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新国立競技場の設計者、ザハ・ハディド氏が韓国に造った建物もすごい

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2020年東京オリンピックのメーンスタジアムとなる新国立競技場を設計したザハ・ハディド氏の建物が、韓国でも議論を呼んでいる。ザハ氏が設計し、3月21日にソウルにオープンした大型展示・商業施設「東大門デザインプラザ(DDP)」だ。

1925年に開設された総合スポーツ施設「東大門運動場」の跡地。主に1980年代前半まで野球やサッカーなど数々のスポーツやイベントの舞台となったが、1988年のソウルオリンピック開催に向け、85年にソウル南部の蚕室にスタジアムができてからは主役の座を譲っていた。そうした歴史や周辺景観との調和、さらには発掘された遺跡の扱いなどに批判が相次いでいる。

DDPは、アートの展示やファッションショーなどの大型イベントスペースと、ショッピングモールからなる。

3月11日、オープンを前に韓国を訪れたザハ・ハディド氏は、ソウルでの記者会見で批判的な質問にさらされた。

DDPがあまりに大きすぎるのではないかとの質問に、

「何を基準に大きすぎると言うのか、こちらから質問したい。スケールは建築家に与えられた要件です。DDPのように機能が特化した建物を設計するときは、厨房や台所、寝室みたいに減らせるもんじゃないんです。箱型の建築物にしたらもっと大きくなっていたでしょう」

同じ批判にさらされている2020年東京オリンピックの新国立競技場についても

「オリンピックスタジアムとして機能する最小限のスケールです。それを皆さん知らないはずがありません」

周辺のコンテクスト(脈絡)を受け入れられなかったという批判には、

「DDPのような文化プロジェクトでは、都市の脈絡を再考して新たなアイデアとして始めることが重要だ。周辺の環境も重要だが『新鮮さ』『新しさ』を考えるしかない」

ステレオタイプ(固定観念)が死ぬほど嫌い、10歳からわざわざ変な服だけ選んで着ていたという彼女らしい答えだった。

(朝鮮日報「東大門デザインプラザは、幼い頃から遊んでいた非対称の鏡が動機に」より 2014/03/12 03:40)

DDPが周辺景観と調和せず、突出しているという指摘にも、

「建築という、土地との結合という意味で、展示場を地形に溶かそうと努力した」「DDPは、規模と構造の面で、建築自体が地形になった」と自負した。「建物の土地がもともと、東大門運動場だったことは知っていた」として、その歴史を保存するために、照明灯を残したとも説明した。また、建築の過程で見つかった城跡や1900年代の水門施設も「建物に溶かした」といい、「石造りやコンクリート、金属の材質が自然な調和をなした」という。

(ハンギョレ「東大門デザインプラザがぶっ飛んでるって?」より 2014/03/12 11:09)

以下は韓国・ハンギョレ新聞と報道専門テレビ局「YTN」による現地ルポだ。

不時着した宇宙船とはこんな姿だろうか。建物の外観は見れば見るほど訳が分からない。角張ったところがほとんどない。曲線も規則性を見いだすのは難しい。アルミパネル4万5133枚で覆われた建物は巨大でずんぐりとした胴体が寝ているようだが、えたいの知れない格好だ。マスメディアや専門家が建物を説明するとき、最も多用された単語が「非定型」だ。

入り口に入ると天井は高く、広々とした室内空間が広がる。

壁は真っ白で、床は正方形の黒いタイルが白のベースに不規則に散らばっている。2カ所の出入り口が向かい合っていて、中間にちょっとゆがんだ五角形のインフォメーションデスクがある。そこを通り過ぎて反対側の出口から出ると、黄色い芝生が広がっている。芝生の間に石積みの城郭が横切っている。ところどころに植えられた木は葉が茂っていない。花が咲いた梅の木が3本あった。

大きな石が積まれた城壁からなる2つの門があった。片側は鉄の柱でふさがれている。近づいてみると、朝鮮王朝(李朝)時代にソウル市街に流れていた水路の水門だという説明が案内板に書かれていた。この水門はDDP工事中の2008年11月、東大門運動場の地下3.7m地点から見つかった。水門だけではない。長さ123mのソウルの城郭もあった。1925年、日本が皇太子(後の昭和天皇)の誕生日を祝い、京城運動場をつくったとき、これらの遺跡は埋められたのだ。

DDPという超大型施設の前庭に、朝鮮王朝時代の城郭と水門、精鋭軍隊の駐屯地だった遺構が共存していたのだ。水門の後ろに照明灯が見えた。DDPは東大門運動場の照明灯2基を残した。高校野球の全盛期を照らしたあの照明だ。その隣には東大門運動場記念館だ。

ザハ・ハディド氏は「建物が地域のアイデンティティーに合致していない」という指摘に対し「ここ地域文化なんて何かあるのか。近隣の服飾小売店が中で市場を開いても私は気にしない。それは政治家が決定することだ。もうインタビューはやめだ」と不快げな反応を見せた。

ソウル市は、20年間で13兆ウォンの経済効果があるというバラ色の試算をしている。

大きな問題は、DDPに投入された莫大な血税と今後の運営費だ。呉世勲(オ・セフン)前ソウル市長は2006年5月に当選、その年の8月に東大門運動場の公園化事業に署名した。当初予定の工事費900億ウォン(約87億円)は雪だるま式にふくれあがった。2007年2月から事業の実現可能性調査が始まったが、調査終了前の2007年4月に設計公募が開始され、8月にザハ・ハディド氏の設計案が当選した。この設計案によれば、総予算は2274億ウォン(約220億円)のはずだった。工事中にソウルの城郭と水門などの遺跡が発見され、設計が数度にわたって変更された。難工事の末、4840億ウォン(約468億円)までふくれあがった。

(以上、ハフィントンポスト韓国版「星から来た曲線の異邦人、地球人とうまく付き合えるか」より抜粋 2014/03/30 12:11)

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