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青木宣親・佐知夫妻、世界一になるために 「家族の大切さを感じています」

2015年01月01日 18時19分 JST | 更新 2015年02月01日 17時12分 JST

nori aoki

青木宣親選手(左)と妻の佐知さん。

2014年に最も注目された日本人メジャーリーガーの一人は、間違いなく青木宣親選手だろう。カンザスシティ・ロイヤルズで、ほぼ1年を通じて中心選手として活躍し、ワールドシリーズ進出も果たした。

大リーグ3年目。青木選手の奮闘を、妻・佐知さん(元テレビ東京アナウンサー)が2児の子育てをしながら支える。その異国の地での体験や日米の野球文化の違いなどを、著書「うちの夫はメジャーリーガー」(カンゼン刊)として出版した。

青木選手はシーズン終了後、フリーエージェント(FA)となり、次の所属チームが決まるのを待っている。帰国した青木夫妻に、異国での成功の秘訣や来シーズンへの抱負、家族への思いなどを語ってもらった。

■「自分の野球人生の中でも一番と言えるくらい」

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29年ぶりのプレーオフ進出を決め、チームメートとシャンパンをかけあって喜ぶ青木宣親選手

――ロイヤルズに移籍した今シーズン、ワールドシリーズにも出場し、日本人メジャーリーガーで最も注目された一人だったと思います。充実したシーズンでしたか。

宣親:いや、苦しいことばかりでした。終盤までなかなか調子が上がらなくて、結果も出なかった。チームがポストシーズンへの大事な試合が続いた頃、ようやく自分の調子も上がって来て、最後はいいシーズンだったと思えますけど。もがいていたという印象は強いですね。今まで楽だったシーズンなんて一つもないんですけど、あそこまで結果が出ないことは今までありませんでした。

――佐知さんから見ていても、苦しそうでしたか?

佐知:そうですね。チームもリーグも変わって、まずチームの方針に慣れること、そして結果を早く出したいという気持ちの間で苦しんでいるな、と感じましたね。

宣親:6月にけがする直前、食事も喉を通らなくなったんです。ストレスもたまっていたし「心が折れそうだ。ちょっとまずいな」と自分でも感じていた。そんな中で「どうにかしないと」ともがいても、なかなか結果が出ない。そういう時期もありました。

佐知:DL(故障者リスト)に入って「休もう」と決断したあたりで、ちょっと楽になったんじゃない?

宣親:もちろんDLに入ることで「誰かにチャンスが回る」とは考えたけど、けがしたのは現実。治してチャレンジするしかないな、とも思えたし、気持ちもリセットできた。「ここからやるしかない」と、自分の位置を再確認しましたね。

佐知:マイナーリーグの試合を見て、若手の頑張りを見たりしたよね。

宣親:2Aの試合を見に行きましたよ。練習して、試合も出た。ちょうどその頃、ロイヤルズ主力のアレックス・ゴードンが怪我して、7月にまたチャンスが回ってきたんですけど。

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走攻守の三拍子揃った選手として、チームの快進撃を支えた

――今シーズンの劇的な場面は、プレーオフ進出を決める9月30日(現地時間)のワイルドカード決定戦。9回1アウト3塁の場面で、同点に追いつく犠牲フライを放ち、延長12回でのサヨナラ勝ちにつなげました。

宣親:あれは最高でしたね。土壇場に打席が回ってきたし、試合展開も一進一退で、延長に入ってまたリードされ、最後はサヨナラ勝ち。自分の野球人生の中でも一番と言えるくらいでした。大舞台で、ファンも総立ち。見ている方は面白かったでしょうけどね(笑)。

佐知:ハラハラだったね。スタンドで観戦していましたけど、怖くて見られなかったですね。犠牲フライの瞬間は、顔を手で覆ってました。

宣親:ただ、僕も長く野球やってるんで、逆に冷静に考えられちゃうんですよ。あの打席は「負ければ終わり」と覚悟してましたね。「一気に行きすぎてもダメだ。かといってどこかで勝負しなきゃ」という微妙なバランスを考えていました、興奮しながらも冷静でいられたのは、経験があったからだと思います。

