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「世代間格差の解決策は、預金を持って死ぬこと」佐藤俊樹・東大教授に聞く

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TOSHIKI SATO
インタビューに答える東京大学の佐藤俊樹教授=東京都目黒区 | Wataru Nakano
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今春、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏の著書「21世紀の資本」が世界中で格差論争を巻き起こし、「ピケティ・ブーム」が起きた。日本でも格差問題への注目が高まっている。とりわけ、若い世代が抱える課題や不満、不安とは何なのか。

ハフポスト日本版は、2000年に「不平等社会日本―さよなら総中流」を記して格差社会論の先駆けとなった佐藤俊樹・東大教授(社会学)に、格差が生じる理由や現状、そして将来の見通しについて語ってもらった。佐藤さんは「世代間格差」の解消について、「各世代が公平に負担を負うようにしなければならない」として消費税を引き上げることを提案。さらに、団塊ジュニア世代の人たちに向けて「もっと声を大きく」主張してほしい、などと語った。

佐藤俊樹(さとう・としき) 1963年、広島市出身。東京大学文学部社会学科卒、同大学大学院社会学研究科博士課程中退。東京工業大学助教授を経て、東京大学大学院総合文化研究科教授。社会学博士。統計を使った階層社会の研究で知られ、サブカルチャーも詳しい。著書に「00年代の格差ゲーム」「社会学の方法 その歴史と構造」など。

■ピケティの衝撃が突き付けた2つの事実

ピケティの衝撃は2つの事実を突きつけました。1つは「落ち水効果」の不在、つまり、豊かな層から貧しい層へ豊かさが波及していく「トリクルダウン」は起きない、ということです。

2番目は、戦後の先進国や中進国でみられた急速な経済成長と豊かさ水準の向上は、1回きりの現象だということです。例えば日本の1950〜70年代のようにみんなが豊かになっていける状態はいつまでも続かないし、再び起きることも期待できないんです。その意味で、パイの拡大は不平等の本当の解決策にはなりません。

ピケティが不平等について言った本当に革新的なこと、経済学者があまり言ってこなかったことは、結局「経済で再分配は決まらない」ということです。トリクルダウンが起きないなら、経済の仕組みによって、みんなで自然に豊かになったりはしません。急激な経済成長が一度きりならば、パイの拡大は恒常的な解決策にはなりません。

だから不平等は、社会による再分配によって解いていくしかないのです。それが、格差の問題として今、突き付けられています。すべての先進国や中進国でそうなっていますが、とりわけ日本など東アジアの社会では、これが強く圧縮された形で起きています。欧米では200年くらいかかった経済と社会の転換を、非常に短い時間で経験しているからです。

■東アジア社会の特殊性 最大人口世代の問題

東アジアと東南アジアでは、まず急激な人口増加によって産業化が進み、その後、今度は人口減少への、やはり急激な転換が起きています。人口が増えることによって質の良い労働力を大量に供給できたおかげで、国外から工場が移転してきて、自国の工業も発展します。そうやって、欧米の先進国が経験した戦後の急速な成長を、韓国や中国は1980年代以降も「プチ戦後」として経験してきました。

こうした欧米の後追いの一番手は、もちろん私たち日本です。韓国も中国もその後に続く形できています。いわば「戦後」や「プチ戦後」の高度成長を駆け足で走り抜けた後、「ポスト戦後」の下り坂も速い速度で駆け下りなければならない。そういう宿命を東アジアは背負っています。

人口でみると、ある世代までは増加が続き、それ以降は、今度は急速に減少していくわけです。数十年で、社会の様子が正反対になってしまう。そのため、「戦後」や「プチ戦後」の人口増加が続いていた世代は「高成長」志向で、パイの拡大の夢を追い続けます。しかし、「ポスト戦後」の人口減少に入った世代にとっては「低成長」が当たり前で、不平等の問題は社会の再配分で解決するしかない。経済や社会がどうあるべきかに関して、世代によって、全く違う意見を持ってきます。

そこで必ず出てくるのが「最大人口世代」の問題です。日本でいえば「団塊の世代」ですね。人口の増加から減少への、ちょうど転換点で必ずこういう世代が一つできるのですが、転換点だからこそ頭を転換するのが難しい。パイ拡大の夢を追い、例えば「経済成長率が4%に届かないのはおかしい」と考えてしまう。すべての先進国や中進国が4%の経済成長を続けたら、地球が破滅してしまうのですが。

