「地域の子供が、おじいちゃんに会いにくる」 "銀木犀"の高齢者が幸せそうな理由 下河原忠道さんに聞く

「駄菓子屋やりたい」の一言で、庭に駄菓子屋までできました。

最近の日本では、老人ホームではなく、「サービス付き高齢者向け住宅」(サ高住)と呼ばれる、高齢者向けの賃貸住宅が増えている。これまでの老人ホームとは違い、自立した生活を送ることを支援するのが目的の高齢者向け住宅。

千葉県や東京都に展開するサ高住「銀木犀」では、特に自立支援と看取りに力を入れ、最期のときまで楽しく暮らせる高齢者住宅を目指しているという。

千葉県船橋市にあるサービス付き高齢者向け住宅、銀木犀<薬園台>

10月のある日、銀木犀<薬園台>を訪れると、玄関脇の喫煙スペースでタバコを吸いながら談笑していたおじいちゃん2人が「こんにちはー」と出迎えてくれた。最初にこの光景を目にして、今まで考えていたような高齢者施設と何か違うと感じた。

ここに暮らす高齢者の方々はいったいどんな生活をしているのか。サ高住は、老人ホームとどう違うのか? 「銀木犀<薬園台>」の様子も見せてもらいながら、銀木犀を運営するシルバーウッド代表取締役の下河原忠道さんに、高齢者住宅や介護の未来について聞いた。

■老人ホームとの違いは、管理をしないこと

「サービス付き高齢者向け住宅」(通称「サ高住」)は、賃貸住宅でありながら必要に応じて、介護や医療、食事などのサービスを受けることができる高齢者向け住宅だ。日本では、2011年に登録制度ができ、サ高住が徐々に増えてきているという。サ高住とは何か。まずその特徴を教えてもらった。

「これまでの老人ホームは、介護する側が入居者を管理して生活を送る場所でした。医療も生活もすべてケアしてくれる手厚さはありますが、入居者には、あまり選択の自由がありません。高齢者が老人ホームに入ると元気がなくなるなんていう話もありますけど、人は役割や生きがいを奪われてしまうと無気力になりますから、手厚すぎるケアが一因だとも考えられます」

今では日本でも、健康寿命を伸ばし、できるだけ長く自立した生活を送れるように自立支援をするという考え方に変わってきているという。

「銀木犀には、入居者に"選択する自由"があります。介護サービスを受けたり、ケアプランを作ったり、食事も医師の往診も、薬の管理、必要に応じた介護保険外のサービスも、すべて入居者の選択で、必要な時に必要な分だけ受けることができます。それ以外、自分でできることは自分でやると」

「契約形態も、サ高住は基本、賃貸借契約なんです。賃貸住宅に移り住んできたら、たまたま色々なサービスがついているようなもの。必要とするサービスがなければ、外部へ依頼することもできます」

介護施設と賃貸住宅、それぞれの良いところを取ったのがサ高住というわけだ。

「今までは、ケアが重くなってくると、自宅から老人ホーム、さらに特別養護老人ホームへと移り住まなければならなかった。そうやって場所が変わると、どうしても生活の質が落ちてきちゃう。つまり、だんだんと管理された生活になっていっちゃうんですね。でもサ高住の場合、たとえ介護が重くなっても、ずっと住み続けられるんです」

銀木犀にいるセラピードッグ、取材中は終始、下河原さんの近くにいた。

■入居者は、自分のペースでそれぞれ自由に暮らせる

下河原さんの話を聞いてみると、みんなが楽しそうにしている理由がわかる。

「食事の時間だけ、何時から何時の間に(食堂に)来て下さいというのが決まっているだけで、あとは自由です。食事も自分で作って食べたければ自炊もできますし、外食に行くこともできます。出前を取る方もいます。食事がいらない場合は、前日までにスタッフに伝えておけばOK」

「またドラムをみんなで叩いたり、陶芸やったりと色々なプログラムを用意していますが、それらに参加するかどうかも自由です。最初はみんな遠慮して『いやー私は......』なんて言うんですけど、入居して1年2年と経って慣れてくると、参加してくれる方が多いですね。だんだん自分の家っぽくなってきますからね」

