「日本人に眠る能力を引き出したい」オバマ氏を大統領にした「コミュニティオーガナイジング」を広める鎌田華乃子さんに聞く「未来のつくりかた」

「リーダーシップとは、一人だけが輝くことではない。地位や権威を持っているということでもない。不確かな状況であっても、人々が目的を共有し、その目的を達成するために、責任を持ってその状況を作り出すということだ」2013年12月中旬、東京都内で開かれたワークショップ。米ハーバード大学のマーシャル・ガンツ博士の言葉に、会場を埋め尽くした雇用や教育問題、東日本大震災の復興支援など社会課題に取り組む社会企業家やNPOの代表者らは深くうなずいた。ガンツ博士が教えるのは、普通の市民が持てる力を最大限に発揮し、社会変革を起こしていく「コミュニティオーガナイジング」と呼ばれる...
Naoko Utsumiya

「リーダーシップとは、一人だけが輝くことではない。地位や権威を持っているということでもない。不確かな状況であっても、人々が目的を共有し、その目的を達成するために、責任を持ってその状況を作り出すということだ」

2013年12月中旬、東京都内で開かれたワークショップ。米ハーバード大学のマーシャル・ガンツ博士の言葉に、会場を埋め尽くした雇用や教育問題、東日本大震災の復興支援など社会課題に取り組む社会企業家やNPOの代表者らは深くうなずいた。

ガンツ博士が教えるのは、普通の市民が持てる力を最大限に発揮し、社会変革を起こしていく「コミュニティオーガナイジング」と呼ばれる理論と実践だ。コミュニティオーガナイジングを用いた草の根の選挙戦は、オバマ氏を米国初の黒人大統領に導いたこといわれる。この手法を日本で広めようと、ガンツ博士に学んだ鎌田華乃子さんが日本で初めて開いた本格的なワークショップだった。鎌田さんは「日本人の眠っている能力を最大限に引き出し、『私たちが社会を変える』という仲間を増やしていきたい」と意欲を燃やしている。

東京で開かれたコミュニティオーガナイジングのワークショップで説明するガンツ博士

■声なき声を拾い上げるコミュニティオーガナイジング

コミュニティオーガナイジングとは、ごく普通の人たちが、共通の価値や目的のために、持てる力を結集して立ち上がり、社会変化を起こしていく方法。1950~60年代のアメリカ公民権運動を率いたキング牧師も、インド独立の父・ガンジーも、一人で市民運動をしているわけではなかった。周りに多くのリーダーが存在し、そのリーダーの下、目的を共有する人たちが集まり共に立ち上がり、それぞれが持つ力を発揮して社会を変えていった。アメリカ公民権運動での人種隔離バスのボイコット運動などが例としてあげられる。

30年以上にわたってアメリカ各地での市民運動に関わってきたガンツ博士は、コミュニティオーガナイジングを理論的に体系化した。2008年の米大統領選ではオバマ氏の選挙参謀として活躍。コミュニティオーガナイズの手法を用いて、声なき声を拾い上げて草の根運動を展開し、オバマ氏を米国初の黒人大統領に導いた。東京で行われたワークショップのプログラムは、このときにガンツ博士がオバマ陣営の草の根ボランティアを育成するために作った「キャンプ・オバマ」がもとになっている。

鎌田さんはハーバード大ケネディスクール留学中、ガンツ博士の授業で「コミュニティオーガナイジング」を知った。「一人一人の力は小さいけれど、それを合わせて力を作り、リーダーシップをたくさん育てて社会を変えていく手法だ」というガンツ博士の説明に、「これだ」と感じた。

カリフォルニア州サンノゼ市の荒廃した公立学校で「普通のお母さん」たちが当事者として学校立て直し計画を主導するケースを学んだ。学校や行政に頼らず、子供たちのために良い学校を作ろうと一丸となっている姿がそこにあった。最初、引っ込み思案だった母親もいつの間にかリーダーになっていた。「人を育てながら社会を変えていくやり方が素晴らしい。日本でも、眠っている能力を生かし切れていない人がいるはず。人の能力を最大限に引き出して、社会を変えていく方法を日本に持って帰りたい」

