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「偏差値ではなく、自分に合った進路選び」フィンランドで高校より人気の職業訓練校とは?

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Sachiko Kutsuke
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福祉に手厚い男女平等の国、フィンランド。国際的な学習到達度テストで常に世界トップレベルを誇る、この北欧の国で子供たちは、どんなキャリア教育をで受けているのだろうか。日本とう違うのだろうか――。

フィンランド人男性と結婚後、現地に移住し2人の子供を育てるフリーライター・靴家さちこさんが、日本人グループがフィンランドの職業訓練校の視察に訪れたスタディー・ツアーの様子をレポートする。

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■スタディーツアー、職業訓練学校へ

日本で「アクティヴラーニング・コンサルタント」として活動する高坂翔輔さんは、2014年から「かもめ大学フィンランド・スタディーツアー」という視察ツアーを企画している。きっかけは、教えることが好きで続けてきた塾講師の仕事で立ち止まり、「何のために教えているのか」という疑問にぶつかったところでたまたま手に取った、『かもめ食堂』のDVD。教育に携わる身で常に気になっていた国フィンランドは、予想以上に高坂さんの心をとらえた。

5月に開催した「フィンランド・スタディーツアー」には、主婦やファイナンシャルプランナーほか、保育士や建築士、大学院の教授や学生など21人が参加した。山形から沖縄まで日本各地からやってきた一行は、フィンランド在住の視察ガイド、ヒルトゥネン久美子さんとともに、中高一貫校と保育園を訪問した

今回は、小学校と保育園を視察した前編につづいて、職業訓練校と森の学校の訪問をレポートする。朝、ホテルのロビーに集合した一同は、これまでの視察で学んだことをシェアし合い、1人ひとりが視察目的を明確にして再びバスに乗り込んだ。

■複雑な進路設計、高校より人気の「職業訓練校」とは?

バスの中で、久美子さんが職業訓練校の位置づけを解説する。フィンランドの教育システムは、同国教育文化省のホームページに掲載されているにあるように、小、中学校までの9年間の基礎教育の上には「高校」と並んで「職業訓練校」、「大学」と並んで「高等職業専門学校」(ポリテクニック)と進学先がそれぞれ2方向に分かれている。

高校と職業訓練校、大学と高等職業専門学校は同列であり、それぞれ同等の教育レベルと認識されている。どちらも学費は無料だ。職業訓練校を卒業後に大学へ進学したり、高校を卒業後に高等職業専門学校へ進む道も開けていたりするなど、進路は自由に設計できるようになっている。

中学卒業後は、高校や職業訓練校を合わせて5校まで志願することがき、合否は中学校の成績をもとに決まる。高校に進学するのは約半数。久美子さんによれば、その残りが進学する職業訓練校は、近年高校よりも人気があり、敷居が高くなってきているそうだ。

■「上を目指す」のではない、個性に合った進路選び

フィンランドで22年の育児歴がある久美子さんの経験談によると、子供の友だちの中でも、成績優秀な若者が必ずしも首都ヘルシンキや都会の名門大学を目指したわけではないそうだ。フィンランドの若者たちは「自分にとって通いやすい環境にある自分に合った学校」という基準で、人との比較や競争に走ることなく自分の道を決める。

話を聞きながら、私の身の回りのフィンランド人のことも思い出した。義理の姪は「高校卒業試験が難しいから」職業訓練校を選んだ。もう一人の姪は、高校をトップの成績で卒業し、志望大学にも受かったのに「授業内容が期待していたものでは無かった」ので退学した。勤めていたノキアの元上司の息子は「こういう作業が好きだから」というだけの理由で職業訓練校で電気配線工になる勉強をしていた。

成人年齢が18歳のこの国では、もう大人になる彼らに、親が「こうしなさい」「もっと上を目指しなさい」と強制することはしないのだ。

■生徒の就職先は生徒次第。「自立」が求められる学びの場

ヘルシンキ郊外のV職業訓練校で一行を出迎えてくれたのは、同校のPRを担当しているパイヴィ・ヨキネン(仮名)さん。剣道をたしなんだ経験がある彼女は、綺麗な日本語で「こんにちは!」と挨拶し、セミナールームに案内した。

