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所沢市の育休退園問題、国の少子化対策に逆行 すでに「追い出された子」も

2015年07月13日 23時07分 JST | 更新 2015年07月14日 18時26分 JST
猪熊弘子

埼玉県所沢市が4月から、3歳未満の子どもを保育園に預けている保護者が次の子どものために育児休暇を取得した場合、在園している子どもを退園させるという制度を導入した。すでにこの制度により、少なくとも9人が退園。子育て中の働く親たちは厳しい状況に追い込まれることになり、所沢市との対立が深まっている。「子育てという政治」(角川SCC新書)の著書があり、保育の現場を取材し続けているジャーナリスト、猪熊弘子さんが、この問題についてハフィントンポストに寄稿した。国を挙げて少子化対策に取り組んでいるはずだが、現場では何が起きているのか?

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■「幼い兄弟がバラバラに」涙ながら訴える親

所沢市の保育園で、0〜2歳の子どもを預けている家庭に次の子が生まれ、親が育児休暇を取得した場合、在園している上の子も退園しなければならない、という制度が4月1日から適用された。それに該当して、上の子の退園を迫られている親たち8世帯11名が、6月25日、育休中の保育の実施解除差し止め請求を起こし、退園させないよう、市に求めた。

 

同日、厚生労働省記者クラブで、原告となった親たちなどが記者会見を行った。訴訟を担当する原和良弁護士は「国の少子化対策に逆行している」と、所沢市の姿勢を非難。会見に臨んだ原告の親たちからも「退園したら戻れる保証がなく、2人分の保活(保育園探し)を強いられる」「空いた席に別の待機児を入れても、結局は椅子取りゲームになるだけ」「子育てしにくい市になった」と、今回の制度変更に異議を唱える言葉が続いた。

3歳と2歳の子どもを市内の保育園に預け、8月に3人目の子どもを出産するという原告のAさん(28)は、「2歳児クラスにいる2番目の子どもが退園になってしまう。3歳児クラスにいる上の子は保育が継続できるのに、2歳児クラスにいる2番目の子は退園しなければならないなんて……。子どもたちにどう説明すればいいのかわからない」と、涙ながらに訴えた。

6月末、9人の子どもたちが退園したという。

■所沢市が「初めて」ではなかった「退園ルール」

実はこの「育休退園制度」は、今回所沢市で初めて導入されたわけではない。他のいくつかの自治体では、現在も行われているし、かつては、ほとんどの自治体で行われていることだった。

 

約20年前、筆者が現在19歳の長女を認可保育所に0歳から入所させていた自治体でも、同じように「上の子が未満児クラス(0〜2歳クラス)に在籍している間に下の子が生まれ、親が育児休暇を取った場合には、上の子は退園しなければならない」というルールがあった。

当時は、そのルールに引っかからないよう、「次の子を産むのは上の子が3歳以上になってから」というのが母親たちの間での「暗黙の了解」だった。実際に育休を取って働き続けようとしていた共働きの夫婦の多くが、それを実行していた。とはいえ、もちろん中には「失敗」する夫婦もいる。実際、上の子が2歳までの間に予定外で次の子が生まれ、育休退園を余儀なくされた友人もいた。

今回の所沢の育休退園も、同じように上の子が3〜5歳であれば退園する必要はない。

しかし、20年前と今とでは、時代も違えば、背景となる事情も違う。今は高齢出産が増え、「次の子までに3〜4年あける」とすると、妊娠自体が難しくなってしまうこともある。もし、複数の子どもが欲しいと思うなら、立て続けに産んでしまうほうが現実的だ。

 

さらに、上の子が退園しなければならないとなると、次に復帰しようとしたときに、今度は2人分の保育園を探さなければならない。0歳の赤ちゃんを抱えて上の子の世話をしつつ、2人分の保活も……ということになると、相当負担が大きくなる。

そこで、多くの自治体では保護者と市が話し合うなどして、育児休暇を取った場合にも上の子の年齢を問わず退園しなくてもいい、という「運用」を行ってきた。所沢市の場合も、話し合いの結果、約15年前から、育休退園をしなくても済むようになっていた。

■保護者との話し合いが一切ないまま突然、導入

その約束が、突然覆された。

市役所から各保育園に「育休退園」の制度を復活させる旨を知らせるA4の紙1枚が配られたのは3月5日のことだった。制度は4月1日以降に出産した人について適用されると言われ、すでに妊娠している人たちにとっては、まさに青天の霹靂だったわけだ。

今回の所沢市のやり方には大きくふたつの問題がある。

 

ひとつ目は、手続き上の問題だ。15年前から保護者との話し合いによって作られてきたルールであったにも関わらず、保護者との話し合いなどが一切ないまま、突然変更された。しかも3月5日に発表して4月1日以降に適用という急な変更で、周知がなされていなかったという問題である。

市では同じく4月1日から施行された「子ども・子育て支援新制度」にあわせ、自治体に任されていた育休退園の基準を統一した、と説明しているが、新制度にあわせて制度を変更するのであれば、市の子育て施策を検討する「子ども子育て会議」できちんと話し合う必要がある。ところが、会議で話し合われた形跡はない。2014年秋に作られた入所申請のための案内書や、在園している人への説明文書も一切なかった。自治体に求められる説明責任を全く果たしておらず、施策変更の手続きとしては大いに問題がある。

