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松中信彦が引退、その思いは 三冠王の元ソフトバンク内野手(画像集)

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MATSUNAKA
試合終了後、観客の歓声に応えるソフトバンクの松中信彦=29日、福岡ヤフオクドーム(2015年9月29日) | 時事通信社
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プロ野球で2004年に三冠王となり、移籍先を求めて昨季限りでソフトバンクを退団した松中信彦内野手(42)が、移籍を断念して引退することになった。3月1日にも記者会見する。スポニチなどが報じた。

昨年9月29日、ヤフオクドームで記者会見を開いた。引退ではなく退団で、現役続行を希望。まだやれるという思いは消せなかった。NPB他球団からいつ声が掛かってもいいように、年明けはグアムや社会人時代の古巣である千葉県君津市の新日鉄住金かずさマジックなどで自主トレを重ねた。「筋量は05年よりも多い。ことしが一番、体はできていた」と話していたが、現実は厳しかった。

オファーがあったのは独立リーグ1球団だけだった。2月に入るとNPB6球団に自ら電話で売り込んだ。04年に3冠王を達成したほどの男がプライドを捨てた。「(引退までの)最後の1ピースをどう、はめるのかを考えてきた」。だが、各球団が世代交代を進める中でチャンスは巡ってこなかった。
 
元ソフトB松中が引退決断 自ら売り込むもオファーなく… ― スポニチ より 2016/03/01 05:30)

松中は出場機会を求め、他球団でプレーを希望し「悔いのない準備をした。最後に勝負をかけたい」と1月下旬から複数球団に入団テスト実施を打診していた

松中は日刊スポーツの取材に対して「この4カ月は最後の挑戦だった。自分の中でしっかり期限を決めて、わずかな可能性の中、悔いのないトレーニングをしたかった。精いっぱい、42歳なりに全力でできた。悔いはない」と話した。また、スポニチに対し「将来的には指導者になりたい。しっかりと勉強し、経験し、準備をしたい。ニューヨークにも行きたい。そこにはベースボールの歴史がある」と今後について語った。

熊本県出身の松中は、熊本・八代一高(現秀岳館高)から新日鉄君津を経て、1996年にドラフト2位で当時ダイエーに入団。2004年にパ・リーグで打率3割5分8厘、44本塁打、120打点をマークし、首位打者、本塁打王、打点王の三冠王を達成した。プロ19年で1767安打、352本塁打、1168打点。新日鉄君津時代の1996年、アトランタ・オリンピックで日本代表の4番を務めて5本塁打16打点と活躍した。

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