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言葉を使わずにリズムを刻む。漫画家・今日マチ子さんは、なぜ百人一首を1ページ漫画にしたのか

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百人一首の和歌を一首ずつ、現代の情景に置き換えて1ページ漫画で表現する。漫画家・今日マチ子さんが、2011年から雑誌『ダ・ヴィンチ』で長期連載した『百人一首ノート』が3月、単行本化された。

1ページ漫画を個人ブログでコツコツと発表し続け、3年後に目標の1000枚を達成。2008年に単行本『センネン画報』として出版されて注目を集めた彼女が、今度はなぜ百人一首の漫画化を試みたのか。やわらかな線と瑞々しい色彩で百人一首の世界を巧みに表現した今日マチ子さんに話を聞いた。

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春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山 持統天皇(2番)

[元歌歌意]いつのまにか、春が過ぎて、夏が来てしまったようです。夏には真っ白な衣を干すという天の香具山に、あのように白い着物が干されています。

■今日マチ子の叙情と百人一首の相性の良さ

——そもそもの企画の成り立ちは? 

今日マチ子(以下、今日): 当時、私がデビュー作として出していた『センネン画報』が1ページで完結する漫画だったので、それと短歌は相性がいいんじゃないかと編集者がご提案してくださったと記憶しています。

担当編集者(以下、編集): 今日さんの淡い叙情的な絵と、百人一首の醸し出す情緒は親和性が高いはずだという確信がありました。言葉はなくても読者にイメージを喚起させる『センネン画報』と和歌はすごく近しく感じられたので。今日さんの作風で、数百年の時を越え親しまれてきた和歌を、新たな表現をしていただけたら面白いのでは、という思いで依頼しました。

今日 : ただ、私としては『センネン画報』は短歌よりも俳句のほうが合っていると思っていたんですよ。でも誰もが知っている俳句ってそんなにないし、俳句を漫画化するとシュールというか、オチなしになってしまって、万人が「なるほど」と思えるものにはなりづらいとも感じていて。でも百人一首なら大勢の人が知っているし、馴染みもある。百首という区切りがあるところもいいな、と思って引き受けました。

——それまで百人一首に馴染みはありましたか。

今日:お正月にちょっとかるたでやったりとか、中学・高校の国語の時間に習ったりとか、それくらいのレベルでしたね。ただ、漫画の勉強として有名な俳句や短歌は近代のものを含めてひとさらいしたことがあったので馴染みはありました。後世に残っている名作のエッセンスや、みんなが好きなもの、広く評価されるものはどんなものかを知ろうと思っておさらいした時期があったので。

■言葉を使わず、絵とコマ割りでリズムを刻む

――連載前にコンセプトはしっかり決めていたのでしょうか。

今日:百人一首ものはすでに色々な本が出ているので、なるべくかぶらないように、あとは自分らしくやっていければなあ、と。それで、まず最初に「言葉なしでやろう」という縛りを決めました。

あとはもう「かなり翻案しちゃいますよ。そのままの意味じゃなくて、もうひと捻り加えた表現にしたり、逆の意味に変えたりといったこともするかもしれません」とは編集さんには伝えておいて描き始めました。

――翻訳ではなく、あくまで翻案ということですね。歌のエッセンスを残しつつ、いかに今日マチ子流の作品にする。

今日:やっぱりそのあたりのバランスはすごく難しかったですね。あまりにも翻案しちゃうとシュールな俳句の世界にいっちゃって、わかる人がいなくなってしまう。だからギリギリわかる人がいる、というところで留まるようにというのはいつも意識していました。

――百首を翻案していく中で、とりわけ印象に残ってる一首は?

「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」でしょうか。最初に読んだときは思いつかなかったんですけど、〆切が近づいて向き合ったら「あ、そうか。このシーンにぴったりだ」って。

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これかこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 蝉丸(10番)

[元歌歌意]これがあの、出ていく人も都に帰る人も、知っている人も知らない人も、ここで別れては逢うという逢坂の関なのですね。

――別れと出会いが交差する「逢坂の関」を、小学校の校門に置き換えた作品ですね。誰しもが共感できる1ページだと思います。一方で、花(桜)や紅葉の歌は、ほとんどの場合それらが小道具としてそのまま描かれていますね。

今日:百人一首の歌のストレートなところ、ぱっと読んだときに「ああ、きれいだな」で終わる、すごくいい気持ちになれる作品の良さを素直に表現したものも入れようというのも思っていましたね。あんまり捻ったもの、難しいものばかりだと読みづらいので。

――100パターンもあると、ときには実験的な手法も試せますね。枠線を檻に見立てた動物たちのページも印象的です。

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契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波こさじとは 清原元輔(42番)

[元歌歌意]約束しましたよね。お互いに涙で濡れた袖を何度もしぼりながら。末の松山を波が越すことがないように、互いの心が変わるまいと。

今日:これはさすがにネガティブな翻案だったのでどうかなあ、とは思ったんですが。でも一首くらいはこういうのがあってもいいかな、たまにならこういう手法もらいいかな、と思って。そのあたりはさじ加減ですね。

でもそもそも短歌って、リズムがちゃんと刻まれているので、すごくやりやすかったんです。とくに1ページ漫画の場合は、私はリズムをすごく大事にしているので、そのおかげで捉えやすかったというのはありますね。

――言葉を使わず、絵と色とコマ割りでリズムを表現する。

今日:そうですね。だから言葉を一切使わないようにしたことで、もともとの短歌のリズムと、自分が描いた情景、コマ割りのリズムがうまいこと組み合わさっているように、というところは気を遣いましたね。そこはすごく素直に表現できたかなと思っています。

■恋や愛の感情は男女カップルのものだけじゃない

――百首中43首が恋の歌であるせいか「百人一首は恋の歌ばかり」というイメージが強かったのですが、『百人一首ノート』を読むとそんな印象が薄れますね。

今日:そのまま漫画にすると確かに恋の歌が多すぎるので、親子や家族の愛だったり、動物と人間の関係にしたりと、だいぶ置き換えましたね。男女の恋愛ものばかりにしてしまうと、トレンディドラマ(笑)みたいになっちゃうからどうなんだろうと思って。

――清少納言の和歌が女性カップルの物語に置き換えられているものも新鮮でした。

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夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ 清少納言(62番)

[元歌歌意]夜明け前に、にわとりの鳴き真似をして函谷関(かんこくかん)の番人をだませたとしても、逢坂の関は許さないでしょう。だから私はあなたに会いませんよ。

今日:これも自然にぽんと思いついたんです。以前に連載していた『みかこさん』という漫画でも同性愛者の女の子を描いていたからかもしれないですけど。ただ、若い男女の恋愛ばかりだとバリエーションがないな、という気持ちはあったので、女性同士の恋も描いてみました。

(後編は6月10日に公開予定です)

今日マチ子(きょう・まちこ)

漫画家。1000枚を目標に描き始めた1ページ漫画ブログ「今日マチ子のセンネン画報」で注目を集める。著書に『センネン画報』『みかこさん』『cocoon』『アノネ、』『みつあみの神様』『いちご戦争』『ぱらいそ』など多数。2014年、手塚治虫文化賞新生賞、2015年、日本漫画家協会賞カーツーン部門大賞を受賞。Twitter: @machikomemo

(取材・文 阿部花恵