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3分で分かる「ナゴルノ・カラバフ」 旧ソ連の隣国同士で泥沼の争い

2016年04月04日 23時48分 JST | 更新 2016年06月16日 20時30分 JST
EPA時事

【UPDATE】時事ドットコムによると、アルメニアとアゼルバイジャンの双方は4月5日、ナゴルノ・カラバフでの停戦で合意したと発表した。双方の死者は計55人になり、周辺住民も戦闘に巻き込まれ、民間人3人が犠牲になったという(2016/04/05 22:12)

アルメニアとアゼルバイジャンという旧ソ連の構成国同士が4月1日から、大規模な軍事衝突を起こしている。戦場は両国が支配権をめぐって争う「ナゴルノ・カラバフ」だ。AFP通信によると4日までの両国の戦死者が46人に達し、1994年の停戦合意以降で最大の衝突となった。

今回の衝突は双方が「先制攻撃を受けた」と主張しており、真相は不明だ

ナゴルノ・カラバフは国際的にはアゼルバイジャン領だが、領土紛争の結果、90年代以降はアルメニア軍が占領している。アゼルバイジャンはヘリコプターを撃墜されたものの、戦略的な重要な拠点を占領。停戦以来初めて、前線に変化が出ている。

アルメニアは拠点を奪還するため、多連装ロケット砲部隊や義勇兵部隊を増派。子供を含む民間人に犠牲者が出たという情報も伝えられ、衝突の拡大が懸念されている。

ナゴルノ・カラバフがなぜ係争地域になっているのか。その歴史的背景を追ってみた。

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中央の色が薄い部分がナゴルノ・カラバフ。アルメニアとアゼルバイジャンの係争地域だ


■ナゴルノ・カラバフとは?

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ナゴルノ・カラバフ共和国の国旗

ナゴルノ・カラバフはロシア語で「カラバフ山地」の意味。カスピ海と黒海に挟まれたカフカス地方の南部にある。カフカス地方は、さまざまな民族が複雑に入り乱れていて、ロシア、トルコ、イランという大国の狭間で国境線の入れ替えが絶えなかった地域だ。

さいたま市議の吉田一郎氏が書いた「国マニア」(交通新聞社)や産経ニュースなどによると、アルメニア高原の東端に位置し、3000メートル級の山地に囲まれ、標高1000〜2000メートルの高地にある。アルメニア本土から30kmほど離れた京都府ほどの広さの土地に約16万人が暮らしている。住民の8割がアルメニア人だ。歴史的にはアルメニア領だった時代もあったが、旧ソ連の体制下ではアゼルバイジャン共和国の自治州となっていた。

しかし、ナゴルノ・カラバフではアルメニアへの編入を求める声が絶えず、1988年ごろから領土紛争が本格化。ソ連崩壊直後の1991年1月には、アルメニアの支援を元に「ナゴルノ・カラバフ共和国」の独立を宣言した。1994年にロシアなどの仲介で停戦合意したが、1万7000人の死者を出し、100万人以上が犠牲になったとされる。その後は大規模な戦闘は発生していなかった。


■ ロシア VS トルコの対立が背景に?

時事ドットコムによると、アルメニアとアゼルバイジャンの対立の背景には、ロシアとトルコという大国の影がちらついている。

アルメニアは紀元301年の古代アルメニア王国の時代に、世界で初めてキリスト教を国教化した。宗教的にはロシア正教会と同じ東方正教に属する。南カフカス地方では唯一の親ロシア国家だ。

ロシアとしても、北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるトルコとの最前線という地政学的理由から、アルメニアを重視。2月に最新鋭戦闘機ミグ29をアルメニアの軍事基地に配備したほどだ。

一方で、アゼルバイジャンは中世にイスラム教を受け入れた。主要民族であるアゼリ人はトルコ系の言語を話すため、トルコとの繋がりが伝統的に深い。今回の軍事衝突でも、トルコのエルドアン大統領は「アゼルバイジャンの兄弟たちの勝利を望む」と、露骨にアゼルバイジャンに肩入れしている。

ロシアのプーチン大統領は4月2日、軍事衝突に「即時停戦と自制」を訴えたが、2015年にシリア空爆に参加していたロシア軍機がトルコ空軍機によって撃墜されて以降は、ロシアとトルコの関係は急激に悪化している。今回のナゴルノ・カラバフの軍事衝突が、さらなる対立を招くのか予断を許さない状態だ。

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1988年〜94年のナゴルノ・カラバフ戦争でアゼルバイジャン領に侵攻したアルメニア軍のT-72戦車。ナゴルノ・カラバフ共和国の首都とされるステパナケルト郊外で記念碑となっている。

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