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狩猟女子・畠山千春さんに聞く、いのちの食べかた「丸ごと大切にいただきます」【Woman's Story】

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CHIHARU
The Huffington Post
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都会で働いていた普通の20代だった畠山千春さん(写真)は、東日本大震災をきっかけに、動物の狩猟や解体を行う“狩猟女子”となった。現在は、九州のある地方でシェアハウスを運営し、新米猟師として狩猟を学びながら、鶏を絞める解体ワークショップやイベント、講演などを各地で開催している。

動物のいのちと向き合うブログやTwitterは、大きな反響を呼んでいる。3月に単行本『狩猟女子の暮らしづくり わたし解体はじめました』(木楽舎)を発表した畠山さんに、狩猟女子になった理由や、解体を通じて学んだことを聞いた。

■震災後、「自分の暮らしを、自分の手で作る」と決意

「狩猟女子になったきっかけは、東日本大震災だった」と語る畠山さん。それまで狩猟の経験はなかったという。

「あの日は、当時勤めていた会社の横浜のオフィスにいましたが、とにかく怖かったですね。こんなに大きな地震があると思っていませんでしたし、買い占めのようなこともありました。お金があってもモノがなければ、手に入れることができないんだと実感しました」

3月13日、埼玉の実家に集まった家族に対して、畠山さんの父は「家族を守りたいなら、まず自分自身が絶対に生き抜くこと」と伝えた。「自分が生きていれば、家族を助けられる」という父の言葉を聞いて、畠山さんには「家族を守る為に、何があっても絶対に生き抜いてやる」執着心が芽生えたという。

畠山さんは「また災害が起きるかもしれない。そのとき、まわりの環境がどれだけに変わっても、自分の足で立ち、幸せに暮らしていくための練習が必要だと思いました」と振り返る。

「大学で環境問題や地域コミュニティを学んでいたので、いつかは自然豊かな田舎で、身の丈にあった自給自足のような暮らしをしてみたいという漠然とした思いはありました。でも3.11で『本当に死ぬかもしれない』と感じたことで、いつかじゃなくて今から始めなくてはと思ったんです」

■手に入るまでプロセスを知るために、肉の解体を開始

福島第一原子力発電所の事故やその後の計画停電によって、電気が届くまでのプロセスを想像できていなかったことを知った畠山さん。同じように、食べものについて考えたとき、「肉」のプロセスを想像できていなかったことに気づく。

「原発事故があって計画停電が行われるまで、スイッチひとつで電気がつく暮らしが当たり前になっていて、電気が家に届くまでのプロセスを想像できていませんでした。「お肉」であっても同じことがいえると思ったんです。お米や野菜と違ってプロセスが見えづらい。スーパーの店頭に並んだお肉から、生きていた動物を感じることはできませんでした」

食べることが大好きだった畠山さんは、見えなくなっている「肉」のプロセスに目を向け「お肉を食べるからには、自分で全部解体して、食べられるようになりたい」と考えたのだ。

■YouTubeで学び、鶏を絞める解体を初体験

2011年10月、畠山さんはGoogleで検索したブログやYoutubeの動画で学び、初めて鶏を解体した。生きている鶏を目の前にして、緊張感と「ごめんね」という気持ちでいっぱいになったという。

「今振り返ると、初めての解体は反省点がたくさんありますが、とにかく目の前の鶏をちゃんと全部食べきるということに対して必死でした。答えを教えてくれる人はいないので、何が起きても食べきるしかないって。鶏を解体していくなかで、自分のなかで、目の前の鶏が“生きもの”と“食べもの”の間を行ったり来たりするのを感じました」

自分で絞めた鶏を、トサカから足まで丸ごと一羽大切に食べた畠山さんは「目の前のいのちと自分が“同化する”感覚を覚えた」という。「頭では解体についてわかっていても、その空気に立ち会うことは全然違いました。いのちのやりとりは、現場に行かないと感じ取れないんだとわかりました」