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所沢市に対し、育休中の保育の実施解除差し止め請求を起こした親たち

■「子どもはお母さんと一緒にいたい」という所沢市長の発言に疑問

ふたつ目は、この制度は少子化対策に逆行しており、安倍政権がすすめる「女性が輝く社会」の政策にも反しているという点だ。

今回、原告となった親たちの多くが、2人目、3人目、なかには4人目を出産する、という人たちだったことに注目したい。つまり彼らは、「働きながら子どもを産み育てる」というモデルのような人たちなのだ。育児休暇で退園すると言っても、4月に出産した人が退園になるのは6月末。翌年の4月には育児休暇を切り上げて復帰しようと考えているのだから、3月末まで休んだとしても最長で8カ月間だ。それ以降に産む人はもっと短い期間になる2年も3年も休暇を取るわけではないし、休暇中は実質ほとんど「保活休暇」に当てられる現状がある。復帰のために会社に行って打ち合わせをするなど、さまざまな準備もあるだろう。

それが、上の子が退園となれば、8カ月を2人分の保活に当てなければならなくなる。一度退園した人には加点して、再入園を優遇する、と言われているそうだが、100%確実に入れる保証はない。もし、2人がうまく入園できなければ、仕事を辞めざるを得ない人も出てくるだろう。当然、まだ妊娠していない人は、子どもをもつことをためらうはずだ。

「1、2歳のクラスではよく、次の子を妊娠した、よかったね、という話題によくなるのですが、今年に入ってからは1人も聞いていません」(原告の1人)。

また、所沢市長は5月17日に「保育園に入りたいって子どもが思っているかっていうときっとそうじゃない。子どもはお母さんと一緒にいたい」と市政トークで発言しているが、すでに正式に否定されている3歳児神話(子どもが3歳になるまでは母親が子育てに専念しなければ、成長に悪影響を及ぼすという考え方)を基にしているのであれば時代錯誤もはなはだしいし、父親の育児休暇取得を推進している国の政策とも逆行している。子どもは「お父さんと一緒にいたい」とは思わないというのだろうか?

■待機児童問題の影響を受ける専業主婦も

今回の所沢市の育児休暇退園問題では、「専業主婦家庭では下の子が生まれてもみんな家でみているのだから、育児休暇中も家でみるべき」という意見がたくさんあった。

しかし、むしろ4月から施行された「子ども子育て支援新制度」において、0〜2歳の子どもを家庭で育てている親に対して、何の「給付」もないのがおかしい、ということを主張したほうがいい。保育所、幼稚園、子ども園に預ける人には1号、2号、3号という区分が認定され、その利用に際して「施設型給付」「地域型保育給付」という形で親を介さずに施設への給付が流れるが、0〜2歳の家庭で育てている人には一切の「給付」がない。

「子ども子育て支援新制度」は、社会保障と税の一体改革の8 つの法案のうちの1つとして成立した法案に基づく制度で、消費税アップ分を財源に充てることになっている。つまり、この法律によって「子育て」は社会保障のひとつだと位置づけられたに等しい。

待機児童の影響を受けているのは働く母親だけではない。ここ数年特に、専業主婦の母親が下の子を出産する時に、上の子を緊急に預かってくれる「一時保育」の枠がなくて困っている、という話を産婦人科医から聞くようになった。「一時保育」も就労支援に充てられている地域が多いのだ。

せっかく作った新制度なのだから、家庭で子育てをしている母親も確実に子育て支援が受けられるように平等に給付を出すように変更し、すべての人が安心して子育てできる社会にしていくべきだ。育児休暇で上の子を退園させるといった内向きな「椅子取りゲーム」が延々続けられる社会で、少子化が止まるはずもない。

【追記】(2015年7月14日18:10)

■所沢市が緊急の「救済措置」を発表、詰め込み保育の危険性も

育児休業に伴う上の子の退園問題で、7月14日、所沢市は新たに「育児休業復帰後特別預かり事業」という制度の導入を発表した。

対象となるのは「平成27年4月1日以降に第2子目以降の出産で、育児休業を取得することにより保育園等を退園した児童で、育児休業復帰の際に保育の必要性の認定を受け、通常保育のなかで元の園に再入園できなかった児童」。つまり、今回の「育休退園」を迫られた子たちが、元の園に戻れないことを想定しているのだ。まさに記者会見時に親たちが危惧していたことである。

そこで、元の園に戻れない子たちも、元の園の「特別預かり事業」という形で保育する、と発表された。一見、救済策のように見えるが、「元の園において遊戯室等の在園児の通常保育で使用していない部屋等を使用して、通常保育と同様の保育を行います」というなら、育休退園などさせる必要はないのではないか。

しかも、「利用調整や面積基準等により、受入れ数にある程度の制限があり、更なる児童の受入れで、利用定員を大幅に超えてしまう、面積基準を超えてしまうなどの理由」から再入園できなかった子を、「遊技室」などの場所を使って特別に保育するというのは、矛盾している。

「遊技室」は子どもたちのお昼寝の部屋として使われていることも多く、そこで再入園できなかった子どもたちを預かれば、結局は、単に利用定員を大幅にオーバーした詰め込み保育になるはずだ。詰め込み保育では事故が増え、子どもたちに危険が増すことは確実だ。抜本的な対策からはほど遠い場当たり的な救済策である。

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