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生き別れた双子の兄弟、70年ぶりに再会を果たす

2015年09月18日 00時35分 JST | 更新 2015年09月18日 00時38分 JST



あるポーランド人の女性は、第二次世界大戦中に強制収容所に入れられた。戦後、解放され1946年6月1日に双子を生んだが、重い病気にかかって育児ができなくなり、養子に出さなければならなかった。別々の家庭に預けられたジョージさんとルシアンさんの2人は、双子の兄弟がいると知らないまま育った。

ジョージ・スクシネツキーさんは1960年代、17歳の時に自分が養子で、双子の兄弟がいることを知る。赤十字社にその兄弟を探すように依頼したが、見つからなかった。その後ジョージさんはアメリカ・カリフォルニア州に移住した。

もうひとりのルシアン・ポズナンスキーさんはポーランドに住み続けていた。彼が双子の兄弟の存在を知ったのはわずか1年前のことだ。生みの母親について教えてもらい、養子に出された双子の兄弟のことを知ったのだ。ルシアンさんはBBCの取材に「感情を抑えることができませんでした……ショックでした」と、その時の気持ちを語っている。

ルシアンさんは、戦争や災難で引き裂かれた家族を再会させる赤十字の離散家族支援プログラムに支援を求めた。そして別れからおよそ70年後の2015年、2人は再会した。また、巡り会った。赤ちゃんの時に別れた2人は、69歳になっていた。

「70年間、私は全く知らない双子の兄弟のことを気にかけながら生きてきました。彼には一生会えないと思っていました」と、ジョージさんは涙を浮かべながら話した。「こんな日が来るなんて……」

ルシアンさんは「宝くじに当たるとか、そんなことはどうでもいい。ただ兄弟に会えればいいんです」と語っている。

ポーランドへ帰ってきたジョージさんが、ルシアンさんと感動的な再会を果たす瞬間をBBCは撮影している。ルシアンさんは花を持ってワルシャワ空港で待っていた。再会した2人は、涙を流して長い抱擁を交わし、お互いの頬にキスをして、背中を叩き合った。今では英語を話すジョージさんは「ポーランド語を思い出すまで2〜3週間かかりそうだ」とルシアンさんに伝えた。

「過去は変えることができません」とジョージさんは話す。「再会できた。それだけでいいんです」

この記事はハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。

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