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「レシピより大切なのは生産者だった」 料理家・広沢京子さんに聞く、地方移住後の暮らしかた

2014年07月04日 21時23分 JST | 更新 2014年07月15日 23時32分 JST
Yoshino Kokubo

料理家・スタイリストとして活躍する広沢京子さん。現在雑誌『オレンジページ』や広告などでレシピ制作やスタイリングを手がけ、多くの著書も出版。飲食店のプロデュースやイベントのケータリングなどにも積極的に携わっている。

広沢さんは2009年に東京から地方へIターンをした移住者であり、一児の母親でもある。現在、福岡市の西隣に位置する糸島市在住。今回は、移住のきっかけや、地方での暮らしやフリーランスの働きかたについて聞いた。

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広沢さんが手がけた著書『家だから、いっぱい野菜』『こうかん、ぶつぶつ』。

■多忙な都会ライフを経て、地方の魅力に出会う

千葉県生まれの広沢さんは、「大阪あべの辻調理師学校」を卒業し、飲食店勤務を経て、フードスタイリストの板井典夫氏に師事した後、独立。20代からフリーランスとして、雑誌や書籍などに次々とレシピを提供し、撮影や取材で多忙な日々を送っていた。

「雑誌などでは、テーマをいただいてからレシピを考案することが多いんですね。とてもおもしろいお仕事なのですが、自由に自分でレシピを考えることもしたくなって、イベントでケータリングをしたり、デザイナーやカメラマンの仲間と自費でフリーペーパーのようなものを作ったりもしていました」

充実した都会ライフをおくっていたものの、当時を「自分らしい活動を模索していたのかもしれません」と振り返る広沢さん。地方との出会いは、今から13年ほど前。20代後半のときだったという。

「親しい編集者さんが福岡に魅せられて通っていて、それをご縁に、あるイベントへその編集者さんと私がゲストで呼ばれたことがあったんです。福岡の『なんでもウェルカム』な伸びやかな雰囲気や、自分のお店をもつためにエネルギッシュに活動している素敵な人たちに私も魅了されて、そのお仕事をきっかけに福岡に通うようになったんですよ」

■劇的な出会いから、「抵抗なく」移住を決断

東京で味わっていた刺激とは違う心地よさを感じた広沢さんは、「東京であくせく働いて、疲れたら福岡に行って癒される」ことを何年も繰り返した。そして2009年、パートナーとの出会いを機に、人生が大きく動き出す。

「当時、福岡で仲良くなった友達と恋愛の話をしていたとき『どういう人がいいの?』と聞かれたんですね。『生命力のありそうな、土っぽい人がいい』と答えたら(笑)、『いい人いるよ!』と言って紹介されたのが、福岡在住の、旦那さんとなる彼でした」

広沢さんは、当時30歳を超えていたことから「軽い遠距離恋愛をする気はなく、将来的なことも考えてお付き合いしたかった」と話す。広沢さん曰く「マジックをかけられたかのように」、トントンと話が進んで結婚へ至った。

「福岡へ移住することに、まったく抵抗がなかったんです。そのとき福岡にたくさん友達ができていたことと、もう一つ理由がありました。学生時代に見知らぬ大阪での暮らしを経験し、異文化への恐怖がなくなったんです。大阪だろうが福岡だろうがだいじょうぶな気がするな、と」

「また、忙しさの渦のなかで必死に働くしかない状況に疲れてもいました。その後もそのままそこにしがみついてやっていくことに疑問も感じていたから、離れてリセットしよう」。当時の自分の視野の限界も感じていた広沢さんは、地方でも続けられる仕事のしかたを模索しようと考えた。

■結婚・移住・出産を一気に終えて、襲ってきたモヤモヤ感

しかし、東京の友人・知人からみれば、電撃結婚・移住。「思い切ったね」「いいの?」「もったいない」などと、さんざん心配されたという。

2009年は、現在のようにスマートフォンが普及する前。FacebookやTwitterなどのSNSを使いこなしている人もいなかったため、広沢さんは自分から情報発信をする場として、個人の公式サイトをオープンさせた。「自分から発信する場さえあれば、何とかなるだろう」と考えたという。

広沢さんは結婚直後、出産も経験することとなった。移住1年目は、移住以上に、母になったことの変化が大きく、慣れない育児に励む日が続いたそうだ。

「急に生活がガラッと変わったのですが、それに慣れて落ち着いてきた2年目に、東京へ帰りたくなったことがありました。東京で活躍する人の話を見聞きしたり、代官山に住み、一人で気ままに散歩やショッピングをしていた頃を思い出したりして、東京で仕事をバリバリしていた生活が恋しくなったり……。ないものねだりなんですけどね」

