「長時間労働をやめたら、生産性が上がって、出産数が増えた」小室淑恵さんに聞く、日本を変える働きかた

2014年まで長時間労働を助長しかねない方向性に進んでいた政府が、なぜ「日本再興戦略」に、長時間労働の是正を掲げることになったのか。

政府が、アベノミクス第2ステージとして掲げた「日本再興戦略改定2015」。この柱のひとつは、「未来投資による生産性革命」だ。個人の潜在力の徹底的な磨き上げが必要だとして「長時間労働是正による労働の“質”の向上」や、女性、高齢者などの活躍促進について「総論」で初めて取り上げた。

2014年まで、長時間労働を助長しかねない方向性に進んでいた政府が、なぜ「日本再興戦略」に、長時間労働の是正を掲げることになったのか。日本が長時間労働をやめると、どう変わるのか。女性活躍推進法が可決した今、産業競争力会議のメンバーのひとりであり、「長時間労働の是正が、経済成長に大きな効果をもたらす」と語る、株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵さんに話を聞いた。

■これから5年間の経済成長を支える「日本再興戦略 2015」

——6月末に「日本再興戦略 改訂2015 未来への投資・生産性革命」が発表されました。冒頭の「総論」で、長時間労働の是正や働きかた改革が明記されていますね。これはどんな意味を持つのでしょうか。そもそも「日本再興戦略」とは何でしょうか?

「骨太方針」(経済財政運営と改革の基本方針)のもう少し詳しいバージョンですね。安倍総理が議長の経済再生に向けた会議は「財政諮問会議」と「産業競争力会議」の2つがあります。

財政諮問会議は「歳出削減などの経済財政運営の基本設計」、産業競争力会議は、「経済成長を実現するための具体的施策」を議論する役割になっています。この2つの会議で「どうやったら歳出削減しながら、経済成長できるか」という戦略を考えているのですが、「日本再興戦略」は、産業競争力会議で決まった今後の成長戦略の具体策を示したものです。

この「日本再興戦略」は約190ページあるのですが、その全体のなかでも「総論」といわれる成長戦略の軸となる3つの方針が示されている箇所で、そのひとつとして「長時間労働の是正」が半ページにも渡って記載されました。

これが何を意味するかというと、ここから各省庁がどの政策にどれくらい力を入れてやっていくべきかの方針を決める際に「日本再興戦略のこのくらい重要な箇所に、これくらいのボリュームで記載があるのだから、重要な施策である」というふうに根拠のひとつとしてよく使われるんですね。それに必要な予算を獲得していく際にも何度も引用されることになるのです。

また、2014年からKPIが設定されるようになって、例えば待機児童の話でいうと(2012年に決まった)「2017年度末までに、40万人分の保育の受け皿を作る」という目標に対して、今どこまで達成できたかを5年間追っていくことになりました。こうした具体的に達成度合いを確認する指標なども、この日本再興戦略の中に明記されるようになっています。

この「日本再興戦略」は、政府として今後政策を実現していく上で何の変化を追っていき、注力し、財源を配分していくのかを決めるものなのです。

——以前(2014年12月初旬)小室さんにインタビューした際は、たしか産業競争力会議で長時間労働是正の主張をしても、政府や他の民間議員からの反応は「正直厳しい」というお話もされていましたが、何か潮目が変わるきっかけがあったのでしょうか?

大きな変化を感じたのは、まさにあのインタビューを受けた直後の12月中旬だったと思います。2014年の9月に産業競争力会議の民間議員になって、11月までは長時間労働の是正に関する発言に「待った」をかけられることが結構多かったです。

はっきりいって政府としては、そこまでの議論では、ホワイトカラーエグゼンプション制度のような労働時間を管理しない人材を作るような方向性に向かっていた経緯があり、労働時間管理そのものを議論する私を非常に迷惑がっていたと思います(笑)。

そこで、私が主に担当していた「女性の活躍できる社会の構築」というテーマから切り込むことにしました。

——女性の活躍推進は、政府の成長戦略のひとつですね。

「女性の活躍」というテーマは、当初官邸が予想していたよりもずっと海外からの反応が強かったのです。安倍総理が海外メディアへのスピーチで「少子化対策、女性活躍を本気でやります」といったときに、海外の投資家から「それをずっと待っていた。なんでずっと日本はやらなかったの?」という反応。その海外の反応を見ることで「これは国内で考えているよりも重要な問題なのだ」ということに気づかれたのですね。

