Presented by K.I.T.虎ノ門大学院

「カジノは文化を育成する基盤となる」 北谷賢司氏が語る未来志向のカジノ論

世界のカジノビジネスやIRの動き、そして日本のカジノビジネスは今後どうなっていくのか。自身も都市型エンタテインメント施設の開発に関わり、長らくカジノ産業の歴史やIR開発に関する研究を行っている、エイベックス・インターナショナル・ホールディングス代表取締役社長で金沢工業大学コンテンツ&テクノロジー融合研究所所長の北谷賢司氏に話を伺った。

通称、カジノ法案と呼ばれる「IR推進法案」(特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案)が成立間近と言われる中、お台場カジノ構想、大阪カジノ構想など、カジノを含めたIR建設がさまざまなところで話題になっている。IRを実現するためには、現在禁じられているカジノの運営を許可し、その利益を日本の成長戦略などにどう位置づけるかを考える必要がある。しかし、カジノ建設の話ばかりが先立ってしまい、基本的な知識や世界におけるカジノの状況、今後の展望などについてはあまり議論されていない。

世界のカジノビジネスやIRの動き、そして日本のカジノビジネスは今後どうなっていくのか。自身も都市型エンタテインメント施設の開発に関わり、長らくカジノ産業の歴史やIR開発に関する研究を行っている、K.I.T.(金沢工業大学)虎ノ門大学院教授でエイベックス・インターナショナル・ホールディングス代表取締役社長も兼務している北谷賢司氏に話を伺った。

北谷賢司氏

■カジノの歴史、そして大型リゾート施設への発展の過程

IR推進法案の「IR」とは「統合リゾート(Integrated Resorts)」の略語であり、カジノのみならずホテル、ショッピング、劇場、ミュージアムなどを一つの区域に含む統合施設を指す。カジノのメッカであるラスベガスの歴史をみると、カジノからIRへの発展の歴史と密接に紐付いている。

1940年代、カジノはネバダ州において合法的な賭博場として運営されていたが、マフィアによる運営など反社会的勢力との結びつきから、地元住民からも反発が大きかった。そこで、次第に政府も規制に力を入れ始め、「ネバダゲーミング法」の施行によってマフィアを一斉に排除する動きとなった。

1950年代から段階的に制定されてきたゲーミング法に基づき、ネバダ州政府の積極的な政策によってネバダ州ゲーミング委員会などが設置され、カジノ産業従事者に対して厳格な就労ライセンスの取得義務を規定し、組織暴力などへの関与を禁じる取り組みがなされた。現在では、本人を含む5親等内の親族の犯罪歴、過去6年間の小切手帳の記録、株式売買の記録などがチェックされ、問題がないと判断された経営者のみがカジノを経営できるという。こうした厳しい法律によってネバダ州ではカジノ経営の健全化が図られており、この法律が世界のカジノ経営のモデルとなっているのだ。

次第に事業を拡大し始めたカジノ会社は、上場によって大資本へと発展していく。上場に際しては、証券取引所による経営状況や会計検査といった厳しい審査がある。そのため、カジノ会社はゲーミング法と証券取引所という2つのコンプライアンスに基づいて不正行為を常に監視されており、上場しているカジノ企業には犯罪が介入する余地がないと言える。

「カジノ経営者は、犯罪やスキャンダルが発覚すれば経営ライセンスが剥奪され、企業価値がなくなることを十分に理解しています。もちろん、国内だけでなく世界のあらゆる地域の犯罪に加担してもいけません。そのため、カジノ経営者は犯罪の兆候がある地域に対するカジノ進出に慎重になったり、時には撤退を決断したりするなどの経営における自浄作用が強く働いているのです。つまり、カジノは犯罪や反社会勢力と関連があるというイメージは遠い昔の話であり、現在のカジノを議論するには、これらの事実をまずは認識しなければいけません」

