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【3.11】福島第一原発の収束作業現場は3年でどう変わったか? ベテラン作業員のハッピーさんに聞く

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FUKUSHIMA DAIICHI
Fukushima Dai-Ichi nuclear power plant in Okuma, Fukushima Prefecture, Japan, on Wednesday, March 6, 2013. Tepco's Fukushima Dai-Ichi plant had three reactor core meltdowns after it was hit by an earthquake and tsunami on March 11, 2011. Photographer: Issei Kato/Pool via Bloomberg | Bloomberg via Getty Images
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3月5日、福島県内の繁華街は冷たい雨が降っていた。待ち合わせの場所であるカラオケボックスのフロントで手持ちぶさたにしていると、1人の男性が入店。「こんばんは」と声をかけてきた。

彼は、福島第一原子力発電所で働く原発作業員のハッピーさんだ。20年近いキャリアを持つベテランで、東京電力の協力企業に勤めている。東日本大震災直後から、匿名でTwitterを開始。事故の収束作業は実際にはどうなっているのか。汚染水漏れの深刻な実態は……。現場で働く人間しか知り得ない情報を含めて、膨大な量のツイートをしてきた。現在のフォロワー数は実に8万8000人を数える。

2013年10月には、過去のツイートをまとめて『福島第一原発収束作業日記: 3.11からの700日』(河出書房新社)という単行本を出版。大きな反響とともに増刷を重ねている。本の帯で、ジャーナリストの津田大介さんは「どんな報道関係者にも真似できないルポルタージュであり、新世代の労働者文学でもある」と賞賛した。

今回、ハッピーさんに取材を申し込んだところ「身元がばれないように」というリクエストがあった。実名で情報発信すれば、現場にはいられなくなる恐れがあるため、今も匿名を貫き通しているのだという。東日本大震災から3年目を迎えるに当たって、原発作業員は何を感じているのか。福島第一原発をとりまく状況は事故直後から変わったのか? 変わってないのか? 忌憚のない意見を聞いた。

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■「ハッピー」誕生は、マスコミへの憤りがきっかけだった

――なぜ原発作業員の立場で、匿名でツイートを始めようと思ったんですか?

東日本大震災があった3月11日から3号機で爆発が起きた3月14日までは、1F(いちえふ:福島第一原発の略称)で作業をしていました。その後、15日の未明に、吉田昌郎所長(当時)から「協力業者さんは避難してくれ」という話があって、僕は避難しました。

事故が起きた当初、1Fに勤めている僕のことを心配していろいろな方が、「大丈夫なの?」と問い合わせがあったんです。ただ、当時はなかなかメールがつながらない。Twitterの方がまだつながるということで、ハッピーのアカウントを取得してツイートを始めたんです。

――Twitterの方が、むしろメールよりつながった?

そうなんです。友達が心配してきて、話してきて。「大丈夫?」っていうのと「原発、本当にどうなってんの?」というのがあった。そのやりとりをTwitter上でしたのが始まりでした。ただ、自分も「原発の中にいる」という人間なので。なかなか自分の本名とか、身元が分かる形では発信できないから匿名にしたんです。

その頃は報道が錯綜していたんです。政府と東電に「福島原発事故対策統合連絡本部」というのができたものの、そこからの情報があまりにも正確な情報じゃないものが混じっていて、それをマスコミの方が取材する。それを評論家とかいろいろな方を呼んで報道しているわけです。僕もそれはテレビで見ていて、それまでいた現場と違いすぎると感じたんです。あまりに情報が少ないため、いろいろな推測が生まれて、「最悪の事態が」と煽る風潮がものすごくあって、それにちょっと憤りを感じていました。

――あやふやな情報を元に憶測だけで語っている人が多かった印象があります

そうです。そうした報道によって左右される方がいっぱいいたんです。少なくとも僕の友達、知り合いは、僕がTwitterをやっているのは教えていたので、そのつどメールを送るより、Twitterで僕の正確な情報を伝えたくて「マスコミが報道したこれは、実はこうなんだよ」っていうのを、つぶやいていこうと思ったんです。だから、自分の知り合いに対するメッセージだったんですよ。評論家の方も、かなり過激なことも言っていたので。「それはちょっと違うんじゃない?」とか。「実際、現場はこうだよ」とかいうのを伝えたかった。

――だんだん反響が大きくなっていく中で、自分でも不特定多数のフォロワーを意識するようになったのですか?

