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韓国の記者は「嫌韓」や日本社会をどう見つめているのか 特派員座談会

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最近は韓国メディアの記事が日本語に翻訳され、ネット上で目にすることも多くなった。ただ、背景事情の異なる国に向けて書かれた記事は、ときに誤解も生む。どんな人が、どんな視点で日本を見つめているのか。

日韓関係の悪化が言われる。日本で「嫌韓本」が売れるなど、国民感情も悪化しているように見える。そんな日本を、韓国メディアの東京特派員たちはどう見つめ、どう母国に紹介しようとしているのか、聞いてみた。

【出席者】
尹熙一(ユン・ヒイル)京郷新聞・東京支局長
金秀恵(キム・スヘ)朝鮮日報・東京特派員
吉倫亨(キル・ユニョン)ハンギョレ新聞・東京特派員

3person

――まずは簡単に自己紹介を。

尹:私は1990年に入社して、主に社会部でした。韓国で働きながら日本に関心を持ちました。特に韓国で鉄道担当をしたとき、日本の鉄道が地域経済に与える影響、鉄道のインフラを社会資本として利用する方法などを紹介しました。そうした縁もあって、2003~2004年に上智大学の大学院で、客員研究員として新聞学を専攻しました。2014年4月から東京特派員をしています。

金:1997年12月に入社しました。韓国で「サスマワリ」(語源は日本語の「サツ回り」)といわれる、社会部の警察担当をしました。実は私、特に日本に関係が深いわけでもなかったんです。高校や大学院はアメリカでした。ただ高齢化問題など、韓国社会が直面した課題を取材すると、必ず日本の書籍や、日本の同様の問題、解決策にぶち当たる。私より日本語がうまい人は社内にたくさんいましたが、おそらく会社は、アメリカの大学院を出て日本をよく知らない女性記者に、日本がどう見えるのか試したかったのではないかと、勝手に思っています。2015年3月に赴任したばかりで、大変ですが、面白い日々です。

吉:2001年入社で、社会部が長いです。2004~05年に「ナワバリ」としてソウルの東大門警察署を担当しましたが、管内に「民族問題研究所」がありました。ちょうど盧武鉉政権で「親日派」(注:韓国で日本の植民地支配に協力した人々)の処遇が焦点になった時期で、民族問題研究所の記事をたくさん書きました。そうして日本への関心が高まり、2005年に日本に初めて取材に来ました。韓国に「小鹿島」という、日本の植民地時代に造られたハンセン病患者の隔離施設がありますが、そこで人権侵害を受けた元患者に、日本の市民団体が支援をしたことがありました。「私が知らなかった日本社会があるんだ」とうれしくなって、帰りに金浦空港近くの書店で日本語の初級の文法書を買いました。2012年には朝鮮人特攻隊員についての本も出しています。2013年9月から特派員です。

――日本についてはいろいろ複雑な感情も韓国社会にはあり、3人ともそこで育ってきたわけですが、実際に住んでみた日本の印象は、韓国で思っていたのとどう違いましたか?

吉:戦後補償の関係の取材で会う市民団体の人たちは、とても親切でよくしてくれますが、感じたのは、社会全体が「厳格だ」ということ。取材の手続きが韓国よりややこしい。日本人はいい面でも悪い面でも、論理的な整合性を重視しているので、論争好きで、細かい部分までこだわる印象を受けます。今の安保法制も慰安婦問題もそうですが、「強制性」や「強制連行」の定義といった概念を巡って言い争っています。取材する側としては疲れますが、論理的でもあると思います。

――取材手続きがややこしい?