カジノから現在のIRへの発展は、1967年にMGMグループのカーク・カーコリアン氏がラスベガス・コンベンションセンターの隣に、新しくインターナショナルホテル(現在のラスベガス・ヒルトン)を建設したことから始まる。

それまでは顧客層の中心がカジノや合法的な買春を目的に週末訪れる男性客だったが、本格的な娯楽施設を備えた大型ホテル建設によって平日もお客をもてなすようになり、カジノはカップルから子供やファミリーまでもが楽しめる総合エンタテインメントエリアへと変化していったのだ。インターナショナルホテルのオープニングには、当時最も人気があったエルビス・プレスリーやバーブラ・ストライサンドという有名歌手を長期契約で独占的にホテルのショールームで公演をさせることで、最先端のエンタテインメントが楽しめる場所としての地位を作り上げた。

1990年代には、ラスベガスを代表する名門ホテルのシーザーズ・パレス(1966年開業)がハイエンドのショッピングセンター「フォーラム・ショップス」を設置。欧州の有名ブランドの直営店が入っており、最新のファッションがいち早く手に入ることから全米の富裕層がカジノに集まるようになった。さらに、女性客の増加に伴いホテルに高級ブランド・スパが導入され、カジノだけでなくさまざまなエンタテインメントや観光施設が集まる大型複合リゾート施設として、現在のIRモデルを構築していったのだ。

ネバダゲーミング法

■IRのビジネスモデルと、それらを取り巻くさまざまな課題

IRをビジネスとして位置づけた時、カジノとそれ以外の収益比率のビジネスモデルを考えなければいけないと北谷氏は指摘する。

「カジノ単体で収益をあげようとするのではなく、ショッピングやエンタテインメントなどカジノ以外の割合を増やすことが求められます。無闇にカジノのテーブル数や売り上げだけを増やそうとするのではなく、施設全体の健全性やさまざまな顧客からの収益可能性を考慮しながらビジネスモデルを構築し、場合によって政府が規制を設けることも考えるべきなのです」

アジア諸国のカジノ事情に目を向けると、IRが最大の観光スポットとなっている国にシンガポールが挙げられる。シンガポールは人口500万程度の国ながら高い国際競争力を維持し、経済基盤を保つだけではなく地場産業とのバランスを保っていると北谷氏。国内の雇用や経済バランスを考慮した結果、現状は2ヵ所しかIRは建設してはいけないことになっており、マリーナ・ベイ・サンズの成功は記憶に新しい。

国家戦略の一部としてIRを位置づけた場合、こうした国内の雇用や経済バランスなど多角的な視点をもとに経営判断を行わなければいけないが、日本にはこうしたカジノ経営のノウハウがないことが課題として挙げられる。さらに、IRは建設すれば終わりではない。現場のオペレーションやサービス設計をどのようにするのかも課題の一つだ。

現場オペレーションの課題として挙げられるのが、高額な掛け金で遊ぶ「ハイローラー」を含むVIP客への対応と収益に対する比率だ。ラスベガスではVIPによる収益が2割、一般客は8割程度だが、マカオではVIPが7割で一般客は3割という状況だという。収益に対して、一度に支払う額が大きいVIPへの依存度が高いことは経営において不安定となり、収益バランスをどう保つかがカジノ経営の肝である。

また一般のカジノでは主要顧客であるVIPとの関係維持を図るため、「ジャンケッター(ジャンケット・オペレーターの略)」と呼ばれる専門ブローカーが置かれている。ジャンケッターは世話役としてさまざまなVIPを取りまとめ仲介すると同時に、彼らに貸付を行うなど、カジノからの合法的なキックバックと顧客の負債回収を通じて手数料を得る「金融業」の役目も兼ねている。こうしたブローカーの介在を日本でどう許諾するのか、といった議論も必要になってくるだろう。

