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ホテルで働いていた僕が、世界的なアートの祭典を生み出すまで【TodaysArt】

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オランダ発の先端アートの祭典「TodaysArt」が9月13日まで、東京・天王洲アイル一帯で開催されている。同祭典は「Art , Music & Technology」(アート、ミュージック&テクノロジー)のコンセプトに、期間中には音楽や建築、宇宙技術まで様々なジャンルで活躍する新鋭アーティストが集結する。9月19日〜23日には神戸でも開催される予定だ。

「TodaysArt」は現在、ヨーロッパやアメリカ、アジアなど世界各地で展開されている。そのディレクターは、アフリカ生まれのオランダ人、オロフ・ファン・ウィンデンさん(画像)だ。ホテル業界のキャリアを経て、アートの世界に入ったウィンデンさんは、「アートの学んでいない僕が、専門家になった」と、これまでを歩みを振り返る。

今回は、その風変わりなキャリアや、世界をつなぐアートの可能性について、ウィンデンさんと「TodaysArt JAPAN」実行委員会の石崎雅章代表の2人に聞いた。

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■アフリカで生まれ、15歳でオランダへ

——ウィンデンさんは、アフリカで生まれ育ったと聞きました。ホテル業界でも働いていたそうですね。どのような経緯で、アートの世界に足を踏み入れたのでしょうか。

国連職員として砂漠の農地化を研究していた父の赴任先がアフリカで、僕は1976年にケニアで生まれました。14歳までアフリカ諸国で育ち、15歳のときヨーロッパへ。オランダのデン・ハーグに暮らしました。オランダはすごく小さい国なので、外に出てもっと広い世界を見たいと思いました。そして、国際的な仕事ができるホテル業界で働くことにしたんです。

高校卒業して、ホテル・スクールでホテル経営やマネジメントを学んでいましたが、もともとクリエイティブなものに関心があったんです。当時コンテンンポラリー・ダンスを観る機会がありました。メディア・アートと融合した素晴らしい作品だったのに、観客は70代のおじいちゃん、おばあちゃんばかり。その光景を見て「なんてクレイジーなんだ」と思いました。こんな創造性にあふれたアートなのに、全然若者がいないなんて。

——なぜ、若者がいなかったんですか?

デン・ハーグには、良いアートスクールがたくさんあって、世界中から人が集まってくる場所です。でも、国際司法裁判所や王室などはあっても政治的な都市で堅苦しいところがあって、文化的にはとても貧弱で……。だから若者は大きくなったら、ロッテルダムとか別の街に行ってしまうんです。

僕たちは、潰れたスーパーの地下をスクワット(アーティストが不法占拠したビル)にして、テクノのパーティなどをやったりしてましたね。プロジェクターを手に入れて、映像カルチャーを取り入れたり。すごくアンダーグラウンドな方法で、クラブカルチャーの文化を立ち上げました。

■海外を飛び回り、ホテル業界で学んだマーケティング

——当時からアンダーグラウンドで活動されたんですね。でも最初はホテルの仕事に就いた。

学校を卒業して、ホテルに就職しました。タイで4年間、リゾートホテルのマーケティングを学び、その後ヒルトン・グループ本部に採用されて、ロサンゼルスで働きました。会員プログラムなどの国際マーケティングを担当し、世界中を飛び回る日々を過ごしました。

そして1年後、素晴らしい仕事があって、素晴らしい給料をもらっていて、ビバリーヒルズに素晴らしい家がありました。良い生活でした。

でも、とてもつまらなかった。

——素晴らしい暮らしでは、満足できなかった?

ただ、飛行機に乗って、年間200日ホテルに泊まって、ミーティングするだけの日々。つまらない人々たち——。僕はクリエイティブの世界に戻りたいと思いました。

僕がデン・ハーグを離れている間に、クラブカルチャーは廃れていきました。素晴らしい才能がたくさんいるのに、発表する場がない。だから僕は、ヒルトンの仕事を辞めて、オランダに戻って、自分がやろうと思ったんです。

■オランダで新しいアート・フェスティバル開催

——発表の場を作るために、まずどんなことをやったんですか?