■講師として、解体のワークショップを開催

解体の体験をシェアするために、ブログで感じたことを発信した畠山さん。思いがけず「自分も体験してみたい!」という声が多く寄せられたという。それを機に、それ機に山梨県の師匠のもとで解体について学び、自ら講師となって、大人や子供が参加できる解体ワークショップ(画像集)を友人の農場で開催した。

「ワークショップの場を作ったことで、みんなで感想をシェアすることができました。少量でお腹いっぱいになってしまったと感じた人、海で釣れたての魚を船で食べるように、こんなに生命力に溢れた食べものを、お肉を食べたことがなかったと感じた人……いろんな人の学びを知ることができました」

畠山さんは「ひとりで黙々と学ぶことも大事ですが、参加者のみなさんとシェアすることで感じたことは、ひとりだったら学べなかったことだと思います」と、学び始めたばかりのタイミングで解体ワークショップを開催した理由を語った。

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解体ワークショプの画像集
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■イノシシの解体、精神力や体力が空っぽになる大変な作業

畠山さんはイノシシやシカの解体も体験した。四足歩行の動物の解体は、想像以上に大変な作業だったようだ。

「イノシシは80キロくらいありました。ひとりだったわけではないのに、ものすごく解体に時間がかかってしまって……終わったときは、自分の精神力や体力が、全部空っぽになったように、ぐったりしてしまいました」

「でも、本来ならイノシシの肉は、これだけのエネルギーや労力と引き換えに手に入るものなんだとわかったんです。同時に、これだけのエネルギーを使っていないのに、たくさんお肉ばかり食べるのは、自分にとってバランスが悪いような気がしました」

自分が解体できる動物のいのちをいただきたい——。そう感じた畠山さんは、四足歩行の動物を食べるのを止めた。身の丈にあった暮らしを作りたかったからだ。

■解体でわかった肉の食べかた——野菜中心のゆるベジ生活に

動物を解体することで「自分が、どうやって肉を食べたい人なのかわかってくる」と畠山さんは語る。解体で何を感じるかは、一人ひとり違うのだ。

「私は自分でさばき切れないから、四足歩行の動物を食べるのは控えようと思ったタイプですが、同じ体験をして『自分で解体したお肉は美味しいから、もっと獲って食べたい』といった友だちもいました。『お肉は好きだけど、さばききれないから、ちゃんとお金を払って食べたい』と感じた人もいましたね」

畠山さんは、イノシシの解体後、野菜中心の食生活を送っているという。「あまり知られていないんですが(笑)、普段の食事は、基本的に野菜です。以前は、週に2〜3回はお肉を食べていましたが、今は1週間に一度も食べないですね。今はお客さんが来たときに、冷凍しておいた解体肉を出しています」

■飼育プロセスを知るため、烏骨鶏を育てて解体

解体ワークショップを開催することで、「生きものを育てることも、ちゃんと知りたい」と感じた畠山さんは、自分の誕生日に食べると決めて、鶏の一種である烏骨鶏(うこっけい)を育てはじめる。

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烏骨鶏の画像集
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「飼育するって、すごく大変なことなんだとわかりました。シェアハウスの庭で2羽、スヤとモグという名前をつけて飼っていたんですが、1羽は猫に食べられてしまったんです。そのとき、庭に放していた私の責任でした。今まで感じられなかったけど、家の近くにもいろんな動物がいて、そこにはちゃんと自然の生存競争があったんです」

可愛がり育てていた烏骨鶏を絞めて、シェアハウスの仲間たちと食べた。畠山さんは「胸がいっぱいでした。小さい体を一かじりして次の人にわけて……端っこまで食べ尽くしました。あんなに味わってお肉を食べることは、もうないだろうなと思います」と語る。

■育てるプロセスを知り、「自分がどう食べたいか」を知る

烏骨鶏の飼育を通じて、畠山さんは「自分は、農業よりも狩猟採集に向いている」と感じたという。

「烏骨鶏を育てるだけでなく、シェアハウスでは田んぼで稲も育てているんですが、種をまいて、育てて、雑草とって……と待っているよりは、自分から山に行って動物を獲ったり、海に行ってワカメ採ったりするほうが向いているなって(笑)。農業よりは、狩猟採集が好きなんだとわかりました」

