リオデジャネイロ・オリンピック目前のブラジルは、全てがおかしくなっている

準備は整うはずだ。いつものように。
RICARDO MORAES/REUTERS

コルコバードのキリストの前で行われたセレモニーで翻るオリンピック旗

7年前、国際オリンピック委員会(IOC)が2016年夏のオリンピック開催地がリオデジャネイロになると発表した晴れた日の午後、ブラジル人たちはコパカバナビーチに殺到した。

世界中の注目がこの国に集まり(その後、経済成長率が世界最速の国に仲間入りした)、当時のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領(通称「ルーラ」)は、これがブラジルにとって特別な瞬間になることを国民に約束した。

「世界は、ブラジルの時代が来たと認めています」と、ルーラ大統領は言った。

7年後のリオ五輪前夜、トーマス・バッハIOC会長は「素晴らしいオリンピックになると確信している」と述べた

しかし、開始まであと1カ月という段階で、2016年オリンピック(120年の歴史上初の南米開催)は危機に陥り、疑念にまみれている。ブラジルは過去100年で最悪の不景気に直面しており、36年以上前の民主化以来、最悪の政治的危機の1つに巻き込まれ、また世界的な健康危機も発生している。

「すごいパーティーになりますよ」オリンピック開始まであと100日を迎えた4月、あるブラジル人の経済学教授はガーディアン紙にこのように述べた。「この都市の伝統は過去のものとなります」

オリンピックがリオにやって来ないとしても、2016年はブラジルにとって極めて重要な年となる。しかし、世界最大のスポーツイベントも合わさり、リオ五輪で本当に国民に約束された内容が実現するのか、あるいはこの国が抱える多くの問題がただ悪化するだけなのか、さまざまな疑問が出ている。

何百万人もの人が、サンパウロなどの多くのブラジル主要都市で、経済危機のまっただ中に人気が急落したジルマ・ルセフ大統領を非難するデモに参加した。

政治の危機

大統領の弾劾でブラジルが大混乱へ

2015年12月、汚職スキャンダルで事態が混乱に至り、経済も急速に悪化する中、ブラジル議会の反対派は、2014年に再選したジルマ・ルセフ大統領に対する弾劾を始めた。2016年5月初旬には反対派の意図通り、上院議員の大多数が大統領弾劾に賛成したことでルセフ氏の大統領任期は保留され、180日間の弾劾裁判にかけられることとなった。

ルセフ氏に対する主な疑惑は、ブラジルの借金の規模を隠すために連邦資金を不正利用した連邦法違反だ。また、彼女がかつて取締役会長を務めた国営の巨大石油企業ペトロブラスから違法な政治資金を受け取ったかどうかについても疑惑が浮上している。

ルセフ氏は、2年間にわたる捜査(「洗車作戦」と呼ばれる)があったペトロブラスの汚職スキャンダルに直接巻き込まれてはいない。ルセフ氏追放の発起人であるエドゥアルド・クニャ氏やブラジル下院議会の23人(うち18人はルセフの弾劾に投票した)を含む、最大の大統領批判勢力は巻き込まれている。

しかし、ルセフ氏はブラジルが現在抱える予算問題や、3月に参謀長としてシルヴァ氏(彼は洗車作戦に巻き込まれている)を指名するという問題のある決定を下したことでも一般人の怒りを買っている。大統領の批判勢力は、ルセフ氏の元側近を告訴させないための動きと解釈した。

大統領への抗議集団「Fora Dilma」(ジルマは出ていけ)は3月、ルセフ氏がシルヴァ氏を任命した後にデモを行った。一方で何千人もの反デモ派が弾劾反対のデモを行い、多くの人がそれは大成功したと見なした。結果として、リオを含むブラジル大都市で緊迫感あふれるデモが発生する事態になった。

ルセフ氏の人気は後退からどん底まで落ち込んだが、ブラジル人は必ずしも彼女の後継者に満足していない。現在、暫定的に大統領代行を務めるミシェル・テメル副大統領も、法律上の問題を抱えている。また、ブラジルの「フォリャ・デ・サンパウロ」紙によると、テメル氏が選出した議長も洗車作戦の捜査対象であり、殺人未遂の罪に問われている。このニュースが飛び出す前から、60パーセントのブラジル人がテメル氏にも弾劾裁判を求めていた

