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在米ジャーナリスト菅谷明子さんが語る「社会に不可欠な情報とは?」 激変するアメリカのメディア事情

2015年10月08日 16時34分 JST | 更新 2015年10月08日 17時50分 JST
猪谷千香

ジャーナリストの菅谷明子さんによる講演会「米国メディア激変に見る 社会に不可欠な情報とは」が7月、東京都千代田区の日比谷図書文化館で開かれた。講演会では、「メディア・リテラシー」(岩波新書)の著書で知られる菅谷さんが、ソーシャルメディアの登場によって大きく変化するアメリカのメディアの現状を報告。近年、アメリカで力をつけているネットメディアの状況や、非営利メディアによる調査報道の事例を紹介しながら、私たちの社会にとって本当に必要な情報とはどのようなものかを考察した。その講演会の様子をレポートする。

■新聞が衰退するアメリカのジャーナリズム

この20年のメディア環境をふりかえると、1995年にインターネットが一般に急速に普及し始め、その前年にはAmazonがスタート。1998年にはGoogleも登場している。2004年になるとFacebookが創立され、2007年にはiPhoneが発売された。こうした中、菅谷さんは1995年にニューヨークのコロンビア大学大学院に留学。2011年から1年間、ハーバード大学ニーマンフェローとしてソーシャルメディア時代のジャーナリズムを研究、現在も同大学ニーマンジャーナリズム財団役員を務めている。

菅谷さんは講演の冒頭、こう語った。

「私の問題意識の根底にあるのは、アメリカ合衆国第3代大統領のトーマス・ジェファーソンが言ったとされる『情報は民主主義の通貨である』という言葉です。ただし、情報が存在するだけでは決して十分とは言えません。市民がどんな情報に関心を持ち、それによっていかなる情報が流通され、吟味・活用されるかにもかかってくるからです。豊かな情報社会の実現には、メディア側の努力もさることながら、一般の私たちもいかにメディア・リテラシーを高める努力をしていくのか、その両輪が必要です。

この20年で情報の流れが大きく変わりました。インターネット、その後にソーシャルメディアが登場し、それに伴いジャーナリズムも変化すると思い、この5年ほどはその調査・取材をしてきました」

アメリカのジャーナリズム最前線に身を投じた菅谷さんが見たのは、新聞など従来のメディアの衰退とネットを主軸に置いたイノベーションの勃興だった。まず、アメリカの新聞に何が起きているのだろうか?

「アメリカの新聞の広告収入は約8割で、日本の3割ほどに比べると広告依存率が高く各社の規模も小さい為、インターネットの影響をもろに受けて業績が悪化し、フルタイムスタッフがこの10年で3分の1になっています。ウェブで有料会員を持つところもありますが、収益に結びついていないのが現状です。

2015年と2019年の広告収入の予測比較でも、全メディアの広告収入が上がっているのに、新聞だけが低下です。その衰退を象徴するかのように、今年度のピューリッツア受賞記者2名が、低賃金で生活できず、発表時にはすでにPR業界へ転職してたというニュースもありました」

アメリカのジャーナリズムを牽引してきた新聞社の地盤沈下。日本のように、800万、900万部という規模の全国版があり、宅配制度が発達している状況とはかなり事情が異なる。

「アメリカは地域差が大きく、州によって法律も異なるため、新聞も地域密着で各紙の発行部数が少ないです。ニューヨーク・タイムズでも、今ではデジタル購読が100万と紙版を超えていますが、両方を合わせても200万ほどです。デジタル広告の単価は紙に比べて格段に低くなかなか収益を出しにくいのです。日本は世界でも稀なほど、一国に巨大新聞が複数存在していて、業績も下降してはいるものの、経営的にはかなり恵まれているのです」

■新しいテクノロジーで勃興する新興メディア

しかし、厳しい状況のアメリカでも、新しい動きがあるという。ネットを中心とする新興メディアだ。

「たとえば、2005年創設の『ハフィントンポスト』は、発信元自らが記事を作成するのが当然だった従来の手法から一転、他者が作った記事を選びまとめて提供する、いわゆるアグリゲーション・メディアの先駆けです。当初はこうしたやり方にかなり批判があったものの、今では業界の新しいジャンルのひとつとなり、ニューヨーク・タイムズでも他媒体の記事を自社サイトで提供するほどです。ハフポストはゲームのルールを根本的に変えたという意味で、大きな影響力を持つネットメディアです」