――そこから一気に勝ち上がってリーグ優勝しましたが、ワールドシリーズは第7戦で敗戦。興奮を抑えきれずにインタビューに応じていました。

宣親:レギュラーシーズンで優勝が絡む試合は初めてだったから、悔しかったですね。涙が流れそうになりました。

佐知:流れてたじゃない。

宣親:いやいや、流れてないよ(笑)。ただ、試合後にほかの選手たちが泣いてたんですよ。ロイヤルズは29年ぶりのワールドシリーズ進出だし、地区シリーズからリーグ優勝決定戦で8連勝して勢いに乗っていた。ワールドシリーズ第1戦で連勝が止まったときも「あ、また明日、明日」という雰囲気で、その後も負けても淡々と切り替えが早かったんですよ。でも終わった瞬間、みんな動かない。「あっ、こいつらも本気で戦ってたんだな」と思ったら、自分も充実感が出た。

――青木さん自身のワールドシリーズとしては、なかなか調子も上がらず、途中でスタメンを外されることもありました。

宣親:確かにスタメン落ちは悔しかったですね。この舞台に立つためにやってきたし「ここまでやってきて、ここで外れるか」と。一方で、他の人の力を借りてでも、何が何でも優勝したいと思っていた。そこは切り替えて、自分のできることを集中してやりました。

■それぞれの文化を尊重した「プロ野球」と「メジャーリーグ」

――大リーグ3年目でブルワーズからロイヤルズに移籍しました。同じアメリカでも、一からやり直しか、と大変だったのでは?

宣親:確かにチームもコーチも選手も変わったけど、僕よりも奥さんが大変だったと思いますよ。

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ミルウォーキー・ブルワーズの「奥様会」

――佐知さんの著書「うちの夫はメジャーリーガー」では、アメリカでの出産や、選手の「奥様会」に呼ばれてのお付き合いなど、大変な体験がつづられています。

佐知:子供の病院、日本食が手に入るところ、子供が遊ぶところ、学校の手続き。移籍するとすべて新しく覚えたり探したり。言葉も違うからすんなりといかないし。

宣親:子供の学校が大変でしたね。うちの奥さん、英語でメールのやりとりしてましたよ。

佐知:奥様会もまた一から関係の作り直し。どの選手にどの奥さんやフィアンセがいるのか、選手名鑑で事前に知識を仕入れたりね。

宣親:球団によって奥さんたちの関わりも違うよね。

佐知:奥様会自体が球団主導だったのがミルウォーキー。カンザスでも皆さんと親しくしましたけど、奥さん個人個人がイベントを提案して、参加する人は乗るという感じ。球団によってタイプが違うんだ、と知りました。

宣親:ロイヤルズは選手層も若くて、ほかの球団を経験していない選手が多かったからね。奥様たちも多くがカンザスしか知らない。他チームを知っている人がいろいろ教えていましたね。

――ちなみにヤクルトのときはどうだったんですか?

佐知:いや、奥様会なんてないですよ。日本ではあまり聞かないですね。

宣親:ファミリーを大事にすることに関しては、アメリカの方が強いですね。

――青木選手が監督から「妻の誕生日を一緒に過ごさないなんて!」と怒られたり、休暇を取得して佐知さんの出産に立ち会ったりする場面も出てきます。文化の違いですね。

佐知:日本では、ご主人の仕事に妻はあまり口を出しませんし、出向いて応援する文化もそれほどない。だから奥様会も成り立たないわけです。でもアメリカでは球場で応援することがサポートだという考えがある。だからこそ、家族が毎試合球場で顔を合わせて、自然に「何かやろう」となる。日本ではパーティーでも仕事でも奥様はなかなか行かないけど、アメリカでは普通に夫婦で呼ばれる。日本は日本の美徳もあるので、それぞれの文化を尊重した「プロ野球」と「メジャーリーグ」の両方を経験できたことは幸せだと思いますね。

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長男の出産に立ち会った青木宣親選手

■「小さなことでも大事にする人が、成功に近づける」

――大リーグの夢はいつごろから?

