韓国首相候補の取材録音ファイル、野党に渡したのは記者? 「政治との距離」話題に【メディア】

韓国の首相候補者が暴言を吐いたとして、野党が追及した。しかし発言の舞台は新聞記者との非公式な昼食の席。事前に知っていたはずの発言内容を報じた新聞はなく、メディアと政治の距離感が話題になっている。

韓国の首相候補者が暴言を吐いたとして、野党が追及した。しかし発言の舞台は新聞記者との非公式な昼食の席。同席していた新聞社は、野党の追及前に発言内容を報じておらず、メディアと政治の距離感が話題になっている。

首相候補は李完九(イ・ワング)氏(64)。中部の忠清南道知事や与党セヌリ党の院内代表などを務めた重鎮だ。韓国の首相は大統領が指名し、国会が聴問会などを経て任命同意案を採決する。支持率低下に悩む朴槿恵大統領が人心一新を図って新首相に指名し、2月16日、国会で与党・セヌリ党の賛成多数で任命同意案が可決された

2014年4月のセウォル号沈没事故後、政府の不手際の責任を取って現首相がいったん辞意を表明したが、指名された後任の首相候補に2人連続で不祥事が明るみに出て2人とも辞退したため、止むを得ず首相を留任させる事態が続いていた。今回の首相候補も、次男の兵役免除や次男名義の土地投機疑惑などのマイナス要素が連日メディアで報道されていた

そんな2月10日、野党・新政治民主連合が「メディアに恫喝的な発言をした」として、新聞記者と会食した際の音声を一部公開した。

韓国紙「ハンギョレ」の記事や、韓国日報に掲載された釈明によると、事実関係は以下のとおりだった。

■「記事を書いてみろ。そうしたら俺がデスクに電話する」

国会では李氏の疑惑を次々と野党が追及しており、新聞記者たちは連日、渦中の李氏を事務所前で待ち構えていた。1月27日の昼、寒い中待っていた記者を、李氏が見かねて昼食に誘い、飲食店で一緒にキムチチゲを食べたという。同席したのは「京郷新聞」「文化日報」「中央日報」「韓国日報」の政治部記者4人。入社年次は1年目から8年目までで、李氏にとっては自分の息子と同じくらいの年頃だ。

興奮状態だったのか、会食で李氏は以下のように言いたい放題だった。

「俺はお前らの先輩を大学の総長にまでしてやった。40年も付き合ってきたからだ。記者と公職者の関係ではなく、互いに人間として親しくなったからだ。俺の友達に大学をつくった奴もいるから、教授にもしてやった」

「記事を書いてみろ。そうしたら俺がデスクに電話する。『俺を助けろ』と。そうしたら没にせざるをえないだろ? 書いたやつが変な奴扱いされるだけだ。笑っちまうぜ」

李氏の就任後は、公職者への金品授受や利益供与の処罰を強化する法案が審議入りする見込みだ。「公職者」にマスコミ関係者を含むかどうかが焦点の一つに浮上しており、一部の新聞・放送業界が反発していた

「法案で記者たちが大騒ぎしてるなあ? 笑っちまう奴らだぜまったく…俺がおおっぴらに飯食わせてやったけど、もう食わせないぞ。(法案)通過させなきゃ」

李氏の発言は、記者を脅迫しているとも受け取れる内容だ。

■「特に疑問もなく」渡した

4人のうち3人が、食事中の会話を録音していたが、発言内容を記事化した新聞はなかった。しかし4人の中で唯一、野党担当だった韓国日報の記者が、音声ファイルを野党・新政治民主連合の議員に渡した。議員はファイルをKBSテレビの記者に渡し、2月6日に発言内容がKBSテレビで報道された。

李氏は国会で「睡眠不足だった」と弁明したが、一方で韓国日報も2月10日付で釈明文を載せた。「李氏のゆがんだメディア観は問題だと考え、記事化を真剣に検討したが、李氏が次男の兵役免除疑惑についてとても興奮した状態で、非公式な会食での即興的な発言だったため、報道を見合わせた」と説明した。担当記者が「特に疑問もなく」音声ファイルを野党議員に渡したことを「経緯がどうであれ、取材内容が含まれたファイルを丸ごと対立する政党に提供したのは、取材倫理に大きく背く行動でした」と謝罪した。京郷新聞は「発言を録音しておらず、メディアへの脅迫の文脈は、報道されて初めて気づいた」などと説明した。

親与党の論調で知られる最大手紙・朝鮮日報系のケーブルテレビ「TV朝鮮」のアンカーは、生放送中に韓国日報の記者を「これが記者ですか? クズでしょ」と非難した

新聞やテレビの記者から国会議員や大統領府の要職に転身するケースは韓国では珍しくない。現在の大統領府のスポークスマン(広報首席秘書官)はニュース専門チャンネルYTNの報道局長や社長から転身しており、2014年に首相候補に指名された一人も、大手紙・中央日報の主筆だった(その後辞退)。利益供与の処罰を強化する対象の「公職者」に含むか否かという議論の背景にも、メディアと政界の距離の近さがある。

元新聞記者でハフィントンポスト韓国版ニュースエディターのウォン・サンユン氏は、以下のように嘆いた。

政治部記者時代、仕事もそこそこに政治家に付いて回る国会担当記者がいた。政治家と連日ゴルフし、酒を飲んでいた。陰で「旧悪」と呼ばれていた。見かねた政治家が同じ会社の後輩を叱った。「お前の先輩、何とかしろ。候補者公募にでも応募するつもりか」。結局、その記者は国会議員になった。

メディアの品格は記者がつくるものだ。しかし記者自らが権威を貶める。報道への外圧に屈し、記事の扱いに細かく介入する政治家たちのお願いも簡単に聞いてしまう。屈服の歴史が続くが、恥ずかしいと思う度合いは年々薄れていく。記者から大統領府の報道官に横滑りする先輩を見て、恥ずかしがるより自分自身の将来の姿を思い浮かべる記者が多くなっているのも不思議ではない。

(中略)記者が自ら「メディアの品格」を守れなければ、権力を監視する「番犬」(ウォッチドッグ)ではなく、権力に可愛がられる「ペット」(パピー)扱いされて生きていくしかない。

「李完九報道と記者の品格」より 2015/02/12 16:42)

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