モハメド・アリは「人種を超えた」のか。いや、彼の人生はそんなもんじゃない

アリは人種を超えなかった。彼がそれを望まなかったからだ。

世界ヘビー級ボクシング王者のカシアス・クレイは、1964年にモハメド・アリに改名した。

6月3日にモハメド・アリが74歳で亡くなって間もなく、共和党の大統領候補指名を確実にしたドナルド・トランプが、このボクシングの伝説的な選手を「偉大な王者」であり「素晴らしい男だった」とTwitterに投稿した。

モハメド・アリが74歳で亡くなった! 真の偉大な王者で素晴らしい男だった。みんなが彼の死を悲しむだろう!

このツイートに対してすぐ、至極真っ当な怒りが巻き起こった。これほどまでに非難されるのは、人種や宗教性を強調した選挙活動を展開し、イスラム嫌悪を煽ってきたトランプが発言したから、ということもある。2015年12月、トランプはイスラム教徒のアメリカへの入国禁止を訴えた。同じ時期に、彼は「イスラム教徒のスポーツ選手にヒーローはいない」と受け取れる発言をしている。そして彼は今回もまた、イスラム教徒のなかで史上最高のアスリートが亡くなった直後に、これら2つの発言を人々が忘れてくれることを祈りながら、今回のことを都合よく利用しようとしているのだ。

この実業家が意図的に無知を装っているのか、それとも恥知らずな皮肉屋なのか、評価の仕方は人それぞれだが、過去をなかったことにする"ユニーク"な人間性こそが、トランプをトランプたらしめているのだ。だが、リアリティ番組の司会でもあったこの男が発した今回のツイートについて考えていた私は、トランプの発言が本当の意味で不快なのは、それが完全に常軌を逸しているからではないということに思い当たった。むしろそれは、アメリカの黒人たちによる急進主義に対する「ホワイトウォッシュ」(白人化)という、アメリカの歴史の中で長い間続いてきた伝統に沿ったものだったのだ。

アメリカの歴史を見渡してみると、白人たちは有色人種の人々の急進的な生き方をありのままに受け入れるのではなく、自分たちがそれらを祝福できるように都合よく解釈を変えてきた。だから、私たちがマーティン・ルーサー・キング・ジュニアと聞いて最初に思い浮かべるのは「私には夢がある」の演説であり、彼が主張したベトナム戦争反対ではないのだ。物語は作り変えられる。複雑さを抱えた人々は単純化される。革命的な思想はアメリカの主流派に合わせて薄められ、見栄えよくパッケージされる。

アリに対しても、同じことが起きているようだ。彼が亡くなって間もなく、多くの人々(その大半が白人だ)がさまざまなSNSで「アリは人種を超えた」と発言している。それは賞賛の言葉であり、彼は誰からも愛されたと言いたいのかもしれないが、それは多くの人にとっては奇妙な言葉に聞こえる。

スティーブ・ジョブズペイトン・マニング(史上最高のクォーターバックと言われるNFLのアメフト選手)が人種を超えたと言われることは決してないが、おかしいとは思わないだろうか? その言葉は単純すぎるし、白人の特権に満ち満ちたものだ。何より重要なのは、それが事実を消し去ってしまうということだ。

アリが人種を超えたと言うのは、長きにわたって妥協することなく素晴らしい黒人として生きた彼の人生を消し去ってしまうことになる。それは反イスラムのトランプがアリを称えることで、誇り高きムスリムとして生きた彼の人生をホワイトウォッシュしてしまうのと同じことなのだ。

モハメド・アリは「人種を超えた」と言い、彼の黒人に対する献身と擁護を消し去ってしまうことは問題ないのだろうか?

人種を超えなくても幅広い支持を得ることはできる。例えばプリンスやアリは、自分たちの黒人性をはっきりと表に出していた。それを消し去ることはできないのだ。

手遅れになる前に、ここでひとつはっきりさせておこう。モハメド・アリは革命的な黒人であり、そのことに誇りを持っていた。彼はベトナム戦争への反対派がまだ少なく、声高に反対すればボクサーとしてのキャリアを脅かされるような時代から、この戦争に反対していた。1960年代、彼はベトナム戦争に投入された250億ドルを、賠償金としてアメリカ南部の黒人たちの家を建てるために使うべきだと提案した。アリは政治的には極端な急進派で、かつてジャッキー・ロビンソン(黒人初のメジャーリーガー選手)は彼のことを「悲劇」だと言い、ネーション・オブ・イスラム(アメリカ黒人のイスラム運動組織)も最終的には彼と距離をおいている。20世紀、学生非暴力調整委員会会長のストークリー・カーマイケルは、「FBIは自分よりもアリのことを脅威とみなしている」と語った。21世紀になり、NSA(アメリカ国家安全保障局)が彼の会話を盗聴していたことが明らかになった。それでも彼は決して信念を曲げず、何をおいても死ぬまで黒人でいつづけたのだ。

「俺は白人が絶対に捕まえることのできない黒人になってやる、と固く心に決めていた」とアリはかつて言った。「何かに参加するんだ。もしムスリムにならないなら、少なくともブラックパンサー党には参加しよう。何か意味あるものに参加するんだ」

アリは人種を超えなかった。彼がそれを望まなかったからだ。私たちがそうしたことをきれいさっぱり忘れてしまおうとすることは歴史が示している。そして彼が亡くなってからまだ日が浅いが、すでに多くの人がそうしようとしている兆しがはっきりと見える。だが忘れるべきではない。私たちは絶対に忘れてはならないのだ。

ハフポストUS版より翻訳・加筆しました。

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私は蝶のように舞い、蜂のように刺す。奴には私の姿は見えない。見えない相手を打てるわけがない

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