「どんな意見も尊重される」ドイツの民主主義教育ってどうなってるの? 16歳の授業に参加して驚いたこと

政治教育の先進国とされるドイツでは、若者の政治意識を高めるため、教育の場でどのような努力が払われているのだろうか?
Mika Tanaka

政治参加への意識が高いといわれるドイツの人たち。子供達はどのように学校で民主主義教育を学んでいるのだろうか。在ドイツ20年のジャーナリスト・田中聖香さんがレポートする。

----

6月22日に公示され、7月10日に投開票される参院選。18歳選挙権が導入される初めての選挙に注目が集まるが、若者の政治離れや投票率の低さも危惧されている。

政治教育の先進国とされるドイツでは、若者の政治意識を高めるため、教育の場でどのような努力が払われているのだろうか? 生徒たちは選挙や民主主義を真剣にとらえているのだろうか? それを解明するため、筆者の息子が2015年まで通っていたギムナジウムで、10年生(16歳)の政治の授業を参観させてもらった。

ドイツの教育政策は国ではなく各州が管轄しており、教科ごと、生徒の学年ごとに教育ガイドラインを策定されている。ドイツ西部のノルトライン=ヴェストファーレン州の学校で行われている授業とは? 「最も重要なのは、生徒たちが自分で考える能力と、それを大勢の前で発言できる能力を養うこと」と先生が語るドイツの民主主義教育を紹介する。

■民主主義の授業、ドイツの学校ではどうなってるの?

筆者が訪れた学校は、ドイツ西部のフィアゼンという町にあるアルベルトゥス=マグヌス・ギムナジウム。10歳から18歳まで、約1000人の生徒たちが学ぶ。担当のマークス・ツェルケス先生と一緒に教室に入ると、休み時間でざわついていた室内がすぐに静かになった。

生徒の数は30人ほど。「今日のテーマは選挙と民主主義だ。学期の始めに習ったね。軽くおさらいしてみよう」と、先生はテキパキと授業を始めた。取材に来た筆者のために、今日の授業の題材を変更してくださったのだ。

生徒たちへの最初の質問は、「連邦議会(ドイツの国会)の選挙が成立するための原則が5つあったね。法律でも規定されている。何だったかな」。その言葉が終わらないうちに、何人もがさっと挙手する。

授業は先生と生徒のキャッチボール。生徒が恥ずかしがらず積極的に発言する/Mika Tanaka

「成人年齢の国民全員が投票できること」「匿名で投票する」「一票一票が同じ重みをもつこと」「人の意見に影響されないこと」「選挙人を介さず、直接投票できること」。以上が“正解”だが、このほかにもさまざまな意見が出た。先生はそれに対して「そうだね」「それは違うんじゃないかな」などと返しながら、次々と生徒を指名していく。

次の質問は、「現在、連邦議会の選挙投票率は70%前後だ。選挙に行かないと、なぜ危険なのだろう?」。これにもさっと生徒たちの手が挙がった。

「選挙結果が自分の意思と違うときに文句を言えないから」「NPD(ドイツの極右政党)みたいな政党が台頭するリスクを阻むため」「選挙権を行使しないと、独裁者が出現するかもしれない」「国民が選挙に行かないと民主主義が崩壊する」。先生だけでなく、生徒たちのレスポンスも速く、しかも的を射ている。

■先生からの質問「民主主義は、政治体制において最善の形?」

授業のテーマはこのあと、議会制民主主義、比例代表制、社会契約説社会的アイデンティティー理論へと発展。先生の質問に生徒が回答する形で、ディスカッションが進む。生徒たちがすぐに答えられる内容ばかりではない。挙手してから考えをまとめようとする生徒には、先生がテンポを落として説明を加えながら、回答を補足していく。

筆者はといえば、日本の高校でとっくの昔に政経の授業を終えているため、その内容の濃さに息切れしてくる。やっと流れだけを追っているうちに、ツェルケス先生の究極の質問が出た。

「民主主義は、政治体制において最善の形だろうか?」

これに対しては生徒たちの反応は慎重だ。そのうち、遠慮がちに手が挙がる。

「そうだと思う。民主主義では少数派の意見も尊重されるから」と、一人の生徒。先生は「そうだね」とうなずき、「民主主義は、選挙を通していろいろな意見をひとつにまとめ、社会の方向性を決定するためのものだ」と言葉を添えた。

