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ピケティ氏「21世紀の資本」著者は日本のメディアに何を語ったのか?【全文】

2015年02月10日 22時08分 JST | 更新 2015年02月11日 15時52分 JST
猪谷千香

38カ国で刊行され、総部数は160万部(2015年1月現在)という世界的なベストセラーとなっている「21世紀の資本」(みすず書房)。フランスの経済学者であるトマ・ピケティ氏が、15年をかけて収集された3世紀にわたる世界の税務データをもとに、富と所得の歴史的な変動について分析、格差を論じたものだ。日本でも2014年12月に刊行されたばかりだが、すでに8刷13万部と反響を呼んでいる。

そのピケティ氏が1月29日に来日、日本にピケティ・ブームを巻き起こした。4日間の滞在中、会見や講演を4本、取材15本、サイン会1本というハードスケジュールをこなしたというピケティ氏。日本でも格差が広がっていると指摘、若者優遇の税制や女性の活用を説く一方、メディアからは「アベノミクス」への評価や、日本はどのような政策を採るべきかの解答を求める質問が少なくなかった。それに対し、ピケティ氏が「私が日本に来たのは日本を学ぶためであって、教訓をたれるためではありません」と笑う場面もあった。

では、ピケティ氏は日本で何を語ったのか。日本記者クラブ(東京都千代田区)で1月31日に開催されたピケティ氏の会見の全文を掲載する。ピケティ氏は英語でスピーチした。

■「1960〜1970年代から広がる不平等は日本でも拡大」

ピケティ氏:皆さん、本日はありがとうございます。私に対する歓迎のお言葉をいただき、感謝いたします。また、これだけの多くの方々に集まっていただいたことを名誉だと思っています。まず、お詫びを申し上げないとなりません。私の英語の発音は、なにかフランス語のように聞こえるということで知られております(編集者注:この日、ピケティ氏は英語でスピーチしていた)。

また、私の本が日本語で出版されているということも、うれしく思っています。日本は本や新聞を読まれる人が世界の国に比べて多いと聞いています。しかも、本の売れ行きも大変好調と聞いて、うれしく思っております。さて、今日は一つか二つ、長期的な不平等の進展について、日本やヨーロッパ、その他の国々の例を紹介しながら、私の所見をお話したいと思います。

私たちの研究におきましては、経済学の中心に「分配」を置いています。私の著作のどこが目新しいかといいますと、非常に多くの世界中の研究者と一緒に、幅広く所得と富の分配に関する歴史的データを集めて研究したというところです。過去に私たちが集めたほどのデータは、あまりありませんでした。ただ、これで完璧であるとか、それに関する知識が十分であるといっているつもりはありません。しかし、何らかの進捗を見せることができたと思っています。

ですから、一つか二つの例を引きまして、私たちの集めているデータからお話ししたいと思っています。もっと多くの統計数字、あるいはグラフを見たいと思った方は、こちらのウェブサイト(日本語版はこちら)に行ってご覧下さい。私の本がオンラインで全部読めればよかったのですが、出版社が悲しい思いをしてしまいますので、データはオンラインで見られるようになっています。

本を出してよかったと思うのは、今まで私たちが捕捉することができなかったような国々、たとえば台湾、韓国、メキシコの政府が持っている財政データにアクセスを許されるようになったことです。これにより、全体の所得、富の分配について、どうなっているかを知るためのアクセスや透明性が増すので、大変よいことだと思っています。

これは、アメリカとヨーロッパ、日本で、上位10%の所得を稼いでいる人たちが全体の所得でどれだけ占めているかを示しているグラフです。20世紀の前半、不平等の伸びは若干、小さくなってきていることがわかるかと思います。この間、第一次世界大戦や世界恐慌、第二次世界大戦があったことが指摘されます。この時期に不平等の伸びが小さくなった理由は、大きなショックがあり、資本が破壊され、世界の所得や富に大きな影響をもたらしたのに加え、その影響に対応する社会の仕組みや制度が作られたためです。