【コミュニティ・オーガナイジングで必要な5つのリーダーシップ要素】

コミュニティ・オーガナイジングは「ストーリーテリング(パブリック・ナラティブ)」「関係構築」「チーム構築」「戦略立案」「アクション」の5つのリーダーシップの要素から構成されている。

草の根で行動し変化を起こすためには「心(感情)、頭脳(頭脳)、手(行動)」の3つが必要だと話すガンツ博士の教え方で最も特徴的なのは「ストーリーテリング」(物語)だ。感情に働きかけることで現状に怒りを感じ、「変えられる」ということ希望を持つことで人々は行動する。

自身のストーリー(物語)を語って、聴衆の共感を呼び(ストーリー・オブ・セルフ)、聴衆と自分自身が共有する価値観や経験を、私たちのストーリーとして語ることで一体感を作り出す(ストーリー・オブ・アス)。そして、「今やらなければ社会は変わらない、いつやるのか」とアクションを促し共に行動する仲間を増やしていく(ストーリー・オブ・ナウ)。この「ストーリー・オブ・セルフ、アス、ナウ」を含んだ語りを「パブリック・ナラティブ」という。

自主的なボランティア活動を継続的にしてもらうには「関係構築」が鍵となり、活動を推し進めていくには「チーム構築」も必須。コミュニティオーガナイジングを成功させるには、ステークホルダーを分析し、自分たちの持つリソース(時間やお金、ボランティアが持つスキルやつながり)をどう使って問題解決を図るかの「戦略立案」や行動に移すコミットメントを作る「アクション」も重要だ。

■社会の諦めを「希望」に変える方法

NPO活動の経験がなかった鎌田さん。大学卒業後、11年間会社員として働いていた。「20年先、この仕事をやっている姿が自分では想像できなかったし、幸せではないと思った」。留学を決めたきっかけをそう振り返る。化学商品を扱う商社で働き、その後、環境コンサルタントとしてキャリアを積んでいたとき、ある有害物質の法律に関する審議会を傍聴する機会があった。「参加しているNPOから提案があったとしても『提案、ありがとうございました』と言うだけで、何かが反映されるわけではない」。審議会メンバーで、懇意にしているクライアントも、持続可能な社会のためのあるべき姿に意見を持っているのに、意見が言えない。「意見を言うと角が立つし、当たり障りのないことを言って、終わるしかないとおっしゃっていて…」

鎌田さんには「この国には市民の声を反映システムがない。市民の声を尊重するスタンスもない」と思えた。企業の立場から社会を良くするアプローチも考えたが、そこで働く人たちは「何を言っても、どうせ会社は変わらない」という諦めが漂い、元気がなかった。「今の日本社会には希望がない。希望があるのはどこか」。そんな自問自答を繰り返す中、「一人一人の市民の資質が最大限使われていないのではないか」と思った。「市民が社会や政治に参加することで社会がよくなる、元気になるはず。一人一人が希望を持って生きられるような世の中にするため、市民参画を学ぼう」と、ハーバード大への留学を決めた。

■キャンペーンは身近なことからコツコツでいい

ハーバード大時代、印象的だった出来事がある。「社会を変えることは、身近なことからやっていけばいい」「身近なことでも、しっかりと戦略を練って動かなければいけない」ということに気づかされた経験だ。

鎌田さんは在学中、ブラジル・リオデジャネイロで開かれる「地球サミット」にボストン市民の声を届けるキャンペーンに取り組んでいた。だが、コーチングを担当するティーチングアシスタント(TA)に「どう社会変化が起きるのか」と指摘された。「社会変化が起きるのは国連次第。声を届けるのが目的です」と鎌田さんが答えるとTAは「それはキャンペーンとは言わない」とばっさり。TAは「社会変化を起こすこと、起こさせることは、身近なことから始めていかないと。何も変化が起きないのにボランティア活動だけしているのは過酷。自分たちが何かを少しずつ変えたという成功体験にして、変化が起きることでモチベーションが高まる」と鎌田さんに説いた。