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「ゲームのルールを変えた」というハフィントンポスト

これ以外にも菅谷さんは、ソーシャルメディアの浸透を背景に急成長し、広告収入でも業績を上げている「バズフィード」などさまざまなネットメディアを紹介した。

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バイラルメディアといわれる「バズフィード」

「バズフィードは、『これは誰かに教えたい!』と思わせる天才的に面白いネタを集めたサイトです。バイラルメディアと言い、ウィルスが広まるようにソーシャルでの拡散を狙いとしています。バズフィードの編集長に話を伺った時、『僕は心理学ができる人が欲しい』と言っていましたが、つまり、誰かに伝えたくなるような情報とはどんなものなのか、心理学的に理解している人材が必要ということです。これまでには、あり得なかった専門分野でしょう。最近は、調査報道にも力を入れ、2016年の大統領選に向けて、政治家の過去の発言や政策のアーカイブを掘り起こし、事実チェックを行うチームを立ち上げるなど、『真面目な』トピックを、若者にアピールする手法で伝えています。

また、従来の報道手法に一石を投じるデータ分析でニュースを伝えるのは統計分析専門家ネイト・シルバー。2012年のオバマ再選の大統領選挙の各州の結果を全て的中(2008年は50州中49州)させたことで知られています。ニュースの多くは、たまたま取材に応じてくれた、非常に小さなサンプルの人々の証言を元に世の中を説明し、専門家はこう見ていると引用してお墨付きをつけますが、こうした手法にはかなりのバイアスがあるのではないか、と疑問を投げかけています。

そこで、世の中の事象を点ではなく、膨大なデータを巧みに組み合わせ分析を加えた独自の視点から世の中の動きを伝えています。彼は以前、ニューヨークタイムズで統計ブログを書いていましたが、現在はスポーツメディアESPN傘下『ファイブサーティエイト』を拠点にしています」

一方、老舗ワシントン・ポスト紙から飛び出した若手のエズラ・クラインが立ち上げたのが「ヴォックス」だ。

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ワシントン・ポスト紙から出た若手が立ち上げた「ヴォックス」

「ニュースはたとえ同じトピックでも、何か新しい動きが起こった時に、最新情報が刻々と伝えられるので、読者は消化不良になりがちです。例えば最近日本ではTPPの問題がよく報じられていますが、どんな経緯で現在の交渉に至ったのか、そもそもTPPとは何なのかなど、意外に基本的なことを理解していない人も多いのではないでしょうか。ヴォックスはそこに着目し、例えば文中の黄色いハイライトをクリックすると、用語解説や経緯、関連記事がカード式で浮き出てきます。まさに、ランダムに伝えられるニュースの欠点を補うスタイルです」

他にも、政治家の言葉をチェックし、真偽をメーター式のアイコンで示すサイト「ポリティファクト」や、スマートフォンに照準を合わせ、英語圏の若いインテリ層をターゲットに洗練した記事とデザインで急成長している「クォーツ」などが紹介された。ただし、先進的な取り組みは増えてきているものの、マネタイズできているメディアはまだ少ないという。

■「公式発表」には出てこない事実を明らかにする調査報道

一方、激動するメディアを追いかけていた菅谷さんが、「社会にとって、本当に必要な情報とは何か」と考えるきっかけになったことがあったという。その一つが、「ミルウォーキー・ジャーナル・センチネル」の女性調査報道記者ラクエル・ルトレッジさんによる報道だった。

「ミルウォーキー州が、貧困家庭の子どもが保育施設に通えるようにと、約400億円の予算を組んだ保育料補助のプログラムを始めました。しかし、請け負った業者の中には、親戚や友達にかけ合い、実際は子どもを預かっていないのに、謝礼を渡す代わりに、預けたことにしてもらうなど、不正会計報告をした上で払い戻し金の着服を突き止めたものです。記者は尾行をしたり、脅しを受けながらも報道したことで、記事発表以降、即座に外部タスクフォースが立ち上がり警察も動きました。その結果、税金から賄われている資金の一割が節約されることにつながりました。2010年にピューリッツア賞ローカル報道部門を受賞しています。興味深いのは、記者は子育て中で、週3日出勤のパートタイムで行った仕事だったのです」