しかしながら、女性の活躍や少子化対策のために具体的に何をしたらいいのか、は迷走しました。女性優遇策のようなものを打ち出しては「そんなものは女性も望んでいない」と女性たちからも歓迎されないような状況で、真の打ち手がわからないでいた状態でした。

そんなときに、「女性活躍を推進しながら少子化対策にも効果がある施策は、長時間労働の是正である」という具体的なエビデンス(証拠)や海外事例を会議が開かれるたびに示して説明しました。

―—どんなエビデンスを示されたのでしょうか?

株式会社リクルートスタッフィングの長嶋由紀子社長に来ていただいて、労働時間を減らしたらどういうことが起きたのかを全部お話していただきました。

私たちは3年以上リクルートスタッフィングにコンサルに入らせていただいていて、その間、着実に働きかた改革をやってこられました。その結果、休日出勤55%、深夜労働85%を削減。生産性は17%向上しました。しかも業績が全く落ちていないどころか、マーケット成長率が6%のところ、リクルートスタッフィングは12%成長しました。

そして何よりも政府が注目したのは、長嶋社長の「出産の数、女性の従業員のみの実績で、男性の従業員の奥さんまではカウントしていない。これが経年の1.8倍、およそ2倍になった。ぜひ国の数字に焼き直して考えていただきたいと思う」という発言でした。

業績が上がって、子供の生まれる数が増える。これは今まさに日本が実現したいことなわけですが、そのためにやったことは「長時間労働の是正」だったということです。

——長時間労働を止めたら、生産性が上がって、出産数が増えた。

長嶋社長は「私たちは、これを別に女性従業員のためだけにはやっていません。経済合理性があるから取り組みをしています」ときっぱり発言されました。また女性たちの離職率も下がって、現在なんと女性の管理職率が43%になりました。2020年までに女性管理職比率を30%にするという日本政府の目標「202030」と呼ばれるものがありますが、それも大幅に上回ってクリアしているわけです。

その日の議事録はこちらに掲載されています。

そんな具体的な話を、1つ1ひとつ説明していったことが、議員の方や官僚のみなさんの理解につながっていきました。

議事録にもありますが、西村康稔内・閣府副大臣が冒頭で「長時間労働の是正、柔軟な勤務形態の導入も大きな課題であり、長時間労働で仕事だけになってしまう、ワーク・ライフバランスが崩れてしまう、子育てあるいは家族との時間がとれなくなってしまう。これも一方で生産性を上げる意味でも非常に大事な側面であるため、この課題を御議論いただきたい」と発言されました。

赤澤亮正・内閣府副大臣も「女性の活躍を推進するためには、働きたい女性が、子育てや介護などのライフイベントにかかわらず、働き続けることができる職場環境の整備が重要だと 考えている。具体的には、保育サービスなどの充実に加えて、必要以上に労働時間が長くなることがなく、短時間勤務などの多様な働きかたが選択できることが必要だと考えている。(中略)夫の家事・育児時間が 長くなればなるほど第1子が生まれるときの妻の就業継続割合が高くなり、第2子以降の出産割合も高くなるということで、経営トップの意識改革を通じて、日本的な長時間労働の慣行を改めていくことは、本当に大事なことだろうと思う」などと発言されています。

■働きかたを見直す、様々なエビデンス

——長時間労働と女性活躍推進、そして生産性の関係性を、数字で示したことは大きいですね。

今も忘れないですけれども、官僚と打ち合わせをしていて悔しくて泣けてきた日がありました(笑)。私たちがどんなに長時間労働是正に政府からの具体的な対策が必要だとの話をしても、「それはまだ社会的コンセンサスにはなっていない。国民も企業もまだ望んでもいないし理解もしていないことを、急に政府が先に動くということはできないんです」と。

——え? それは、いつのことですか?