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日本では戦後にそれがあたります。しかし、1970年代、1980年代からまた不平等や格差が広がってきていることがわかります。特にアメリカではその傾向が顕著で、ヨーロッパはそれほどでもありません。日本はその中間、どちらかといえばヨーロッパに近いというところです。しかし、日本でも不平等は増えてきておりまして、アメリカほど極端ではないけれども、政策的な手は打たなくてよいというわけではないと思います。相当の不平等の上昇が見られます。

■「不平等を解決するためには、政策や制度、仕組みの駆使が必要」

日本の場合、全所得の上位10%がどれだけ占めているかをみてみると、90年には30%から35%でしたが、近年では40%近くになっています。つまり、相当な不平等を被っている人たちが増えていることを意味しています。この問題が由々しいことだと思われるのは、経済成長があまりない、低成長の中で起きているということです。低成長で上位10%がこのような状態であることは、残りの90%の社会的グループは自分たちの拠って立つところを失ってしまっているということが示唆されます。

私の研究の一般的な結論としては、欧米や日本では不平等が高まっており、非常に重要な問題になっていることが一つあります。問題を解決するためには、政策や制度、仕組みを駆使してこのような不平等の増加を制約するように持っていかなければなりません。

最後に申し上げたいのは、通常、不平等の原因はグローバル化だと言われています。グローバル化が進んだことによって新興諸国が登場し、先進国の中所得層や低所得層に対する大変な競争状態を作り出してしまったと。それが不平等の拡大につながったと言われています。

私にいわせれば、グローバル化は不平等を説明する要因の一部に過ぎません。ご存じのように、政策、制度、仕組みは国によって異なるのですから、それらの国々で不平等が拡大に向かう軌跡も違うのです。たとえば、アメリカなどの不平等は、教育へのアクセスの不平等によります。日本で重要な課題になっているような、労働市場による場合もあります。

私たちの研究が発見したことに関する、真剣な議論がこれからも必要なのです。

結論としてもう一度言いますけれども、グローバル化に対応するやり方は、いろいろな道があります。資本主義に対応するやり方にもいろいろな道があります。その道をもってすれば、ある程度、不平等に歯止めをかけることができます。ですから、一言でグローバル化のせいで不平等が増えている、何も対応できないというわけではないと私は申し上げたいと思います。それでは、質問をお待ちします。

■「極端な不平等は経済的でもあり、政治的な問題でもあります」

代表質問(時事通信の軽部謙介・日本記者クラブ企画委員):私は理論経済を理解していない一人のジャーナリストとしてひとつ、ふたつ質問したいと思います。ひとつは、たとえばピケティさんは不平等格差を是正するという場合、どれぐらいのレベルまで、トップ10のインカムが改善されれば良いとお考えなのでしょうか。それは経済学の課題なのか、あるいは政策の課題なのでしょうか。

ピケティ氏:まず言いたいのは、極端な不平等というのは、経済的な問題でもあり、また、政治的なマターでもあるということです。現在、60年代や70年代に比べて、不平等が増えており、しかも低成長の時代になっています。不平等が増えているということは、成長に役立ってないことがこのことからもわかります。

19世紀でも20世紀初めごろでも、不平等が極端だったのですが、これも決して成長に役立つことはありませんでした。不平等が増大すると、金銭的な権力が集中することにもつながりますし、社会の隅々にまで不平等が浸透してしまうことにつながります。ですから、政治的な問題としても良くないということです。

そして、それは民主主義が脅威に晒されるということにもなります。たとえば、経済的な不平等が高まると、政治的な発言権や影響力にも不平等が発生します。選挙資金、場合によってはメディアにすらお金が流れるということがあるかもしません。従って、極端な不平等は危険なことなのです。たとえば、アメリカでは最近、お金が「PAC」と呼ばれる政治活動委員会に流れることがあります。ですから、極端な不平等は経済的でもあり、政治的な問題でもあります。

代表質問:言い方は変ですが、「適正な不平等」とは経済学として定められるのでしょうか。

ピケティ氏:インセンティブを考えたり、あるいは成長という観点から考えたりしますと、ある種の不平等が正当化されることはあるのかもしれません。しかし、ある種の不平等で、我々がどこまでなら納得できるかを決定する数式に到達したわけではない。