成人教育の部門も含めて生徒数3800人が通う同校には、カルチャーや交通、旅行サービス業、保健社会サービス業、電気工学とテクノロジーといった6つの部門で、25もの専門職の資格取得に向けて勉強することができる。職業訓練校の教師陣は、それぞれの専門分野で3年以上の就業経験があり、教育学を学んでいることが条件となる。その後も5年に一度は専門分野で実務経験を積むという。

フィンランドは、レストランの給仕係にも資格が必要なほどの資格社会なので、同校の卒業生の就職率は高い。しかしパイヴィさんによると、学校として高い就職率の目標値を設定したり、高い数値で学校の良さをアピールしたりすることは無いそうだ。

生徒は何度でも専攻を変えることが可能で、進路や適性をカウンセラーに相談することもできる。そこまでは手厚いが、「学校が責任を持つのは、学んで卒業するところまで。それを元に就職できるかどうかは生徒1人ひとりにかかっています」とパイヴィさんは語る。1970年代から共働き率7割の国フィンランドでは、子供の時から大人になるまで一貫して「自立」が求められる。

■企業での実務、実際に顧客を取ってみがく腕

校内を視察すると、被服科には高級素材でドレスを縫っている生徒と、インテリア企業に納品する分厚いカーテンを縫う生徒と彼女を指導する先生が作業をしていた。「もう5月なので、企業でインターンとして仕事を始めている生徒もいます」とパイヴィさん。

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被服科でドレスを縫う生徒。もう英会話も身についている年齢なので、英語で直接質問ができる

続いて水道管工養成のクラスをのぞくと、そこには真剣な表情で金属の管を曲げたり、研磨している生徒の姿があった。隣のクラスでは鋳型を設計したり、旋盤などの作業をしたりする学生たちもいる。いずれも教官がぴったりついて指導しているわけではなく、それぞれが作業している。

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細い水道管を曲げる作業に余念がない生徒。視察者たちが視界にも入らない

インテリア家具製作科には、まず基本を学ぶために製作する3本脚のスツールから様々なデザインの椅子がずらりと並ぶ。理髪美容科では、本物の店舗のように受付カウンターが設置されており、実際に外部からお客さんも通ってくるという。先生にチェックされながらの作業なので時間はかかるが、破格の見習い料金が人気で予約はすぐに一杯になるそうだ。

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本物のお客さんが外部から予約して通ってくる理髪美容科

ツアー参加者の一人が調理室と思しきドアの小窓をのぞくと、中から調理科の生徒が出て来て、できたてのパンを「試食して!」と差し出した。

■偏差値ではなく、自分をよく知り決める進路

広々としたカフェテリアで給食をいただくと、パイヴィさんが質問に応じてくれた。「人気学部は何ですか?」「メディアやデザインにアートなどのカルチャー部門です」「人気学部だと入学するのに競争率が高くなりますか?」「なりますが、それ以前に学部として人気でも、産業界からの需要があまりない学部は設置そのものが難しいこともあります」

視察者の一人はこの回答に驚いたようだ。庶民の血税で成り立っている教育機関たるもの、産業界からの需要に見合った学習内容を提供する義務があるのだという。

視察者の一人は「アート科の生徒の抽象画などの作品は、どうやって評価するのですか?」と質問した。するとパイヴィさんは「良い作品であることも大事ですが、それ以上にその自分の作品を『売り込む技術』が評価の対象になります」と答えた。創るところから売るところまで……ビジネスを考えなければいけない。人口わずか540万人とリソースが少ない国では、本当に自分だけが頼りだ。

最後に「何故この学校で働いているのか?」という質問に対してパイヴィさんは「本当は学校の先生になりたかったんですけど、私はアカデミックにセオリーを勉強することが苦手で。それでも教育の場で働くことが大好きなんです」と答えた。憧れの職業に就けなかったことを、人生の失敗とは捉えていない。これはパイヴィさんが自分をよく知り熟考して手にした選択だ。