テメル氏はまた、23名の閣僚を全員白人男性で固めたことで、シルヴァ氏とルセフ氏の労働党の下で広がった多人種国家が失われるのではないかという激しい非難を受けた。5月18日、米州人権委員会(IACHR)は、この閣僚人事により「人口の半数以上が高級官僚になれない」状況となり、またテメル氏の判断は「ブラジルの人権擁護と促進に悪い影響をもたらすだろう」という「深い憂慮」を表明した

ブラジル政府はワールドポストに対し、テメル氏は大臣の数を削減させることに注力しており、すでに指導的地位に女性を任命する公約を表明していると述べた。陳述書では、「今回の組閣は、大臣数の削減と官僚組織の合理化という緊急事態に応えた結果であり、決して問題となっている政府の(閣僚を白人男性で固めた)スタンスを反映するものではない」と述べた

政治の混乱がオリンピックの運営に直接的な影響を与える可能性は低い。しかし、ルセフ氏が6カ月の弾劾裁判にかけられ、大統領代行もすでにブラジル人から見限られている。政治的危機の影響は間違いなくオリンピックに持ち越されるだろう。そして、オリンピックが終わってからも長く続くに違いない。

2015年3月15日、サンパウロのブラジル銀行でブラジル国旗を背負い列に並ぶ人

経済の危機

ブラジルは過去100年で最悪の不景気に直面

IOCがリオのオリンピック開催を決定した翌年の2010年、南米の大国ブラジルを先進国の仲間入りをさせようとする資源ブームのおかげで、ブラジルの国内総生産は7%近い成長を遂げた。

その後3年間、経済は着実に拡大を続けたが、それ以降7%ほどの成長は達成できず、2014年にはマイナスに転落した。

ブラジル国家統計局(ブルームバーグより)

この2年、ブラジルは100年間で最悪の経済危機に陥っている。失業率は11%近くまで上昇し、賃金は急落している。

オリンピック開催権を獲得したブラジルは、貧困や福祉などで大規模な政策を実施し、長期的な所得格差の問題解決をはかっている。

それでもブラジルは、積極的な貧困対策を困難にする緊縮財政の時代に突入した。テメル大統領代行の閣僚人事に疑問を呈したように、IACHRは新政権の住宅、教育および貧困の予算削減についても懸念を表明している。

専門家は、ブラジルは政治的危機の影響で不景気や年金など、さまざまな問題に対応するための努力が足りないと警告している

ブラジルスポーツ省は当初、オリンピックで300億ドル以上の外貨投資や経済効果がもたらされると予測したが、経済学者はオリンピックが開催都市や開催国に大規模な経済効果をもたらすという概念に異議を唱えている。オリンピック賛成派は楽観的な見通しだが、すでにブラジル国債の評価を「ジャンク」に下げている格付け会社は、ブラジル政府やブラジルへの投資家に対し、リオ五輪から大きな景気上昇は期待できないと警告している

オリンピック自体は予算削減の影響を受けていないが、ブラジルは近い将来に追加の財政削減に直面するため、オリンピックに費やした予算を別の政策に振り分けるべきだったと批判を受けている。

ブラジルの衛生が、ジカウイルスの拡大に対抗するため、弓術の試合が開催されるサンボードロモのようなオリンピック会場に殺虫剤を散布している。

ジカ熱の危機

ジカ熱はオリンピックに悪影響を及ぼすか?

2015年末、ブラジルに思いがけない危機が新たにやってきた。ジカウイルスという蚊を媒介する病気「ジカ熱」が大規模に蔓延し、以来オリンピック準備に混乱が発生している。ジカ熱に感染した母親から生まれた赤ん坊には、小頭症(致命的な脳障害)が発生する危険がある。

オリンピックは南半球の冬に開催されることから、当初、医療関係者はジカ熱の影響はほとんどないと考えていた。政府は、リオとその周辺地域から蚊を排除するために軍や医療専門家を派遣し、競技者や見物客に大きな危険はないことを約束した。しかし、最近になって事態は変化している。カナダ・オタワ大学のアミール・アタラン公衆衛学教授はIOCに対し、オリンピックの延期または会場移転をしなければ、ジカ熱が世界中に拡散する可能性があると警告している。オリンピックでは自主的に隔離すると話すオリンピック出場選手もいれば、隔離を検討していない選手もいる。