■カジノと、それを取り巻くさまざまなビジネスや取り組み

エンタテインメント産業にとって、カジノが持つ役割は大きい。カジノはVIPのために施設内のライブ会場で座席を毎晩、一定数確保している。一般的に来場者数は流動的になりがちだが、これによってエンタテインメント事業者は固定客数を確保でき、収益確保や経営計画の見込みが立てられ、思い切った投資や大掛かりな舞台装置の設営などができるのだ。カジノの存在は、エンタテインメント産業を支え、新たなエンタテインメントを組成する基盤になっていると北谷氏は語る。

「海外のライブエンタテインメントがなぜ成功しているのかというと、カジノの付帯施設で常設ビジネスとして興行されたことが要因の一つとして挙げられます。斬新なライブエンタテインメントを育成するという視点からみても、カジノは大きな存在なのです」

税収という面からカジノを考えてみると、チップやそれに付随する課題も見えてくる。例えば、同系列のカジノ会社であればカジノに預けているチップを別の国のカジノでも使える「ローリング」と呼ばれる仕組みがあるが、グローバルなカジノへの預託金の移動をどう税収に結びつけるのか、これを日本でも適用するのかという問題となる。また厳密には、カジノでのさまざまな無料サービスは、顧客が預けたチップからサービス料を差し引いて提供されているため、こうしたチップとサービスと税収との関係性も考えなければいけない。

他にも、カジノ中毒者に対するケアの問題がある。現在の日本では、公営ギャンブルやパチンコ・パチスロ中毒者に対する是正プログラムは導入されていないが、こうした取り組みを税金で賄うのか、公益財団法人などを設置するのかなどの議論をしていかなければいけない。シンガポールでは、カジノの入館時IDチェックやチップの換金データがすべて記録されており、家族はカジノに関連した情報を政府に問い合わせることができ、状況に応じて家族にカジノ中毒者プログラムを強制的に適用させることも可能だという。アメリカでもカジノ中毒に対する注意や啓発はカジノ産業が自ら積極的に行っており、日本においても具体的な施策や方針を示し、議論することが今後求められてくるだろう。

「日本でカジノを解禁する場合、厳しいルールのもと健全に運用していくラスベガスか、カジノとしての経済効果を最大限目指すマカオか、国内の雇用や経済バランスも考慮するシンガポールなのかなど、他国を参考にしながら自国の事情と戦略に基づいてカジノを位置づけ、運用方法を考えたりしなければいけません。IRのビジネスモデルから現場オペレーションの課題、税収との関係性などの細かなルールを作っていくことが必要で、『カジノ』という言葉だけで盛り上がるのではなく、カジノに付随するさまざまなビジネスや規制や取り組みを細かく考えるべきなのです」

カジノ経営や現場オペレーションのノウハウがない日本では、まずは外資を招聘してカジノの現場オペレーションだけを担当してもらい、それ以外の分野を国産企業が運用していくという方法が考えられる。完全に委託するのではなく、IR全体のオーナーシップを強く持ち、自国が持つ産業を活かしながらビジネスをしていくことが求められているのだ。

■カジノは「大人の社交場」であり、地域経済のハブとなる

現在「IR推進法案」に関して、さまざまな議論がなされているが、必ずしもIRが経済問題すべてを解決する「銀の弾丸」ではない。特に、大都市と地方都市はそれぞれに事情が異なる。IRが持つ影響力を考え、個々の地域の状況に応じて適切な経済的バランスを考慮しつつ、既存産業との相乗効果を図ることが重要だと北谷氏は語る。

「例えば、石川県のどこかに大型のIRができたら、金沢市からも観光客を奪い、おそらく地方にある既存の観光産業は潰れてしまうかもしれません。ある程度観光資源がある地方の自治体ではIRをただ建設するのではなく、カジノと既存の観光産業とを組み合わせ、どのようにして地方経済の活性化を図るのかを考えるべきなのです。『IR』と一括りにするのではなく、観光の一つの目的地として捉え、地域経済にフィットした規模のカジノやIRを作り上げていかなければいけないのです」