そんなに意識していないですよ。というのは、今では8万8千人のフォロワーがいるんですけど、それを意識してつぶやいているわけではないです。

――では、今はどういった意識で発言されているんですか?

当時からそうですが、あくまでも自分の知っている人に「今こういう状況だよ」と。それともう一つは、Twitterというのはずっと残っていきますから。記録も取れるし。自分はノートを書いて、日記を毎日つけるわけではないので、そのつぶやきの中で日記のつもりで書いてましたね。

そうすると、その中で日付も時間も載りますし。だからそういう形で、個人的には自分の日記的なものでしたね。だから書籍化するときも、『福島第一原発収束作業日記』というタイトルにしたんです。あくまでも、ルポではなくて、僕の中では日記です。その日記を不特定多数の人が見てくれれば、いろいろなことを、そのつぶやきから考える人もいるし。自分の思うところを自分勝手につぶやいています。

――そのスタンスは今も変わっていないと

変わってないですね。特に自分の意見を多くの人に強制するわけでもないし、「僕はこう思います」ということだけですね。

fukushima daiichi
記者団に公開された福島第一原発の4号機(2013年11月)

■福島第一原発の収束作業「現場の意欲は落ちている」

――3.11から、まもなく3年を迎えますが、改めて考えて、この3年間で1Fを取り巻く状況は変わったように感じますか?

よく聞かれるんですけど、難しいですね。変わった部分もあれば、変わっていない部分もあります。たとえば1Fの中でいうと、確かに現場はかわりました。環境が良くなったところもあるし。一方で全然変わらない場所もあるんです。原子炉の建屋の中は、調査すらまだ進んでない所が多数ある。

だから、作業員の環境改善のために敷地内の除染とか「外堀」の部分は進んでいますが、建屋の中はいまだに進んでいないと。それから汚染水にしたって、やってはいるんですが、放射性物質を除去するALPS(アルプス=多核種除去設備)が動かないのが原因で、去年の4月ぐらいから地下貯水槽から汚染水が漏れて、それを貯蔵するためにタンクをどんどん増設していくようになっています。原子炉の一応の冷却のループはできたんですけど、結局それからは全然進んでいないんですね。

――ALPSがうまく稼働してないということですか?

稼働はしてますけど、汚染水の放射性物質で取り除けるはずの62種類全部は取れていません。だから今、ホット試験という言い方をしているんですよ。そのホット試験も、なかなかうまくいっていない。本当はホット試験というのも当初の予定は約3カ月で済むぐらいの話だったのが、もう1年以上も続いている。だから現時点でも、いつ本格稼働するかわからない状況なんですよね。

――つまり辛うじて冷却し続けてはいるけど、そのために汚染水が増え続けてしまって対策が必要になる。いたちごっこみたいな状態ですね

そうですね。常に100度未満に温度を下げるまで冷却しようと、炉内燃料の冷却をしようというところまでは来たんだけど、綿密な計画を立てていたわけでは亡く、最初から行き当たりばったりの状態だった。冷却のループができ、冷温停止状態となってから政府は「収束宣言」を出しましたが、現場では全く収束どころの話ではなかったんです。

――ハッピーさんの著書のタイトルも「収束作業日記」となってますが、「まだ収束していない」という意味なんですね

そうです。だから、そういう意味では変わったところもあるけど、全く手つかず変わってない部分もあると。あと、警戒区域にしたって、除染はどんどん進んではいるけど、除染に対しても数値的目標がないのでキリがないという所もあります。一番変わってきているのは住民の気持ち、働く人の気持ちが、かなり変化してきていると思います。

――どのように変化したのでしょうか?