もちろん、買い物やおでかけも自由にできる。銀木犀<薬園台>では、買い物に行きたい人がいれば、何人かまとめてバスで駅前のスーパーまで送り、決まった時間に迎えに来てくれる。ダンス教室に通っている方もいれば、マラソン大会に出るために練習している方もいるという。入居者から「これをやりたい」という話があれば、それを実現できるように支援してくれるのが銀木犀だ。これなら、家よりも楽しく、快適で安心した暮らしができそうだ。

館内を案内してもらうと、食堂で談笑している女性のグループ、クラフト作品の制作をしている人、仲のよい人の部屋で一緒にテレビを見ながらおしゃべりしている人など、みんなそれぞれ自分の時間を楽しんでいた。自宅で飼っていた愛犬を一緒に連れて入居している人もいて、お部屋で犬と一緒にくつろぐ姿も見られた。

銀木犀の画像集

■役割や生きがいを見つけることで、健康寿命を伸ばす

銀木犀<鎌ケ谷>では、とある一人のおばあちゃんからの「駄菓子屋やりたい」の一言で、庭に駄菓子屋を作ったのだという。このおばあちゃん、近所の公園をボランティアで掃除したり、野菜を作って売ったりと、意欲的に自分の好きなことを楽しんでいて、近所でも名物おばあちゃんとして知られている。取材した薬園台でも、夕方になるとエントランスに駄菓子屋がオープンするという。

下河原さんいわく、高齢者の人たちは、人の役に立ったり役割を持ったりすることが生きる力に繋がるのだという。

現在、駄菓子屋の店長を務めるおばあちゃんも、銀木犀に入る前は、うつ病を患い精神病院に入院しており、人とのコミュニケーションが成立しないような状態だったそうだ。当初は、部屋を真っ暗にして閉じこもっていたが、毎日所長がお見舞いに来てくれることがうれしかったという。慣れてきた頃に「駄菓子屋の店長をやってほしい」と言われ、それが生きがいになったと語っている。

この女性がインタビューを受けている動画を見せてもらったが、うつ病だったとは思えないほど明るくて上品で元気なおばあちゃんだ。

「人の役に立つことがこの上ない幸せです。こういう生活を長くしていると、うつ病もどこかに吹っ飛んでしまいましたし、毎日が楽しくて楽しくて充実していて、これをずっと続けていくと、まあ100歳までは生きないけど、健康で長生きできるんじゃないかなと思ってます」(動画より)

■美味しいものが健康寿命を延ばす「食べることは、生きる力」

また、美味しいもの、自分が食べたいものを食べることも、健康寿命を伸ばすことに直結しているという。高齢者施設の食事というと、薄味で味気のないものを想像するかもしれないが、銀木犀で出される食事は温かくて美味しい。取材の際、入居者と同じ昼食をいただいたが、この日は、かぼちゃ、きのこの天ぷら、魚介類のかき揚げにそばかうどん、ほうれんそうのおひたし。ボリュームがあり、食べきれないほどだった。食事は、素材や味付けにもこだわっているという。

ボリュームのある銀木犀の昼ごはん

「高齢者施設って、チルドのものを使うことが多いんですよ。でもうちは採算度外視で、野菜も魚も肉も、生を使います。冷凍物もほとんど使いません。味付けも、健康のために薄味っていうけど、美味しいものを美味しく食べられたほうがいいですよね。街のレストランにも引けをとらない味ですよ」

日常的な食事のほか、ビュッフェパーティやすき焼きパーティなども頻繁に行う。それを楽しみにしている入居者の方も多いとか。

「認知症のおじいちゃんだって誰だって、そりゃあすき焼きだとテンション上がりますよ。普段は車椅子なのに、立ち上がってすき焼きをよそってバクバク食べてましたから。食べることって『生きる力』なんですよね」

