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道頓堀「グリコ看板」5代目が消灯 初代登場から約80年の歴史を振り返る

2014年08月18日 00時53分 JST | 更新 2014年08月19日 01時02分 JST
時事通信社

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道頓堀『グリコ5代目看板』が消灯 16年の役割終える

大阪・道頓堀の『グリコ5代目看板』が、1998年7月の設置から16年の役割を終え、17日午後10時過ぎに消灯した。同日、点灯がはじまった午後7時過ぎには、最後のネオンを一目見ようと、多くの人が集り、その姿を目に焼き付けていた。

同看板は、1935年(昭和10年)の登場以来、現在の5代目まで、約80年にわたり大阪市中央区道頓堀の名物となっており、2003年には「大阪市指定景観形成物」として認定された。今後6代目の工事がはじまり、完成は秋頃を予定している。

■『グリコ看板』これまでの歴史

▽初代(昭和10年~)

大阪道頓堀川、戎橋のそばに初めてグリコのネオン塔が立ったのは1935年(昭和10年)。高さ33メートルを誇るネオン塔は、トレードマークのランナーとグリコの文字を6色に変化させ、同時に毎分19回点滅する花模様で彩ったもの。当時としては型破りのネオンで、一躍大阪ミナミの名物となった。

▽2代目(昭和30年~)

1943年(昭和18年)、戦況が厳しくなり鉄材供出のため撤去される中、戦後の1955年(昭和30年)、2代目が再建。ネオン塔(高さ21.75メートル)は砲弾型の下部に特設ステージ(高さ5.26メートル)を持つユニークなもので、そこでは大きな人形のワニ君がピアノをひいたり、人形劇を演じたり、ロカビリー大会を催していた。

▽3代目(昭和38年~)

1963年(昭和38年)には3代目にバトンタッチし、噴水ネオン塔に。12トンの水が、トレードマークの中心部にある150本の水車状のノズル(高さ18メートル、横8メートル)から噴き出し、12色のランプ400個がそれを照らして、きれいな虹の模様を描いた。落下した水はまたポンプで上のタンクに戻す仕掛けになっていた。

▽4代目(昭和47年~)

高さ17メートル、横10.85メートルで1972年(昭和47年)に建設。バックになっている陸上競技場のトラック部分を点滅させ、トレードマークのランナーに躍動感を持たせたネオンとなっていた。同ネオン塔は、日没から午後11時までネオンが点灯し、競技場の中央コースからゴールインするランナー姿が川面に映え、看板を背景に記念撮影するほどの名物看板になっていた。隣接するビル改装に伴い1996年1月21日に消灯、その翌日から撤去となった。

▽5代目(平成10年~)

1998年(平成10年)7月6日に4代目を撤去。その後、約2年半ぶりに再点灯された。陸上競技場のトラックを走るランナーの背景には、大阪を代表する4つの建物(大阪城、海遊館、大阪ドーム、通天閣)が描かれている。また、バックの情景の色が変化することで、朝、昼、夕焼けそして夜と、ランナーが大阪の街を一日かけて走っているような姿を表現していた。

なお、看板に描かれているグリコのランナーは、1922年に創業時した江崎グリコの「栄養菓子 グリコ」の創製時に、そのコンセプトに合致するものとして誕生。以来、企業理念「おいしさと健康」を表すシンボルマークとして、90年以上にわたり親しまれている。陸上選手がゴールインする瞬間の姿をモチーフにしており、商標としての正式名称は“ゴールインマーク”となる。

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