ルトレッジ記者は菅谷さんにとっては、ニーマンフェローの同期でもあった。

「調査報道が大事だとは思ってきましたが、毎日会っている研究仲間が社会にインパクトを及ぼす素晴らしい仕事をしてきたのを目の当たりにし、調査報道は社会に不可欠なパブリックサービスだと再認識しました。そして何より、情報過多だと言われる今、市民が本当に知るべき情報は、誰かが地道に掘り起こして初めて伝えられると考えるようになったのです。勿論、日本の新聞社も調査報道を行っていますが、取り上げるトピックが限定的だったり、その価値や意義、記事の発表により、何がどう変わったのかなど、もっと具体的にアピールしても良いのかと思うようにもなりました」

もう一つ、菅谷さんが注目したのが、2009年に非営利報道「センター・フォー・パブリック・インテグリティ」のクリステン・ロンバーディ記者らが全米公共ラジオを共同で取材した、大学キャンパスでの性的暴行の実態だった。

「クリステンにも、どのような経緯で記事を完成させたのか聞く機会がありました。レイプの被害を人づてに耳にしても、大学や州、国レベルでの公的な数字では実態は見えてきません。被害者の大半は女性で、世間の偏見を恐れて届け出を断念し無言を貫き、大学もやっかいな問題には関わりたくないこともあり、見て見ぬふりをしている実態がわかってきます。被害者が精神的苦痛を追う一方、加害者は野放しです。被害に遭っている女性は思っているよりも多いのではと、あちこちに連絡を取り、まずは情報を集めるために記事にしない前提で取材を進めたそうです。

インタビューを元に独自データベースを構築する一方、関係機関や政府の数字を10年遡って調べ、付き合わせて行くことで、統計にいかに実際の被害が反映されていないかも分析していきます。アメリカの場合、被害者とは言え実名でなければなかなか報道できませんが、取材の過程で信頼を得て記事を完成させます。インターネットを見れば、何でもわかると言いますが、ものによっては決して表に出てこない数字もあるわけです。この報道は大学の性的暴行の現実を広く知らしめる先駆的ものとなり、数多くの賞を受賞しただけでなく、大学での性犯罪事件の扱いや法作りにも影響を与えました」

■ボストンの150店舗の魚をDNA検査して偽装表示をスクープ

そしてもうひとつの例として、菅谷さんが挙げたのが地元ボストン・グローブ紙の調査報道だ。ボストンのスーパーで販売されたり、レストランで提供される魚の種類が表示通りかを調べたもの。記者が一般客を装い、約150店舗の魚のサンプルを持ち帰り、専門機関でDNA鑑定してもらったところ、約5割の表示が不正だとわかったという。

「店舗名と鑑定結果が一覧化され、オンライン版には店名や地域などから検索可能なデータベースも作られました。全米でも有名なカリスマシェフのレストランでのメニュー不正も大きく掲載し、シェフのとぼけたコメントも引用するなど容赦のなさでした。スーパーやレストランは新聞社にとっては貴重な広告主でもありますが、ボストン・グローブは市民の利益を優先し、信頼を得ることを選びました。この報道によって、実態把握のために州や国も動き出しました。中には有害な魚も含まれていて地元民としては、この報道以降、魚を見る目がすっかり変わりました。報道なしでは、知りえなかっただけに、ウオッチドッグ(番犬)としてのジャーナリズムの価値を考えさせるものでした」

これらの調査報道から、菅谷さんは「ジャーナリズムとは、私たち市民ができない様々な問題を、チェックし、世に知らしめ、社会をよりよい方向に変えるきっかけを作ってくれることじゃないのか?」と改めて原点に行き着いたという。

「市民が150店舗をまわって、DNA鑑定することはかなり難しい上、報道によって、ボストン市民の魚に対する認識も政策も変わりました。つまり、調査報道は社会に不可欠な情報だと、これら3つのエピソードからより強く考えるようになったので?