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【戦後70年】奈良美智さんがドイツで驚いた「敗戦国の歴史認識」

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yoshitomo nara
画集「NO WAR!」より。Untitled 2004-2005 (c) Yoshitomo Nara, courtesy of the artist


終戦から70年という節目の年、安倍政権が進める安保関連法案は国民的な議論を呼んでいる。この夏、私たちは戦争や安全保障についてどう考えたらよいのだろうか。2014年末に戦争をテーマにした画集「NO WAR!」(美術出版社)を上梓したのは、国際的な現代美術家、奈良美智さんだ。

私たちは奈良さんの画集からかつてないほどの強いメッセージを受け取ることができる。東日本大震災や福島第一原発事故を経て、原発再稼働、安保関連法案など、「世の中の流れを見ている時に、このままだと、おかしくなっちゃうんじゃないかと不安をすごく覚えた」という奈良さん。前半のインタビューでは、画集を出したきっかけを『「僕はこういうことを考えてきたんだよ」っていうふうに出してもいいんじゃないか、いや、出すべきなんじゃないかって思った」と語っていた。

続く後半では、ドイツに長く暮らした経験のある奈良さんに、同じ敗戦国として日本とどう異なるのか聞いてみた。私たちは自国の歴史とどう向き合い、それをどう未来につなげば良いのだろうか? (文中敬称略)。

■歴史の延長線上に自分たちがいると認識する敗戦国ドイツ

――「NO WAR!」には、Twitterで広まり、反原発運動のデモで使われた、1998年のドローイング「NO NUKES」も収録されているのが示唆的ですね。奈良さんは1988年にドイツに渡り、2000年の帰国まで、ドイツで長く生活されました。ドイツも日本と同じ敗戦国ですが、歴史に対する考え方をどのようにご覧になりましたか?

奈良:日本人は、大学入試のための歴史はよく勉強するじゃないですか。日本史でも世界史でも。でも、それって暗記であって歴史を身近にとらえて理解するってことじゃないんですよね。沖縄や広島、長崎とかを訪ねてみると、そこに住んでいる人たちは、学生を含めて身近なものとして、歴史を受け止めてるんですよ。もう住んでいる場所に痕跡があるから。

でも、ほかの日本の地方都市や、大空襲があった東京でも、戦争のリアリティーを先の彼らほどは持ってない気がする。実は自分も同じで、あんまり知らなかったんですよ。大学入試の一環で、「いいくにつくろう、鎌倉幕府」とか、「なくようぐいす、平安京」とか、そういう暗記の語呂合わせとか、教科書の説明は思い出せるけど、その時の実際の状況をリアリティを持って感じようとはしてなかったのね。

それが、ドイツに行ってびっくりしたのは、かつてあった過去からのタイムラインの延長上に自分たちがいるという意識が当たり前だったこと。日常でくだらない会話をしていても、歴史の話が自然に出てくる。戦争を否定肯定する以前にそういうことがある。そして客観的に戦争否定を語り出す。街を歩いていても、すごくわかりやすいところに、いろいろな記念碑が建てられているんです。第二次世界大戦だけじゃなくて、第一次世界大戦であるとか、ローマ帝国がここまで来たよとか。

――過去に体験してきた争いや戦争の痕跡ですね。

奈良:そうそう。そういうものがいたるところにあって。だから、現在という時間軸が歴史の延長上にあって、そして、その先には未来があり、今、何か間違ったとしたら未来がおかしくなる。過去から現在、未来へ一貫して考える、そういう思考が一般的な日本人とは比べ物にならないほどできてるんです。結構、ショックでした。日本も、勉強ができる人たちがいたり、科学や産業が進んでいたりするけど、歴史に向き合う考え方がまったく違ってました。

■1980年代に多かった反戦争や反核の音楽

――日本では本当に少し前まで、例えばデモに参加するだけでも、色眼鏡で見られてしまうんじゃないか、政治的な会話をすれば、変なやつって敬遠されちゃうんじゃないか、という心配が大勢の人たちにはあったと思います。でも、そういう人たちが「NO NUKES」と描かれた奈良さんの絵をプリントしてデモに参加したり、そういうところで少し変わってきてるような気がするのですが……。

奈良:ああ、どうなんでしょうねえ。例えばだけど、僕はロックが好きな人のほとんどは同じような考え方なんじゃないかっていう幻想を抱いてたんだけどね。幻想で終わるのかどうかわかんないけど。ベトナム戦争当時だけじゃなくて、1980年代あたりのパンクロックには、日本でも反戦争や反体制の歌がすごく多かった。

そうそう、1988年にRCサクセションが英語圏のロックを日本語で歌う「COVERS」というアルバムを8月6 日(広島に原爆が投下された日)に発表しようとしたのですが、これが反核と原子力撤廃を歌っているということで、発売元となる東芝EMIが発売中止にするっていう事件があったの。たぶん、反戦のことを言うのは許されていた。でも、反核や反原発は東芝的に許されなかったんでしょうね。けれども、他のレコード会社から8月15日(終戦記念日)に発売するんですよ。そういえばブルーハーツも同じ年に、レコード会社が原子力関係の会社(三菱電機)傘下だったためか、自主レーベルから「チェルノブイリ」を出してますね。

RCサクセションの忌野清志郎という人には、生き方としてそういう音楽があった。でも、現在こういう状況で、あんまりそういう歌はポピュラーには聞こえてこないのね。なぜなんだろうと。

――なぜですかねえ?