そんな広沢さんのモヤモヤ感を吹き飛ばしたのは、地元で作られた食材の震えるようなおいしさと、それを作っている生産者たちとの出会いだった。

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(c)hanatolife

■地方在住の料理家だからできること

「私はお仕事で、与えられるお題に沿ってメニューを考えていたのですが、あまりにも食材がおいしいので、順番が違うなと感じました。いい素材に出会うと、献立を先に決めるよりも、素材のおいしさに惹かれていく。食材からインスピレーションを得て料理を考案することがおもしろくなっていったんです」

生産者との距離が近くなったことが、広沢さんの食への考え方を変えた。ある時、福岡を大雨が襲い、親しくしている農家たちに被害が出た。心配して訪ねると、友人が毅然としていたことに驚いたそうだ。

「川が氾濫して大きな被害があったのですが、友人は『それは自然のことやけん。普段は川の恵みをもらっているから、川を恨むことはないよ』と。他のみなさんも同じように言っていました。東京に住んでいた頃は、自然を体感できる機会が少なかったので『こういうのを自然というんだ』と感銘を受けました」

こうして、広沢さんは積極的にいろいろな生産者と交流するようになった。「東京で経験していたのとは別のおもしろさを知ったのでしょうね。しだいに東京のことが前ほど気にならなくなっていきました」。交流のなかで、生産者と一緒に行うイベント企画などが生まれ始めた。

「彼らの作る食材や彼ら自身のことを自分だけのものにしておくのではなくて、『これおいしいよ』ってどんどん伝えたくなったんです。頼まれてもいないのに、まるで営業か広報担当かのように(笑)。良心的な生産者さんを応援しない限り、自分たちの食の安全は保てません。料理家という、生産者と消費者の間に立っているポジションとして、できることがあるのではないかと思いました」

■「大さじ1」よりも大事なことがある

そうした思いは、「lesson lunch」という試みにつながっていく。一般的な料理教室ではなく、はじめに、おすすめの食材や料理を味わってもらい、その後に広沢さんが作り方や思いを伝えるワークショップだ。

「参加者の方に、頭で情報として受け止めるよりも、先に味を感じてもらうようにしています。味の記憶がインプットされると、料理をすることへの意識が変わるんですね。また、今日使った野菜はこういう方が作ったんですよ、と生産者さんのことも伝えています。レシピだけではなく、『大さじ1よりも大事なことがあるんだよ』とその余白の部分を伝えたいんです。一時間くらい話し倒すので、おしゃべりクッキングといわれているんですけど(笑)」

参加者はみなおもしろがり、積極的に質問が飛び交うという。広沢さんは、料理のコツについても「計量よりも、この下処理のほうが大事」「この段取りでこの料理は7割終わり」などと伝え、参加者の頭をやわらかくするよう心がけている。

「情報があふれている時代ですから。あえて、マスではない部分に目を向けて、目の前の人に確実に届けていくやり方のほうが、私には合っているなと実感しました。今後、生産者を紹介できるワークショップもできたらいいなと考えています」

■地方移住のアドバイスは「お試し期間」と「自分の軸」

広沢さんは現在、東京から依頼があった仕事も九州で進めている。東京に編集部がある媒体では、2カ月に一度取材チームが福岡を訪れ、撮影しているという。糸島に暮らしながら、ケータリング活動やイベントの主催なども楽しんでいる。

糸島のイベント:ウミトハナトライフ『morning』

広沢さんは、地方への移住を考えている人へのアドバイスを2点あげてくれた。

一つ目は、いくつか移住先の候補地をあげて、「お試し」として短期間滞在してみること。「誰も知らないところにいきなり行くのはハードルが高いけれど、一週間でも寝泊まりすれば、地域の人がどういう人たちか分かってくると思います」。急に人の少ない地方には行かず、少し町で情報を入れることもポイントだという。

二つ目は、しっかりと自分の軸を持つこと。田舎のコミュニティは小さいため、「お付き合いだから」と周囲に合わせてばかりいると、自分が思い描いていた生活とは違う方向に引っ張られやすい。「自分が何を大事にしたいかハッキリさせ、軸をちゃんと持っておけば、やりたいことに手を差し伸べてくれる人は多いと思いますよ」。

■自分らしい切り口を見つけた

今、広沢さんは、新しいプロジェクトの準備を進めている。紹介したい生産者の作る食材を加工して商品にし、そこからその食材へ繋がるように生産者も紹介しながら販売する、「jikijiki(じきじき)」というプロジェクトだ。

「食材のパッケージに生産者さんの顔のシールがただ貼ってあるのとは違って、私が間に入ることによって伝わるものもあるのかな、と。牛歩の進みの計画なんですけど(笑)、再来年くらいに稼働させたいと思っています」

自分だからできることを、新しい土地で見つけた広沢さん。今後ますます、「人と人」や「食材と人」をつなげる、結び人になっていくのだろう。

小久保よしの

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