【都知事選】自転車インフラ、投資効果は無限? NPOに聞く「首都の争点」

何千億円をかけて道路や鉄道を造る前に、自転車を走りやすい街に造り替える方が、簡単で環境にも優しいし、世界の大都市の主流でもあるらしい。都知事選で、立候補者に「自転車インフラの整備」の公約化を求めているNPOに聞いた。

道路や地下鉄を造ろう、老朽化した首都高を再整備しよう……2月9日投開票の東京都知事選の立候補者たちが語る「未来の交通」は、2020年の東京オリンピックに向けた大規模な交通インフラ整備が主な論点になっている。

でも、何千億円をかけて道路や鉄道を造る前に、自転車を走りやすい街に造りかえる方が、簡単で環境にも優しいし、世界の大都市の主流でもあるらしい。2014年の都知事選で、立候補者に「自転車インフラの整備」の公約化を求めているNPO「自転車活用推進研究会」の小林正樹さんに聞いた。

■東京の自転車レーン、わずか9km

――都知事選の候補者に求めている「自転車インフラの整備」とは何ですか?

大きく3つあります。歩道ではなく車道に自転車レーンをネットワーク化すること、駐輪スペースを分散させて設置すること、都心を網羅するシェアサイクルの設置です。立候補された方々に公約化を求める要望書を送ったほか、ホームページで署名を募っています。こちらで公表している通り、これまでに6人の候補者が、いずれも前向きな回答を示しています。「公約はしないが趣旨に賛同」という回答も多数ありますが、すでに公約を確定して発表したあとの回答としては満額回答に近いと考えています。

――なぜ、自転車レーンの整備が必要なのでしょう?

東京の自転車への意識がすごく遅れているというのが、共通の問題意識としてあります。千葉市は300km、さいたま市は200kmの自転車レーン整備計画を打ち出しました。東京都内の自転車専用レーンはわずか9kmしかありません。では有権者の側からアジェンダを提示して、候補者に訴えかけていこうと思ったんです。

――9km? もっとあるような気もしますが…

歩道の上に自転車マークがついている区間の総延長は100kmほどあるようです。ただ、あとで詳しく話しますが、歩道を自転車が走ることは危険なのです。

実は自転車レーンの整備は、世界の大都市が抱える共通の課題でもありました。多くの大都市は市の下に区のような行政組織を抱えていて、レーン整備が区に丸投げされていました。しかし自転車レーンとはただ道を造ればいいだけではなく、ネットワークとして結ばないと機能しない。だから市長や都知事のリーダーシップが必要だったのです。

(ロンドンの自転車レーン)
(ロンドンの自転車レーン)

■2000年代、世界の大都市は自転車に本腰を入れた

ところが2000年代に入ると、世界の大都市が急速に自転車レーンの整備に取り組むようになります。有名なのがロンドンです。2008年に熱心なサイクリストとして知られたボリス・ジョンソン市長が誕生すると「2026年までに自転車交通量を4倍にする」という方針を打ち出して自転車レーンの整備やシェアサイクルステーションの拡充を進めました。2012年にあったロンドン市長選では、4万人のサイクリストが署名して「自転車レーンの整備継続」を公約に掲げるよう各候補に求めました。選挙の結果はジョンソン市長の再選だったのですが、7人中5人の候補がこれを受け入れたのです。パリでも1998年までに8kmぐらいしかなかったレーンが、今は600kmにまで増えました。ニューヨークも2001年からのブルームバーグ市長時代に、自転車レーンの整備やシェアサイクルの整備が進みました。

(ロンドンのシェアサイクル)
(ロンドンのシェアサイクル)

――なぜ2000年代に?

まず地球温暖化が注目され、ヒートアイランド現象が都市の課題として浮上してきたこと、さらに2001年の同時多発テロや、2005年にロンドンの地下鉄などで起きた同時多発テロなどで、特定のインフラに偏った交通政策の危うさが懸念されたこと。さらに2008年のリーマン・ショックで税収が激減し、重厚長大なインフラ整備に歯止めがかかったことが挙げられるでしょう。

慢性化した交通渋滞を減らすのも、長年の課題でした。ロンドンはジョンソン市長以前にも、ロードプライシング(都心部への自動車乗り入れ規制)をやったし、パリではゾーン20・30(都心部の道路で最高速度の低速化)といった施策を打ち出していた。都心部での車を減らした上で、自転車レーンの整備に取り組んでいたんです。

日本では歴史的に、路面電車の廃止や歩行者天国の取りやめなど、都心部で車を優遇する施策が採られてきました。2000年代に入っても、東京は石原慎太郎元知事が自転車に関心が薄かったこともあって、整備が進まなかったんです。

――東京の場合、道が狭いですし、難しいんじゃないかとも思います

道が狭いのはロンドンもパリも一緒なんです。今から道路を広げていくのは現実的ではないし、時間もかかりすぎる。狭い道ならバスとの共用レーンにするなど工夫をしていけば、数百kmはまず問題なく整備できます。

――道路工事を新たに施すわけで、財源的な面からも厳しそうですが

俗に「ブルーレーン」と呼んでいる、道路の端を区切って青などの色で塗るだけなら、1mあたりの単価は5000円から6000円が相場と言われています。100kmなら5億円、500kmなら25億円です。東京の年間予算は13兆円。余裕ですよね。

■車道を走るのは怖いけど危なくない

――それに車道を走るのは、危ないんじゃないですか?

