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「平和構築、女性の発想が役立つことも」グローバルに活躍する人材とは――瀬谷ルミ子さんに聞く

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RUMIKO SEYA
インタビューに答える瀬谷ルミ子さん=東京都文京区 | 中野渉
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紛争地で働く女性と聞くと、どこか私たちとは違う世界の話に思えるかもしれない。しかし、アフリカを中心に紛争地での平和構築に携わっているNPO法人日本紛争予防センター(JCCP)理事長の瀬谷ルミ子さん(38)は、仕事のきっかけは「他の人がやっていないことを求めて行った結果」だと話し、「復興のために、女性ならではの発想が役立つこともある」と力を込める。

瀬谷さんは世界でも数少ない武装解除の専門家で、「職業は武装解除」の著書もある。5月16日に開かれるハフポスト日本版2周年イベントでは、「多様性のある社会へ、私たちができること--グローバルに活躍する人材とは」のテーマで基調講演をする。ハフポスト日本版は瀬谷さんにインタビューし、仕事にかける思いやグローバルに活躍する人材、女性の働き方について聞いた。

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――まず、武装解除・紛争予防の道に進んだきっかけを教えて下さい。

高校3年生の春に地元の新聞をペラペラめくっていると、ルワンダで起きた虐殺による犠牲者の写真を見つけました。この虐殺は民族間の対立から発生し、100日間で100万人が亡くなるという史上最悪と呼んでもいいほどの悲劇だったんです。写真は、虐殺を逃れてきた難民キャンプでコレラにかかって亡くなりかけている母親を、子供が泣きながら起こそうとしているAP通信のもので、翌年にピューリッツァー賞を取りました。

私はそのとき進路が全く決まっていませんでした。唯一、得意なのが英語だったんですが、英語だけでなれる職業っていうと通訳や翻訳くらいしか思い浮かびませんでした。でも、それも帰国子女の人たちには太刀打ちできないと思い、「自分にしかできないことをやりたいけれど、それは何だろう」ってモヤモヤしていた時期だったんです。

写真を見て、これなら英語に加えて「プラスアルファ」が求められると感じました。そのプラスアルファの部分は他にやっている人がいなそうなので、自分の専門にしたら世の中に必要としてもらえるんじゃないかと思って志したんです。

――どうして、そのときに目に入ってきたんでしょうか。

写真自体が衝撃的だったこともあります。ですが、それまでは同じような写真を見ていたら「可哀想に」で済んでいたのが、なぜかそのときに少しだけ「今の自分の状況と似ているところがある」っていうような親近感を覚えたんです。

当時の日本は、バブルがはじけて経済が低迷し、消費税を3%から5%に上げることについての議論が行われていました。一方、政治家の汚職事件や不祥事が相次いでいた時期だったんです。

――1990年代初めごろですね。

94年です。私は家が必ずしも裕福ではなかったので、そんな世の中を悲嘆していました。結局、偉い人たちが、私たちのような庶民や一高校生の不安なんて気にせず、勝手に自分たちが潤うことだけやっているだけだと感じたのです。しかも私なんて将来のことも決まらず、とても鬱々としていたんです。

写真を見て、「この親子は自分たちが戦争をしたくてしてはいないはずだ」と思いました。誰かが決めた戦争に巻き込まれて、あらがえない渦に巻き込まれてこうなったということが、なんとなく大きな社会に翻弄されているような気分になっていた自分と通じるところがあると感じて興味を持ちました。

どうして日本のように裕福な国がある一方で、世界には救いきれない人たちがこんなにいるんだろうとも感じました。その答えを知るためにも、紛争地域で働くということを仕事にしたいと思ったんです。

――高3の時に思い描いた志を、実現しているわけですね。

そうですね。幼いころ、私の姉と弟は結構優秀で、スポーツも勉強もできて学級委員をやったりもしていました。それと比べて自分にはコンプレックスもありました。また、他の家の子は塾に普通に通って習い事もできるけれど、うちにはそれほどの余裕もありませんでした。だからといって、環境だけで人生が決まるみたいなことは理不尽なんじゃないかとも考えていました。

――そして国内の大学に進み、その後、イギリスの大学院に紛争解決学を学びに行ったんですね。

そうです。しかし、大学院でもその分野の専門家がいませんでした。本さえもないんです。だから、自分が実際に現場に行って見聞きするしかないと思いました。

大学院を出て、まずルワンダでNGO職員として働きました。次にシエラレオネに行って初めて国連PKO(平和維持活動)で働いたんです。その後アフガニスタンの日本大使館にも勤務し、少しのブランクの後、コートジボワールに国連PKOの仕事をし、その後、日本に戻ってきて今のJCCP(日本紛争予防センター)で働いています。

――JCCPに移ったきっかけを教えて下さい。

30歳の時に移りました。それまでは比較的大きな組織で働いていたのですが、大組織はできることや予算規模が大きい一方で、自分が問題意識を感じることを自分の一存では柔軟にできない現場も多いんです。革新的なことをやろうとすると、それなりにスピード感と柔軟性を持って実現ができるような組織が必要じゃないかと、現場にいればいるほどジレンマを感じることが増えてもいました。

