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鶴見俊輔さん死去 哲学者、戦後リベラルの代表として「ベ平連」結成

2015年07月24日 00時12分 JST | 更新 2015年07月24日 00時18分 JST

戦後リベラル派の代表的知識人で、平和市民運動でも中心的役割を果たした評論家で哲学者の鶴見俊輔(つるみ・しゅんすけ)さんが7月20日、肺炎と心臓の不具合のため死去した。93歳だった。時事ドットコムなどが伝えた。

1922年に政治家、鶴見祐輔の長男として東京都で生まれた。母方の祖父は明治・大正期の政治家、後藤新平。東京府立五中を退学後、38年に渡米し、ハーバード大学哲学科に入学。日米開戦後の42年にアナキストの容疑で逮捕されたが、拘置中に卒業論文が受理されて捕虜交換船で帰国。43年に海軍軍属としてジャワ島で勤務した。

46年に姉で社会学者の鶴見和子、政治学者の丸山真男、経済学者の都留重人らと「思想の科学」を創刊。同誌は96年まで続き、アカデミズムと一線を画した編集で多彩な執筆者に発表の場を提供した。49年京大助教授、54年東工大助教授、61年同志社大教授などの教職にも就いたが、70年代以降は野に在って旺盛に著述・言論活動を継続。晩年はインタビューに答える形での著述も行った。

時事ドットコム:哲学者、思想家の鶴見俊輔さん死去=戦後リベラルの代表、「思想の科学」「ベ平連」 2015/07/24 11:12)

1960年には、岸内閣の新日米安全保障条約強行採決に抗議して東京工大を辞職。65年には、作家の小田実らと、アメリカのベトナム戦争に反対する「ベ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)を結成し、脱走アメリカ兵の支援運動などを展開した

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ベトナムから帰休中に脱走し、記者会見する米陸軍兵士の清水徹雄さん(右端)。左へ、鶴見俊輔同志社大教授、小田実の各氏(東京・千代田区の学士会館)=1968年9月16日

近年は、アメリカ同時多発テロ後のアフガン戦争やイラク戦争、自衛隊の海外派遣に反対。2004年には護憲の立場から、作家の大江健三郎さん、哲学者の梅原猛さんたちと共に「九条の会」の呼びかけ人となった。

主な著書に、アメリカのプラグマティズム(実用主義)を紹介するとともに、共同研究の成果をまとめた「共同研究 転向」(共著)のほか、「高野長英」、大仏次郎賞を受けた「戦時期日本の精神史」、「鶴見俊輔集」(全17巻)など。

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