伝統的なアートの世界は、新しいカルチャーとものすごく分断されています。だから美術館でメディアアートをやったり、劇場でテクノの音楽イベントをやったりすることはありません。新しいテクノロジーが生かされていない。

だから、デン・ハーグでフェスティバルをやろうと決めたんです。2002年のことです。最初のフェスティバルはすぐに成功しました。なぜなら、クラブだけじゃなくて、もう少し開けたものにしようと思って、美術館や劇場といった様々な文化施設とコラボしたからです。

例えば、旧来の美術館で新しい映像のイベントをやったり、クラブでモダンダンスをやったり。このコンセプトはうまく行きました。これまでとは違うアートの交流によって、人々のネットワークや相互作用が生まれていきました。

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――様々な施設とコラボするフェスティバルから始まったんですね。

実は、野外のフェスもやろうとしたんですが、ハーグは、いろんな国の大使館や国際司法裁判所がある政治的な都市で、当時はイラク戦争の影響もあって、市に「許可出せない」といわれたんです。だから「じゃあ、いいです」と。「僕たちは、美術館や劇場で、室内でフェスティバルをやります」といったんです。

――世界情勢の影響を受けていたとは。

市が野外イベントの許可を出さなくなったことで、2005年まで毎年続いていた世界的に有名なジャズ・フェスティバル「ノース・シー・ジャズ・フェスティバル」が、ロッテルダムに移ることが決まって。それで市が、文化的なイベントが街からどんどんなくなってしまう、という危機感を持つようになったんです。

ジャズ・フェスティバルが移ってしまって、市にはお金があった。それで、次の新しいフェスティバルを公募したんです。それで、僕は「TodaysArt」を企画しました。僕は古いアートにあまり興味がなくて、みんなも今の新しいものに興味があると思ったから。先端アート、メディアアートのフェスティバルは他の都市にはなかった。2004年のことでした。

■「TodaysArt」を大きな都市で開催しない理由

――ついに「TodaysArt」の誕生したんですね。

フェスティバルは大成功を収めました。でも、デン・ハーグにはとどまらないプラットフォームにしたいと考えてました。いつだって僕の大きな夢はインターナショナルでしたから。インターネットによって、世界のアートを知ることができます。デジタルアートは、日本やメキシコなど世界各地で発表されていました。

だから、他の都市と交流しようと思ったんです。その国の、2番目、3番目の都市——首都ではない街とね。

——首都ではない都市がコラボする基準なんですか?

首都には、すでに全てがあります。大きな都市のアート産業は、クリエイティビティではなくお金の話になってしまう……。しかし、2番目、3番目の都市は、ある程度大きくて、アートの潜在能力があるけれど、まだプラットフォームがないんですね。

僕たちは、(ドイツの)ベルリンや(アメリカの)デトロイトの団体と連絡をとりました。デトロイトでは、音楽フェスとコラボしました。新しいタイプのフェスティバルを通じて、僕らはネットワークを作ろうとしました。

今ではヨーロッパやアメリカ、インド、カナダ、中南米ともつながっています。今では、互いに資金調達やキャスティングをサポートしあう国際的なネットワークはICAS (International Cities of Advanced Sound)ができました。

■アートを学んでいない僕が、専門家になった

——ホテル業界で培ったグローバルなビジネス、マーケティングの知識が生かされていますね。

僕はアートの専門的な教育は受けていません。でもアムステルタムにあるオランダ王立美術館が、ディレクターを公募していたとき、有名なメディア・アーティストはたくさんいたのに、彼らは僕を採用しました。きっと「TodaysArt」のような、新しい風を吹き込みたかったからだと思います。

アートの専門家は、視野が狭いところもあります。僕が選ばれて、いろんな批判が巻き起こりました。でも、(僕が)なってしまった。今では、国が支援するアートプロジェクトを協議する会議に、自分が選ぶ側として参加するようになりました。

こうして、メディアアートやアートを学んだわけでもない僕が、この分野の専門家として認識されるようになったのです。

――アート界にも認められた。新しいアートが誕生するために大切にされていることは何でしょうか?

以前韓国のフェスに呼ばれたときに、「メディアアートを止めよう」といいました。「メディアアートは、90年代に死んだ」と。新しいアートは、美術館やスタジオからは生まれない。どんなに現代美術を扱っていても、美術館の一番の役割は、所蔵すること。収集した作品を展示するのは、昨日のことです。

これからのアートは、劇場やクラブといったスペースから新しく興っていく。そういうことを大切にしたい。

■日本の「TodaysArt」が始動することになった出会い

——日本で「TodaysArt」が始まることになったきっかけは? 日本では東京と神戸で開催されますが。

日本は、面白い国です。テクノロジーの国として知られていて、完璧に異なる文化があります。7、8年前に(ライゾマティクスの)真鍋大渡さんを、フェスティバルに招聘したこともあります。

実は、ホテル・スクールを卒業して、タイでマネージメントを学んでいたときのルームメイトが日本人だったんです。1年間、同じ部屋をシェアして仲良くなって。その後、休日に家族と日本を訪れました。1997年ですね。新幹線に乗って西日本——広島、長崎、神戸を回りました。