他方で、最大人口世代は民主主義では多数派を形成しやすい。だから、自分たちの夢をより若い世代にも押しつけ、自分たちの世代の利害を無自覚に追求することになりやすい。それが世代間格差をいっそう深刻にしてしまいます。

■「バブル経済」と世代間格差

日本でいえば、最大人口世代である団塊の人たちが40代のころに、「バブル経済」になりました。土地に対する過剰投資、いわば過剰な値上がり期待に、みんなで踊った。これは急激な人口増加が土地の値段を上げ続けた結果ですが、若い世代で人口が減少に転じている以上、必ず終わりが来ます。なのに、永遠に続くと錯覚してしまった。

社会保障制度の整備もそうです。経済成長が今後も続くだろう、若い世代の人口もまた増えていくだろうと考えて、「持続不可能」な制度を組んでしまった。その結果、今や国債を大量に発行し、膨大な借金を重ねながら、高齢者に有利な社会保障を続けています。

最大人口世代は転換期の世代です。でも、だからこそ昔の夢にしがみつきやすく、社会全体の転換をいっそう遅らせてしまう。「戦後」の間に民主主義が浸透し、多数派の声が通りやすくなるので、なおさらそうなります。これが「失われた××年」の一番厄介な部分です。

先ほど述べたように、韓国も中国も、基本的には日本と同じ途を辿っています。ですから、韓国も中国もこれから「失われた××年」を経験するのですが、高度成長の甘い夢はなかなか諦められないようですね。「日本のようにはならないぞ!」と唱えながら、最大人口世代が社会の多数派として「プチ戦後」の夢を追い続けています。

結局、どの社会も「(プチ)戦後」から「ポスト戦後」への転換では、苦しみを経験せざるをえません。ただ、最大人口世代の力が強ければ強いほど、無自覚な世代利益の追求が大きくなり、転換への具体的な対応が遅れてしまいます。それによって最大人口世代と特にその子供世代以降の間で大きな世代間格差が発生し、固定していきます。

日本の企業でもそうなりました。バブル景気のころは、40代だった団塊世代を中心に、課長や部長などのポストをたくさんつくりました。その後、不景気になると、今度は新卒採用を抑制しました。若い世代の雇用機会を削って、自分たちの地位と雇用を守ったわけです。実際、1970年代生まれの世代は20代から高い失業率を経験しています。社会保障でも同じことが起きています。未来につけを回すかたちで、社会保障整備を進めてきました。

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人口予測、1992(平成4)年「推計」と実際の値

■おかしな人口予測 社会保険負担の抑制

一番わかりやすいのは、1990年代になされた厚生省(現在の厚生労働省)の人口予測ですね。出生率の長期低下の傾向がはっきり見えていた、にもかかわらず短期間で回復するという推計を出して、それで当時の現役世代の負担額を決めてしまった。年金のための保険料負担を低いままにとどめて、人口減少に対応した社会保障の仕組みに変えることもしなかった。それによって、団塊から私ぐらいの「新人類」世代までは、少なく払って多くもらうようになっています。

団塊の人たちは今ちょうど年金暮らしに入りつつあります。ですから、「既に約束したことは守らないとおかしい」と言います。でも、誰と誰が約束したのでしょうか? 1990年代の人口予測のときに、団塊の世代は日本社会のまさに中核でした。当時の現役世代が、私自身もその一人ですが、変な人口予測をして負担額と給付額を決めたのです。今の年金制度の状態は、そのときの「約束」をいわば引き継いでいます。

それを守ることは約束を守ることではありません。むしろ、自分たちが決めたのならば、その結果の責任も自分たちが負うべきです。だから、そんな「約束」は変更しても、社会保障制度への信頼は失われません。むしろ、変更しない方が信頼は失われます。ですから、団塊から新人類くらいまでの世代の年金は、もっと抑制すべきでしょう。客観的な根拠のない、自分たちに都合のいい人口予測をしたのです。財政が破綻しても、自分たちが昔決めた社会保障制度は守れ、というのは無理な意見です。

■消費税は20%以上に上げていい

こうした変更で、今の若い世代が不利益を被る可能性はほぼゼロです。先ほど述べたように、社会保障制度への信頼も失われません。具体的にいえば、1960年代前半生まれぐらいまでの高額の年金受領者、例えば40代で年収1千万だった人の年金はもっと削減されるべきですし、医療費の自己負担率も上げるべきです。