同時に、畠山さんは「自分が守らなくても、勝手に自生している生命力に溢れたものを食べるのが好きなんだ」とわかったという。「野菜であっても肉であっても、食べる直前まで生きていたものたちと同化するのが好きみたいです」

■SNSを駆使して、解体を学ぶ過程を発信

解体を機に、狩猟についても興味を持った畠山さんは狩猟免許試験に合格。インターネットで狩猟や解体を学びながら、同時に、ブログやTwitterなどSNSで発信していった。タブーになっている「肉」のプロセスについて、自分が学ぶ過程をありのままに伝える様子は、多くの反響を呼んだ。

「今までに、自分が発信することで、いろんな人から返事が返ってきて、成長させてもらったことが大きくて。もちろん『狩猟や解体を伝えたい』という強い気持ちもありましたが、同時に、過程をありのままに発信することで得られるメリットもあると感じていました」

インターネットで情報を入手し、SNSで発信することで、意見や情報が寄せられ、専門家にも出会えたという。「解体や皮なめしは、インターネットで勉強しました、とブログに書いたら、ご本人がFacebookに連絡をくれて、いろいろ教えてくれたこともありました。猟師の千松信也さんと出会ったのも、Twitterがきっかけでしたね」と畠山さんは語る。

■「ウサギの皮なめし」を書いたブログが大炎上

狩猟のブログは反響を呼ぶ一方、ウサギ狩りと解体を綴ったエントリーは、「動物を殺して楽しんでいる」といった非難の声がネット上に殺到した。畠山さんは発信を止めたいと思わなかったのか。

「本当に大きな反響があって大炎上したんですが……たとえ批判されたとしても、それでも受け取るメリットのほうが大きいという気持ちがありました」

「あの大炎上した記事よりも、その後に書いた、『いのちの区切り』についての私の考えや、ブログで発信する理由を書いた記事は、それ以上に大きな反響があって、シェアされたんです。批判する人もいるけれど、一緒に考えてくれる人、向き合ってくれる人がいると感じました」

「もちろん炎上して落ち込みましたが……まあ悪くないんじゃないか、と思っています」と畠山さんは笑う。

■食肉加工場を見学、肉を食べるタブーを消したい

畠山さんは食肉加工場の見学にも足を運んだ。加工場では、自分よりも大きな豚と向き合う職人たちが、最後は手作業で解体していく様子を目の当たりにする。

「加工場の人たちは、全員職人でした。厳しく温度管理された手がかじかむような寒い部屋で、すごいスピードで、ナイフで肉をさばいていく。日々手軽に肉が手に入るのは、職人さんが本気で肉と向き合っているからだとわかりました」

「お肉が、どうやって手元まで来ているかを知ってほしい」と語った加工場の人からは、仕事に対する誇りが伝わったという。単行本には、解体のほかに、山での狩猟体験や、食肉加工場の現場、猟師や酪農の生産者への取材も収録されている。

■震災から3年、「自分の足で立ち、自立する暮らし」を実践

震災後、都会の仕事を辞めて移り住んだ九州。その暮らしで、何が変わったのだろうか。

「あのときよりも、サバイバル力はつきましたね(笑)。本では狩猟について書きましたが、もともと『世の中がどんなに変化しても、お金という手段が使えなくなっても、自立していく生きかたをする』ことがテーマでした。エネルギーの自立、シェアハウスを通じた助け合えるコミュニティづくり、そして少しずつ自分でお金を生み出していけるような工夫を……と考えています」

畠山さんは今、月々の生活費は3万円あれば十分だという。今後について「暮らしに必要なお金が少ないと、いろんなことに挑戦できます。次は地域通貨をやりたいなと思っています」と展望を語った。「自分の足で立ち、自立した暮らし」を送るために、とことんプロセスを学んでいくのだろう。

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