認知症だからと、「何もわからない」「食べる力もない」と決めて、流動食だけ食べさせていたら、食欲がなくなるのは当たり前だと下河原さんは言う。

「入居してきたばかりの人で、『認知症による摂食障害』とケアマネージャーさんから言われていた女性がいたんです。銀木犀を担当する心ある在宅医が、病院の食事が美味しくなかっただけなんじゃないかと考えて、『おばあちゃん、何食べたい?』と聞いてみたんです。そうしたら『トロ』ってはっきりと言ったんですよ。しかも『しょうゆたっぷりかけて』って。それから急いで買いに行って出したら、ペロリと完食。ケアマネージャーは唖然としていましたね(笑)」

他にも、イベントを開いてみんなで美味しく楽しく食べる工夫をしたり、入居者の食べたい物リクエストを集計し、食べたい意欲を大切にしたりしているという。

■誰でも気軽に立ち寄りたくなる高齢者住宅を目指して

今後、高齢者住宅が「地域のハブステーションのような場所になれば」という展望を語る下河原さん。その地域に住んでいる人とのつながりを大事にしているのも、銀木犀の特徴だ。これまでの高齢者施設は、入居者の家族や関係者以外の部外者が入ることはほとんど無かったのではないだろうか。

地域に開かれた高齢者住宅。この思いは、建物やインテリアにも反映されている。「かっこいい建物を作ったら、立ち寄ってみたくなるのでは?」というのが下河原さんの考えだ。

木をベースとした温かみのある館内の照明は、すべてやわらかいオレンジ色。食堂に設置されている、家具職人に作ってもらったというオリジナルの椅子とテーブルは、高さが低くカフェのような雰囲気だ。玄関を入るとすぐに本棚があり、写真集や洋書などが置かれている。下河原さんが視察した北欧の高齢者住宅をモデルとしているという。

「北欧の高齢者住宅って、かっこいいんですよ。もともと建築会社なので、インテリアや住環境には個人的にも興味があります。これまでの高齢者住宅のイメージを壊していきたいです」

■地域の子供が、将棋の強いおじいちゃんに会いにくる

また、銀木犀は地域の人のためにお祭りを開催。地元の人たちが何百人も訪れるという。

「お祭りの時には、地域の自治体や子ども会も協力してくれて、500人もの人が来てくれました。職員も、入居者も、みんなが遊びに来てくれて楽しそうにしてくれるのがうれしいんです」

「最近は(入居者への)虐待なんかがニュースになっているけど、これだけ人が出入りすれば、虐待なんて起こらないよね。お祭りの時以外にも、気軽に地域の人が来てくれるような場所になったらうれしいですね」

お祭りをやることで、入居者も生き生きするのだそう。「『地域の人に喜んでもらえる何かをしよう』という号令のもと、準備を始めると、みんな生き生きしてくるんです。飾りつけのフラッグなんか、ものすごく上手に作る人がいたりして、僕らが驚かされることも多いですよ」

「そうやって、何日もかけて準備をして、当日子供たちがわーっと入ってくるでしょ。そうすると、みんなめちゃくちゃいい笑顔しているからね。『地域に対して何かができた、役割を持てた』という思いですよね」

核家族も一般化し、最近は祖父母と同居している子供は多くない。そんな子供たちと高齢者が交流することにも大きな意味がある。

「認知症の高齢者って、会ったことや会話したことが無ければ『怖い』っていうイメージを抱く子が多いと思うんです。でも、お祭りとか、毎日駄菓子屋に通ったりして交流を持っていれば、『別に普通だよ』となるわけです」

2015年に開催したお祭りでは、認知症だけど将棋は誰にも負けないおじいちゃんに、何度挑戦しても勝てない男の子がいたという。なんと、その男の子はお祭りの翌日、おじいちゃんに再チャレンジしようと銀木犀にやってきたそう。

「なかなか一人では入って来にくいと思うんですけど、すごく嬉しかったですね。この2人は今後も交流が続いていくだろうし、このおじいちゃんが亡くなる時には、この子は何かを感じると思うんですよね」

よく「ピンピンコロリで死にたい」などという話を聞くが、銀木犀で暮らす高齢者の方々を見ていると、暮らしかた次第では不可能では無いように思えてくる。銀木犀は、これからの日本の高齢者住宅のモデルのひとつとなっていくのではないだろうか。

(後編は、11月24日掲載予定です)

(取材・文 相馬由子)

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