ゲイアートの巨匠・田亀源五郎さんは、なぜ漫画「弟の夫」を描いたのか。

ゲイ・エロティック・アート界の巨匠が伝えたかったこと。

田亀源五郎さんといえば男同士のハードな性愛を描いたコミックやイラストで知られるアーティスト。そのゲイ・エロティック・アート界の巨匠が2014年の9月、一般誌である『月刊アクション』誌上に「弟の夫」の連載を開始したことは大きな話題を呼んだ。ゲイからもストレート(異性愛者)からも注目された同作は2015年11月、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した。

連載開始から約1年半、田亀さんは今、どのように作品と向き合っているのだろうか。作品を通じて読者に伝えたいことを聞いた。

■ゲイの問題は、自分のすぐ横で生活している人の話

――「月刊アクション」誌上で連載されている「弟の夫」が好評ですね。

連載を開始するとき、1巻が出てその評価が悪かったら上下2巻で連載終了だろうなと考えて構想していました。おかげさまで評判が良いので、もう少し長く続けられそうです。自分で「最低限これだけは」と考えていたものより、更に多くのことを盛り込めそうなので嬉しいですね。

「弟の夫」1巻

弥一と夏菜、父娘二人暮らしの家に、「弟の夫」と名乗るカナダ人のマイクがやって来た。マイクは、弥一の双子の弟の結婚相手だった。「パパに双子の弟がいたの?」「男同士で結婚って出来るの?」幼い夏菜は、突然現れたカナダ人の“おじさん”に大興奮。弥一と夏菜、そして“弟の夫”マイクの物語が展開する。

――ゲイの誤解を解くような話題を積極的に入れていますね。

1巻については今、言ったように、全2巻で終わりかもという気持ちで描いていましたから、かなり詰め込んでいます。2巻からはもう少しゆったりしていると思いますが。

――この作品を描くにあたっては、ストレート(異性愛者)の気持ちを理解しなくてはいけないと思うのですが、ゲイである田亀さんにとって難しくはなかったのでしょうか?

今までの経験がありますからね。ノンケ(異性愛者)の反応をこれまでの人生で見てきているわけですから。

(ストレートの主人公・弥一の娘)夏菜に「どっちが旦那さんで、どっちが奥さんなの」と聞かれたマイクが「どっちもハズバンド(夫)なんだよ」って答えるシーンがあります。これも実際の経験に基づいているんですよ。

ノンケの友だちの前でパートナーのことを「旦那」って呼ぶと、「じゃあ、あなたの方が奥さんなの?」って言われる。ああ、ノンケはそんな風に感じているんだなあ、と。

――弟の夫であるカナダ人のマイクは、とても優しくてリベラルな人ですが、これは田亀さんが考えるゲイの理想的な人物像なのですか。

理想的ということもないですが……。ゲイプライド(自己のセクシュアリティに誇りを持つこと)を理解しつつ、でもそこに偏りすぎない人物というと、こうなるんじゃないかなあという感じですね。実際に私が海外で会った人たち――ゲイライツをさほど過激に主張するわけではないけれども、きちんと理解していて言うべき時は言う。そして自分のセクシュアリティを受け入れている。そういう人たちがモデルです。

――ゲイプライドについて前面に出そうとは思っていないのですね。

『弟の夫』に関しては、まず知ることからはじめてほしいという思いがあります。そこから1人ひとりが考えていってほしい。ゲイライツ自体を啓蒙しようとまでは思っていませんが、無意識に偏見を持っている人たちが減ってくれればいいですね。

それから身近にゲイがいない人にとって疑似体験になればいいと思っています。そのことによってゲイの問題が、自分からは遠く離れたことなのではなく、自分のすぐ横で生活している人の話だということを理解してもらいたい。そこがスタート・ラインだと思うんです。

――作品を通じて、ゲイの問題を理解できる。

作品として前面にゲイリブ(Gay liberationの略。1960年代から欧米を中心に起こったゲイの人権を守り社会的な立場を確立しようとする運動)やゲイライツを押し出そうとは思っていませんが、社会の中で生活するゲイを描くということはゲイを可視化するということであって、必然的に政治的な意味を持たざるを得なくなる。

となると、そこに当然、ゲイライツということは付随してくることになります。必要以上に強調しようとは思いませんが無視や軽視もしたくありません。

――ストレートである主人公の弥一は様々なことで悩みますよね。それは読者も一緒に考えてほしいということですか。

悩んでいる姿を見て何かを感じてくれたり、共感してもらえればと思っています。この作品は弥一が成長していく姿を描いた教養小説だとも言えるでしょう。読者が一緒に変わってくれるといいんですが。

■ゲイ・エロティック・アートの巨匠が、一般誌の漫画で伝えたかったこと

――もともとゲイコミックやゲイ・エロティック・アートの世界で田亀さんは大きな評価を得ていて、ゲイの間で田亀作品を知らない人はいないといってもいいくらいです。その田亀さんが一般誌で連載するということについては驚きがありました。一般誌で連載することになったきっかけは?

10年ほど前だったか、漫画評論家の大西祥平さんに、「お呼びがかかれば、ゲイ雑誌以外でも描く意志はありますよ」とお話ししたことがあるんです。それが数年前に、この連載を開始した時の担当編集者さんに伝わって、お会いすることになりました。双葉社の「漫画アクション」も「月刊アクション」も個性的な作品が多くて、読んだ時に私がいいなと思う作品が2本ありました。そうしたら2本とも、その彼の担当だということで、この人なら信用できそうだと思ったんですね。

それで連載ということで話が進んで行ったんですが、ただ、その時には担当編集者にも私にも具体的にどんな作品にしようという考えがあったわけではないんです。困ったのは私の作品の特徴というのはことごとく一般誌では使えないものだということ(笑)。要するに得意技を使えないのに私の個性を出さなきゃいけない。

それでいろいろな構想を出しましたが、自分でもどうかなと思うものもありました。平安時代にプテラノドンが現れるなんていうプロットも考えたんですよ(笑)。一般誌で自分の個性を活かせる作品がなかなか思いつかなかった。

そうこうするうちに海外の同性婚について日本でも盛んに報じられるようになったので、これをテーマにすればノンケに読んでもらえる作品になるんじゃないかなと思ったんです。

(後編は5/2に掲載予定です)

(聞き手・文:宇田川しい

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