最初のうちは地元の方もかなりいたので、「1Fを収束させなきゃ」「浜通りをもとに戻さなきゃ」という気持ちで一生懸命やっていたんだけど、なかなか先が見えてこない。それと住民帰還にしたって国は無理やり地域に帰そうとしているのが見えるし、1Fの対策にしたって、国がいくら前に出たって「東電が主体」という部分は変わらないわけです。

国は「変える」「変わる」って言ってるんだけど、実質的には現場から見ると変わってないわけですよ。その辺から、みんなのモチベーションとか、前に進んでいく意欲というのが最近は落ちてるなという気はします。

それと、「5年100ミリ」(累積被曝線量が100ミリシーベルトを超えると、5年間は放射線業務に従事できないとする厚生労働省の通達)という縛りがありますので、事故当初からいた人は僕も含めて、今まで何百人単位で残っているんですけど、3年間で、大体60~80ミリの被曝をした人が結構多いんですよ。

残りの2年間は残線量20ミリで作業するなんて無理な状況なので、1Fの現場を離れる人が今は増えている。それが今、ベテランが離れていると言われているところです。原子炉の形って大きくわけて、PWR(加圧水型)とBWR(沸騰水型)の2種類があるんです。

今までは事故当初は全国の原発が順次止まりましたから、全国から技術者や作業員が応援で1Fに来ていたんです。ところが再稼働の話が出て、PWRの再稼働準備が先行したので、PWRの新規制基準に対応するため、主に西日本から人を呼べなくなった。さらに、東京電力の柏崎刈羽原発の6〜7号機の再稼働に向けて、現在はBWRの工事もどんどん始まっている。そうなると1Fで残り線量が少ない人たちやベテラン作業員は、そちらに流れていく傾向になっている状況です。

――1Fが収束してないのに、再稼働が進んでいくことによってベテラン技術者が離れていってしまうという問題が起きているんですね

そうですね。まず第一の問題は、1Fの現場検証が行われない状況下でありながら、政府が再稼働を進めていることです。次に作業員の問題として、1Fにしたって「5年間で100ミリシーベルト」の縛りがある。100ミリシーベルトを超えると、6年目からしか入れないので、原発従事者として登録できない。そうなると作業員の生活も懸かっているし、1年間の生活費を1Fで働いたからくれるかといったら、くれないですから。自分の生活を考えると、残りの被曝線量で働ける場所で仕事があるなら、そちらに行くわけです。

――最初のころは地元出身者が多かったですけど、いまは地元の人の比率はかなり少なくなっているような状況ですか?

そうです。当初は70%ぐらいが地元の人間でした。今は50%を下回っているんじゃないかと思います。それが正確な数字かどうかはわかりませんが。

地元の浜通りの人達は、作業員である前に被災者でもあるわけですよ。津波被害にしろ、原発被害にしろ、その被災者の多くは別な土地に避難しているわけです。ところが避難していると、さまざまな家庭の事情が出てくる。たとえば震災前には浜通りの介護施設に、おじいちゃん、おばあちゃんを入れていたのに、今は避難先で自ら面倒を見なくてはならない状況とか。子供のことが心配で、家族や親に反対され、原発で働くことができなくなって、辞めざるを得ない状況の人が増えているんです。

――現場の雰囲気も事故前と事故後、そして今と変わってきていますか?

変わってきてますよ。請負企業は30社ぐらいありますけど、長くやっていればいろいろな顔見知りもいっぱいいるんですけれど、今は減ってきているという実感はありますね。

作業員も事故前は、地元中心で地元の会社が人を集めたりしたんだけど、その人たちだけじゃもう賄いきれないから、現在は九州・沖縄・北海道・青森など、他の都道府県の人が増えたし、原発作業は初めてという人もかなり増えました。

■「汚染水は怖いもの」という意識すらない作業員も

――汚染水漏れが最近ニュースになることが多いのですが、あまりにも汚染水のニュースが多すぎて、特に首都圏の人々の間では感覚が麻痺してきているような印象を受けますが、現場ではどうでしょう?

「どういう感じ方か」なんですが、現場にいる人は汚染水に対する意識がそんなにないんですよ。実は汚染水漏れは、報道されないものも以前からいっぱいあったんです。変な言い方ですが、現場の作業員は汚染水に慣れちゃっている人が多いんですよ。

――首都圏の人よりも、もっと慣れている?