神戸は、阪神大震災の2年後でした。私にとって神戸は、他の日本の都市とは違った街のように映りました。東京や大阪には、スペースがない。すべてが詰まっていました。でも、神戸にはスペースがあって、美しさやクリエイティビティがありました。強い印象を受けたのを覚えています。

そんなことを忘れて何年も過ごしました。それから数年後に、音楽フェスティバルの仕事をすることになり、デトロイトから有名なテクノミュージシャンを「TodaysArt」を招聘したときに、日本の石崎さんに会ったんです。今から7年前ですね。

——同席されている「TodaysArt JAPAN」実行委員会の代表、石崎雅章さんですね。

石(石崎さん)は、日本にいながらデトロイトのアーティストのために活動していました。そこで交流が始まって相談したら、「東京ではなくて、神戸だ」と。神戸は、復興で新しい文化が誕生している。そうして「一緒に日本で、神戸で、TodaysArtをやらないか」ということになったんです。

石崎さん:アンダーグラウンドのカルチャー特有のローカリズムがあって、音楽シーンを牽引しているのはローカルの都市なんです。イギリスだったらブライトンとか、アメリカだったらデトロイトとかシカゴとか。それが僕らの根底にあって。彼もオランダで、アムステルダムやロッテルダムの間のデン・ハーグで活動していて、互いの琴線が触れ合ったんだと思います。でも東京でやってるんですけどね(笑)。

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(左)石崎雅章さん(右)オロフ・ファン・ウィンデンさん

——まずは、東京で(笑)。

石崎さん:日本には、北から南まで様々な文化があります。だから東京でもやるけれど、同時に、東京ではない都市でもやることにしたんです。コピー・ペーストではない、フランチャイズでもない、日本に根ざしたかたちで、「TodaysArt」を日本に落とし込もう、と。

——出会いから7年を経て、日本で本格始動されたんですね。

ただ観光で訪れるだけではわからない。その地をよく理解しているパートナーが必要でした。私たちは、お互いに情報をシェアして、訪問しあって、活動を広げる準備をしてきました。

2011年に、いよいよ「やろう」ということでオランダの財団に申請して、2月に助成金がもらえることが決まって。でもその翌月に、東北の大震災があって、日本を大きな津波が押し寄せて、助成金の話はなくなってしまいました。

石と話して「今は、そのときじゃない。でも、もう一度つながろう」と。私たちはより高いモチベーションを持つことができました。

それから3年経って、2014年に再び「やろう」と決めました。日本とオランダだけでなく、世界のプロジェクトと情報交換しながら、日本のアーティストが世界に羽ばたけるプラットフォームをつくろう、と。

2014年のパイロット版「TodaysArt」は大盛況でした。2015年は、東京と神戸で開催します。

■日本に根ざした「TodaysArt」とは

——「TodaysArt」を世界に展開されていますが、日本で開催する上で、大切にしていることは?

デン・ハーグでは、発表する場がなかった若者たちをつなぎました。デトロイトは自動車産業が廃れ、破産した今、唯一クリエイティビティだけが残っていました。ロシアは、失われた90年代〜2000年代前半があって、素晴らしいアーティストはたくさんいますが、テクノロジーとうまくつながっていないと感じました。

ここ日本で、何ができるかと考えたときに、テクノロジーは素晴らしい。けれど、テクノなどの音楽やクラブカルチャーが、あまり現代アートとして認められていないんじゃないか、と感じます。このカルチャーと若者をちゃんとつないでいきたいですね。

石崎さん:僕は、アートを専門的に学んだわけでもない。ただ30年間、クラブカルチャーを仕事にしてきただけ。それを彼は「クラブカルチャーは、最新のアートだ」といってくれた。音楽、デザイン、建築……。様々なキャリアが求められるんだ、と。

石崎さん:80年代以降、クラブカルチャーはユースカルチャーの中心になりました。僕らは、クラブカルチャーを守りたい。ここ3〜4年、風営法の改正に取り組んできて、2015年、ついに風営法が改正されました。「TodaysArt」は、風営法改正後の大きなイベントです。僕たちにできるんだったら、みんなにできる。彼は、僕たちに大きな影響を与えてくれましたね。

――世界とつながることで、前進したんですね。

そしてもうひとつ。日本には才能豊かなアーティストがたくさんいます。けれど、ちゃんと発掘されていない。発掘されても、海外で活躍するのがとても難しい。だから「TodaysArt」が才能を発掘して、オランダや他の国々に紹介したいと思っています。

僕たちにはプラットフォームです。これはアーティストだけでなく、アートを仕事にする人にとっても重要です。世界と交流し、異なる文化をお互いに学び合える。それぞれが重なり合って、万華鏡のように輝くのです。

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