私たちが手にしたのは、あくまでも歴史的な経験だけです。この歴史的な経験を皆さんにも読める本という形で、世に問いたかったわけです。もちろん、あの本は分厚いことはわかってますけれども、しかし、データにアクセスでき、読める形で皆さんに提供することはできたのではないかと思っています。

言い換えますと、歴史的、国際的な経験に対して、皆さんにアクセスを持ってもらいたい。そして、アクセスをした上で、それぞれの人々がそれぞれの結論を出せばよいのです。「適正な不平等」については、民主主義にのっとった形で議論が行われ、結論が出ればよいと思います。社会学者にとっても、経済学者にとっても、何も数式を見出して、「この問題をこう解決すればいい」ということが目標ではないです。それは、すべての人が行うべきことだと思います。

■「日本では1970年に比べて財産に対するアクセスにより不平等が生じている」

代表質問:もうひとつ。資本と所得の比率について、今後、ずっと増えて行くと予想されていらっしゃいます。貯蓄率が10%ということを前提にしていらっしゃいますが、日本の家計は、先月の発表ではマイナスにつっこんでいます。こういう日本の家計の貯蓄率の減少は、ピケティさんの予想に何か影響を与えるでしょうか。

ピケティ氏:所得率がどのように推移して行くかは、非常に考慮すべきで大事なことであります。しかし、日本の場合には、とにかく低成長であり、人口がこれから減っていくという中での貯蓄率の低下です。それを考えますと、大きな資本所得比率をキープするということはたとえ貯蓄率が下がっていたとしても可能だと思います。しかし、資本所得比率をどういうふうになるか予測するのは非常に難しいことです。

民間にある所得比率をみると、日本の場合は非常に特定のパターンがあり、1990年まで急激に上がっていますが、不動産や株価の下落があって、1990年代に大きく下げています。しかし、長期的なトレンドをみますとやはり、資本所得比率は上がっています。他の先進国と同じように、民間の富が国民所得に占める割合が非常に高くなっています。1970年と比べると非常に高い。

こうした状況が未来永劫続くといっていませんが、予見しうる将来においては、1970年に比べれば、日本の資本所得比率は高いままで推移するのではないかと予測しています。それは、日本や先進国において、富の役割が大きいということです。若い世代からみれば、家族が持っている富や労働所得がそんなに大きくないというのは、70年代に比べたら不動産や財産に対するアクセスはより不平等になっているといえるのではないでしょうか。すると、相続することで富がどのように移転するかということの役割は非常に大きくなっていくわけです。

司会(共同通信の会田弘継・日本記者クラブ企画委員長):「適正な格差」については、まさにこの本の最初で、フランスの人権宣言が引用されています。「社会的な格差は共同の利益に基づくものであればかまわない」。これはまさにジョン・ロールズ(哲学者)が言ったことです。平等と正義の問題を論じましたが、彼が言ったのは、もし差別が必要だとすれば、全体の利益に基づく時だと。なかなか難しい政治的な問題ですが、ある程度はありうるということですね。

ピケティ氏:確かにロールズ的な社会正義そのものは、ロールズ以前から存在していますから、私も1789年のフランスの人権宣言第1条を引用しています。社会的な何らかの区別が設けられるとするならば、社会全体の共通の利益に基づくものでなければと書いてあります。もし共通のユーティリティ、公益のために存在するならば正当化できるということではないかと思います。それは私の研究における基本的な考え方、哲学でもあります。もし、共通の公益に基づく不平等であれば、何ら問題を感じることはありません。あくまでも、不平等というのは、共通の利益に基づくものでなければならないという考えです。

■「消費税増税は、日本の成長を促す観点からあまり良い結果を生んでいない」

会場質問:オコノギと申します。上智大学の者です。日本の安倍政権の経済政策に対する評価、それが日本社会にどのようなインパクトをもたらそうとしているかについて、ピケティさんにお考えをお伺いしたいと思います。さきほど、アメリカの例に触れられましたが、不平等が拡大しても、アメリカのGDPそのものは増えています。そういうプロセスを日本もたどる可能性はあるのでしょうか。