はい。もっと慣れてるからこそ、汚染水絡みのトラブルが頻出している部分もあるんです。2月28日、東京電力の相澤善吾副社長がJヴィレッジでの会見で「非常に恐ろしいものを扱ってるんだ」って安全意識をうながす言葉が出ました。あの人がそんなことを言ったのは初めてなんですよ。今まで僕らも、そんな言葉を聞いたことない。

でも、ベテラン作業員とか僕らみたいな長くやっている人は「このベクレルは危ない」「この線量は危ない」とか危険の度合いというのは判断できるわけです。でも見た目からすると線量も汚染も、痛くもかゆくもない、臭いもない、それから見た感じも雨水・普通の水と変わらない。ちょっと濁っているぐらいという感覚。

「これを1滴でも漏らしたら大変だ」という危機感がない人が多いんです。だからそれをちゃんと教育をして、意識付けを高くしていかないと、これからもトラブルを減らすのは難しいですね。

――最近入ってきた作業員の多くにとって、どこまで危険か肌感覚ではわからないと?

そうなんです。だから、今回そういうことがあって、これから作業員の教育も含めて「意識付けをしっかりやっていかなきゃ」という対策を東電は立てるんです。原発作業が初めての人たち、放射線の知識もない人たちがいっぱい来ているので、そういうところをちゃんと「僕らが取り扱っているものは、こういうものだよ」と教えていかないとダメだなと思います。

それは今まで国も東電も、ある程度の基本教育は行いますけど、個々の工事ごとの意識付けというのは請け負った会社任せなんです。会社によってレベルが違う。たとえば、しっかりそういうところまで教育して、トラブルが少なく、汚染水の知識もちゃんと教育しているところもあれば、ただ「こんな作業やるよ」というだけのところもある。企業ごとバラバラなのが実態です。

■収束作業は東電任せではなく、国家プロジェクトでやるべき

――本来だったら収束作業は国家事業でやっておかしくないのに、そうしてないのが問題だと?

僕は最初から言っているけど、国家プロジェクトでやるべきだと思います。本来なら東電を一度解散するべきなんですよ。そこで、そのあとに旧東電のノウハウも必要な部分もあるし、そういう人たちを集めて一つの国家プロジェクトとしてチームを作って、そこに国が予算を投じるべきです。要は、東電が破たんすると困るところがいっぱいあるわけですよ。

国がやらないのは、僕は「第二のリーマンショックを恐れているのかな」と思ってます。もしそうなったら、株は飛んじゃうし、貸し付けている銀行は不良債権をいっぱい抱えちゃうし。それが一番恐ろしかったんじゃないかな。エネルギー政策にしたって東電破たん処理にしたって。全部、日本の経済を考えて作られたシナリオなんだと僕は感じています。

東電は半分、国の資本が入って原子力規制委員会の支配下にはありますけど、結局は民営企業なんですよ。その民営企業は黒字にするということは1Fも含めての決算になるので、どうしてもコストなんです。

――著書の中でもコストの話がたくさん出てきますよね。

いまだにコストの話になるんですよね。「廃炉カンパニー」を作ったって完全分社化ではないんです。東電に責任を取らせるのはあとにして、今は国家プロジェクトでやり、1F収束に必要なお金を注ぎ込むべきものは注ぎ込んでやるべきだと思います。東電からのお金の回収は後回しでも構わないから。調査も東電自体でやっているから、極端な話、自分に都合の良い調査しかやってない場合があるわけです。

――今、日本政府の対応として欠けていることは、まずそこですか?

どこまで真剣に考えるかですよ。たとえばオリンピックは東京でやることが決まれば、赤字になろうが国家予算を投じてでも、国のメンツをかけてやらなきゃいけなくなりますよね。期限は決まっているわけだから。この6年か7年間の間に、規制緩和をする、法改正もすると国を挙げて取り組むわけですよ。

では廃炉に対してはというと、30年〜40年という長い工程だけど、根拠のない机上の空論になっている。それに向かってスピードアップしなきゃいけないはずなのに全然進まない。「足かせになっているものは何?」という検証をしていないし、「そのためにはこういう法律を変えて」「国が責任を持って、こういうのは認めましょう」とか、そういう話っていうのは国会じゃないとできないのに、そういうのが3年たってもなかなか出てこない。

