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「花子とアン」視聴率23.7%、孫が語る村岡花子の素顔「常に夫婦で肩を並べて歩いた」

2014年09月16日 16時03分 JST | 更新 2014年09月16日 16時06分 JST
NHK「花子とアン」公式サイト

吉高由里子が主演するNHK連続テレビ小説「花子とアン」。9月1日放送の番組平均視聴率が関東地区で23.7%(ビデオリサーチ調べ)を記録するなど視聴率は好調だ。

第25週「どんな朝でも美しい」では、昭和20年の東京が描かれている。ヒロインの村岡花子は『赤毛のアン』の原書『アン・オブ・グリン・ゲイブルズ』を抱えながら空襲を逃れ、8月16日の放送で日本は終戦を迎えた。

そんななか、ドラマのモデルとなった村岡花子さんが50年間に渡り暮らした東京都大田区が9月13日、彼女の素顔に迫るシンポジウムを開催。花子の孫で「花子とアン」の原案の作者である作家の村岡恵理さんと翻訳家の村岡美枝さん姉妹が、村岡花子の思い出を語った。

女性と子供の教育に熱心だったという村岡花子さん。美枝さんによれば、当時から村岡さん夫婦は「常に夫婦で肩を並べて歩いていた」という。

村岡花子の孫で「花子とアン」の原案の作者でもある作家の村岡恵理さんと、翻訳家の美枝さんの姉妹が招かれ花子がよく膝の上で本を読んでくれたことなどさまざまな思い出を語りました。この中で、戦前から戦後の激動の時代を生き抜いた花子は、女性や子どももしっかりとした教育を受け自立すべきだという思いが強かったことを明かしました。(中略)

姉の美枝さんは「当時の夫婦は、妻が夫の後ろを歩くものだという意識だったが祖父と祖母は違った。常に夫婦で肩を並べて歩いていて地元でも話題になっていた」と話しました。

(NHKニュース「村岡花子の“素顔” 孫が語る」より 2014/09/13 17:13)

村岡花子さんは、山梨県甲府の農家に生まれた後、東京の女学校で英語を学び、故郷での教師生活などを経て、英米児童文学の翻訳の道に進んだ。関東大震災や戦争を乗り越え、戦後は、カナダ人の小説家・モンゴメリの「赤毛のアン」を日本に紹介し、一連のシリーズの翻訳した。NHKの子供ニュース番組に出演し「ラジオのおばさん」としても親しまれた

「花子とアン」画像集

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