2014年10月頃です。私は働きかた改革のテーマにした講演を年間200社以上からご依頼いただいていて、国民はもとより、これほど企業が待っている施策はないというのが私たちの印象です。ですが政府の中枢で働く人ほどライフの時間がなくて、仕事(ワーク)を通じて経済団体から入ってくる話がすべてになってしまい、個々の民間企業がどれだけこのことで苦しんでいるかの感覚がわからない。

本当にそのときは悔しくて。こんなのナンセンスだろうと。世の中の待ち望んでいるものを、議論することすらブロックされるって何なんだろうと、すごく虚しく思ったんですけれども、一切諦めることなく(笑)、それから正規の会議で、毎回資料を万全に整えて、エビデンスを伝え続けました。

■女性の活躍が進んでいる国は、日本と何が違うのか

——悔しさを会議にぶつけたんですね。長時間労働に関して、他にどんなエビデンスがあるのでしょうか。

例えば、会議で私が紹介したシカゴ大学の山口教授の論文にあるグラフ。GDPを何で高めていくかというときに、日本は「総労働時間」で高める手法を取っている国であり、「1人あたりの労働時間が長いかたちでGDPを高めている国では、女性活躍には成功しない」とあります。

日本の評価制度は「期間あたり生産性」になっているんですね。月末とか年度末で締めて一番成果を出した人を評価しているので、時間外労働を無制限に出来る人がレースに勝つ仕組みになっています。けれども、グローバルでは「時間あたりの生産性」で評価がされるので、きちんと短い時間で成果を出す人たちに、企業がインセンティブを与えて評価する仕組みになっているという点も論文の中で指摘がありました。

具体的に、会議の議事録から概要を抜粋すると、以下のようなエビデンスが示されています。

「時間当たりの労働生産性と女性の活躍の間には、強い関係が存在することが示されている。時間当たりのGDPと、国連が2009年に発表した女性活躍度(GEM)だが、その関係をOECD諸国内で比較をしてみると、日本より時間当たりGDPの高い17カ国全てが、日本より高いGEM(女性活躍度指数)を持っている。

逆に言えば、女性活躍度の少ない分、日本は時間当たりの生産性は低いと指摘 している。長時間労働によってGDPを高める国は、女性人材活用には成功していないと指摘している。ワーク・ライフバランス施策を導入してから 数年のタイムラグを置いて、企業の生産性が向上することを紹介している。

よく生産性が高い企業だからワーク・ライフバランスをやれる余裕があるので しょうと議論になるのだが、この論文によると、導入してから数年のタイムラ グを置いて生産性が向上するという。決して余裕があるから取り組むのではな く、取り組むからこそ成果が上がる。生産性が上がり、業績が上がるのだということを指摘している。

以上の理由から、1人当たりではなく時間当たりの生産性を重視することが、我が国企業の成長にも不可欠であると考えられるが、それには長時間労働に依存する働き方を変えなければならない。

対策として幾つか書かれているが、1つ目は、言うまでもなく最大労働時間規制。2つ目が、ペナルティを受けずに労働時間を選べる権利。3つ目がコース制について恒常的に残業できるか否かの条件をつけることを違法とすべき。これは残業すべきか否か、もしくは転勤できるか否かということで、コース制というものを今も当たり前のように運用している企業が多いけれども、こうしたことは間接差別に当たるので、それを違法とすべきであるという、この3点を対策として明確に挙げている」

——他には?

東大の島津教授の、「(労働時間が)13時間を超えたら酒酔い運転と一緒」という集中力の話や、慢性疲労研究センターの佐々木センター長の「睡眠の前半で身体的ストレスが解消されて、睡眠の後半で精神的なストレスが解消される」などです。

会議の資料の一部抜粋はこちらです。

クリエイティビティを高めるのに効果的な方法も様々な研究から明らかになってきている。例えば、仕事時間外に社会貢献(ボランティア活動等)を行う時間を持っている社員 ほど、意欲高く仕事に取り組んでいることを示した論文もある。(中略)社会的貢献を高いレベルで行っている労働者は、そのレベルが低い労働者と比べて、40%多く昇進し、非常に高い仕事の満足度を示し、10倍以上の貢献意欲を持って自分の 仕事に従事していることを示している。

