新国立競技場問題、工事費の試算は「情報操作」? 検証委の資料から浮かび上がる疑惑

すべてが不透明なプロセスの中で、一度動き出すと、おかしいと思っても「もう間に合わないから」という理屈で後戻りもできなくなる仕組みが、何とも気持ちが悪い。

当初の試算1300億円から二転三転したあげく、2520億円に膨れ上がった新国立競技場の整備計画。その費用の積算根拠や責任の所在などを明らかにするための第1回検証委員会が8月7日、文科省で行われた。

冒頭、下村博文文科大臣が、「責任体制の問題についても、ご遠慮なくヒアリングも含めて制限はございませんので、委員の皆様には厳しく検討していただければありがたい」などと、この手の検証としては珍しく、責任の所在についての議論にも期待を寄せた。

下村大臣は、「責任体制についてのヒアリングも制限はない」とあいさつ

検証委員会の委員は6人。委員長には、東京大学名誉教授の柏木昇氏(国際法学)が選出された。

この日は他に、公認会計士の國井隆氏、弁護士の黒田裕氏、オリンピアンで一般社団法人アスリート・ソサエティ代表理事の為末大氏、みずほ証券常任顧問で経済同友会常務理事の横尾敬介氏の4人が出席。京都大学工学研究科建築学専攻教授の古阪秀三氏が所用のために欠席した。

検証の進め方について、柏木委員長は、「関係機関からの資料提供、関係者からのヒアリングを行い、整備計画の経緯を明らかにしながら、問題点についての検証を行うという流れで進めたい」と説明。ヒアリングは非公開で、委員もしくは委員が指名する代表者が行うこと。得られた情報を整理した後、公開の場で事実認定や評価を行う方針が示された。

委員長には東京大学名誉教授、元・中央大学法科大学院教授である柏木昇氏が就任した

今後、3~4回程度の検証委員会を開催。2015年9月中旬をめどに、報告書をとりまとめる予定だという。

こうした限られた時間の中で、柏木委員長は、「関係者からのヒアリングについて、第1回委員会終了後、速やかに対象者を選定するプロセスに入り、迅速に実施していきたい」と語った。今週早々にもヒアリングを始める。

8月7日、新国立競技場整備計画が白紙撤回になるまでの経緯を検証する検証委員会が発足。3回から4回程度の会合を経て9月中旬には報告書をまとめる

次に、事務局から提出された検証委員会の運営要綱案の協議に移り、議事や配布資料については「原則として公開」するものの、「相手方から具体的な理由を示して資料を非公開するよう求められた場合など、委員長が非公開とすべき合理的な理由があると認める場合は、その一部または全部を非公開とすることができる」などとする要綱を了承した。

委員からは、とくに「ヒアリングは重要」だとして、「証拠隠滅や口裏合わせが行われないよう、これから調査する対象者の情報開示は慎重に対応してほしい」(黒田委員)という意見も出された。柏木委員長は「情報開示のタイミングは、事務局と相談しながら進めたい」と答えた。

続いて、検証委の事務局長を務める文科省の前川喜平文部科学審議官が、国立競技場の計画が白紙撤回に至るまでの経緯について、文科省のスポーツ・青少年局作成の資料を使って報告した。

詳細な経緯は今後検証委が明らかにしていくことになるが、委員会に提出された資料をひとまず見てみると、工事費を巡る変遷の不透明さや情報開示のやり方などに対する疑問が浮かび上がる。

競技場本体の建設工事費「1300億円程度」という当初の試算が最初に出てきたのは、新国立競技場の整備計画を担当する独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)」が開いた、国立競技場将来構想有識者会議(委員長:佐藤禎一国際医療福祉大学大学院教授)の2012年7月13日の第2回会合だ。

この試算を基に行われた審査により、ザハ・ハディド氏の作品が最優秀賞に選定されたのは、同年11月7日。

そして、ザハデザインの最優秀賞決定からおよそ半年が過ぎた2013年5月末には、設計を担当するゼネコンの共同企業体(設計JV)が結成され、設計作業を開始した。周辺環境等を調査するフレームワークの設計という段階であったが、同年7月1日、JSCとの打ち合わせの場で、設計JVから「1300億円には収まらず、2000億円を超えてしまう可能性がある」と発言があった。