吉:韓国では知らない人でも携帯電話に電話して「ハンギョレ新聞ですが」と名乗れば、ほぼ話が聞けますが、日本ではまず、携帯の番号自体を知ることが難しい。取材のアポを入れるにはメールを送って、返事を待たないといけない。返事が来ないこともある。最初は慣れませんでした。

金:FAXをこんなに使う国がまだあったとは…。(提携関係にある日本の)毎日新聞で韓国に詳しい先輩から「似ていると思ってかかると大けがするよ」と忠告されました。日本では自分と他人の立場が違うことに緻密にこだわるけど、韓国では「正しいこと」は一つだけで、それを巡って争っている。それを互いに知らない。だから毎日が衝撃ですね。

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尹熙一さん
京郷(キョンヒャン)新聞:1946年創刊。1959年に当時の李承晩政権によって廃刊となったあと、1960年の学生革命による李政権崩壊後に復刊。90年代に韓化(ハンファ)財閥による買収と分離を経て、社員持ち株による経営に移行。韓化からの分離後はリベラルな論調となる。

■「日本人の考え方の基礎をなす活字文化」

尹:このデジタル時代に、NHKが視聴者の意見をいつもFAXで受け付けている。日本の社会変動がとても緩やかなのは、日本人の考え方の基礎をなす活字文化が根付いていて、アナログ文化になっているのかもと感じます。日本人が昔から築いてきた、読売1000万、朝日800万といった部数を守っている活字文化があるから、新聞の紙を見ないと「情報」として感じられないのと同様、FAXに印刷されたものを見ないと、確定した約束と感じられないのではないか。

1月に韓国に一時帰国して地下鉄に乗ったとき、本を読んでいる人が何人いるのか数えてみたら、1両に1人いるかいないかでした。新聞を読んでいる人は本当に一人もいなかった。日本はまだ、文庫本を読んでいる人が1両に10人以上います。それが日本社会の大きなパワーだと思うけど、とにかく時間がかかる。そして人間的だなあ、日本人の生活様式が凝縮されているなあと思う。

吉:そうそう。

尹:2011年の東日本大震災の直後に福島に入って、被災者に取材して思ったことですが、日本人は災害で家族が死んだり、財産が失われたりした責任を誰にも問わない。すべて「運命」だと受け止めるんですよ。日本が第2次世界大戦に突き進んだとき、多くの国民が従ったことも関係していると思うし、秩序や静けさを重視する考え方が反映されていると思う。

でも10年前と比べると、日本人はかなり変わりました。10年前も今も、大手町の大通りに面したオフィスを拠点にしていますが、10年前はオフィス前の道路で「日本人はみんな横断歩道をきちんと歩くんだ」と驚いたけど、今はほとんどの人が横断歩道以外の場所を渡る。日曜日になると駐車違反の車が列をなしている。一言で言えばほころびた。本当に驚きました。

――なかなか忙しくて取材に行く機会も限られるとは思いますが、日本について関心のあるテーマは何ですか?

吉:東京特派員は1人なので毎日忙しくて、1日に記事を5本書いたこともありました。仕事の半分ぐらいは、朝起きて日本の報道を引用して「朝日によると」「読売によると」と書く記事。物理的に一人ですべて取材するのは不可能だから、どうしようもないですね。残りの4分の1は記者会見や院内集会などに行って書く記事。残りの4分の1で、自分の独自取材をやりたい。日本の市民社会の動きや、日韓関係の発展に努力してきた草の根の人々を取り上げたいけど、書きたくて書いた記事は、10本もないかな。

私は韓国人だから、日本批判も、韓国社会をよりよい方向に持っていくという視点がないと意味がない。対馬に行って「盗まれて韓国に渡った仏像は日本に返還すべきだ」という記事や、戦時中に日本に徴用された朝鮮人の実態を掘り起こしてきた日本人の記事を書きました。それから原発問題。使用済み核燃料や、廃炉をどうするのか。韓国にとって、日本から学ぶことも多い問題です。

尹:私は大学生の時、映画を撮っていたので、それを契機に日本語を勉強するようになりました。日本のNHKやデジタル放送についての本を2冊書いたことがあります。ただ、新聞社が興味のある分野はまったく違う。今、私は安倍晋三という名前をほぼ毎日、記事に書いているけど、私が書きたい記事ではほぼない。