もうひとつ、日本の政治家、官僚、ジャーナリストの間では、財政再建について消費税増税をしていくのはやむをえないという声がかなり広範に認められました。IMFやOECDのような国際機関もそうアドバイスしています。しかし、これはピケティさんのお考えとはずいぶんかけ離れたアイデアのように思えるのですが、それに対してどうお考えになるか、日本に対する政策的な処方箋を含めてお伺いできればと思います。

ピケティ氏:消費税を上げるということは、日本の成長を促す観点からあまり良い結果を生んでいないように思います。ですから、この方向でやっていくということが、なぜ良いことにつながるのか、確信を持つことができません。

日本の財政再建をするには、道筋としてはやはり若い人に利するような税制の使い方、リバランスを考えなければならないと思います。若い人に対する労働所得にかかる税や、中所得層や低所得層の労働所得への課税を引き下げることがなされるべきだと思います。逆に、高所得層に対しては、不動産など持っている富に高い税をかけるべきだと思います。大体は年を取った世代がたくさんの富を蓄積しているので、そこへ税をかけるべきです。

若い人は富を持っていません。今では日本では若い人にとって、不動産を購入するということは難しいと伺っていますので。税制改革は若い人に利する方向に持っていくべきだと持っています。そういうことを考えると、万人にかかる消費税をあげることが、どうして日本の成長にとって良いことなのか、私は説得されていません。私がよく知らないということかもしれませんけれども。

それから、アメリカの成長についてですが、経済が非常にうまくいっているのは不平等が高まっているからではありません。別の理由によって起こっています。ひとつは人口が増えているということです。世界各地からアメリカに移民が集まっています。日本やヨーロッパよりも、アメリカに行きたいと思う人がたくさん増えているということです。

ふたつめは、イノベーションやリサーチの結果です。もちろんアメリカには教育の不平等はありますが、トップレベルの大学ではイノベーションやリサーチが良好に行われていると思います。このように大学におけるイノベーションは大事です。ですから、ヨーロッパも日本も、もっと大学に投資するべきだと思っています。ヨーロッパの大学があまり良くないのは、赤字を削減したいために短期間に緊縮政策を取り過ぎたということだと思います。日本と同じようにヨーロッパもインフレ率はほぼゼロで、デフレの可能性すらでてきています。ですから、21世紀の経済成長のためには教育、大学に投資することが鍵だと考えています。

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日本記者クラブで会見するピケティ氏

■「私が日本に来たのは、教訓をたれるためではありません」

会場質問:NHKのイイダカオリと申します。日本では今、これだけ不平等に注目があつまっているわけですが、どうしてなのでしょうか。不平等が長きに渡って続いたということが本には書かれていますが、不平等が今までにないレベルに到達したからでしょうか? それから、予見しうる将来において、日本やアメリカで不平等のレベルが下がってくるということは予想されますか。

ピケティ氏:アメリカで、不平等は本当に大きくなっていますが、しかし、もし成長しているところでの不平等の増加だったら、人々は問題だと思わないでしょう。しかし、低成長であるところの不平等は問題になります。低所得の人たちの所得の伸びのよりも、トップレベル層の伸びがずっと大きいことは、統計を知らなくても実感できます。ですから、不平等が問題視されます。これが、高成長で上げ潮に乗っている国だったら問題にならないでしょう。低成長の中で所得が低迷していることが問題なのだろうと思います。そして、不平等が注目を浴び、いろいろな緊張を生むことにつながってしまいます。

では将来、この格差が小さくなる可能性はあるのかといえば、いくつかのパターンはあるかと思います。当該国がどのような仕組みを持ち、どのような政策を立案するかに関わるでしょう。私たちの本にも、それぞれの国が政策を考えなければいけないと書いていますが、労働市場に対する、経済学的な決定論主義者ではありません。

会場質問:NHKが続いて、すみません。タケダといいます。アベノミクスについての質問ですが、アベノミクスはかつてのレーガン政権から続いているような、富めるものが富めば、みんなが豊かになるという「トリクルダウン」という考えで今、経済政策を進めています。これだけ格差が拡大しているということは、つまり、トリクルダウンはうまくいかないということなのでしょうか。

