【3.11】福島「原発被害による不安が蔓延している」 前田正治・福島県立医大教授が語る、心のケアの重要性

東日本大震災から4年目を迎えた福島。福島県立医大の前田正治教授は「福島では、被災前と街並みが同じでも放射線に汚染された事実を消せないという曖昧な喪失状況が、心のケアを難しくしている」と話す。
中野渉

東日本大震災から4年目を迎えたが、被災地では多くの被災者が心に負った深い傷から回復している一方、症状が悪化している人も少なくない。医師で、福島県立医科大学「災害こころの医学講座」の前田正治教授は2月、東京都内で講演し、「福島県の沿岸部では放射線に対する長期的な不安が蔓延している。被災前と街並みが同じでも放射線に汚染された事実を消せないという曖昧な喪失状況が、心のケアを難しくしている」などと強調した。

福島県ではいまだに多くの人々が原発被害によるストレスにさらされており、自殺予防が一つの大きなテーマとなっている。前田教授は地元で多くの被災者と接し、支援をしている。以下、講演の要旨を紹介する。

■原発事故によるPTSD

福島では、トラウマ(心的外傷)の問題、いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の問題が大きい。それは地震と津波からではなく、ほとんどが原発災害や原発事故そものに対するものだ。

南相馬市も病院では震災直後、十数人に減ったスタッフが180人くらいの患者さんとその場にとどまることになった。一方、避難したスタッフもたくさんいるが、そういう人たちは「逃げてしまった」という気持ちを持っている。

南相馬の線量はかなり下がっている。しかし、住民の帰還は全然進んでいない。人々がトラウマ反応を起こしてしまい、帰ることを避けている。「また原発が爆発するのではないか」とも思って安心感が得られない。

■幼子を持つ母親に慢性的な不安が顕著

放射線に関するスティグマ(負の烙印や傷痕)の問題がある。特にそれは、幼い子供を持つお母さんに強い。これは福島特有の問題だ。(旧ソ連=現ウクライナの)チェルノブイリ原発の事故では20年間綿密な調査が実施されたが、甲状腺がん以外に大きかったのがメンタルヘルスの問題だった。アメリカのスリーマイル島の事故でも同じ傾向だった。

福島のお母さん方は、慢性的な不安を抱えている。そして、同時に罪責感情がある。「ここで子供を育てていいのだろうか」「子供を育てることに責任を持てるのか」と思ってしまう。

引っ越したくても引っ越せず、けんかが増えるなど子供の問題も増えてくる。お母さんの不安が子供に移っている状態だ。子供の不安行動を見て、さらにお母さんがまた不安になってしまう。悪循環に陥っている。

「家の子供が言うことを聞かない」と言ってきたときには、必ずお母さんの話を聞くようにしている。お母さんをケアをすることが非常に重要だ。

■グループで立ち直る機会つくって

コミュニティーの分断という問題も大きい。妻子が家を離れて避難して、夫だけが残るとかして、場合によっては離婚してしまうことも多い。家族内での葛藤が起こるし、コミュニティーが壊れてしまう。

将来の見通しにも乏しい。子供を持つお母さんも大変だが、もう一つのハイリスクなのが中高年の男性だ。特に職を失った人たちで、アルコールを昼間から飲むとか、パチンコで時間を潰すとかしている人も多い。「あの人は補償金をもらっているのに酒ばかり飲んでいる」などと周りの人から言われる。でも実際は、特に第一次産業の人は、ほかの仕事に転職するのは簡単ではないのに。

仕事と生活は密接に絡んでいる。仮住まいで住所も移していない状況では、本格的に次の道に進んで働くということができない。生活が壊れ、「今の自分は何者なんだろうか」と思ってしまう。そうすると、うつ病が起きてくる。

妊娠の問題を不安視している女性も多い。「セルフスティグマ」と言って、自分のなかにスティグマが生まれてしまう。福島の女性が県外に行ったとき、福島から来たということを隠そうとする。広島、長崎の原爆被爆者と似ている。

こういった問題は、なかなか語られることがない。私は非常に心配してる。エビデンス(根拠となる研究結果)を基にした適切な情報伝達が不可欠なのだが、それだけでは足りない。同じ境遇の人々が力を合わせてグループで立ち直れるように支えなければならない。

一方、私たちは、支援者を支援することも大きな活動の柱にしている。過労状況が続いており、怒りや不満にさらされている。地元公務員は、原発災害よりも、住民から「お前ら何にやっているんだ」との怒りにさらされたトラウマを強く持っていたりする。

福島では、支援者のほとんどの人が自分自身も被災者だ。家族も別居した状態。支援者は、自分が困っているとはなかなか言い出せない。でも被災地では、支援者が倒れることが大きなダメージになってしまう。支援者を支援するのはとても大切なことだ。

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前田正治(まえだ・まさはる) 1960年生まれ。久留米大学医学部准教授を経て、2013年から福島県立医科大学医学部「災害こころの医学講座」主任教授。専攻はPTSDに関する臨床研究、統合失調症に関するリハビリテーション。「日本トラウマティック・ストレス学会」会長(2010年~2013年)、日本精神保健予防学会評議員、ふくしま心のケアセンター顧問など。

※前田教授は、日本トラウマティック・ストレス学会と製薬大手ファイザーが共催した「東日本大震災 こころのケア支援プロジェクト」の活動報告会で講演した。同プロジェクトは、東日本大震災の被災地に向けた支援のひとつとして、2011年7月から被災者へのPTSDの治療支援のための活動をしている。

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