直感的にはそう思いますが、逆です。歩道を走るのは怖くないけど危ない、車道を走るのは怖いけど危なくないんです。

ドライバーの視点で説明しましょう。歩道を走る自転車は植木などの陰に入ってドライバーから分かりにくく、交差点で左折する自動車が巻き込みやすいのです。逆に車道を走る自転車は認識しやすい。

それに歩道を走る自転車は危険です。自転車による死傷事故の4割は歩道で起きています(財団法人交通事故総合分析センター、2007~2011年に起きた自転車と歩行者の死傷事故のうち、歩車区分ありの地点で起きた計11517件中、5624件が歩道での事故)。自転車と人との衝突事故で、最近は自転車側が高額の賠償金を請求される例も出てきました。

――やっぱり柵や縁石できっちり車道と区別された自転車レーンを走りたいです

完全に車道と分離した自転車道を造ろうと思ったら、ある程度広さがある道路でないとできません。そういう場所は限られていますから、どうしても細切れの自転車レーンになって、連続したレーンのネットワークではなくなってしまいます。

それに自転車の立場だと便利ですが、車や歩行者の立場から見たらどうでしょう。消防車や救急車が駐停車しにくいし、歩行者がタクシーをつかまえようと思っても、柵を何度も乗り越えないといけなくなる。完全分離を条件にするのは現実的ではありません。

――駅前の放置自転車を見ていると、自転車で走りやすくすると放置自転車も増えて、弊害もあるのではないかと感じてしまいます

最大の問題は、駐輪場とニーズのミスマッチだと思っています。都内では主に駅前に大きな駐輪場を整備してきましたが、実はニーズに合っていないのではないでしょうか。都内の駐輪場は収容台数約89万8000台に対し、乗り入れ台数は約62万台に過ぎず、毎年65万3000台が撤去されています(東京都「駅前放置自転車の現況と対策-平成 24 年度調査-」より)。このオフィスの最寄り駅の表参道駅前にも、300台収容する駐輪場がありますが、ここまで来るのに徒歩10分かかるわけです。

それよりも、徒歩数分で止められるところに駐輪場をたくさん造るべきでしょう。欧米だと、小規模な10~20台規模の駐輪場を町中に網の目のように配置しているから、気軽にどこにでも自転車を置ける。目的地にほぼドアツードアで行けるわけですね。

(スペイン・バレンシアの街中にある小規模な駐輪場)
(スペイン・バレンシアの街中にある小規模な駐輪場)

――それはそれで、土地代がかかりそうな気がしますが

日本は歩道上に植栽がたくさんありますが、手入れの行き届いていないものが多いですよね? 駐輪場に活用するにはものすごく適したスペースです。スチール製の駐輪スペースだったら1台数千円台なので、1カ所数万円単位でできます。

■高齢化社会に向け、自転車の役割は重要になる

――都知事選の各候補が交通インフラ整備の課題を語るのを見ていると、道路や地下鉄の整備、老朽化した首都高速道路の再整備といった、重厚長大型のインフラの話が中心になっています

仕方ないと思います。高速道路や地下鉄は影響する人数も莫大ですし、そもそも日本人は自転車レーンなんて使ったことも見たこともない人がほとんどですから、有権者に身近でわかりやすいものの整備を候補者が訴えるんでしょう。

ただ、投資対効果はものすごく高いと思います。車で移動する人が減るわけですから交通渋滞も減りますし、ヒートアイランドを食い止めることにもつながる。

日本も世界の先進国も高齢化社会を迎え、コンパクトシティーへの転換が急務になっています。つまり、住民が車以外の手段で移動して、日常生活の用事を済ませられるライフスタイルです。免許証を返納する高齢者が増えると、自転車での移動も多くなる。予防医学の観点からも、社会保障費の節減につながるでしょう。

実は自動車業界も、この施策に賛成なんです。業界団体「日本自動車工業会」も、自転車事故の防止のためには自転車レーンの整備が必要だとの見解をまとめています。

世界の各都市も市長の一声で大きく道路政策が変わりました。構造的なボトルネックはないはずです。東京も、前向きに取り組むと約束してくれた候補者が知事になってくれれば、初めて自転車施策に重点的に取り組む知事が誕生するはずです。今からワクワクしています。

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