また、現在の日本企業での有給休暇取得実績は、48.8%であるが(2014年度就労条件 総合調査)、有給休暇100%取得の経済的効果も非常に大きいと言われる。アメリカでは、「タイム・オフ・プロジェクト」とよばれる有給休暇の消化促進が個人、ビジネス、社会に経済的利益をもたらすことを示す研究もある。それによれば、アメリカの労働者が利用可能な有給休暇の全てを消化した場合、米国経済では120万人の雇用の創出、毎年全ビジネスセクターで1600億ドル(日本円で約20兆円)の売上高増加、さらに210億ドル(日本円で約2兆5000万円)以上の税収増を生み出すとされる。我が国の経済成長のためにも、有給休暇 100%取得を強く推進すべきである。

こうしたエビデンスを多く示すことで、次第に長時間労働の是正は、女性活躍のためというような目的のためではなく、この国の経済成長にこそ寄与するのだ、という意見が次第に醸成されていきました。

■「日本再興戦略」の文言をめぐる動き

——様々なエビデンスによって、みなさんの理解につながったことで、長時間労働の是正が「日本再興戦略」に反映されたのでしょうか。

そうすんなりとは行きませんでしたね。「日本再興戦略」は6月30日に発表されたのですが、6月上旬の時点では、後半に少し触れられている程度だったのです。

そこで総理も出席された会議で「長時間労働は、今まで女性活躍という文脈で語られてきたけれども、経済成長の文脈で語られるべきだ、と以下のようにお話しました

長時間労働慣行の是正こそが、多様な人材の混在によるイノベーションを生み出す、生産性向上、業績アップにつながるという、経営者側の視点で、稼ぐ力という文脈で語られるということが重要ではないか。これは最近、有村(内閣府特命担当)大臣も盛んにおっしゃっていただいていると思うが、企業の収益力、稼ぐ力の確立・向上のために、長時間労働の是正、長時間労働に頼らない働き方改革ということを今回の総論部分に明記していくことが、大きなムーブメントを後押しして前進となるのではないかと思っている。

すると次の会議の際には、「女性活躍推進の観点にとどまらず、企業の稼ぐ力の強化の観点からも重要な取り組みである」という文章が書きこまれたのですが、大きな章立てで言うと「女性活躍」の章に入っていた。……この矛盾、わかりますか(笑)?

——(笑)

しかしそこから大きな動きがありました。こうした会議での発言や作成したペーパーについて、元少子化担当大臣の森まさこ議員や稲田朋美政調会長からは、詳しい説明を聞きたいとのお問い合わせなどもいただき、具体的な根拠や事例なども数多く説明しました。そのように理解が広まったことにより、この日本再興戦略を決定する非常に重要な自民党の会議の場では、「このまま、長時間労働を女性活躍の文脈だけで記載しているのはおかしい。これは明らかに日本の経済成長に資する施策である。総論で明記すべきだ」というような意見が相次いだそうです。

——そして総論の柱になった。怒涛の1カ月でしたね。

■長時間労働を止めて、1人ひとりの生産性を高めていく

——「日本再興戦略」の副題は「未来への投資・生産性革命」になりました。

これまでは生産性というよりは、ITやロボットの活用とか、新産業を作っていくイメージが大きく、ベンチャーブームやバブルをもう一度というような話が中心でした。労働者人口が減っていくなかで、労働者1人ひとりの生産性を徹底的に高めるということをしなければ、どんなにロボットに置き換える部分を作っても両方のシナジーが生まれないと理解されたところが、今回の「生産性革命」というキーワードに繋がったのだろうと思います。

——1人ひとりの時間あたりの生産性を高めていくという意味ですね。

かつての政府の方向性は、経済団体からの強い意向を受けて、労働時間の規制は自由であるべきだという議論の方が強くなっていました。

しかし実際には労働時間規制がないことによって、一部の夜討ち朝駆けする企業の競争に、他の企業が乗らないといけなくなっている。この戦いかたによって、みんなが苦しい戦いを強いられています。今後、労働力人口が減少するなかで、このような戦いを続けることは不可能であることは自明です。

——全国の企業、中小企業は疲弊している。

中小企業もすべて再浮上していくために、「日本がもっと稼げる状態になるために、労働時間の根本的な改善を……」ということがしっかり理解される文脈で入れていく必要がありました。

長時間労働の是正をすると、1人ひとりの潜在力が最大に発揮されていく。議員や官僚の方たちにとって、全く新しい発見であって、稼ぐ力・この国が経済成長するために――という書き方で入れるというのは、思ってもみなかった方向だったのだと思います。

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