[ラナイ(インドネシア) 26日 ロイター] - 南シナ海に浮かぶインドネシアのナトゥナ諸島。ラナイはその最大の町だが、「のんびり」という言葉はこの町のために作られたかと思えるような静かな町だ。
あたりを走る車はわずかで信号は2カ所しかない。ビーチにも人影はない。
ナトゥナ諸島はボルネオ島の北西に位置する。157の島から成り、大半が無人島だ。そんなナトゥナ諸島が将来、中国、ベトナム、フィリピンなどが絡む南シナ海の領有権争いの新たな火種になるとは想像しにくいが、現地ではそれを懸念する声が多い。
ナトゥナは天然資源の面で魅力的だ。周辺海域は、海洋資源に富み、外国漁船の姿が常にみられる。インドネシアの排他的経済水域(EEZ)のぎりぎりのところにある東ナトゥナのガス田は世界最大級の埋蔵量を持つ。
インドネシアはこれまで、南シナ海の領有権問題で仲介役を買って出ていた。しかし、ナトゥナ諸島が領有権問題の新たな舞台となれば、立場は微妙になる。
インドネシア外務省は、中国との間でナトゥナ諸島をめぐる問題は存在しない、としている。だが、インドネシア軍はここ数カ月、中国に対する警戒感を強めている。インドネシア国軍のモエルドコ司令官は4月、中国が領有権と主張する、南シナ海の約90%が対象となる「九段線」にナトゥナ諸島の一部を含めていると批判した。
<早期警戒システム>
モエルドコ司令官はその後、領有権問題めぐる中国とフィリピンやベトナムとの緊張の高まりを受け、「南シナ海の不安定化を予測する早期警戒システム」としてナトゥナ諸島に軍を追加派遣する方針を示した。空軍は、より多くの戦闘機や攻撃用ヘリコプターを配備できるようラナイ空軍基地の拡充を計画している。
表向き、中国とインドネシアはナトゥナ諸島の主権について対立していない。両国は、ナトゥナ諸島がインドネシアのリアウ諸島州に属するという認識で一致している。マレーシア、フィリピン、ベトナム、台湾、ブルネイと違い、南シナ海の領有権問題で中国と対立していないことから、この問題で仲裁役の役割を担っている。
しかしナトゥナ諸島をめぐる動きは、インドネシア国内の「九段線内の中国の行動に対し高まる懸念」を反映する、と東南アジア研究所(ISAS)の安全保障分野の専門家イアン・ストーリー氏は指摘する。
インドネシアは2010年から国連を通じて中国の「九段線」の法的根拠の明確化を求めているが、これまでのところ成果はない。マルティ外相は4月、ロイターに対し、九段線はインドネシア領を侵害しないということを中国側の姿勢から「推察」していると語った。
しかし、地元は納得していない。ナトゥラの自治体幹部はロイターに「かれら(中国)が侵略することを懸念している。この地を守ることが最重要課題になったのはそのためだ」と語った。
<石油・ガス資源を守る>
ナトゥナ諸島は、27の島に計約8万人が住む。大半は最大の島、大ナトゥナ島のラナイなどに集中している。
ラナイの空軍基地は、1949年にインドネシアが独立した後に建設され、基地周辺から町が開発された。現在、投資や観光客誘致を狙い、新たな民間用航空の建設が進む。
今のところ、現地の軍が増強される兆候はない。空軍基地の司令官は、基地拡充計画は、空軍施設を充実化する長期戦略の一環であって「新たな計画」ではないとロイターに語った。計画では、より大きな戦闘機などが離着陸できるよう滑走路を延長する。予算次第で2015年か16年に着工の予定という。
インドネシア国立防衛大学の安全保障アナリスト、ヨハネス・スライマン氏は、軍備の増強には予算の問題が絡むうえ、中国を刺激する恐れがあると指摘。
「インドネシア軍がナトゥラ諸島を防衛したいと考えているのは確かだが、どのように防衛するのか、中国と戦うことができるのか、という問題がある」と語った。
隣国マレーシアでは、南シナ海での軍配備増強についてより具体的な計画を策定している。
<漁業めぐる争い>
ベトナムやフィリピンと同様、インドネシアで、中国の急速な海洋進出に脅威を感じているのは漁船だ。
地元の漁業組合の代表を務めるルスリ・スハルディ氏によると、ナトゥラの漁獲量は、中国、ベトナム、タイ、台湾の大型トロール船が来るようになってから急減。「2010年以前は1日あたり100キログラムは獲れたが、今はその量を獲るには3日かかる」という。
2013年3月、複数の武装した中国船がインドネシア海洋・水産省の小型巡視船を取り囲み、ナトゥラ海域で逮捕された中国人漁師の解放を要求するという事態が起こった。身の危険を感じた巡視船の船長は要求に応じた。2010年にも同様なことがあった。
ISASの安全保障の専門家ストーリー氏は、インドネシアは、こうした事件が、中国との関係に悪影響を及ぼすことを望んでいないと指摘する。
インドネシアと中国は歴史的な結びつきがある。ラナイの空軍基地がある場所は、もともとペナギと呼ばれる中国系のコミュニティ。長老の一人、リム・ポ・エング氏(78)は、中国で混乱や貧困に苦しみ、同国から脱出した祖父らがこの地にたどりつきペナギを作ったと話す。
ペナギの埠頭には毎朝、インドネシアの国旗が掲げられる。しかし地元住民の多くは、インドネシア政府はジャカルタよりもマレーシアの首都クアラルンプールに近いナトゥナのことなど考えていない、と話す。
インドネシア国立防衛大学のスライマン氏は、インドネシア政府の明らかな無関心は、一つに現状維持したい意向が働いていると指摘する。「インドネシア政府は、良い選択肢はないということを知っている。中国とことを構えることはできない。だが、自国の主張をしなければ、笑いものになる」と述べた。
(Andrew R.C. Marshall記者 翻訳:武藤邦子 編集:佐々木美和)
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