特に日本の場合に格差を是正するにはどうしたらよいでしょうか。今、相続税も対象を拡大していますが、まず、トリクルダウンがうまくいかないとなると、日本は何をすべきでしょうか。この2点をお聞きしたいと思います。

ピケティ氏:まず申し上げておきますけれども、私が日本に来たのは日本を学ぶためであって、教訓をたれるためではありません。日本はあれをやるべきだとこれをするべきだと言いに来たわけではありません(笑)。

さて、トリクルダウンは理論としてはとても面白いのですが、実行面において機能する理論なのでしょうか。時間の経過とともに、これがどのように進展してきたかをみてみますと、過去10年間で不平等は増えております。そしてアメリカの成長率をみても、決して良い状態ではありません。50年代、60年代、70年代と長く時間の経過をとって比べると、今よりも不平等のレベルは低かった時代の方が成長率は高かったわけで、今のほうが成長率が低いのです。

よく言われるのが、今は不平等が拡大しているけれども、がまんすれば成功をおさめて、やがて万人に富が還元されるといわれています。しかし、過去において行われなかったのに、今後、未来においてもうまくいくという保障はどこにもないと感じています。

日本について若干、コメントするとしたら、累進課税的なものにしていく必要があると思います。すなわち若者に利するような税制にする必要があります。それから、労働市場の改革も重要です。パートタイマー、有期雇用の労働者に対して、よりよい社会的な保護を与え、保障を手厚くするということが、日本の場合は不平等において重要な項目になっているのではないかと思います。それから女性も大事です。若者とジェンダーの不平等に手につけることは日本の場合、大切な問題なのではないかと思います。この不平等はマイナスの結果を産みます。出生率の低下、人口の減少にも影響しかねませんでので、日本においてはこれらが中心的な懸念、課題だろうと感じています。

■「貧困を撲滅するためには腐敗と戦い透明性を高めることが必要」

会場質問:「国際開発ジャーナル」というODAの専門紙の記者をしておりますタケウチと申します。日本のことを聞くとあまりよくないのでしません(笑)。ピケティさんが国際的な富裕税の話を本の中でもされていますが、日本でも国際連帯税を設けようという議員連盟ができ、外務省が導入に向けた研究をしています。日本では、格差に対する関心がまだ薄いためでしょうか、国際連帯税の議論などは十分に進んでいませんが、注意喚起をする上でどんなスキームが望ましいのかなど、サジェスチョンがあればいただけないでしょうか。

もう1点、国連レベルの話ですが、今年は「ミレニアム・デベロップメント・ゴール」の最終年にあたります。次のデベロップメント・ゴールを作らなければならないという中で、貧困対策をどうするのか。世界銀行もインフラ重視の方向にいっていますけれども、ピケティさんは次のデベロップメント・ゴールについてどのような考えを持っていらっしゃいますか。

ピケティ氏:私はグローバル化を決して否定するものではありません。グローバル化を信じておりますし、グローバル化は世界の貧困を削減するために役に立つと思っています。特に、新興諸国がより成長することに役立つと思います。しかし、やはり国際的な民主主義的な制度、仕組みが必要になります。マーケットの力はきわめて強いものがあります。

その強力な力を正しい方向に持って行くためには、民主主義的な仕組みが大事です。それと、金融財政的な透明性が必要です。ファイナンシャルの透明性は先進国でも必要ですが、新興諸国においてはより大切だと思います。多くの新興諸国では不平等に関する情報が欠落していますし、一般的に透明性に欠けているとう問題があります。たとえば、中国は富がどのように配分されているのか、測定することが極めて難しい国です。所得税に関する統計がないのです。所得区分が変わったならば、納税者はどう変わるのかといった統計がありません。ただし、貧困を撲滅するためには腐敗と戦う、それから、透明性を高めるということ、これが国連の新しい開発目標にとって大事だと思います。