「今の日本の問題は、10年後の韓国の問題だ」と、韓国のある社会学者が書いていた。実にその通りだと思います。今の日本で生じている深刻な問題は、5~10年後に韓国でも起きます。たとえば日本で自殺率が世界トップレベルだった時期がありますが、韓国では「日本という国の問題だ。日本国民はかわいそう」という視点で取り上げられていました。その韓国が、まさに10年後に自殺率が世界トップレベルになった。すべての社会変動が日本を追っているようです。福祉や人口変動など、日本が先に経験した教訓などを韓国に伝えたいと努力しています。

一度これは、と思う記事が書けたのは、2014年4月にあったセウォル号事故に関連した企画記事です。事件や事故に遭った日本人は、その教訓を忘れまいと努力する。1年、3年、5年、10年という節目ごとに思い出し、繰り返し報道する。そんな日本の姿を伝えたくて、10年前にあった福知山線脱線事故の現場に行き、被害に遭った遺族を取材して、JR西日本がどう対応したのかを特集記事にしました。

金:韓国では日本が「右傾化した」とよく言いますけど、韓国と日本で「右傾化」という同じ言葉を使っても、まったく違うことを想像しているんではないかと思うんです。同じ単語を使っているのに、意味の受け取り方が違うことが、本当に多いんですよ。安倍首相についても、日本での語られ方をもっと理解しやすいように、なぜこの人は日本で支持を得て首相という地位にあるのかを書かなければならないと思ったりもします。日本の平和憲法や安保法制を巡る議論も、韓国人の理解と、日本人が反対するトーンは違うような気がします。そのトーンをこまめに埋めていかないといけないと思う。

kil
吉倫亨さん
ハンギョレ新聞:1988年、民主化後の韓国で、軍事政権によって新聞社を解雇された記者らが中心になって創刊。約6万8000人の「市民株主」や、従業員による社長候補選挙など独特の制度がある。論調はリベラル。

■「再び戦争する国になるな」日韓で違う意味に

吉:日本で「再び戦争する国」になるな、とよく言われます。日本では、アメリカが不毛な戦争を始めたとき、日本が巻き込まれて犠牲者が出る、自分の身内が死ぬかもしれないという意味ですよね。ところが「再び戦争する国」という言葉が韓国に入ってくると、「日本が再び軍国主義になるかもしれない」と受け取られ、何かあれば日本がまた朝鮮半島に攻め込んでくるかもしれないと解釈されるんですよ。同じ言葉なのに「文脈」が違うんです。

安倍首相が集団的自衛権について「抑止力が必要だ」と言いますよね。韓国人の立場からすれば、安全保障環境の変化で抑止力が必要だというのは、韓国は朝鮮戦争やベトナム戦争参戦の経験があるから、ある意味、理解できるんですよ。私はそういう日本の文脈も含めて書きたいけど、韓国の読者に理解させるのも難しい。そういうことが結構多いんですよ。

それから、大江健三郎氏がノーベル賞を受賞したときに「曖昧な日本の私」と言ったけど、日本人の言葉は本当に曖昧で難しい。数日後、数カ月後、あるいは数年後にやっと意味がわかることが多いけど、新聞だからその日のうちに判断して記事を送らないといけない。たとえば2014年に、日本政府が「河野談話」の検証をしたとき、今考えると、河野談話自体を批判するのではなく、韓国政府を批判していたとわかるんですが、当時は「談話自体は継承する」と言いながら「検証する」と言うこと自体が、変だし意味がわからなかった。

