松岡モナ、17歳。カラオケが大好きだという高校生は、ニューヨークから帰国したばかりだった。彼女は、15歳で海外コレクションに出演して以来、世界中を飛び回るトップモデルだ。

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松岡モナさん。15歳でミラノ、16歳でパリコレクションのランウェイを飾った。上の写真は彼女がアンバサダーを務めるオンワード樫山「23区」の2015年秋冬キャンペーン・ビジュアル。

強い眼差しを向けるこの女性が高校生だとは、にわかには信じがたい。それは私たちが抱く固定観念によるものだろう。――高校生がこれだけ“自立した女性”を思わせる存在なわけがない――というような。

今回ハフポストは、「23区」のパートナーシップのもと、世界中で活躍するモナさんに話を伺った。彼女に宿る、芯の強さはどこからくるのだろうか?

12歳で歩いた東京コレクションのランウェイ


モナさんが、初めてランウェイを歩いたのは12歳の時だった。現在、女優としても活躍する小松菜奈さんと双子のようなモデルを探している、と声がかかったのだ。それが、ハイファッション・モード系の雑誌「装苑」デビューへとつながる。

「周りの人たちは『あの装苑に!』とすごく喜んでいて。私自身は子供だから、右も左も分からない。現場の緊張感だけを覚えています。でも、これがきっかけで東京コレクションに呼んでいただくことになりました」

「初めてのショーは、独特なヘアメイクで頭がすごく重かった(笑)。『ランウェイを歩くのって、こんなに大変なの……?』って思ったのを覚えています。緊張しすぎで頭が真っ白になりました。でも、終わった後にアドレナリンが出ているのを感じましたね。今までに味わったことがない感覚でした」

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23区の撮影はフランスで行われた。「まさか自分が23区のアンバサダーに選んでもらえるなんて」とモナさん。

12歳で歩いたランウェイが、モナさんを日本の外へ導くこととなったのは言うまでもない。まるで絵に描いたようなシンデレラストーリーだが、大きな壁に突き当たる。彼女は若すぎたのだ。

道を阻む「まだ14歳」の壁


「ショーに出てから、もっとこの仕事を極めたいと思って、海外に出たくなりました。でもモデルって年齢制限がある場面が多いんです。パリコレに出してるメゾンは、16歳をボーダーラインにしているところが多い。『VOGUE』も16歳以下のモデルは出られません」

「いろんな理由があるのはわかります。でも、年齢を満たしているからという理由で、年上の後輩モデルが、私よりも先に活躍の場を広げていくのを見るのは……やっぱりすごく悔しかったですね」

理不尽な壁に直面し、抑圧された経験は誰にでもあるだろう。努力は報われると信じたい。けれども、ルールがそれを阻むことだってある。このやりきれない状況を、モナさんはチャンスと捉えたという。

「その時、私は14歳くらい。『本当に海外でやっていきたいのか?』と、自分自身とじっくり向き合う時間になりました。それに、後から目立ったほうが、モデルとして長く仕事できるような気もしますし。急がなくてもいい。それよりも、体づくりとか今できることをやろうって。悔しかったけど、妬む気持ちはなかったです」

「私は、デビューも早かったので経歴の割に若い。一緒に働くモデルも遊ぶ友だちも年上ですね。でも、人として付き合う中では、キャリアや年齢とかってそんなに関係ないと思っていて。そういう区分より、ソウル(魂)が大事」

「アメリカ人でも日本人でもない。それが私の強み」


15歳の時、また転機が訪れる。日本ブランドのANTEPRIMA(アンテプリマ)に抜擢され、ミラノコレクションに出ることになったのだ。

15歳で飛び立った、ミラノで。

「ミラノに行った時、冨永愛さんやTAOさんなど、先輩たちが日本人モデルの活躍の場を切り拓いてくれたんだと実感しましたね。今は、私もそうですけど日本人モデルが海外のショーに出るのも普通になってきました。それってこの10年くらいで広がったことみたいで。私は友だちと一緒にいることが多いけど、先輩たちはたった1人で何年も戦ったんだなぁと思うと、私は恵まれているなって」

16歳で念願のVOGUEデビューを果たす。


彼女の活躍は止まることなく、16歳になったタイミングで、「VOGUE」の紙面を飾ることになった。そして同じ年、いよいよパリコレクションの道を歩む。年齢の壁を越え、このまま昇りつめるだけ——けれども、オーディションの時に手応えがなかったこともあったという。それは、日本とアメリカの両方の血が入った顔の持ち主だったからだ。

「モデルってわかりやすくカテゴライズされることが多いんです。ブロンド、スパニッシュ……みたいな感じで。日本国内には、ハーフの子がたくさんいますけど、コレクションに出るようなモデルだと数人しかいない。だから『不思議な顔』と言われることもあって。『100%いいねいいね!』って感じではないんです。でも、実際そのオーディションは受かったので、いい個性になったのかもしれないですね」

mona matsuoka

初めてのパリコレクションでは、8ブランドのランウェイを歩いた。

「海外にいると『アジア人』と言われるし、日本にいると『外国人』って言われる。小さいときは『外国人』と呼ばれて、嫌な思いもしました。でも私はハーフに生まれて、この体で、とても良かったと思ってます。年齢とか、国籍とか、いろんな枠ってあると思うんですけど、モナはモナだから。カテゴライズできないってことは、『松岡モナ』オリジナルの雰囲気を出せる。今はそう思います」

年齢、国籍、先入観。いろんな枠があるけれど……

モナさんの眼差しの強さは、このような内面からくるのだろう。しかし、彼女はまだ17歳なのだ。世界を飛び回る中で不安を覚えることはないのだろうか?

「あまりないですね。14歳の時に『海外で仕事をしたい』と言った時、周りの人たちは反対しました。もちろん気持ちはわかります。でも、『私は大丈夫』ってことだけを信じて、ミラノに行って。実際、なんとかなった(笑)。いつもショーに出るときは心臓がバクバクしているんですけど、『大丈夫、無事に終わる、終わる……』と思いながら歩き続けて、今があります」

mona matsuoka

モナさんの強さの秘訣は、常に「自分」を意識していることなのかもしれない。実際、彼女はこう語る。「誰かと比較してもキリがない。むしろ比べられたくない」

そして、自身のキャリアについてこう締めくくった。

「昔は先輩モデルが開拓してきた道を、自分もなんとなく歩んでいる部分があったのですが、今はもうないですね。モナの道を歩いて行こうって思ってます」

年齢、国籍、実績……カテゴライズはアイデンティティーを担保するが、ときに先入観も生む。多くの人と関わる中で、無意識のうちに自らに枠を設定してはいないだろうか? 日本人だから、もう若くないから、女だから……外部から決められた先入観は、私たちに甘くささやく。挑戦しない方がいいよと。

モナさんは外部からの意見に翻弄される生き方をきっぱりと否定する。「誰かの意見に従うよりも、自分を信じた方が絶対にいい」。そうやって数々の壁を乗り越え続けてきた。そんな彼女が歩むのは、誰のものでもない自分のランウェイだ。人はそれを「自立」と呼ぶのだろう。彼女の美しさはきっとここにある。