ローカルの観光資源を活かす手段としてカジノを捉える。その理由として、加熱する国際的な観光競争が挙げられると北谷氏。アジア全体を見てみると、マレーシアやカンボジアなどの東南アジア、ロシアのハバロフスク、香港、韓国においては仁川国際空港の隣接地や済州島にも大規模なカジノ建設プロジェクトが計画されており、各国さまざまな施策を通じて観光に力を入れている。

近年では外国客船によるクルーズ観光がアジア全域で新たなブームを呼んでおり、今後の観光ビジネスの大きな柱となると予想されている。海と隣接した地域が多いアジア諸国では、クルーズ船の停泊による経済効果も大きく見込まれる。多くの観光客を誘致するには、もはや地場産業だけでは集客装置としての魅力に欠けるのが現状だ。ただの通過地点となった観光地は、それに伴う機会損失や経済的なロスが大きい。国際的な観光競争力を高めるためにも、カジノを一つのハブとして捉え、カジノと連携して伝統工芸などの地場産業を活性化していくことに意味がある。

「観光立国となるためには、観光客がその地域に滞在するだけの理由や魅力ある場所にならなければいけません。その手段として、カジノを含めたさまざまなエンタテインメント体験、それと連動した地域の文化や伝統芸能の紹介、そして特色のある食事を楽しみながら一泊してもらい、帰りには物産を買ってもらうという一連の流れを作ることで、大きな経済効果を得ることができるのです。こうした全体としての観光戦略を考えなければいけません。つまり、いかにカジノをその地域にローカライズさせていくかが、ひいては地域活性や国際的な観光競争力の醸成につながるのです」

カジノは、賭場ではなく「大人の社交場」と捉えるべき、と語る北谷氏。既存産業を潰す存在ではなく、既存産業や観光資源を活かすための手段として、カジノやIRをポジティブに考えるべきだと説いている。

■未来志向でIRを議論していく

2020年には東京でオリンピックが開催されることが決定し、それに付随したさまざまな訪日施策や都市計画が現在取り組まれている。カジノやIRに対するネガティブな印象を払拭する啓発活動を強化していくと同時に、オリンピックを一つの節目にその先の日本経済の成長のためにも「IR推進法案」を通し、それぞれの地域に合わせたカジノ運営のための具体的な法整備や実証実験を行うべきだと北谷氏は語る。

「例えば、沖縄で2018年頃を目途に中小規模のカジノをオープンし、実証実験を通じてオペレーションやカジノに付随するさまざまな取り組みの検証を行い、それらを踏まえてオリンピック前後に東京と大阪で大型のIRを建設する。経験やノウハウを蓄積した後に、今度は全国5、6ヵ所程度の地域にローカライズした多様なIRやカジノを作り、地域活性化を図っていくべきだと考えています。こうした統合的な国家戦略は始動したばかりですが、今後はさまざまな省庁が連動してワーキンググループを組成し、少しでも早く前に進めていかないといけません」

北谷賢司氏

北谷氏は、K.I.T.コンテンツ&テクノロジー融合研究所にて、カジノ産業の構造やIRの設計、経営、管理、営業などのノウハウを含めた、IRによるまちづくりや都市環境と調和するための複合的開発としてのロケーション・エンタテインメント産業に関する研究を進めてきた。これまでに数多くのセミナーやシンポジウムを開催し、招聘してきたゲストスピーカー陣も錚々たる顔ぶれだ。イベントが開催される虎ノ門キャンパスでは、メディア&エンタテインメント業界の関係者が集まり、毎回熱い議論が交わされている。

こうしたメディア産業やエンタテインメント産業の経営や法務を、グローバルな視座から学べるのがK.I.T.虎ノ門大学院だ。カジノやIRを含めた世界のライブエンタテインメントやリゾート産業を通じて、国際競争力やビジネスの視点をどう持つか。実践的なケーススタディや経営計画、事業計画の作成、具体的なマーケティング企画や法務実務までを、グローバル企業経営や多岐にわたる事業開発経験をもつ北谷氏から学ぶことができるだろう。

(執筆:江口 晋太朗 撮影:永山 昌克)

注目記事