宣親:大学4年生で日米野球の日本代表になったとき。特別に何か準備していたというわけではないですが、日本のプロ野球で結果を残さないことにはその先もないので、まず日本でトップになることを目標にやってきました。

――異国の地でレギュラーに定着することは、並大抵のことではないと思います。海外で成功する秘訣とは?

宣親:難しいですね。外国人になくて日本人にあるものは、堅実さだと思うんですね。確実にすべてを行えることが大事。爆発的なパワーより、日本人はもともと農耕民族だし、コツコツやり続けることができる。自分はまだ成功したという実感はないですけど、小さなことでも大事にする人が、成功に近づける気がするし、海外でもやっていけるんじゃないかと。

――青木さんのプレースタイルを地でいく感じですね。

宣親:ああ、そうかもね(笑)。そっちの方が終わってみたら大きな物になっているような気がするんですよ。

僕も大学生のときは、最初からレギュラーではなく「人と同じことをやっていたら、上に行くのは無理だ」とずっと言われ続けていました。アメリカに渡って控えでベンチ入りしているときも、自分にしかできないことをいつも探していましたね。

――アメリカに行っても、ですか?

宣親:そこは間違いなく当たっていたと思うし、体格や馬力で勝る選手たちと、同じ土俵で戦わないようにはしていました。ロイヤルズがトレードで僕を求めてくれたのも、そこを見ていてくれたからなので。

――早大で同期の鳥谷敬選手(阪神タイガース)がメジャー移籍を希望してFA宣言しましたが、活躍できるでしょうか。日本人の内野手は定着が難しいとも言われます。

宣親:内野手が難しいというより、ショートが難しいと思うんです。セカンドとサードなら、日本人も絶対行けると思いますが、打力も求められます。ショートは打力よりも守りで評価されるから、本当に選りすぐりの選手が来るんですよ。でも鳥谷はやれると思いますよ。あいつは体力もあるしね。自分もメジャー1年目が終わったとき、体力の必要性を痛感しました。そこをクリアできる力があると思います。

■来季は「世界一になること。それしかない」

――来シーズンはおそらくメジャー3球団目になりますが、目標は。

宣親:世界一(ワールドシリーズ制覇)になること。それしかない。今年、ワールドシリーズに出場して、世界一がそこまで見えた。今までも目標にしつつ、夢みたいなところもあったけど、経験して目標が明確になりました。2006年と2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本を背負って頂点に立った時も興奮したし、格別なものだったけど、シーズンを通して長い期間、悔しさやうれしさを経験して頂点に立つ感覚は、またちょっと違うでしょうね。

――どんなチームでプレーしたいですか?

宣親:もちろん強いチームに越したことはないですけど、アメリカは契約社会。できる限りいい契約を取って、成績を残し続けることで自分の価値を上げることがとても大事なんですね。それは多くチャンスがもらえることにつながるんです。トレードも頻繁にあるんで、優勝できるチームに行くことにもつながる。たとえばマイナー契約の選手が3試合調子が悪かったら使われなくなるけど、メジャー契約でレギュラークラスだと2カ月くらいは待ってもらえる。3年間で身にしみて感じましたよね。

佐知:昔はアメリカを知らなかったので、大都市の方が生活しやすいだろうというイメージもありましたけど、この3年で中地区という、アジア人の少ない、アメリカのコアな部分を経験したことで、ものすごい自信がついた。今は主人が求められていく場所であれば、どこでも着いていく気持ちです。

――日本に残る、帰るという選択肢はなかったんですか。

佐知:ないですね。私たちの夢は、一人で達成できる簡単な夢でもないですし。シーズン中はオフがほぼないに等しいので、家に帰ったときに子供や私がいるだけでも、リラックスできると思う。年々、私たちがアメリカにいる必要性を感じますね。

――家族との関わり方は、日本にいるときと変わりましたか?

宣親:変わりましたね。試合数も遠征も多いし距離も長い。日本よりも厳しい環境で、食生活などでもストレスを感じますから、サポートが大事。来年はまた環境が変わって新しいチームで一からスタートですから、家族のサポートなしではなかなかきつい。日本にいたときより間違いなく家族の大切さを感じています。

――人生の目標をどこに置いていますか?

宣親:いやいや、そんなことを考えていたら、足元をすくわれそうな?