「残業ゼロ、中小企業こそ効果がある」小室淑恵さんに聞くワーク・ライフバランス【実例】

少子化、高齢化が進む日本。男女ともにフルタイムで働くようになり、共働きで子育てをする家庭が一般的となった。親の介護を控える、団塊ジュニア世代も多い。今後、多くの人が労働時間の制約があるなかで働くようになるだろう。
ワーク・ライフバランス

少子化、高齢化が進む日本。男女ともにフルタイムで働くようになり、共働きで子育てをする家庭が一般的となった。親の介護を控える、団塊ジュニア世代も多い。今後、多くの人が労働時間の制約があるなかで働くようになるだろう。

今まで当たり前とされてきた長時間労働前提の働きかたを見直すには、どうすればいいのか。一人ひとりが働きながら、自分の人生を楽しみ、家庭のひとときを大切にするには、何が大切なのか。

ワーク・ライフバランス普及は、個人だけの問題ではなく、企業の理解や取り組みも欠かせない。残業ゼロの働きかたについて「大企業は導入できても、中小企業では現実的に難しい」との声があるが、本当にそうなのか。

大学時代に猪口邦子さんの講演を聞いたことで人生が変わったエピソードを紹介した前編に続いて、全国900社でコンサルティングを手がけ全国で講演、執筆活動を行う、株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役の小室淑恵さん(写真)に、中小企業がワーク・ライフバランスを導入するメリットや、大企業が業界もたらした好影響、ワーク・ライフバランスが少子化対策となる可能性について話を聞いた。

■これからのワーク・ライフバランス——限られた時間で最大の成果を出す

2017年には団塊世代が70代に突入し、団塊ジュニア世代は親の介護に直面することになる。小さい子供を育てながら、親の介護もする人も珍しくなくなるだろう。男女問わず、時間の制約を抱えながら働く人が増えるのだ。

小室さんは、これからのワーク・ライフバランスについて、「限られた時間のなかで、最大限の成果を出す働きかたに変えていく必要がある」と説明する。

「育児や介護休暇を取得されたみなさんは、復帰直後は、限られた時間で生産性の高い仕事をされています。それなのに、長時間労働できる人の基準に合わせた評価される……。そのことによる孤独感やモチベーション低下が問題になっています。同じような問題は、ほぼすべての企業——ワーク・ライフバランス大賞を受賞したような企業でも起きています」

「短時間勤務などの“制度”は立派に整えたけれど、制度を使う人以外はみんな深夜まで働いているという会社はたくさんあります。そういった会社では制度を使う人“使いにくい人材”になってしまっているという現実があります。全員の働きかたを変えることが大切なんですね」

「残業ゼロ」の働きかたにすることは、企業にとってもメリットがある。仕事のアウトプットの質を上げるだけでなく、長時間労働による残業代の負担を減らし、うつ病などのメンタル不全を防ぐことにもつながるのだ。

■中小企業——定時退社のワーキングマザーを採用して経営が安定

小室さんの会社がコンサルティングを行った企業は、900社にのぼる。ワーク・ライフバランスを導入して「残業ゼロ」を実践することついて、中小企業では現実的に難しいという意見もあるが、小室さんは「小さい企業のほうが導入した効果がすぐに現れる」と語る。

「うちの会社は一切営業を行っていないのですが、大企業と中小企業は、ほぼ同じ数ずつクライアントがいます。社員6人の企業もクライアントにいますね。その企業は、かつて社員中6人のうち4人が1年で辞めてしまっていたそうです。いつも採用の告知にお金がかかり、社長も常に新人を教育することに時間が取られてばかり……と負のスパイラルに陥っていました」

「そこで社長は、ワーキングマザーに特化して人を採用することにしました。今は6人中4人がワーキングマザーです。4人は、子育てがあり夕方には家に帰らなくてはいけませんが、それによって、定時退社が当たり前の『早く帰っても認められる会社』に変わりました。ママ社員にとっては、とても貴重な会社なので、ここ2年くらいは社員の入れ替わりもありません。採用のための掲載費や育成のための時間が全くかからなくなり、ロスが大幅に減りました。小さい企業のほうが、メリットがすぐに現れるんです」

■大企業——古い体質が変わり、業界全体の働きかたに影響を与える

一方、大企業のワーク・ライフバランスの導入について、小室さんは「大企業が働きかたを見直すことで、業界全体に影響を与えることができる」と語る。

「建設コンサルタントのパシフィックコンサルタンツさんには、最初は講演をご依頼いただきました。その費用は、労働組合(労組)と企業が折半されたそうです。今まで労組と企業は、闘う関係でしたが、ワーク・ライフバランスの導入は、労組にとっても企業にとっても、すぐに取り組まなければいけないことなので、協力されたそうです」

「講演する前の打合せでは『必ず役員の方に出席いただいてください』とお願いしました。そうしたら、最前列に座って講演を聞いてもらえて……。働き方の見直しの必要性を強く感じていたことや講演会の反応がよかったこともあって、「働き方の改革コンサルティング」をご依頼いただける意思決定もすぐに行われ、そこから3年間コンサルをさせていただきました」

「公共事業関連の業務に携わっている関係で、工期が2〜3月に集中していることもあり、専門家集団で品質へのこだわりが強く、長時間労働の会社でしたが(笑)、今では働きかたに関する考えはずいぶん変わりましたね」