自由な雰囲気の教室。授業のテンポは早い。政党に所属している男子生徒も1人いた/Mika Tanaka

■16歳にした5つの質問「家族と時事問題について話す?」

その後、筆者が生徒たちに質問する時間がもらえた。この州では、16歳で自治体選挙の選挙権が与えられる。そこでまず、「選挙に行ったことのある人は?」と尋ねてみたところ、4人の手が挙がった。

「では毎日、新聞を読んだりテレビのニュースを見たりする人は?」の質問には、ほぼ全員が挙手。「家族と時事問題について話す?」という質問にも、うなずく生徒が大半だ。最近は難民問題や、右派政党「ドイツのための選択肢」が話題になることが多いという。意見を聞きながら、生徒たちの両親の政治意識の高さにも思いを馳せる。

また、ドイツの生徒たちには、(ドイツの憲法にあたる)「基本法」の小冊子が無料で配布される。政府の外郭団体であり、民主主義の教育啓蒙活動を推進する「連邦政治教育センター」が発行しているものだ。

「基本法」。社会科の授業では生徒全員が持っている。日本の高校生は、憲法全文を手にしたことがあるだろうか。

そこで「基本法をときどき読んでいる?」と質問すると、何人かの生徒が挙手し、授業の参考資料として利用していると答えた。同時にツェルケス先生が、カバンの中から同じ冊子をさっと取り出し、教室にどっと笑いが起こる。

最後の質問は、「連邦議会選挙は18歳以上しか投票できないけど、もし今みんなに選挙権があって、今週の日曜日が選挙だったら投票に行く?」これには、なんと全員が挙手した。決して筆者へのサービス精神だけではないだろう。生徒たちが授業に集中し、自分の意見を堂々と発言していることに強い印象を受けて、教室を後にした。

「今すぐ選挙権があったら、連邦議会の選挙に行く?」と聞いたら、全員が挙手/Mika Tanaka

■ドイツの若者の意識調査、72%が「投票は市民としての義務」

ドイツの若者の政治参加に対する意識は高い。石油大手のシェルが2015年に行った、国内の青少年2558人を対象にした意識調査は、そんな 筆者の教室での実感を裏付けるものだった。

15〜25歳の回答者のうち、72%が「選挙に投票することは市民としての義務」と回答している。さらに「ドイツの民主主義に満足しているか」との質問(調査対象12〜25歳)には、77%が「とても満足」または「満足」と回答しており(西ドイツ地域、東ドイツ地域は同54%)、前回2010年調査から9ポイント上昇した(西ドイツ地域)。また、「政治に関心がある」と回答した若者は全ドイツで41%に達し、こちらも前回調査から5ポイントの上昇となっている。

ノルトライン=ヴェストファーレン州が発表している中等教育学年(10歳から16歳)の政経の授業ガイドラインは、「生徒たちの政治的・民主主義的な自覚を形成し、それによって民主主義における一市民としての役割を意識し、政治的・社会的プロセスを積極的に共同形成する能力を培う」のが狙いだ(同州発行の「中等教育用・ギムナジウム政治経済中核カリキュラム」より)。

授業後に取材に応じてくれた政経担当のヨーゼフ・ゾンマーフェルト先生は、「そのために最も重要なのは、生徒たちが自分で考える能力と、それを大勢の前で発言できる能力を養うことです。それがあってこそ、社会で議論に参加できる市民が育つ」と言う。

■政治の授業「どんな意見も尊重される」

このほかに現場の教師たちが意識しているのは、生徒自身の意見を尊重し、教師の意見を押し付けないことだという。これは1976年に政治教育学者の間で合意された3原則(ボイテルスバッハ・コンセンサス)に基づく方針だ。

先日、校内であったエピソードを教えてくれた。政治の授業で発言した生徒が、授業後にゾンマーフェルト先生に遠慮がちに話しかけたという。「さっきはあんなことを言ったけど、点数に影響しませんか?」先生は強い調子で生徒に言い返した。「その質問のほうが減点の対象だ。授業ではどんな意見も尊重される。自信を持ちなさい」と。

ドイツでは政治の授業で模範解答を求めるよりも、論争することに重きを置く。民主主義は、異なる意見を共存させ、止揚していくシステムだからだ。クラスの大多数が同一意見のときには、論争の原則を徹底させるために、先生がわざと反対意見を投げかけることもあるという。