それから、国際連帯税は方向においては有用だと思います。しかし、私が本で論じています国際富裕税に置き換わる類のものではないと思います。国際的に協調がとれた富裕税の補完にはなりますが、リプレイスするものにはならないと思います。

■「中国は所得、税に関する統計を地方のレベルでしっかり確立することが大事」

会場質問:経団連という経済団体のスタッフをしているスズキといいます。法人税について、どうお考えかをお聞きできればと思います。本日のお話もそうだったと思うのですが、格差といっても、個人レベルの格差を問題視されているのかなと思いました。法人税についてはそれほど取らなくても、最終的に法人が得た利益が個人に報酬として落ちてくる時に、累進をきかせて取れば、ある程度の不平等は改善できるのでしょうか。

ピケティ氏:法人税は非常に大切な問題だと思っています。それが高過ぎると、企業誘致の国際的な競争に晒されているようなところでは多国籍企業を呼びたいために、実行税率をほとんど払わなくていいということも懸念されます。そうなると、中小企業に比べて、大手の多国籍企業に対する実効税率が非常に低くて済んでいるという現状が生まれてしまいます。これは非常に由々しき問題です。

最近、ヨーロッパでも大変な不祥事がありました。ルクセンブルクで利益を上げたとして法律的に操作することで、ほとんど法人税を払わないといったことが多発しました。ですから、ここは共通の国際レベルの法人税が必要だと私は考えています。貿易を自由化するための条約や協定づくりが日米、米欧、日欧の間で進むと思いますが、これをひとつの条件にすることが望ましいと考えています。要するに、共通の法人税というものを推進いたしまして、多国籍企業については最低税率を設けて、それよりは低い税率にならないようにする仕組みが必要だと思います。

会場質問:朝日新聞のヨシオカと申します。「21世紀の資本」の中国語版を拝見したのですが、中国語版に序文を寄せていらして、「政治の民主とは経済の民主と歩調を合わせてやってくる」と結んでおられたと思うのですが、中国は市場経済にのっとって、改革、開放を進めてきましたが、政治では強権主義を強めているようにみえます。経済の民主は政治との間でどのような貢献ができるのか、お聞かせください。

もうひとつは簡単な質問ですが、ミッテランさんやシラクさんは、ここではフランス語を使われました。ピケティ教授はずっとこの日本の滞在中、英語で通していらっしゃいますが、なぜでしょうか。

ピケティ氏:2つ目の質問からお答えします。もちろん、フランス語で話していいということであれば、喜んでフランス語でお話します。英語よりもフランス語で話すことを好んでおります。ただ、私の理解では、日本ではフランス語よりも英語を理解する方が多いということでありまして、なるべく多くの人に理解してほしいと思っております。そもそも、最初、この本は最初にフランス語で書いたことによって、中身がそれだけ良くなったと思っています。

次に、中国ですが、大きな問題として、中国の近代化において財政の透明性が必要である、そしてそれが可能なのか、しかも同時的に政治的な民主化をせずして財政面の透明性を確立することは可能なのかという問いになるかと思います。私はその問いに対する答えを持ちあわせていませんが、経済、財政面の透明化というのは、どのレベルでも政治の民主化が伴わなければならないだろうと思っていいます。

今、中国では富や所得の透明性がないと言いましたが、政府は汚職と戦わなければならないと声を大にして言っています。でも、それはロシアのプーチン大統領のやり方と似ています。プーチン大統領も時々、思い出したように投獄していますが、そういうやり方で腐敗と戦うのは効率的でしょうか。それよりももっと良いやり方というのは、所得、税に関する統計を地方のレベルでしっかり確立する、税はこんなふうに払われているという統計があることの方がずっと大事です。

そうすれば、所得税があまり機能していないな、ちゃんと適応していないなと見えるようになるでしょう。きちんと適応されていないのが見えるようになれば、国民が中国の行政府に対して圧力をかけ、改善せよ、透明性がなければだめだ、と要求するようになるでしょう。それをすれば政府に対する信頼性は上がっていくと思います。ただ、中国政府がそれをやりたいと思っているかどうか、確信を持てません。私はその結果を待っているところです。

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