奈良さん:なぜでしょうねえ。反戦、反核を歌う人は今もいるんですよ。ただ、これまでは聴く側に戦争や核のリアリティーがなかったんだと思うのね。やっぱり、おしゃれ至上主義!みたいな感じ?あと、恋愛であるとか………あ、恋愛は大事ですけどね(笑)。愛と平和だから!

――確かに聞こえてくるのは、恋愛の歌が多いですよね(笑)。ただ、現政権になってから戦争というものが、70年前の過去のことではなくて、これから自分たちの未来にも、もしかしたら深く関わる可能性があるのではないかと不安感を持つ若い人が増えている気がしています。

奈良:まあ、1990年代にお立ち台に登って踊っていた時期よりは、そういう不安感を持ってるはずだと思います。あの頃はバブル経済で、GDP世界2位のお金持ち日本だったし、1960年代からの高度経済成長から日本がどんどん豊かになっていって、幼稚化していった時期だったからね。

今の若い人たちって、あまり話したことがないのでわかんないんだけど、やっぱり当時のお立ち台の人たちや、渋谷のヤマンバギャルたちとは考え方が違う気がします。でも、お立ち台やヤマンバだった子たちも、結婚して子を持つ母親になったりしていて、それをきっかけに考え始める人は多いと思うんだよね。だから、そういう意味では少しずつ全体の意識が変わってきてるのかなと。特に現体制への非支持率は女性の方が多い気がします。あとはやっぱり若い人たちの意識が、ここに来てぐっと強くなったのは確かで、社会に対して積極的に意思表示している姿を目にすると、こっちも身が引き締まります。

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画集「NO WAR!」より。Untitled 2007 (c) Yoshitomo Nara, courtesy of the artist


■原発事故でないがしろにされた国民

――それだけ、今の日本に対して、みんな危機感を持っているということでしょうか?

奈良:そうですね。僕は1988年にドイツに行って、翌年にはベルリンの壁が崩壊しました。当時、自分はまだ無知で、「COVERS」のことがあっても、日本という国は割と自由だなと思ってた。危機感みたいのあんまり持ってなかったのね。

――ところが、2011年に東日本大震災が発生して福島第一原発事故が起こり、この夏は安保関連法案が議論になっています。

奈良:原発事故では、国が言ってることと、やっていることが違う状況があったっていうのが、後からどんどんわかってきた。もともと不信感はあったんだけど、自分たち国民は政府の駒であるような感じとか、すごくないがしろにされてる感じを覚えた。

今日だって、すごい危険な作業をやってるんじゃないのかな(編集者注:東京電力は福島第一原子力発電所3号機で、インタビューを行った8月2日、使用済み核燃料などを貯蔵するプールから、約20トンの巨大ながれきの撤去作業を行った)。

その作業も、がれきのつり上げに失敗したら、もう1回、放射性物質が拡散しちゃうような大事故が起こるのに、ニュースで言わないじゃないですか。自分で調べればわかるんだけど、教えてはくれない。それで、危険を覚悟した現場の人たちだけがやってるわけなのね。例えば、そういう話が山ほどある。

――透明性がなければ、信頼関係も築けないですよね。

■ドイツの戦後復興と日本の戦後復興の違いとは

奈良:ドイツの話をしましょうか。ドイツの国会議事堂である連邦議会堂は、帝政ドイツ時代から使われていたものですが、ナチス・ドイツ時代に爆撃でドームなんかが破壊されてしまった。それを東西統合した後に修復するんだけど、新しいドームを透明なガラスで造るんですよ。なんかよくないですか?

――面白いですね。国会議事堂が透けて見える!