食堂利用者に食器が変わったことや分別の仕方を伝える鎌田さん

「目からウロコ。壮大なことではなくて、小さなことからコツコツとでいいんだ」。鎌田さんは「食堂の食器をリサイクルできるものに変える」という身近な問題にキャンペーンを変更した。しかし、食堂に直接交渉してもコストが高くなると断られ、賛同者の署名を集めようとするとTAに「署名を集めたところで、食堂を運営する会社は何か脅威を感じるの?運営会社を上回るパワーを作れるの?」とまた指摘された。そこで戦略を考え直した鎌田さんは「食堂側と契約しているのは学校。学校を動かさないといけない」と、学生自治会や教職員向けに環境活動をしている部会に働きかけた。こうしたメンバーの賛同を取り付けることで、学校の契約担当者が動いてくれることを狙った。各関係者を集めた会議を開催することが決まった直後、食堂側が食器の変更に応じると言ってきた。会議は「食器を変える、変えない」の交渉ではなく、実施に向けてのスケジュールなど一歩踏み込んだ内容となった。

鎌田さんはハーバード大学卒業後、ニューヨークのNPO「Make the Road New York」でオーガナイザーとして現場経験を積み、ヒスパニックの労働者向けのコミュニティバンクを作ったり、高校生と公立学校が抱える問題解決をしたりした。「一番驚いたのは、アメリカ人でも社会を変えられるとは思っていない。幼い頃から、変えられるわけないよ、と皮肉的に見ている」。同じ言葉は日本でもよく耳にした。「でも活動に参加して変わっていく様子を実際に見たり、方法を聞いたりすることで、『社会を変えることが出来る』とわかる。日本でも、きっと社会を変えられると思う人が集まる場があれば、社会は変わる。そういう場を増やしていくことが大事だと気づいたんです」。2013年夏、日本に帰国した鎌田さんはガンツ博士を招いたワークショップを開催することに決め、その第一歩を踏み出した。

NYでのNPO活動

「より多くの人にこの手法を伝え、仲間を増やし、スノーフレーク(雪の結晶)のように広げていきたい」。東京で開かれたワークショップでは参加者から「毎日精いっぱいで自分だけ苦しんでいると思っていた。ここで思いを共有する同志に会えた」といった声が上がった。一緒に行動を起こして立ち上がる人がいれば、変えていける。そして、自分たちの手でこの国を良くしていこうと思える人が増えれば、より暮らしやすい国になるはず――。鎌田さんは東京でのワークショップを足がかりに、今後、全国各地でワークショップの開催を計画している。

■コミュニティオーガナイジングで「自主的な行動の起こし方」がわかる

終身雇用が崩れ、国の借金は増える一方・・・。日本は今、多くの課題に直面している。「今までの社会のあり方、社会構造が立ちゆかなくなってきている。そのときに社会変化を起こしていくかの鍵は、一人一人が行動し、仲間を作り、力を合わせて変化の波をつくっていくコミュニティオーガナイジングだ」。鎌田さんは断言する。日本では元々、各地域で人と人との強いつながりがあった。そして、つながりの強さを大事にする価値観を共有していた。鎌田さんは「今は人と人との距離が離れているけど、コミュニティオーガナイジングしていくと、共通の目的に集まる人がすごい勢いで仲良くなり、深い関係を築いていける。人と人とのむすびつきが、どんどん強くなっていくだけでも日本は変わる」と話す。

自らが当事者としてコミュニティのために動いていく「主体性」もこれからの日本に必要なキーワードだ。コミュニティオーガナイジングでは、主体性=agencyを磨き、高め、仲間と一緒に育んでいくことが重要。ガンツ博士も「詳しい説明が必要な英語の表現とは違い、『主体性』は、説明いらずのぴったりな言葉だ」と驚き、感心した言葉だ。鎌田さんは「一人一人に希望があって自分の国に自信が持てる国になってほしい。そのためには『私たちが社会を作っている』と思えることが大事。ごく普通の人でもコミュニティオーガナイジングを学べば『自主的な行動の起こし方』がわかるように、どんどん広めていきたい」。

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