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拉致問題の再調査合意から1年 「特定失踪者を切り捨てないで」家族は訴える

2015年05月22日 20時00分 JST

2014年5月にストックホルムで開かれた日朝局長級協議で、北朝鮮の拉致被害者や、北朝鮮に渡った日本人妻などの再調査などに合意(ストックホルム合意)してから1年が経つ。この間、拉致問題に進展はなく、警視庁による在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)議長宅への家宅捜索を北朝鮮が非難するなど、日朝間の関係はむしろ悪化した。

警察庁が「北朝鮮に拉致された可能性を排除できない」とする特定失踪者(880人)の家族と、1959年から始まった在日朝鮮人の帰還事業(帰国事業)で北朝鮮に渡り、その後脱北した日本人妻が、5月22日に東京の外国特派員協会で記者会見し、早期帰国の実現を訴えた。

fujita

1976年に行方不明になった埼玉県川口市の藤田進さん(失踪当時19)の弟、藤田隆司さん(57)は、2004年に脱北した人物から写真がもたらされ、北朝鮮の拉致を確信するようになった。

藤田:出てきた写真は2枚。鑑定をしてもらったら、ほくろの位置や眉の傷など、本人に間違いないということで、拉致によって兄がいなくなったと判明しています。この写真以外にも、北朝鮮の工作員養成の金正日政治軍事大学で兄が日本語を教えていたという目撃情報、またどうやって日本国内から拉致されていったか、実行犯の一人が手口を告白しています。都内にある病院が実質的なアジトで、一旦連れ込まれて、留め置かれていたという情報があります。

ストックホルム合意からまもなく1年。その間に何らかの情報があると、家族は非常に期待していた。ところがまったく報告もない、被害者が帰ってくることもない。家族の不安、憤りをみなさまに知っていただきたい。日本政府は、拉致を最優先と表明していますが、認定されていない被害者が相当いる。12年前に帰ってきた1人、曽我ひとみさんは、帰ってきて初めて拉致だったとわかった。被害者は自分自身では声をあげられない。家族が声を上げるしかないんです。ぜひ家族の声を聞いていただきたい。

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2001年12月に失踪した大阪市の賀上大助さん(当時23)は、北朝鮮の拉致を疑わせる証拠はない。母、賀上文代さん(63)は、失踪した日がちょうど、鹿児島県沖で北朝鮮の工作船が沈没した日だったことと、徳島県の実家の近所に住んでいた在日朝鮮人と親交があったことなどを挙げ「何を根拠に北朝鮮の拉致なのかと言われると辛いが、そう訴えるしかない心情を聞いていただきたい」と、次のように述べた。

賀上:息子がいなくなったのは13年半前の2001年12月22日です。その日は北朝鮮の工作船が撃沈された日でもあり、船が引き上げられた日に国籍不明の男性の遺体が1体あったとテレビのニュースで知りました。それが息子だったのではないかという思いから、拉致被害者としての活動をしています。本人には失踪しなければならない理由がまったくなかった。警察に届けを出しに行ったとき、本人にトラブルがまったくなかったので、成人した男性ということだけで捜査してもらえなかった。

しかしもし、息子が拉致であるなら、自由に動ける私たちが機会あるごとにアピールしていかないと、息子の存在は忘れ去られてしまう。今から2年ほど前に特定失踪者として警察庁から名前が発表され、ようやく「拉致ではないか」と警察の捜査が始まっています。ただ失踪してから13年半も経っているので勤めていた工場自体が統廃合でなくなっているなど、大変難しい状況です。

政府は「分け隔てなく」といつも会見で言っているが、政府認定の拉致被害者の家族には報告会が開かれるのに、私たち特定失踪者にはまったくない。今どのようなことが(北朝鮮と)話されているかが本当にわからない状況です。「拉致最優先」と言われるたびに、特定失踪者は切り捨てられるのではないかと、日本政府の対応に不安を感じています。

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大阪府八尾市に住む斎藤博子さん(74)は、1961年に在日朝鮮人の帰還事業(帰国事業)で、在日朝鮮人の夫とともに北朝鮮に渡った。生活に困窮したが、自由往来は許されなかった。2002年に中朝国境の凍りついた豆満江を歩いて渡り脱北した。自身と同じ境遇の「日本人妻」の早期帰国を訴えた。

斎藤:私が行く時は、3年したら帰れると聞いて私も行きました。それが30、40年しても帰ることができません。拉致被害者、特定失踪者と一緒に日本人妻も返して欲しい。

拉致問題は、朝鮮では「もう済んだ」と言っている。拉致被害者とか特定失踪者、日本人妻ということでなしに、「日本人を助けてくれ、家族みんなを何とかしてくれ」となれば、返すことができるんじゃないか。朝鮮では今でも拉致被害者がいることすら知らない場所がたくさんあります。一時帰国じゃなくて永遠に帰ってこられるようにしてほしい。今はもう80代から90代で、大部分の方がご存命でないと思います。でも1人でも帰って欲しい。

北朝鮮・平壌から地方へ(2014年9月)

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