――全部、東電まかせになっているんですね

そう。東電もいろいろな言いたいことはあると思うんですよ。国に対して「こうしてほしい」「ああしてほしい」と、でも、それが言えないという雰囲気はありますよ。怒られてばっかりだし、東電が事故の当事者であり、営利企業であるからといことも含めての話で。

そういう東電という「しがらみ」をなくして、一つの国家プロジェクトとして廃炉に対してどうすればいいかということを考える組織じゃないとダメだと思うんですよ。今はいろいろなバイアスがかかって、言いたいことが言えない状況になってますからね。

■東京オリンピックにゼネコンが取られる

――2020年の東京オリンピック開催が安倍政権で決まりましたけど、今それをやっている場合じゃないという立場ですか?

廃炉のこと考えると、反対ですね。廃炉にしたって、復興にしたって、まず間違いなく、資材も人材もオリンピックに持ってかれますし。ゼネコンも今は1Fにいますが、絶対オリンピックの仕事をしたいはずです。

それは民間の営利企業であれば、やはりそうですよ。1Fには技術的なメリットもないし。たとえば、1Fの工事を請け負ったとしても、失敗した時の影響ってすごいじゃないですか。マスコミに「ゼネコンの○○社の汚染水タンクが失敗」と叩かれるわけですからね。

――オリンピックのスタジアム作る方が、原発事故の収束作業をするよりワリが良いって話になりますよね

それは、そっちのほうが会社の株は上がりますよ。民間の会社であれば、1Fはリスクの高い場所なんですよ。本来はやりたくない場所です。最初のころは、応援という形で、「1Fを何とかしなきゃ」「うちも手伝いますよ」って来てたけど、段々そうじゃなくなってきました。

手伝っても失敗したら、寛大に見てもらう風潮じゃないので。そうすると、「あそこに思い切ってリスク背負っていくか!」というゼネコン会社とか原発メーカー、企業がいるかっていうと、なかなかいないですよ。そういう意味では、ものすごく昔とは変わっています。

――昔は協力企業にしても作業員にしても、あえてリスク度外視してもやるっていう心構えがあったけど、今はもうそういう感じではなくなってきていると

汚染水問題もそうだけど、「トラブル起こしたら、また怒られるよね」「叩かれるよね」というような雰囲気になってます。それだと、なかなか思い切った仕事はできない。人を集めても、「素人ばっかり入れてもなぁ」とか、そういう怖さは企業側にあります。

オリンピックに人を取られ、再稼働に人を取られていたら、1Fはベテランとか熟知した人が揃うとは思えないです。

■好景気になるほど、原発作業員のなり手はいなくなる

――昨年の参院選や2月の東京都知事選でも、脱原発が争点になりました。今、世間的に言われている脱原発的な風潮については現場作業員としてどう見ていますか?

もうね、脱原発とか推進とかいうのは、今の僕の頭の中にはないんです。というのは、僕は残りの人生を考えると、やはり1Fの廃炉と、未だに13万人が避難している福島県沿岸部の浜通りの帰れなくなった土地のことしか頭にないんですよ。国のエネルギー問題も大事だけど、僕は政治家じゃないので、まずは目の前のことしか考える余地がないというのが正直なところなんです。

ただ「このままでいいんですか?」という気持ちはありますよ。これからどんどん少子化の影響で人口は減っていくわけじゃないですか。そうしたとき、果たしてこれだけの電力は必要なのか。

人口がどんどん減ってきて、働く人の数が限られることになるはずです。僕らのような原発従事者は、事故前には8万人でした。その8万人が55基の原発を動かして、メンテナンスしていた。ところが少子化になるし、アベノミクスや東京オリンピックで景気は上がります。景気がいいときに、わざわざ原発に人が集まるかって問題がある。

――不景気のほうが原発には人が集まると?