■学校の課外活動で「民主主義のおけいこ」

同校ではこうして議論する精神文化を養いながら、生徒たちがそれを実地訓練する機会も提供している。課外活動の「ディベーティング・クラブ」だ。10年生以上の生徒を対象に毎年10人程度を選抜し、週に1回、時事問題について英語で討論する。

「“民主主義のおけいこ”です。クラブの活動の中で、政治への関心向上、外国語の能力アップ、そして生徒たちの人格形成の3つを目指しています」とゾンマーフェルト先生。

クラブ最大のイベントは、年に数回行われる学校対抗ディベートへの参加だ。2015年秋には、国内だけでなく欧州7カ国で同様のクラブに属する生徒たち300人が、オランダの会場に集まった。「模擬欧州議会」という設定で、「TTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)」「地中海での難民状況」などのテーマで2日間、議論を闘わせた。まさに「生きた政治教育」だ。

■ドイツ、過去を批判的に見る「歴史の授業は政治の授業」

そして、ドイツの政治教育は2つの世界大戦、特にナチスの過去への反省なくしては語れないだろう。「歴史の授業は政治の授業と同義です。19世紀以降の近現代史を中心に学び、過去を批判的に見ることを基本に授業を進めます」と、取材に応じた副校長のヴェルナー・エッシュ先生。歴史の授業が担当だ。

過去への批判を通して、現在の民主主義を尊ぶ姿勢も自然に生まれてくる。この学校では、第二次世界大戦の強制収容所跡で定期的に校外学習を行い、ドイツ統一記念日の前後には生徒たちによるパネル展を校内で催す。それは政治の授業にとどまらず、教科を横断し越えながら、自分で考え行動し、平和で民主主義的な社会を担っていく人間を育てるための総合的な教育だ。

エッシュ先生は、「暗記力があって仕事の役に立つ人間を養成する傾向は、ドイツでも強まっています。しかし、学校教育は、それ以上のものを目指すべきです。生徒たちには“教育”と“人格形成”の両方が必要なのですから」と語る。

■欧州各国、自国の国益とEUの理念を秤にかけて議論

学校教育の枠組みの中だけではない。ドイツはじめ欧州各国では、EUという枠組みの中で、若者たちが否応なく民主主義や国家のあり方について日常的に考えさせられる環境がある。

EU加盟28カ国は、これまでに難民危機、経済危機など問題が発生するたびに、自国の国益とEUの理念を天秤にかけながら、議論と交渉によって困難を乗り越えようとしてきた。メディアはそれを毎日のように報じる。ドイツの若者たちは、一国家がどのように他国と折り合いをつけながら前進しているかをリアルタイムで体験してきている。 島国である日本とは大きく異なる点だ。

「ヨーロッパでは、EUの発足以前から、異なる民族と言語がせめぎあって歴史を形成してきました。それぞれの立場で自己主張し、議論する中で共存することを学んできたのです」と、エッシュ先生は結んだ。

■ドイツにある「議論する文化」

筆者はドイツに暮らして20数年になる。ドイツと日本の国民性において最大の違いは、 ドイツ人の自己主張の強さだと思う。 何事においても自分の意見をはっきり言うのが基本姿勢であり、意見を言わないのは「意見がない」ことと同じとされる。ドイツ人は権利意識が強いので、何か言わなければ損をするのではないか、という心理も働いているかもしれない。子供たちもまた、公の場で自分の意見を表明できるように育てられる。学校で受ける政治教育の成果は大きいと思うが、それだけでなく、自分を主張するドイツの国民性も「議論する文化」に大きく寄与していると思う。

また、日本人として驚きなのは、夜9時過ぎのゴールデンタイムに、毎日どこかのテレビ局でトークショーを放映していることだ。現役の大臣や識者が登場し、時事問題について内容の濃い議論を展開する。司会者が制しなければ1人の発言が延々と続き、何人もが同時に発言して収拾がつかなくなることもしばしばだ。

夫や息子と一緒にそれを見ながら引き込まれ、そのうち家族の間でも意見交換が始まっている。こうしたメディアの影響もあって、筆者も以前よりずっと政治を身近に感じ、議論にも参加するようになった。政治が「自分ごと」になれば、民主主義を尊重する気持ちも強まるはずだ。

(田中聖香)

▼画像集が開きます▼

%MTSlideshow-236SLIDEEXPAND%