オリンピックの中止や延期の可能性は低く、ジカウイルスがオリンピックに与える影響の大きさについて、専門家の意見も分かれている。アタラン氏の呼びかけに世界は注目したが、国連や世界保健機構(WHO)は、ジカ熱がリオ五輪に大きな影響を与えることはないと述べた

IOCやブラジルのオリンピック連盟はすでに、競技者や見物客を守るための計画を練っており、WHOは5月17日、ブラジルで「蚊の発生を抑えるためのあらゆる対策を講じ、人々が蚊に刺されないように保護する手段を確実に提供する」ための努力を行っていると述べた

しかし、医療専門家はまだジカ熱による影響を完全に把握できておらず、ワクチンを作製している最中であるため、ジカ熱は今後もブラジル人にとって脅威となるであろう。特に、病気の感染で最も影響を受ける貧困層の流行が懸念されている

グアナバラ湾の汚染ビーチで遊ぶ子供たち。政府やオリンピック委員会は、リオ五輪に向けてビーチの汚水を浄化できていない。

環境の危機

リオの汚染されたグアナバラ湾は環境の危機に直面している。

オリンピックには必然的に大規模な環境問題や疑問が伴う。しかし、リオの環境問題はとりわけ深刻だ。リオのグアナバラ湾は市内の下水が直接流れ込むため、汚染が著しい。ブラジル政府は、セイリングや水泳の競技を開催するため、水路から湾を汚染している汚水やごみを80パーセント以上取り除くことを約束した。

しかし2015年、AP通信が湾の水質を分析したところ、現在でもアメリカやヨーロッパでは非常に高い警告レベルと見なされる汚染よりも170万倍も高いレベルで、生活汚水と直結した病原ウイルス」による深刻な汚染が発生していることが判明した。ここで開催されたプレ五輪に参加した選手は、その後MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染症などの病気にかかった。リオは、湾の主要部分からごみや汚染物質を取り除くために暫定的な「エコバリア」を設置している。IOCは独自の水質試験を行う予定はないものの、選手への健康被害は発生しないと主張している

IOCやリオ五輪の主催者はこれまでの努力の成果を強調しているが(IOCは、セイリングや水泳用のレーンはきれいになると言う)、グアナバラ湾が完全に浄化されることはないと認めている。それによってオリンピック後も長期的にリオ市民のや環境に影響が及ぶ。特に、改善されてはいるものの、下水や汚水の60パーセントが整備されていない都市への影響は大きい。

8月に汚染問題が発生するかどうかに関わらず、グアナバラ湾の浄化に失敗したのは明らかで、ブラジル政府やオリンピック委員会がリオでオリンピックを開催する条件を守れなかった失敗例となる。

2014年8月22日、リオデジャネイロのマンギンホススラムで行われた警察による殺人を非難するデモ。

治安の危機

オリンピック直前、警察による殺人が急増。

世界各国からやってくる外国人見物客の安全を確保するための努力は、ブラジル最大の問題である警察の暴力を悪化させた可能性がある。

ブラジル警察の評価は世界で最も低い。アムネスティ・インターナショナルによると、2015年にリオデジャネイロで発生した殺人事件の5件に1件が警察によるものだ。リオで警察が関わる死亡事件は、2014年に580件に増加し、前年から40%増加している。2015年には645件に増加した。2016年4月の3週目までに警察が関与する死亡事件はさらに11件発生した。犠牲者は圧倒的に「スラムや貧困エリアの若い黒人」が多い。

2015年12月国連は2015年、ブラジル警察がオリンピックに向けて「街を浄化」するため、貧しいホームレスの黒人少年を組織的に殺害していると非難した。ブラジルは、オリンピックの安全のために8万人規模で警察や軍を配備する予定だが(2012年ロンドン五輪の倍以上だ)、オリンピックが近づけば問題が悪化するだけなのではないかという不安につながっている。

アムネスティインターナショナル・ブラジル事務局長アティラ・ロケ氏は4月の声明で「今後100日間、国の治安部隊による人権侵害が発生しないことを確保するため、リオの政府当局や組織ができることや、しなければならないことは数多くある」と述べた。「リオ警察は、『発砲第一、尋問第二』の戦略を続けるのではなく、犯罪防止や相談型の公共安全政策を取って欲しいと願う」