原発というのは、リーマンショックにしたってバブル崩壊にしたって、総括原価方式のため、多少の資材関係の影響はありましたけど、人的な影響というのはないんです。むしろ経済が不況のときの方が人は集まりました。普通の民間企業とは逆なんですよ。世間が好景気のときほど、人が集まらないんです。

――アベノミクスで景気が良くなってくると逆に、原発事故の収束作業を取り巻く状況は悪くなるわけですね

そうなんですよ。他の業界の方が賃金が高ければ、みんな他の業界に行きますよ。やはり原発はルールも厳しいですし、これからテロ対策も含めて身分もいろいろ調査されますし。調査されたくない人が建設業にはいっぱいいるのが現実ですから。だから日本版NSC(外交・安全保障の司令塔となる「国家安全保障会議」)にしたって、テロ対策にしたって、原発に人が集まりにくくなるような法律がいっぱい出てるのが心配なんです。

――そのうち、外国人労働者とかもどんどん入ってくることになりますか?

この前も新聞に載っていたけど、外国人の人を雇用せざるを得ないと思いますよ。それは原発だけじゃなくてオリンピックも含めてですけど。ただ、原発の場合は外国人を雇用するとなると、やはりセキュリティの問題が出てくるので、そこをどうするか。宗教とか思想とかまたいろいろそこまで調べるのとか考えなきゃいけないという問題が出てくるんですよ。そういうのも、今から動かなきゃいけないのに動いていない。原発の場合は、外国人雇用は即スタートはできないと思いますよ。

■10年後に燃料デブリを取り出すのは「まず無理」

――現場の原発作業員の方では、廃炉までのスパンはどのように考えてますか?

いや、考えられないですよ。茂木敏充・経済産業相は「3.11の10年後から燃料デブリを取り出しますよ」って言ってますけど、10年なんか絶対無理ですよ。現場はみんなそう思ってます。僕は1年目から言ってるけど、今の段階で「何を根拠に10年って出てきたの?」って。

廃炉までの期間とされている30〜40年にしたって何の根拠もないんです。飽くまで目標として立てただけで。実際に中身を見てみると、10年後に燃料デブリを取り出せるのかと言えば、僕はまず無理だと思う。現場で働いている人は、ほぼ全ての人が思っていると思いますよ。

――現在、中には入れないのは何号機ですか

主に1、2、3号機の3つです。ただ、無理をすれば原子炉建屋の中には入れますよ。毎時20ミリ~30ミリシーベルトあるので、5~10分の世界なんですけどね。

――ロボットを開発して、遠隔操作で作業をするのはどうでしょう?

まぁ、それをやってますけど。ロボットだって、なかなか思うように動かないしね。開発しながら、実際に現場で使ってみて、さらに改良を加えてという世界なので。最終的には人が入って、人海戦術で行くしかないと思っています。

建屋の中でロボットが止まれば、ロボットを回収しに人間が行くわけで。だからまだまだ先の話ですよ。想像もできないです。だって調査が終わってないのだから。調査が終わらなければ対策の立てようがない。

――どこから水が漏れているのか、具体的な位置もまだわかっていないのですか?

わかっていないですね。

――その状態で廃炉に向けて燃料デブリを取り出すと言われても難しい

いろいろな机上の計画はいっぱいありますよ。それが実現するかどうかは、わからない。

――そういった現実は、一般の人はあまり知られていないと思います。1Fに詳しくない人は、「みんな真剣に作業してるから」「政府は大丈夫って言っているから終わるんじゃないかな」といった希望的観測の人も多いのでは

そうそう。だから、みんなそう思っているだけなんですよ。でも、実際どうなのか。「何を根拠に、これが出てきているんですか」って、僕なんか質問したいぐらいですから。「これをやるには、これですよね」「これ、ここまでいってませんよね」「こっから積み上げていったら、10年なんて絶対無理じゃないですか」って話になりますよ。

――ある意味では、事故後から変わって対策できた部分もあるけど、震災の起きた翌日の段階から状況として変わってない部分もあると

ドーンと事故に遭って、応急処置はしてICU(集中治療室)に入り、とりあえず命はつなげたけど、そこから改善に向かってやっているかといったら、そこまでもいってないですよね。

――本当の病巣を取り除けたわけではないと

倒れた原因が何なのかさえまだわかっていない。病名がわかってない状態。だから「とりあえず命はつなぎましたよ」というところまでです。

――応急処置で一命は取り留めて延命は続けているけれど、根本的な病気がわかってない。対策もとれていないという。ことですね

たとえるならそういう感じです。予定通り10年で燃料デブリを取り出すことさえできれば、その段階から今度はリハビリ状態に多分なると思うんだけど、今はそこまで想像がつかないですよ。

――逆に政治家や東電にしても、あたかも既定路線で可能だという風に言ってしまうことに問題がある?