金:3月に赴任早々、福島に出張しましたけど、海岸沿いに造られた高さ8mの防波堤を見ました。日本人は合理的だと思っていたので、もっと大きい津波も来るはずなのに、300kmにわたってそんな防波堤を造ったことに驚きました。でも毎日新聞の先輩から「津波が来て恐ろしいということを、合理的に説明できるのか。『恐怖』という感覚が合理的であるはずがない」と言われました。それを聞いて、韓国社会が持っている日本への潜在的な恐怖感も、外国に来て少し理解できたような気がします。

――韓国では「日本が再び軍国主義になる」「また韓国に攻め込んでくる」という話がありましたが、日本人からすると想像しにくい話でもあります。

吉:実際、日本が本当に再び軍国主義になって、韓国に攻め込んでくるようなことはないでしょう。でもそういう認識のずれが生じる原因の一つは、両国がこれまで経験してきたことが違うからです。中国の台頭とアメリカの退潮の中で、安倍首相がやろうとしていることは、外交、安全保障の観点から基本的に理解はできるけど、安倍首相は岸信介・元首相の孫で、基本的に歴史修正主義者。だから憂慮し、不愉快になるのもまた事実です。

尹:日本人と酒を飲んで仲良くなって「こんないい人たちがひどいことをするわけがないだろう」と思うわけですが、最近、安倍政権下で起きている大きな動きを見ていると、豊臣秀吉の時代も、1900年代初頭の、日本が朝鮮半島を事実上支配下に収めた時代も、今のようなことから始まったのではないかと感じます。民族としての大きな経験が土台にあるから、安倍首相が軍事力を強めていく動きは「強い日本をつくろう」と受け取れる。安倍首相がそんなことは考えていないとしても、結局ある瞬間に大きな流れとなって、かつての大陸進出のような動きをするのではないかとも思います。次の自民党総裁選では、安倍首相への対抗馬がまったく現れずに、無投票で決まってしまうかもしれない。東京オリンピックまで首相をやるかもしれない。わずか1年で印象ががらりと変わりましたね。

金:拉致や慰安婦といった、国家間の複雑な問題がありますが、日本や韓国、北朝鮮といった国家のレッテルが貼られると、大衆がナショナリズムに染まって考えるようになり、やがてそれが楽で面白くなる。そうなると、足を踏まれた相手のことを想像しにくくなる。北朝鮮の拉致被害者について言えることは、慰安婦についてもまったく同じ論理で言える。逆に日本が北朝鮮の拉致被害者について訴えていることに、韓国ではほとんど耳を傾けない。自分が経験したことのない苦痛を想像することがどれほど難しいか。韓国人と日本人が互いの立場を想像するのが難しいのも、当然のことではないかと思います。

――「自分が伝えたいことと会社が伝えたいことは違う」。韓国には上司がいて、上司なりの日本観を持っている。どうしていますか?

尹:本社にいるデスクたちが一人一人「日本についての記事はこうであるべきだ」という大きな流れができていて、見えない枠のようなものがあるとも言えるし、限られた紙面の中に多くの情報を載せなければならない。優先順位は政治、外交だし、物理的な限界がまずあります。

吉:紙面も限られているし、韓国人が読みたがる記事というのがありますね。日本でも拉致問題の記事では、日本社会が求めるステレオタイプのようなものがありますよね。同じことですよ。

たとえば2010年の日本の教科書検定のとき、日中韓の歴史教科書を比較して記事を書いたことがあります。読んでみると日本の東京書籍の教科書は、過去の歴史についてもおおむね、多様な内容を記述しようと努力しているように見えました。一方で独島(竹島)の問題がよくない方向に行き始めた時期でしたが、限られた紙面で「独島についての記述が入った、日本の歴史認識が後退した」…こういう記事を書かなければならない。その部分だけ取り出して書くのが、果たして日本の教科書について正確な記事なのか、と思いました。「自由社」や「育鵬社」の教科書に、それほど影響力はないし、80~90%程度のシェアを持っている教科書は、全体としてそれほど悪い内容ではない。全体的に日本の教科書が悪くなったのかと言われれば、ちょっとわからない。