2014年のブラジルワールドカップ前、リオに昔からあるスラム街の最貧困層に「平和をもたらす」活動の一環として、軍や警察がドラッグギャングと激しく衝突した際、警察が度重なる暴力を重ね、しかも罪を問われなかったことは大きな非難の的となった。

しかし、現在、ブラジル市民が不満を訴えるためにデモをするのは難しくなっている。活動家や人権団体によると2015年、ブラジルはオリンピックに備え、曰く、多くの平和的なデモが犯罪化されてしまう「テロ防止」法を可決した

リオのヴィラ・オートドロモのスラムに住む一家は、「ここに住みたい/戦おう!」などのスローガンを掲げ、オリンピック関連の建設工事で家が取り壊されることに抗議している。

住宅の危機

7万7000人のブラジル人が強制退去させられたと予測。

リオの貧困層の多くは、すでに横行している警察の暴力に苦しんでいるが、それに加え、ワールドカップやオリンピックのために移住まで強いられている。

リオの活動家団体「コミテ・ポプラ」によると、2009〜2015年までの間に2万2000世帯(7万7000人以上)がリオで強制退去を強いられた。この団体は、2大イベントに関連したインフラプロジェクトの直接的な結果として、6000世帯以上が住居を失うか、今後失う可能性がある。

ブラジル政府は、これらの世帯は洪水や土砂崩れが発生しやすいエリアからより安全な場所に移動されたと主張し、インフラプロジェクトに関わる強制移住は10%以下に過ぎないとしている。

しかし、リオ西部のスラム、ヴィラ・オートドロモ地区は、近隣のオリンピックパークへの道路を確保するために、ほぼ完全に取り壊された。現在、このエリアに残っているのは20世帯のみであり、90%の住人は移住させられた。

政府は、退去しなければならなかった一部の住人に補償しているが、活動家は、これまでの住居から遠く離れた場所に住人を強制退去させたことに対し、リオ州政府を激しく非難している。

リオは、オリンピックの一環として、市内のスラムエリアを改善する予定だった。しかし、多くの計画は遅れているか完全に停滞し、多くのスラム住人は必要な行政サービスを受けられないと批判している。環境が改善するはずだったのに、退去させられたケースもある。

4月に発生したリオのシーサイド自転車レーンの崩壊事故で2人が死亡した。これにより市内のオリンピック関連建設プロジェクトのあり方に疑問が投げかけられた。

インフラの危機

ブラジルは約束したインフラを実現できるのか?

過去のオリンピックのように、リオ五輪も3週間にわたるスポーツの祭典という位置づけだけでなく、街のインフラ改善も伴うものと期待されていた。

国は、ワールドカップやオリンピックの開催に関連した長期的メリットとして、新たな交通機関、住居および他の開発プログラムに巨額の予算を投入すると約束した。2014年のワールドカップ以降も、こうしたプロジェクトの多くはいまだ完成していない。政府はオリンピックまでの完成を誓ったにも関わらず、その進捗の程度は疑わしい。ブラジルがワールドカップまでに予定していたインフラプロジェクトの多くを完了できなかったことで、オリンピックプロジェクトがどの程度成功するのかについて悲観的な予測が出ている。

こうした開発プロジェクトの中でも最大規模であった新地下鉄は、オリンピック開催の4日前に一部のみスタートする。他のプロジェクトは問題だらけだ。オリンピックに向けて建設されたシーサイド自転車レーンの一部は4月に崩壊して2人が死亡し、街全体にオリンピックプロジェクトのクオリティに対する懸念が生じている。

2014年ワールドカップの建設中には8人が死亡、その後にはオリンピック関連の建設プロジェクトで11人の作業員が死亡した。4年前のロンドンオリンピックでは、致命的な事故は1件も発生していない。

プレ五輪時の建設の遅れや遅延により、オリンピックまでに会場の準備が整うのか、主催者の間で疑念が生じている。

しかし、準備は整うはずだ。いつものように。そうした希望と共にブラジルのオリンピックの旅が始まってから7年、まだ答えが出ていない数多く疑問の中で、準備の遅れは最も軽視されている疑問だ。

ハフポストUS版より翻訳・加筆しました。

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