さらに、7月30日には、「ザハデザインをそのまま忠実に実現し、かつ各競技団体等の要望を全て盛り込むと、3000億円超」との試算が、設計JVからJSCに報告された。

この設計JVの試算「3000億円超」について、JSCは同年8月5日に文科省へ報告している。

こうして、すでに新国立競技場本体の試算が膨れあがっていることが明らかになりつつあったにもかかわらず、同年9月8日には、スイス・ローザンヌでのIOC総会において、ザハデザインのCGを使ったプレゼンテーションが安倍総理によって実施された。この結果、東京都が2020年の開催都市に決まった。

そこからしばらく、試算の数字はめまぐるしく変わっていく。

2013年9月24日、JSCは、全体経費試算額が「1852億円(解体工事費含む)」となることを文科省に報告した。JSCは、同年11月26日に公開で行われた第4回国立競技場将来構想有識者会議でも、改修工事費概算額を「1852億円(建設、解体、周辺整備含む)」と報告している。

そのJSC試算を受けた文科省は、同年12月下旬に政府に対し、「改築工事費概算額1699億円(消費税率5%)」と説明した。まったく同じ時期に、自民党行政改革推進本部無駄撲滅プロジェクトチーム(河野太郎座長)の意見をふまえて、「建設工事費概算額1692億円(消費税率5%)」という試算も出ている(名目の呼び方は資料のママ)。

半年後の2014年5月28日、JSCは、第5回有識者会議を公開で開催した際、基本設計案の概算工事費は、「1625億円(消費税率5%)」と説明した。

さらに半年以上が過ぎた2015年1月から2月上旬にかけて、実施計画に参画していた施工業者(技術協力者)はJSCに対し、実施設計図に基づく概算工事費が再び「3000億円超」と報告していた。

ところが、同年2月13日、JSCは、この報告とともにJSCと設計者による工事費概算額の試算が、建設物価及び消費税税率上昇影響分を加味した場合、「2100億円程度」となると文科省に報告。「技術協力者の見積額について、設計JVの試算額より6割程度高めとなっており、この乖離を収めることは困難と想定される」ことも報告している。

このように、同資料からは、工事費を過少に見積もって公表する“情報操作”の疑惑も浮かび上がるのである。

同年5月29日、槇文彦氏らがデザイン等の代案を提言するものの、JSCは、同年6月15日から22日にかけて、技術協力者が出した見積もりについて、JSCと設計者において査定の上、価格協議を行った。そして、目標工事額が「約2520億円」で協議を概ね終え、文科省に確認の上、施工予定者と基本的に合意。同年7月7日、公開の第6回有識者会議において、この目標工事額「2520億円」に関しては、委員から何の異論も出ることなく了承された。

これが、安倍首相が白紙撤回の号令を掛ける直前の数字だ。

国民の批判をかわすための工事費の情報操作の疑惑も浮かぶ。いったい誰が指示を出しているのか、責任者の所在も曖昧なままだ。すべてが不透明なプロセスの中で、一度動き出すと、おかしいと思っても「もう間に合わないから」という理屈で後戻りもできなくなる仕組みが、何とも気持ちが悪い。

7日の検証委員会後、柏木委員長が記者団との間で交わした一問一答は次の通り。

――検証のポイントと、今後のヒアリングの対象は、どのように考えているのか?

仮定的に言うとすれば、プロジェクトマネジメントのやり方に問題があったのではないかという辺りが、最初になるかなと思います。建設というのは非常に難しい契約で、大きなプロジェクトになりますと、海外では破綻した会社もいくつかございます。日本の会社でも海外の建設の請け負いで見積もりでやったにもかかわらず、実際の工事費が増額して何十億何百億という赤を出している会社もあります。非常に難しい分野の仕事なのに、そういう専門家が本当に入っていたのか? というところに疑問を感じております。

――建設業者・設計業者も対象者か?

価格がどうしてあの数字になったのかというようなことについては、彼らからのヒアリングは当然必要だと思います。

――下村文科大臣もヒアリングの対象になるのか?

下村大臣も、もちろん対象になりますし、文科省の担当者、とくにJSC体制に関しての担当者が対象になります。

――JSCの有識者会議のメンバーは、森元総理も含めて対象になるのか?

かなり可能性は高いと思います。

――民主党政権時代の大臣にまで遡ることはあるのか?