金:韓国社会から日本を見るときも「みんなが聞きたがる話」というものがあります。だからこそ「日本も、言いたいことをすべて言える社会ではないんだな」と、日本への理解が深まる側面もあります。産経新聞のステレオタイプにも同じものがあると私は思います。自分の理解の幅を少しずつ広げて、ハンギョレ新聞、京郷新聞、朝鮮日報、そして韓国社会のステレオタイプから、少しずつ脱するように、努力しないといけないと思う。ステレオタイプに染まった記事を書くと、むしろ反発も多いんですよ。ステレオタイプを要求するデスクには「あんたが書け!」と電話口で怒鳴っています(笑)。

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金秀恵さん
朝鮮日報:1920年創刊。日本統治時代に東亜日報と同時に創刊されたため「民族紙」とも言われる。創刊した近代朝鮮の知識人で資本家の方性模(パン・ソンモ)の子孫が現在も経営に当たる。中央日報、東亜日報とともに、発行部数が100万部を超える「3大紙」の一つ。論調は保守的。

■翻訳記事で反感も広がる?

――最近はネットで日本語版ができて、韓国の新聞記事を日本語で読める機会が増えましたが、日本人からの反応をどう見ていますか?

吉:ハンギョレ新聞が2014年から、Yahoo! Japanへの日本語の記事配信を始めました。本社の先輩が電話で「大成功だよ。月間400万~500万PVだ!」と喜んでいました。日韓の相互理解を促し、ハンギョレのいい記事を日本に紹介しようという目的で記事の翻訳を始めたわけですが、さほど重要な記事でなくても数百のコメントがついて、それも95%は悪口。私の記事やコラムに「いい内容だった」というメールも来るには来ますが、悪口や批判の長いメールも届く。最初は丁寧に対応していましたけど、きりがない。

韓国の記事は元々、日本人を対象に書いたものではなかったのに、何の説明もなく日本語に翻訳されて日本社会に紹介される。産経新聞のソウル支局長がネットに書いた記事を巡って韓国で起訴されましたが、あれも日本人向けのネットの記事が、韓国語に翻訳されて問題になった。お互いの背景事情を無視して翻訳してリアルタイムに伝わることで「こんなとんでもない記事がある」と言われ、反感が広がることがある。私が朴槿恵大統領を「無能だ」と批判するコラムを書いたら、ヤフーのランキングで3位に入りました。自国民だからこその批判もあるわけだけど、日本的な文脈では、韓国バッシングになる。それは相互理解の妨げになっているのではないかと、最近思うようになりました。

金:ネットの朝鮮日報日本語版は、コメント欄をやめました。日本語版の編集長は日本の方ですが、とても見るに堪えないからです。たくさん記事があるのに、ヤフーが取り上げるものは、まるで日本批判の記事を選んでいるのかと思うくらい「おまえはオレを嫌いだろう」と確認したいような記事ばかり。なぜこんな記事を読みたいのか、その心理が不思議ですね。たくさん出ている嫌韓本も、根底に流れているのは、自分を嫌うという心理に敏感で、わざわざそれを探して「おまえがオレを嫌いだから、オレもおまえを嫌いだ」と自己防衛的な攻撃に走る心理ではないでしょうか。そうでないと説明ができないですね。日本はグローバルな感覚を持っている国だと想像していたので、とても驚きました。

ちなみに韓国では「反日本」はもうあまり売れません。1970年代から徐々に卒業してきたのだと思います。『日本はない』(邦題:『悲しい日本人』)という日本批判本が売れたのは90年代。それに反論本が出てベストセラーになるという現象はもう過ぎ去った感がありますね。

尹:京郷新聞には日本語版がないので、日本人から悪口を書き込まれることもないけど、日本は、嫌韓コンテンツを数十万人が買うなど、厚い層をなしています。簡単に言えば、嫌韓をビジネスチャンスとしているんです。韓国は、社会全体に反日感情が根ざしているため、他の市場がない。もう韓国は「嫌日」を卒業したとも言えるんですが。

