

ゴーリーの作品には、19世紀ヴィクトリア朝の英国紳士や淑女を彷彿とさせる人物が描かれている。エドワードという名前からも、多くのアメリカ人は生前のゴーリーについて、大英帝国の物故作家だと思っていたらしい。しかし、ゴーリーは1925年にシカゴで生まれ、2000年に75歳で心臓発作により亡くなるまで、生涯、海外旅行をしたことがない生粋のアメリカ人だった。

その作家としての仕事は、多岐にわたる。ハーヴァード大学でフランス文学を専攻、正規の美術教育を受けてはいなかったものの、ニューヨークの出版社でブックデザインを担当しながら、自身の作品も描き始め作家へ。装幀、原作、絵本、舞台の美術や演出、映画の脚本、テレビ番組のアニメーション……幅広いジャンルで活躍し、今もなお熱狂的な人気を博している。

「ゴーリーはいろんな顔を持っていました。絵も描いて、文章も書いた作家で、そういった作品が大体、110冊ぐらいはあると思います。ゴーリーが話を書き、別の人が絵を描いたシリーズもあります。挿絵画家としてジャケットと中の挿絵も描いた本が100冊、それ以外にもジャケットだけ描いた本は300冊とか400冊とか、それぐらいはあります」。展覧会のイベントで、ゴーリーの多彩な活動を紹介したのは、濱中さんだ。

1976年、雑誌「ミステリマガジン」で評論家、植草甚一さんが「いまニューヨークあたりでは一番人気がある怪奇漫画家」と紹介していたのが、ゴーリーと濱中さんの出会いだった。第一印象は「何が何だかよくわからない作品」。それでも、「数日経つと、手に取ってまた眺めたくなって」しまいたくなるのがゴーリーなのだという。

「人間はわからないとちょっと悔しい。この人の他の作品はどうなんだろうといくつか買って読んで、気づいたらはまっていた。最初は普通に手に入るものを買っていたのですが、レアとか限定とか書かれていると男の子は弱いですよね(笑)。そこから泥沼にはまっていきました」

濱中さんはまだ国内では翻訳書が出ていなかった頃から、ゴーリーの本や作品、関連資料を海外のコレクターと交流しながら収集。現在では、国内随一のゴーリーコレクションを築いている。今回の展覧会ではそのコレクションの中から、猫を愛したゴーリーが描いた「Category」シリーズなどの貴重な原画の数々を始め、エッチングやポスター、グッズなど滅多に見ることのできない作品を出展している。

■出版を反対された子供が死んでいく『ギャシュリークラムのちびっ子たち』

ゴーリーは2000年10月、河出書房新社が柴田さんの翻訳で『ギャシュリークラムのちびっ子たち』を刊行。以来、関連書などを含めて20冊以上が出版され、版を重ねている。柴田さんはイベントで、「ゴーリーの作品はエピソードが奇妙奇天烈。言葉も19世紀のイギリスで使われていたようなフレーズを多用しています。訳す時は、日本語の決まり文句をちょっとひねったようにしたいと思っています」と翻訳にまつわるエピソードを披露した。

「僕がゴーリーを訳し始めたのは本当に幸運で、以前からゴーリーの本は好きで読んでいたのですが、訳しづらいし、僕は小説の翻訳者なので、絵本の翻訳ができるとは思っていなかった」と柴田さん。担当編集者の田中優子さんから、「高校生の頃の思い出を書きませんか」などと単行本の企画を提案されていたが、「そんなもの何もありません、何一つ話がまとまらず(笑)。でも、『これいきましょう』と言ったのがゴーリーの翻訳でした。だから、僕が高校で良い思い出があったら、ゴーリーを訳してなかったかもしれません」と笑う。

「提案してくれた田中さんも、子供が死ぬ話なんてと社内で反対があったにも関わらず、ゴーリーの本を出してくれました」と『ギャシュリークラムのちびっ子たち』出版の舞台裏を語った。出版後、柴田さんも田中さんも「なんでこんな残酷な話を」という抗議が来ることを覚悟したが、炎上するどころか、多くのゴーリーファンを日本で増やすきっかけとなった。

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柴田元幸さんが読者の方からプレゼントされたゴーリー作品『うろんな客』のぬいぐるみ(12月14日のみ展示)

■「12歳で読んで、世界が広がった」という女性ファン

ゴーリーは愛猫家だったことでも知られる。「ゴーリーといえば猫。あれだけ猫を描いていて、猫が嫌な目に遭ったり、ネガティブな目に遭ったりすることが一度もない気がします。子供はあれだけ死ぬのに(笑)。例外はありますか?」と濱中さんに尋ねる柴田さん。濱中さんの答えは、「ミュージカルの『キャッツ』の原作となった詩集があり、ゴーリーが挿絵を描いているのですが、雷に打たれている猫の絵が一枚だけあります。その他はないですね」だった。

イベントに参加していた19歳の女性も、「小学校6年生だった12歳の時に、本屋で『ギャシュリークラムのちびっ子たち』を見て、ブラックさが面白いと思いました。猫の作品もあって読んでみたら、猫は一切不当な目に遭わない。守られるべきはずの子供は傷つけられて、子供から比べたら、こういう言い方はしたくないのですが、どうでもいいはずの猫が不当な目に遭わない。すごく面白い作家だと思って、世界が広がりました」と語った。

田中さんも「10代の子に読んでほしいと思っていました。わからないことは、わからない。そういう世界があることを知ってほしいです」と話す。実際、ファン層は幅広く、展覧会には連日、若い世代のファンが大勢訪れているという。

■翻訳家、柴田元幸さんに聞く、ゴーリーの魅力とは

子供が死に、猫が大事にされる絵本は、普通なら考えられないが、その常識にとらわれないのがゴーリーの世界。イベント終了後、柴田さんにその魅力をあらためて尋ねた。

「子供はこうするものだとか、絵本の中では子供はこうなっているんだとか、約束事にみんな飽き飽きしていて、それを破るようなものは、それだけで開放的なんだと思います。実は世界はバラバラで、みんな好き勝手なことをしているのに、絵本はそういうことを見せてくれない。なんとなく嫌だな、言葉にしないけれどもなんか変だな、と思っている子供ってたくさんいると思うんです。大人も。そういう人たちがゴーリーの絵本に開放感を持つ。大人の鑑賞に耐えるということだけではなく、制度に飽き飽きしている人間は、子供でも大人でも、楽しんでくれるのかなと思います。僕も同じです。『暗いからいい』ということではなく、『子供の話は明るくあるべき』という縛りから自由であることがいいんですよね」

柴田さんはイベントで、今後出版される予定の『The Insect God』と『The Bug Book』の2冊の翻訳を朗読。ファンから大きな拍手が起こっていた。これからも、ゴーリーの不思議な世界は広がっていくようだ。

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