それに向けて動いてはいますよ。だけど、やってみて初めて分かることなので。着地点があって、そこに一本線で向かっているのとは違うんです。実際には試行錯誤の繰り返しで、「あ、違う」「ここ行くにはこっちの道にいこう」「あ、これだめ」「あ、こっちの道で行こう」という段階。燃料デブリ取り出し開始まで10年計画だけど、そこにたどりつくまで何十年かかるかわからないという状況です。

■3年たって「風化させるな」とは言えない

――世間的には3年経ったということで、だんだん震災に関する・・・あえて今回、寝た子を起すわけではないですが、我々としても、もう1回考えてみようというのが今回の取材の趣旨なんです。世間の注目にしても、1Fへの関心が前よりも薄れてきている印象を受けます

それは薄れてるとは思いますよ。ただ、汚染水問題のニュースがあるので、まだみんなの気持ちの中にはあると思いますが、東京に行くと「えっ、1F収束作業ってまだやってるんですか?」ていう人もいるし、「原発って全部止まってるんですか?」っていう人もいます。

ただ、阪神淡路大震災のときも、ものすごい地震だったじゃないですか。あれが復興するまで、かなり時間がかかったわけですが、自分もあの時を振り返って、3年経ったあとに阪神・淡路のこと考えていたかなといったら、考えてなかったんですよ。自分の中で風化していました。だから世間の人に「3年たって忘れちゃだめだよ」って、無理強いできるかっていうと、僕の反省からはできないです。

――3年前に事故が起きた時に考えていた未来の予想と、今の現状とを比べて、良い点、悪い点・・・当時はもっと良い状態になると考えてなかったのでしょうか?

考えてましたよ。だけど、こんなもんだろうなと思います。僕は、3.11以降つぶやいてますけど、1年目からこういう心配をしていたので、「このままだと、こうなるよ」という予想が、その通りになっていますから。

――事故当初の問題がまだ解決してないと

そうです。もしくは収束宣言以降の半年間で、体制もコストも作業員の問題も含めて解決しなければならない問題が、そのままになってます。オリンピックは決まってなかったですけど、4年目5年目になれば、ベテラン作業員が足りなくなるというのは1年目からわかっていましたから。

そういうことも、つぶやいていたんだけど、それを僕みたいな一作業員がつぶやいたって変わるわけじゃない。もっと組織の人たちが、国も含めて考えていれば変わってたかなとは思いますね。

■ハッピーさんが福島第一原発で作業を続ける理由

――ハッピーさんは、なぜ原発の作業員になろうと思ったんですか。事故の起きる前ですが

もともと、僕は原子力工学を学んでいたわけではないですし。たまたま、流れで来ちゃったんです。人と人とのつながりでこの世界に入ったという感じですね。

――でも原発の作業をずっとやってこられて、3月14日の3号機爆発後に吉田所長から「協力企業の方は避難して」と言われ避難しました。その後は、ハッピーさんの方から現場に戻りたいという意思表示をなされたのは、なぜでしょうか?

ボーンと爆発したのを見たのが大きかったですね。東電の地元の人でも同じような意識があるんですが、それまで1Fの作業に長く携わり、自分がメンテナンスしたり工事やったりしてきた「マイプラント」という意識があるんですよ。「自分が造ってきた自分のプラントだ」って。

それがボーンと爆発して、あの無残な姿をみたとき、「最期まで、これを何とか看取ってやらなきゃ。収束させたい」という気持ちがあったんですね。それは東電の社員の中でもそういう人はいっぱいいます。協力業者の人の中にもいっぱいいます。建設当時から造ってきたという思いがあるからね。

――今後もハッピーさんとしては、ずっと1Fが廃炉になるまで看取られたいという気持ちはありますか?

それはありますよ。もちろん、会社が1Fの請負をやめるという話になる可能性はありますが、自分が続けられる限り、精一杯頑張りたいと思っています。

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