彼女が使った「アカデミック(学究的)なこと」や「セオリー(理論)を学ぶのが好きか嫌いか、得意か苦手か」という表現は、日本の「偏差値が低いか高いか」という二次元の物差しよりもう一つ、奥行きが深いもののようにも感じられた。

視察者の一人は「長い目で見たらテストの成績や受験の失敗も、大したことないと思いました。日本人は失敗が許されない、恥ずかしいと思いがち。幸せな人生を考えたら大切なことが見えてきました」と語り、目を輝かせた。

■森の学校で、フィンランド人が普段していることを体験

翌日午前にヘルシンキ観光を楽しんだ一行は、ヘルシンキ中央駅からローカル線に乗って、バスに乗り換えエスポー市のヌークシオ国立森林公園にやってきた。ログハウスでウェルカムドリンクをふるまって一同を歓迎したのは、森のガイドのイルッカ・カンモネンさん(仮名)だ。

「我々フィンランド人は、昔、森の熊が人間の女性を穴倉にさらってきて作られた人間と熊の間に生まれた子供がルーツと言われ……」などと冗談交じりに、フィンランド人と自然との近さを物語る逸話を披露してくれた彼は、「キッピス!」(乾杯)と声を挙げて乾杯をうながした。

一同は、湖で2人1組のペアになってカヌー漕ぎに挑戦した。ライフジャケットを着用し、乗り方、オールの持ち方などを教わると広大な湖へと乗り出した。あれよあれよという間にカヌーは湖に広がり、あちこちで「気持ちいいー」という声が飛び交った。

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全員がカヌーを楽しみ、魚も2匹収穫したところで移動し、たき火でマッカラ(ソーセージ)を焼き、やかんで沸かしたコーヒーとプッラ(フィンランドの焼き菓子)をいただいた。釣りたての魚もその場で森のガイドたちが器用に捌き、焼いて分かち合い味わった。

一行は、イルッカさんの誘導で森の中を歩きながら連作で詩を詠み、写真を撮り、森の木々に思い思いハグをした。夜はスモークサウナで体を温め、一糸まとわぬ姿で湖の中に“ドボン”と飛び込んだ。その感覚はひとことで何と言い表したらいいのだろう。ありのままの姿で大自然に受け止めてもらう、不思議な開放感に満ちていた。

「ここでは皆さんにこれを体験していただきます!」と目を輝かせていた久美子さんは、この感覚を『ゼロに帰る』と表現した。フィンランド人の日常には、このように自然に身を任せ、ゼロに帰る瞬間がある。参加者の一人は「誰とはいわず、自分を見失いかけている全ての人に体験してほしい」と語った。

■「日本でも立ち止まってほしい」いつまでも終わらない旅

この7日間でツアー参加者が学んだこと吸収したことは、何だったであろうか。

本でしか読んだことがなかったフィンランド教育の実態を目の当たりにした大学院教授。休み時間にフィンランド人の生徒とサッカーをして遊んだ大学生。フィンランドのことを「当たり前のことを当たり前にやっているだけ。そこがカッコイイですね」と、認識を新たにした建築士。現地の人たちとの交流を通して「実は日本のこともよく知らなかった」と新しい学びの矛先を見つけたツアー参加者も多数いた。

ツアー参加者の一人は、今後は「シンプルかつ豊かな生活を心がけたい」と述べた。「豊か」というのは心の面で、ツアー中に見てきたフィンランド人と森や自然の関係、子供と大人の関係などは、何か特別なことではなく、実はものすごくシンプルなことだという気づきを得たからだ。

「旅とは『非日常』です。『非日常』を体験してみるということは、いつもと違う環境に身を置いてみるということ。いつもと違う環境だからこそ、気づけることがあります。いつもいつも、旅に出ることはむずかしいかもしれません。だからこそ、帰国後の日常においても、いつもと少し違う環境に身を置いてみたり、いつもと少し違うことをしてみたり、積極的に少し立ち止まって考える、そんな時間を持ってほしいです」と高坂さんは語った。

スタディーツアーは、来年も続く。ツアーの報告会は参加者たちによって日本各地で開催されはじめた。今回のスタディーツアーの行く先に、また新たな出会いと学びが広がっているようだ。

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(文・撮影 靴家さちこ

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