そんなとき、JCCP事務局長のポストを打診されました。現場の活動や組織の方針にほぼ全権を持たせてもらえる役割であり、受けることに決めました。

現場にいると、「日本にはできることが沢山あるのに、日本の組織や専門家が現場にいない」と歯がゆく感じることがとても多かったんです。外にいるからこそ感じる日本ってあると思います。お金はとても大事なんですけれども、その使い方を専門家がきちんとした観点から見るかどうかで、よりよい効率的な使い方や使ってはいけない方法が分かってくるわけです。それがないまま日本が現地の支援をし続けることには、もう少し改善の余地があるんじゃないかと感じていました。

rumiko seya
インタビューに答える瀬谷ルミ子さん=東京都文京区

――これまで一番思い出深い場所はどこですか。

南スーダンです。路上生活している「ストリートチルドレン」と呼ばれる子供たちが、野良犬と一緒に暮らすような生活をしていました。現地の人からも白い目で見られていて、住む場所もないためそのあたりで寝起きしていると、住民達から嫌がらせにあったりするため、住むのはゴミ捨て場か墓地しかないんです。

そういう子供たちが、空腹とか絶望感を紛らわせるためにシンナーなんかを普通に吸って酩酊していました。それでも何がほしいかを聞くと、「学校に行きたい」と皆が口をそろえました。不良ぶっている子も、「日本からこういう支援があって、あなたたちの仮設住居を提供できるようになった」って言った瞬間、一気に鎧が外れてボロボロ泣き出しました。

そういう姿を見ると、日本と違って、自分の努力だけでは全く道が切り開けないような状況にいる子たちでも、誰かが自分のことを気にかけてくれたという事実だけでこんなに変われるんだと印象的でした。自分がやっていることの価値を再認識させてもらったんです。

キャリアの最初のころは、現地の人々から「あなたがいなくなったら困る」と言われて、感謝されていると感じていた時期もありましたが、今はそれではいけないと思っています。私たちはあくまで外部の人間なので、私たちがいなくなっても、現地の人たちだけで当たり前にやっていけて、自分達の問題を解決できるようになってもらうというのが最終的に目指すところです。そのために、今のJCCPの活動では現地の人材育成に力を入れています。

――そういった世界で活躍できる「グローバルな人材」とは、どんな人たちですか。

私が思う「グローバルな人材」とは、国境を越えて活躍できるのは当然ですが、所属や組織、肩書といった枠組みを越えて、どんな現場に放り出されても変化を生み出せるボーダレスな人です。現場で見ていて、この人は優秀だ、この人はとても成果を出すと感じる人って、例えば国連でもNGOでも、他のどこでも成果を出せるんだと思います。

例えば、アフリカでのプロジェクトに日本のSE(システムエンジニア)の人を連れて行ったこともありました。最初に国境や境界をまたぐ時に勇気は少し必要だけれども、それさえ越えてしまえば自分の持っているスキルがどれだけ専門性が高いのか、自分も知らなかったくらい評価されるということも大いにあり得ることなんです。グローバルな人材って、私にとっては世界の新たな課題に対応するため当たり前に必要なものです。

――女性として、女性に対して伝えたい仕事の魅力や可能性は何ですか。

私には取り立てた才能があったわけでもないので、他の人がやっていないことを求めて行った結果今の仕事をするに至りました。女性が紛争地で働くということに不安を感じる方もたまにいますが、女性だからこそ心を開いてくれる被害者の方、現地の復興のために女性ならではの発想でアイデアが出ることもあります。

実際に現場で感じるのが、日本で当たり前の技術やスキルが現地で求められているということです。日本で流行しているファッションや女性の美容関係のものも、アフリカで導入したら役立つなっていうものがあるんです。例えば若い女性のジェルネイルなんかそうです。普通にマニキュアを塗るんじゃなくて硬めのものを塗って綺麗にするんですが、ケニアのサロンではすでに導入されています。その一方で、日本に比べたら技術が全然発達していないので、ノウハウを持った人が行くだけで現地の人達の人材育成もできるし、貧困層の女性たちに職業訓練することで雇用も生まれ、新しいビジネスが爆発的に増やせるようなポテンシャルがあると思います。

――日本では、アフリカといっても全然イメージがわかない人が多いでしょうね。

そうですね。経済発展も爆発的にしていて、キャリアウーマン的な女性たちも増えてきています。2週間に1回ビューティーサロンに行って髪やネイルを整える人もいます。日本人が、逆に現地でファッションの流行なんかを見て吸収して帰ってくることも十分可能な時代なんです。

私たちが取り組んでいる仕事を話すと、結構悲惨なことしか浮かばなくて、皆さんが情報をシャットダウンしちゃうところもあります。でも実はそんなことはないんです。日本と同じように、現地の女性たちも、女性の地位や子育てなんかの悩みを持っています。30歳前後になって結婚するかキャリアをとるか、といった悩みなんかはとても普通です。

私たちは、現地で女性が当たり前に働けるように、活き活きとできる社会にするために支援をします。垣根を取っ払ってもらえるように、私たちも現地のことをお伝えしたいと思いますし、少しでも関心を持った人はぜひ、現地のことを調べて、可能な範囲でできる参加について考えてもらいたいと思います。

…………

瀬谷さんは、5月16日(土)に東京・六本木で開かれるハフポスト日本版2周年イベント「未来のつくりかた--ダイバーシティの先へ」で、「多様性のある社会へ、私たちができること--グローバルに活躍する人材とは」のテーマで基調講演をする。

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