私が日本社会に最も失望したことの一つは、嫌韓嫌中が一つのビジネスになるほどまで形成されてしまったこと。韓国や中国で数十年続いてきた反日、嫌日の反動とみることもできるけど、ここまで経済的に成長した日本で「韓国ドラマの放映が多すぎる」と言ってフジテレビへの抗議デモが起きたのは衝撃でした。この市場が、いつ解消するか、あるいはもっと大きくなるのか。今はどんどん大きくなっているようにも思えます。

吉:韓国の反日と日本の嫌韓は違うと思うんです。韓国社会が経済成長し発展してきた内なるエネルギーは、日本への劣等感です。韓国人に悪いことはしたけれど、日本は優秀だ。優秀な日本に負けたくない、頑張ろうと韓国はやってきた。でも日本の嫌韓は、人種的な差別や偏見、蔑視があると思う。日本はこれから、対等な韓国、中国、ある意味で日本より大きくなった中国と付き合わないといけないのに、準備ができていない。仲が悪くなると、根底にあるものが表に出てくるんだと思います。人種的な差別がまだあり、そこに「失われた20年」や、東日本大震災があり、2012年の李明博大統領の竹島訪問を契機に爆発したんでしょう。

■「韓国人が持っている不当な偏見を解消したい」

――おそらく、アメリカの人種問題と同様に、日本人は朝鮮半島に対して冷静に見られないところはあるし、政治的な関係も大きく影響しているでしょう。ではどうすれば解決できると思いますか?

吉:外交的には、首脳会談なしには関係を正常化できないと思う。決断できる人は朴槿恵大統領しかいない。慰安婦問題を巡ってもめているけれど、条件なしに会おうという決断ができるかといえばわからない。日韓関係は、お互いの感情が悪化して、双方の政治がナショナリズムを利用している側面があり、2002年のワールドカップのような機会でもないと、傷が治るのは相当時間がかかるような気がします。

金:大枠で見れば、相当期間難しいのではないか。でも私が本当に懸念しているのは、高射砲で幹部を処刑するリーダーがいる国が、いつまで持つかということ。万が一、北朝鮮に何か変化があったら、どの国も一国では対応できない。そこに対処する大きな展望を共同で描く必要があります。日韓関係にもその「必要」が重要ではないでしょうか。

尹:8月の安倍談話が出て、これが衝撃的な内容であれ受け入れ可能なものであれ、そこから再び出発しなければなりませんね。

吉:8月の安倍談話が、河野談話、村山談話の精神を受け継いで、適切な歴史認識を再び日本人として表明してほしいと思うけど、日韓関係という側面から見ると、1998年の小渕・金大中会談のように、新しい良いものを時代の変化に合わせて調整できる、友好と協力を深められるリーダーかと言われれば、安倍政権も朴槿恵政権もそうではない。重要な時期に適切でないリーダーが出現して国民が苦しんでいると思います。

――今後、取り組みたいことは。

吉:安保政策も重要だと言えば重要だけど、慰安婦問題や徴用工の問題に今、対応することが可能なのは、日本の市民社会の様々な努力があったから。これは韓国社会が忘れてはいけないことで、これを和解の基本と考えなければいけない。そういう記事を書きたいけど、時間もないし、なかなか簡単ではないですね。

尹:私は基本的に日本文化や日本に好感を持っています。韓国人が持っている不当な偏見を私の手で解消したい。小さなことから重要なことまで、日本社会が持っている多様性というものを伝えたい。紙面では本当に限界があるので、ブログを通じて、自分なりに努力しています。日本が嫌いだからわざと否定的に見る人も韓国にはいる。それを解消することで、自分たちが日本を見る目が変われば日本も変わると思って、少しでも寄与したいと思います。

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