パシフィックコンサルタンツは、東京都による働き方の改革「東京モデル」事業にも選定された。取引先との仕事の進めかたが変わった部署もあり、業界紙でも「パシコンが先陣をきった!!」と報じられるなど建設コンサルタント業界全体に影響を与えている。その効果は、採用だけでなく、クライアント企業からも「納期と質を管理できる、技術力の高い会社」という評判に表れているようだ。

■「残業ゼロ」によって、時間をかけた採用活動が可能に

ワーク・ライフバランスを実践する小室さんの会社では、子育て中の母がたくさん活躍している。入社したメンバーも次々に親になっていくという。

「みんなで子育てを応援しているので、入社したメンバーは次々と親になっていきます。最短では、内定を出した翌週に妊娠がわかったメンバーもいましたね。『全然問題ないよ』と伝えたら、びっくりしていました(笑)」

「18時退社を前提にしていると、どれくらい業務量が増えて人が足りないかが早めにわかるんです。採用は、焦るとうまくいかなことが多いですが、メンバーが子供を生む可能性も考えながら、早め早めに予測することで、じっくり採用活動ができます。育成期間も考慮して必要な人員を考えています」

「長時間労働が当たり前の企業の場合、増えた業務量を社員の残業で吸収しています。人が足りないという自覚がないまま業務を拡大して、誰かひとりが病気になって、突然チームがパンクするといった事例もよく聞きますが、それって実は、前からパンクしていたんです。企業が、みんなが支えてくれる状態に甘えていただけなんですね」

「その状態で人を採用すると、育成する時間がないから即戦力を求めて、高い給料で取らなくてはならなくなります。育成が必要な人を採用した場合も、誰も余裕がないので放置してしまって伸びない、そしてまた辞められてしまう……といった負のスパイラルに陥っている会社は多いですね」

「残業ゼロ」にすることで、経営者も長期計画を考える時間ができ、計画を立ててゆとりと持って人を採用することができる。また、採用を考えるのが経営者だけの場合、経営者が忙しいことで採用が後手になるが、小室さんの会社では「社員すべてを、経営視点で会社を考えられるように育てている」という。

「彼らが、会社の経営のことを我が身のこととして考えているので、この利益なら、このタイミングで人を採用した方がいい、そうしないとこうなるということを自分たちで考えて判断してくれます。全メンバーが、先手先手で提案してくれるんです」

■ワーク・ライフバランスは、一番の少子化対策

コンサルティングをした旅行業界大手では、労働時間や職場のコミュニケーションが大きく改善した翌年に、結婚する人や子どもの生まれた社員が増えたという。小室さんは「その人事の方が、人って心に余裕が出てくると、ほんとに結婚したり子どもが出来たりするんだね、といっていました。ワーク・ライフバランスを見直すことが、一番の少子化対策だと。首相に伝えたほうがいいと盛り上がりました。本当にそうだと思います」と微笑む。

安倍首相は、女性の活用に力を入れている。内閣府主導で、2015 年度からスタートする「子ども・子育て支援新制度」では、保育施設の拡充など、保育園に入れない待機児童の解消に向けた取り組みが行われる。このために必要な予算は1兆1千億と試算されているが、そのうち7000億の財源はすでにほぼ確保している。

小室さんは「ここまでまずスピーディーに国が動いていることは大きく評価できると思います。働きながら子育てできる国にしますと約束することに意味があるんです。ただし、あと足りない4000億をどう確保するのかが注目されています」と語る

「5年10年かけて待機児童を徐々に減らしても意味がないんです。というのも、団塊世代の次に人口のボリュームゾーンである団塊ジュニア世代の女性達が出産できる年齢があと少しで終わってきてしまうので、その女性たちに間に合うタイミングで、産みたいと思える環境を整えれば、国として生まれる子どもの数が大きく違うのです。駆け込み出産をしたいと思えるくらいのインパクトある社会の変化が伝わることが大事です」

■ワーク・ライフバランスが国を変える

小室さんは2月、内閣府の子ども・子育て会議のメンバーとともに自民党本部を訪れ「子ども・子育て新制度」の不足分の4000億円の予算確保を要請した。対応したのは、石破茂幹事長と猪口邦子議員だった。

石破幹事長は、4000億円の不足に対して「とにかくこの問題にきちんと対応しないと」と述べただけでなく、「働きかた」の見直しにも言及したという。

「石破幹事長は、私の国会プレゼンを覚えていらして『働きかたを変えなきゃ、子どもも生まれないし、結婚相手と出会う時間もない』とお話されました。そして働きかたの見直しについて、猪口さんに『すぐに他国のやりかたを研究して提案してください』と指示を出されたんです。猪口さんと『試案を作るのを一緒にやりましょう!』とお話して帰ってきました」

小室さんは最近、内閣府を通じて、猪口さんの国会質問のアイデアを相談されている。「データや海外の事例を紹介しました。猪口さんに頼りにされたら、いくらでも頑張っちゃいますね。私からすれば感慨深すぎて……私の人生を変えた、あの猪口さんが目の前にいるよーって」と小室さんは笑う。

ワーク・ライフバランスは、人や企業だけでなく、これからの日本を変えていくだろう。

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