奈良:だから、政治っていうのはそうやって透明であるべきだし、その国会議事堂の前が芝生になってて、普通にみんな寝っ転がってピクニックできたりするんですよ。

――重厚で警備も厳しくて、外からは中をうかがい知れない日本の国会議事堂とは建築からずいぶんと違うんですね。

奈良:そうだね。中を見学すると、美術作品がたくさんあって、ユダヤ人の作家が展示されていて、ちょっとくどいくらいに自分たちは忘れてませんよ的なアピールがあるんですよね。よく日本のことを自虐史観っていうけど、ドイツの方がすごい自虐史観だと思います。でも、それをずっと続けてきたことで近隣諸国から信頼を得て、ヨーロッパの中でも中心的な存在になっているわけです。EU国家のアンケートでは、どの国からも一番信頼されている国になってます。

――同じ敗戦国でも、日本とは戦後歩んできた道が違うんですね。

奈良:ドイツに住んでた時って、日本と同じ敗戦国だと思うと、比べてしまうんだよね。敗戦からすごい勢いで経済復興を成し遂げている。でも比較してみると、自分でも「あっ」とか思ったのが、日本の経済復興っていうのは他の国で戦争があったからだったんだなって。朝鮮戦争やベトナム戦争のおかげ。

だから結局、ドイツの経済復興とは違うんです。そういうのが、ふっとわかった瞬間に、なんでアメリカの心ある人たちが、反戦歌を歌うのか、人種問題や人権問題に対してプロテストソングを歌うのか、その動きがだんだんわかってきました。大戦後のアメリカの繁栄と日本の経済復興は二人三脚だったんだよね。

で、心ある人に対して心ない人っていうのは、お金儲けるために大きな戦争を起こしたり、武器を作ったりしているんですね。正戦論を利用して、それを正当化しようとしている。そして、抑止力=軍事力と結論づける。そのからくりがいろいろわかってくるようになってショックでした。

もちろん、ドイツが完全無欠に潔癖って言うつもりはないし、アメリカ主導のマーシャルプランっていう欧州全体の復興計画があったというのもあるけれど、日本に比べると自力で復興した部分が多いと思います。労働力としてトルコ移民や韓国からの季節労働者も奨励して受け入れました。それに比べると日本の経済成長は、虎の張り子みたいで、戦後の経済復興って何だったんだろうとか。

■希望はあるけれど、その芽を摘みに来るものも

奈良:東京タワーの原料の話は知ってますか?

――えっ。知りません。

奈良:東京タワーって、鉄でできてるんですが、朝鮮戦争でスクラップになったアメリカ軍の戦車が使われてるんです。

――東京のシンボルともいえる東京タワーにそんな歴史があったんですね。

奈良:展望台から上の部分はそうです。東京オリンピックの直前に、そんなふうにして復興の象徴である東京タワーが建てられた。だから、戦後復興って何なんだろうって思います。今でも、日本はアメリカの衛星国家みたいな位置にいて、米軍基地を国内に置いて、思いやり予算をあげているわけです。

ある暴力団の人のインタビューを読んでいたら、その人は右翼で愛国心バリバリの人なんだけど、そっちの世界でいうと「みかじめ料」、つまりお店に「ここらは俺が守ってやる。何かあった時は来てやるから、毎月金出せ」という、アメリカがやってるのはまさしく自分たちがやってることと同じだって、言っていた。すごい言い得て妙でした。

――これまでうかがってきたお話の中で、それでも希望は見いだせたりしないのでしょうか? だからこそ、「NO WAR!」という形で画集を世に出されたのかと思いましたが。

奈良:どうなんだろう。東日本震災の後にも希望が見えると思いました。人間は絶対に強いって僕は信じていて、東北地方でもいろんなところで小さな芽がたくさん生えてきた。でも、それが育ちにくいってことがある。芽を出しても水や肥料をもらえなくて、枯れちゃう。ちゃんと育ったら、大きな花になるのに、双葉のままで終わってしまいそうな状況があると思う。

せっかく助かったのに、未来を感じることができずに自殺した人もいます。希望はあるけど、その芽を摘みに来るものもあるっていうことかな。でも、僕は基本的に楽観主義者で、希望自体は持ってます。何かやらなきゃ、できることからやらなきゃって。そう思ってる人はたくさんいるんだって、信じてます。

――今日は貴重なお話、ありがとうございました。あらためて「NO WAR!」を広げて、自分に何ができるか考えてみたいと思います。

【おわり】

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Photo: Minami Tsukamoto

■奈良美智さん略歴

1959年、青森県生まれ。1987年、愛知県立芸術大学大学院修士課程修了後、1988年にドイツへ渡航、デュッセルドルフ芸術アカデミーでマイスターシュウラーを取得。2000年に帰国した。主な個展に2001年「I DON'T MIND,IF YOU FORGET ME」(横浜美術館ほか)や2010年「Nobody's Fool」(アジア・ソサエティー美術館)、2012年「君や 僕に ちょっと似ている」(横浜美術館)など。ニューヨーク近代美術館を始め、国内外の美術館に作品が収蔵されている。2012年にTwitterで広まったドローイング「NO NUKES」(1988)が反原発デモのポスターとして掲げられ、話題を呼んだ。

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