消費税も20%以上にした方が公平でしょう。所得税と法人税は、現在の現役世代が主な負担者になります。それに対して、社会保障の世代間格差には、現在の高齢者が、現役世代のときに負担しなかったことが大きく関わっています。だから、現在の高齢者もふくめて平等に負担する消費税の方が公平なのです。

世代間格差から考えると、人口が減少している現在、現役で働く世代に主な負担がかかる所得税や法人税はむしろ逆進的です。消費税の方が非逆進的で、公平な課税なのです。お年寄りの負担がよく話題にされますが、公平な社会福祉をめざすなら、お年寄りもふくめて全員で負担を分かちあって、それで生活保護などを充実させて、お年寄りも含めて、本当に貧しい人の生活を支援するべきです。

「増税」か「年金の抑制」か、ではないのです。「増税」して「年金も抑える」しかない。それが「ポスト戦後」社会の現実です。だからこそ、そのなかで、各世代が公平に負担を負うようにしなければならない。それが世代間格差を解消することなのです。

ですから、私のような、新人類世代までのもう1つ大きな課題は、預金を持って死ぬことだと思っています。相続税も上げた方がいいのですが、世代間格差の解消は相続税を上げなくてもできます。相続によって、若い世代に資産が移転しますから。むしろ移転させるべき資産を、団塊世代や新人類世代が自分のために消尽してはいけないのです。

だから、預金を持って死んでいくのは良いことです。本当に困ったときはもちろん使えますから、高齢者にとっても悪いことではありません。1960年代前半生まれまでは、預金を抱えて死んで、若い世代に相続させる。それも世代間格差の立派な解決策です。

実はこれ、適切な年金額の一つの目安にもなります。国内の旅行を楽しむ程度の年金はあった方がいい。高齢者が国内で消費すれば、その分経済も回りますから。若い世代の雇用にもつながり、消費税も支払われます。しかし、海外旅行を楽しめる額は必要ありません。そういう余裕をお年寄りに保証するゆとりはありません。

そうした形で再配分を変えていけば、もっとマシな社会保障にもできます。例えば、若い世代が共働きで自活して家族をつくれる。あるいは、結婚しなくても複数の親で、もちろん男女でなくても構いませんが、子育てできるようにする。そういう社会にしていく補助金が整備できれば、人口減少もより緩やかになるでしょう。

toshiki sato
インタビューに答える東京大学の佐藤俊樹教授=東京都目黒区

■若い世代は「もっと手厳しく」

再分配は、誰がどのくらいのお金をつかう権利を持てるか、という問題でもあります。ですから、20万円の財源があるとき、それを高齢者の親世代に渡すか、若い現役の子供世代に渡すかでは、決定的に違うんです。「他人からもらうお金」と「自分のお金」は全く違う。専業主婦の議論で、そこはもう決着済みですよね。

そして、その権利の配分を決め直すときに、特に新たな正義や理念は要りません。制度への信頼だとか、他人との約束は守るとか、自分が決めたことは自分で責任を取るとか、これまで使ってきた論拠で、社会保障の見直しは十分にできます。

だからこそ、若い世代には「もっと手厳しく」「もっと声を大きく」主張してほしいです。どうして団塊ジュニアの人たちはあんなに優しいのか……。正直、イライラするときもあります(笑)。団塊の世代はいろいろあっても、家庭では優しい、良い親御さんだったのでしょうね。

けれども、政治というのは議論の闘いです。自分たちの年金や社会保障を守るために消費税を20%に上げろ、と言うのは国民1人1人の責任です。政治家は票で動きます。投票行動で表せば、政治家は自分が生き残るために、そちらの方向へ進んでいきますよ。

そうした調整はもちろん早ければ早いほどいいですが、デッドラインの一つは2020年の東京オリンピックの少し後くらいです。そのころに、日本の総負債額が総貯蓄額を上回るだろうと予測されています。それまでに、できるだけ手を打ったほうがいいです。

転換の苦しみや調整への不満は国内に対してだけでなく、国外にも向かっていきます。ですから、これから「失われた××年」を経験する韓国も中国も、たぶん反日感情はもっと強くなるでしょう。逆にいえば、日本でも韓国でも中国でも、最大人口世代が無自覚に世代利害を追求することを抑えられれば、その分、国外に不満や憎悪が転化するのも減らせます。東アジア全体では、むしろ平和になっていくのではないでしょうか。

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