いまのところ、その必要ないと思います。デザインのコンペが始まったあたりからが問題なので、それ以前の問題が今回の問題に寄与しているとは、あまり考えていません。

――責任の所在は、明確にされるということですか?

私の使命は、なぜこんな事になり、こういうことを起こさないためにはどうしたらいいかということが中心であると思います。それを調べていくうちに、なぜ理想の形を最初からとれなかったんだという責任は明らかになってくると考えております。

――運営要綱に、目的が記されていません

なぜ価格が乱高下したか、その責任はどこにあるか。そうした経緯と責任を検証するのが目的です。

――競技場周辺の関連工事が止まっていないが、そこは触れるのか?

全体の計画が適切だったのかどうかは、私の任務ではない。今までの経緯と責任の所在ですね。

――ヒアリングはいつから始めるのか?

どんどん始めないととても間に合わない。来週早々に始めることになると思います。

――何人くらい?

まだ全然決まっていません。

――9月中旬の報告は、中間報告ということですか?

そうじゃないと理解しています。無理は承知で最終報告は出さなければいけないという風に考えております。

続いて、為末委員も、会議後、記者団の質問に答えた。

――委員会で国民の怒りは価格の乱高下にあると言及されていたが?

既定路線があって、それを何とかできないかと検討してみたけど、やっぱり難しい……そんな押し戻しがあったという印象を持っている。現場で実際に、どのようなやり取りがあって乱高下に影響したのか、ヒアリングなども含めて検証していく必要があると思っています。

――第1回委員会に出席してみて、率直な感想は?

資料を見ても、全部を検証するのは難しそうだということは何となくわかる。その中で一番出せるバリューは何だと考えたときに、次の新国立競技場を造っていく際によりよくしていくことと、スポーツ界の中にあるクローズドな文化をいかに開いていくかということだと思います。選手が発言できるようにすることも含めて、いろんな情報が外に出て行く文化を、次の新国立競技場はどこからみてもオープンになるようにつなげていくことができればいいんじゃないかと思っています。

「(一番検証すべきポイントは)何でこんなに国民が怒ったのか? 最も国民が欲しいポイントを狙いすませていく」と会議で話した為末委員

――どういった人からヒアリングしたいと思っているか?

このプロジェクトの担当は誰だったのか? ですね。

もう一つは戻れる、つまりキャンセルをギブアップする可能性はあったわけです。それはいつだったのか? どういう情報を誰が共有していて、誰がオープンにしなければいけなかったのか?

あとは、2021年以降の利用をどうしていくのか。実際にスポーツの施設の多くは、かなり財政的には厳しい運営をしていますが、(新国立は)黒字で回せるという試算が出ていた。それは、どの程度検証されていたものなのか? また、アスリートの意見は、どの程度入っていたのか?

――下村大臣のヒアリングについては?

大臣は結構変わられていて、どのタイミングで、どのことを誰が把握しているのかわからないが、状況によっては制限を設けずに、すべての人の話を聞く姿勢は持つべきではないかと思います。

――検証委員会のことをどのように見ていますか?

スポーツ界が信頼を得るチャンスだと思います。今のタイミングで検証もなされないままに、次の競技場をまた同じように進めていくと、仮にそれが正しい選択であったとしても、国民が納得しないんじゃないか。しっかり検証しつつ、オープンにしていくことで、次の選択を信じてもらえる方向に持って行けるのではないか。

第2回検証委員会は、8月19日に行われる。

新国立競技場建設予定地。白紙撤回したものの実際には工事は止まっていない(2015年7月31日)

池上正樹

大学卒業後、通信社などの勤務を経てフリーのジャーナリストに。主に心や街を追いかける。震災直後から被災地で取材。著書は『大人のひきこもり 本当は「外に出る理由」を探している人たち』(講談社現代新書)、『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社)、『ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護』(ポプラ新書)、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)など多数。厚労省の全国KHJ家族会事業委員、東京都町田市「ひきこもり」ネットワーク専門部会委員なども務める。ヤフー個人http://bylines.news.yahoo.co.jp/masakiikegami/

加藤順子

ライター、フォトグラファー、気象予報士。テレビやラジオ等の気象解説者を経て、取材者に転向。東日本大震災の被災地で取材を続けている。著書は『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社、共著)、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社、共著)など。Yahoo! 個人 http://bylines.news.yahoo.co.jp/katoyoriko/

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